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3/25 丸山健二ニュース。 1.「ひもとく花」発売。 なんと、撮影も丸山健二本人が! 2.早稲田大学一文の入試問題に。 設問2。「夕庭」からの引用。 3.BSで庭が紹介される。しかもすぐに再放送。 見たかった…。 4.紀伊国屋でサイン会。 行って来ました。感無量。 3/28 世界をつくるか、キャラクターをつくるか? 「世界−社会−個人」で社会が欠落している現代において、 この問いかけは、小説だけにとどまらない。 大塚英志と東浩紀が頭の中でミックスされて、出てきた結論。 3/31 えー、今さらですが… 『しょっぱいドライブ』の著者、大道珠貴の顔が一番しょっぱい。 4/1 「クレタ人は嘘つきである」とクレタ人は言った。 解答方法は二つ。 パラドックスに幻惑されるか、メタレベルに魅了されるか。 いや、嘘だけどね。 4/4 ちょっと前の話ですが、 爆笑オンエアバトルでのテツ&トモのネタは、 メタそのものでした。 曲の1番のメタが2番、そしてオンエアバトルの「何でだろう」 喜国の言うように、「ネタに困ったらメタ」なのでしょうか。 4/7 ドラクエモンスターズをはじめたら、止まらない。 ドラクエをリアルタイムでプレイするのは、ドラクエ4以来。 4/10 本日で、生後3日。鉄腕アトムは、すでに子どもたちのヒーローです。 それにしても、駅構内に貼ってある、JRのスタンプラリーの鉄腕アトムは怖い。 「生前」はもっとやさしい目をして、夢と希望の象徴だったような…。 詳しくは手塚治虫の「記号としてのマンガ」参照。 4/11 山手線を初めて一周した。 理由は、2つ。1.好奇心、2.舞城王太郎。 『煙か土か食い物』は傑作だ。目が回る。 どうでもいいけど、私なら土になる。 4/14 テレビ関係の話題を2つほど。 1.えなりかずきに10円はげ。 大学受験で早慶とか一流を受けまくって、全滅。そしてストレス、重圧。 勉強がすべてじゃないよ、えなり君。 君が学歴というプレッシャーに苦しんだことは、わかりすぎるくらいよくわかる。 でも、「学歴なんて必要ない」って言えるのは、高学歴の人だけなんだ。 そう気づくのに10円は、安いでしょ? 2.U15Fスキにさせて! あらゆる意味で「犯罪的な」番組である。 女の子たちのセリフが、きわめて図式的である。 ロリコン犯罪が増えそう。マジで。 4/14 眞鍋かをり。 初めて名前を目にしたとき、「ゴルゴ13」の作者かと思いました。 「眞」もなぜか、旧字体。 と、彼女の誕生日が3/31であることが判明。 ネットで3/31生まれの有名人を検索してみると… 館ひろし、大島渚、宮迫博之、戸川純、筒井道隆、永井路子、朝永振一郎 ホルスタイン・モリ夫、毒蝮三太夫、上原さくら、今井健二、鶴久政治 デカルト、ハイドン、ゴーゴリ、ジョン・ファウルズ、クリストファー・ウォーケン なかなかどうして、錚々たるメンバーである。 個性的すぎるくらい、個性的な、すぐキレそうな、アブナイ人たち。 ちなみに、前日(3/30)ゴッホ、ヴェルレーヌが生まれている。 そんなこんなで、3/31は私にとって忘れられない日になったのでした。 4/21 アメリカのイラク攻撃を機に、「物語」の力について語られる機会が増えた。 我々は、知らず知らずのうちに、「映画」的に、現実を解釈しまう。 「映画」的な予定調和を、心のどこかで求めてしまう。 映画やマンガは有害だ、なんて議論はもうやめよう。 物語に回収しきれない現実など、一つもない。 使い古された物語の中にしか、私たちの現実は存在しない。 どうしようもなくチープで、ありきたりな「物語」を、私たちは生きている。 4/23 勘違いかもしれないが、推理ドラマについて。 「毒殺」がなくなり、「絞殺」「刺殺」が増えた。 猛毒とされる青酸カリでさえ、摂取後、死に至るまで、数分かかるなどの、 科学知識が広まったからだろうか。 それとも、(加害者も被害者も)苦しまなければ死ねない、との哲学的考察からか。 まあ、推理ドラマなんて見ないから、どうでもいいんだけど。 4/24 2chで舞城王太郎のスレを読む。 驚いた。 舞城と清涼院を両方とも読んでいる人は、きわめて少なかった。 そういう意味では、JDCtribute は、読書の幅を広げるのに役立っているのかも。 あ、西尾維新も読まなくては。 4/28 たまにはクイズでも。 5/5は何の日でしょう。 1.子供の日 2.子どもの日 3.こどもの日 5/1 クヌート・ハムスンの『飢え』を読む。 ドストエフスキー・酒鬼薔薇・新本格・現代文学とは違った壊れ方。 私の壊れ方。あえて言うならパスカル的壊れ方。 14歳が壊れているなんて、嘘だ。 本当に壊れたとき、人は攻撃性を喪失する。 5/6 青野聰『天地報道』を読んでいる。 P・オースターの『孤独の発明』を思い出した。 例えて言うなら、美しいメロディーが、 ラジオから流れてるんだが、 電波の調子が悪くて、なかなか聞き取れない状態。 もどかしい。 5/7 ROUAGE(ルアージュ)を最近よく聞く。 狂気と正気が程良くブレンドされた深遠な世界観。 宇宙の広がりを思わせる深いことば。 群を抜いてうまい演奏。 表現の幅も広く、ライブも完璧。 メンバーは、美形。 全てが一体となって、痛いほど心に突き刺さる。 が、一つだけ決定的に欠けているものがある。 ボーカルが下手、というか音痴。 性格のいい美人。だけどオカマ、みたいな。 解散したことも含めて、いろんな意味で、残念なバンドだった。 5/8 金融業者のポケットティッシュについて。 ●武富士 ティッシュの量が多いと、評判だったが、 今日のポケットティッシュは薄かった。 どうする? アイフル? ●ディック 「ディックです、よろしくお願いします」 これって…。 ディックって英語で、●●●ですよ。P.K.ディックだったら面白いが。 ●アイク 「●●のアイクです。よろしくお願いします」 ディス イズ(this is)とも、プリーズ ディス(please this)とも聞こえる。 一体なんて言ってるんだろうか? 情報、求む。 5/9 怒濤の更新&新コンテンツラッシュです。 ●世界のことわざ ●チャトランガ世界征服計画 ●裏切り者の果てしなき挑戦 どれもインターナショナルな内容です。 逆に ●哲学者の素顔 ●教養としてのベストセラー ●ガゼー家サーガ は、ビミョーになってきました。 5/12 5/10の夜に「地球俳句」を観る。 フランスの名門女子高生と句会。 すばらしい、すばらしすぎる。 小林恭二はやっぱりすごい。 というわけで、句会を企画中。 5/13 気のせいかもしれないが、 電車で本を読んでいる人が増えた。 でも、古い本ばっかりだから、●●●K OFFで買ってるんだろうなあ。 (※●●●Kは、four-letter-wordではありません。) 5/14 ルネ・ジラール『世の初めから隠されていること』(法政大学出版局)が 復刊された。 しかし、7000円とは…。 といいつつ、そのうち買うんだろうけど(カードで)。 5/15 ちょっと前に、上野の一蘭(ラーメン屋)に行く。 「フォアグラかよ」と突っ込みたくなるシステム。 普通以下の味。 味以外の部分で、客に食べる態度を強要するラーメン屋はまずいことが多い。 汎用性を持つことが、「良い」ことの条件である。(もちろん例外はあるが) 5/16 青野聰『一八歳の滑走路』の巻末広告で、 「冥王まさ子」なる名を発見。 な、なんという名前だ。激萌え。 著作をコンプすることにしました。 5/19 果たして林明日香は、歌がうまいのか。 果たしてBoAは、歌がうまいのか。 結論。二人とも歌い方がうまいのであって、歌がうまいわけではない。 歌がうまいというのは、歌に情感を込められることであり、 それなりの年齢と人生経験を必要とする。 彼女たちの歌がうまくなるかは、これからの努力次第だと思うが、 ただ一つ確実に言えることは、林明日香が高橋尚子なみの顔だということだ。 5/20 舞城王太郎が三島由紀夫賞を受賞した。 良くも悪くも勢いだけの作家である。 だから、勢いで受賞してもいいのかもしれない。 5/21 地球俳句はシリーズでした。 地球俳句(1) フランス・パリの秋〜女子高生と大句会 地球俳句(2) クロアチア〜戦火を越え生命をうたう 地球俳句(3) 台湾〜日本語で人生を詠む 「パリの秋 女子高生と 大句会」は五七五なのに、 それ以降のタイトルは、違う。それだけが残念だ。 5/22 コンビニマンガが熱い。 横山光輝『三国志(1)(2)』を買ってしまった。 厚さから計算すると、20巻ぐらいで完結しそうだ。 約1年かけて集めることになる。 コンビニのシステム上、増刷はないので、買い忘れにも注意が必要。 長い1年が始まった。 5/23 「ゲーム理論」が流行っている。 多くの本が平積みされ、奥付を見ると、だいたい2刷、3刷である。 「一番損の少ない選択肢を選ぶ」という理念よりも、 ただ単に「世界」を「ゲーム」的に解釈することに 関心が集まっているのかもしれない。 ま、またしても大塚英志なんだけど。 5/26 週末に熊本へ言ってきた。 ちらっとのぞいた本屋の惨憺たる状況に愕然。 東京近郊にしか、本当の活字文化はない。 5/27 遍歴図書館<国内>にメフィスト賞作家を大量追加。 『タンデムローターの方法論』を持っていることをカミングアウト。 ついでに、『深山木薬店 説話集』も。 ちなみに、私はキリシャタンですが、ショタではありません。 5/28 裏切りシリーズ<米国大統領編>を作成中。 ちょっとだけ、紹介すると… ビル・クリントンは、岩崎剛志。 ジョージ・ブッシュは、林 耕作。 妙にはまってる気がするのは私だけだろうか。 6/2 BOOK OFFで買った『週間ストーリーランド傑作選』を読む。 テレビは死ぬほどつまらなかったが、本はとても面白い。 テレビは本当にひどかった。 特に「人称(視点)」について自覚的でなかったのが、最悪。 6/3 青野聰は曲者である。 『天地報道』から『人間のいとなみ』まで読んで、ある仮説が思い浮かぶ。 最新刊『南の島』まで読んで、正しかったら◆メモ◆にて公開予定。(7月下旬ごろ) 6/5 6月4日は虫歯の日である。 私にはまだ、乳歯が1本ある。 永久歯がいじけて生えてくれなかったのだ。 乳歯はとても弱い。すぐ虫歯になる。 もう乳歯は1/3ぐらいしか残ってない。 昔、アメリカに住んでいた頃、新聞で注目の新人コーナーで 『ティース』という本が紹介されていた。 最近日本語に訳された。妙にうれしい。 日本語も英語も持ってるが、読んでない。 6/9 宗教は正しいし、 占いは当たるし、 ジンクスは怖い。 幽霊はいるし、 UFOは飛んでくるし、 ネッシーはスイスイ泳ぐ。 だって、信じてるってことはもう、 その体系に呑み込まれてるってことなんだからね。 6/10 平野啓一郎は、佐藤亜紀『鏡の影』をパクったのか? どうでもいいことである。 剽窃なんていつの時代にもあったことだし、 オマージュなんて都合のいい言葉もある。 そもそも、似てない。気づかなかった。 もし、剽窃があるとしても、 ドラクエとFFがパクリあってるぐらい。(いや、それ以下) まあ、二人は一緒になんかならないだろうけど。 6/11 BOOK OFFは、本を「消費物」の領域へと押し戻した。 本だって、消費物であり、売れなければ意味がない。 それを当たり前にやっている。 「売れないけどいい本」なんてのは、 「ブサイクだけど性格がいい」っていうのと同じだ。 そう書きつつ、じゃあ、私は性格のいいブサイク好きかよ、と突っ込んでみる。 あと、帯は捨てないで、お願いだから。 6/12 串田誠一5作品を5日間で読む。 最初の3作は面白く読めたが、それ以降は退屈。 赤川次郎の「社会派ミステリー」版とでもいうべきか。 作家の資質は一気読みすれば、一目瞭然。 6/13 喜国雅彦『本棚探偵の冒険』(双葉社)を読む。 泣きそうになった。うれしかった。 及川光博が三輪明宏に会ったときの感激ぐらい。 自分の存在が許された。 6/16 日曜日に句会を主催。 特に書くべきことはなし。 6/17 チャック・パラニュークの『インヴィジブル・モンスターズ』が出た。 邦訳は『サバイバー』で打ち止めだとの、予想が外れた。。 次作のchokeまで、洋書で買ってしまった。 まあ、買うんだけど。 6/18 穂村弘『ラインマーカーズ』、伊坂幸太郎『重力ピエロ』を買う。 サイン本だったので。 穂村弘のマーカーで書いたサインには受けた。 6/19 日本VSニュージーランド。 ジーコが、ベンチボックスの屋根に後頭部をぶつけた。 それ以降、ずっと屋根を手で持っていた。 さすが天才、同じ過ちは繰り返さない。 6/20 多くのサラリーマンは、そば好きである。 駅のうどん・そば屋で、「うどんですか、そばですか?」と聞かれて、 「うどん」と答えると店員は驚く。 嘲笑とも取れる笑みを浮かべたり、「えっ、うどんですか?」と聞かれたり。 「私は太くて長いのが好きなのよ!!」 いや、冗談だけど。 6/23 松本人志の母親が、俳句にはまっているらしい。 個人的には、まあまあの出来だと思うのだが、 松本にとっては、笑いのネタでしかなかった。 彼は恥ずかしがり屋である。 だからこそ、事象をメタ的に認識することが要請され、 その結果、お笑いの道を極めた。 まあ、メタフィクションって道もあるんだけどね。 6/24 「ほしのこえ」ノベライズ及び「『ほしのこえ』を聴け」を読む。 発売から約1年遅れである。 「どうせラノベだし、謎本だし」となめていたら、 意外や意外、そこそこ、いやかなり面白かった。 これはDVDを買わねばと、奮起するも、 8年7か月の時差があってもいいかなと、思ったりもする。 6/25 「間取りの手帖」が売れている。 変な形の間取りを集めて、それに面白いコメントをつけるという内容。 何が言いたいかというと、 私は発売直後に購入し、初版を持っているということ。 6/26 浜崎あゆみの歌詞パクリ騒動について。 「くだらない」の一言。 オリジナリティーなどあるものか。 「眠れない夜」とか「別れて初めて気づいたの」とか、 「壊れるくらい抱きしめて」とか「時間が止まる」とか、 「丸山健二は面白い」とか「笠井潔はすばらしい」とか。 無限に蓄積されたデータベースにアクセスしているだけである。 今回は、大塚英志じゃなくて、東浩紀。 6/27 医学関係の知り合いに言わせると、 ケータイがペースメーカーに影響を与えることは、 ほとんどないらしい。 では、なぜケータイを不快に感じるのか? 他者の存在しない会話。 その不気味さに慄然とするのか。 なるほど、だからベケットは読まれないのか。 6/30 ケータイの機種変更をする。 1時間半ほど空きができたので、図書館で涼む。 何気なく手にした『争いの樹の下で』のラスト30ページほどを読む。 やっぱり丸山健二はすごい。 妙なハイテンションで、ケータイを受け取る。 無人島には、『争いの樹の下で』を持っていこう。 たとえ上下二分冊だとしても。 7/1 世界三大美女は、世界によってさまざまらしい。 ということは「小野小町は世界的な美女」ではなかったということになる。 「世界」とついただけで、世界的に認められているのだと信じてしまう私たち。 「世界」は油断ならない。「世界」を侮ってはならない。 7/2 やられた。 I'm getting blueが、新人歌手AIによってカバーされた。 大音響で、ZIGGYのI'm getting blueを聴く。 7/3 熱い。今、講談社が、熱い。 何が熱いって↓ 1.「ミステリーランド」シリーズ創刊。 2.佐藤友哉WEB連載『鏡姉妹の飛ぶ教室』 3.『ファウスト』創刊。 4.奥田哲也『冥王(ハーデス)の花嫁』がやっと文庫落ち。 5.『ダブ(エ)ストン街道』復刊交渉中。(これは微妙) やられっぱなし。 7/4 またまた。 佐藤友哉『フリッカー式 鏡公彦にうってつけの殺人』が新装重版! ユヤタン、君の時代がやってきたぞ! 打倒・舞城! 7/8 爆笑オンエアバトルにて。 ビッキーズのボケの方が「感情的になってしもうた」を連発していた。 やっと気づいたか。 初めてビッキーズの漫才で笑った。 自己批評性が、笑いをより面白くする。 7/9 久しぶりにCDを買う。 nilとBUGとCRAZE。 nilの「ロマン・スカー」最高。 ZIGZOの「flow」ぐらいすごい。 ♪虹のふもとへ終わらない衝動 ♪今この場所が地球のまん中 ♪何もなかった。何も起きなかった。 ♪愛とか希望とかメロディーとかリズムしか。 7/10 昨日の続き。 アルバム未収録のカップリングが聞きたくて、 BUGのシングルを買った。 リアルタイムで入手していたら、 歓喜の涙を流してシャウトしまくっていただろう。 そして、室姫脱退で、またシャウトしていただろう。 ASAKIって何者だ? 室姫 深よ、あなたは今いずこに? 7/11 勢いに任せて、またCDを買う。 hyde,s.o.a.p,TAKUI。 hyde--HELLOは、flowerの閉塞感を打ち破るような曲。 s.o.a.p.--曲はいいが、唄が…。hydeに唄ってもらえばいいものを。英語がひどい。 TAKUI--「Who moved my cheese?」を読み終えて気づかされたことが2つあるって、 探しても探しても、読みとれないが、何? 7/14 「このまま死んでもいい!! なんて瞬間はそうそうめったに訪れるものじゃない」 なんて、歌詞があった。 「死んでもいい!」という瞬間は、絶望の際にのみ訪れるものでは。 幸せなときこそ、このまま生きていたいと思うのでは。 もし、「死んでもいい!」というほど、幸せな瞬間が訪れたのなら、 私は死んでもいい。なんてね。 7/15 十二歳が殺人をした。 で? 十四歳が殺人をした。 で? お前は何歳だ? 7/16 一つの言葉で、爆発的にイメージが広がることがある。 「Private Religion」。 とても、いい言葉だ。 7/17 「現代は情熱を失った時代である」とキルケゴールは書いた。 サルトルや、ドストエフスキーなどが放つあのハイテンションには、正気ではついていけない。 彼らをアクチュアルに読むためには、少量の狂気を纏う必要がある。 しかも、狂気という代物を少量に保つことはきわめて困難だ。 7/18 夜中の4時に目が覚め、夢遊病さながら、外に出る。 道ばたで見つけたサッカーボールを蹴りながら、1・先のコンビニまで行く。 そんなつもりなどないのに、ドリブルで帰ってくる。 どうしようもない夜の出来事。 7/22 酒鬼薔薇ことキルケゴール君は、ニーチェやゲーテが好きらしい。 でも、キルケゴールは知らない。 成熟するためには、自己を内面化する必要がある。 アッパー系だけではなく、ダウナー系の文学・哲学も読み込むことで、内面化は可能となる。 関根君、せっかく渾名になったのだから、「オキテ」として、キルケゴールを読んでみては。 まあ、マニアはキェルケゴールと表記するけどね。 7/23 青野聰の放浪とP.オースターのそれには決定的な違いがある。 青野聰は、「決して見つからない母」を求める。 彼にとって、母は永遠にたどり着けない存在である。それゆえ、性に対しては「開放的な態度」を取らざるを得ない。 見つからないから、遍歴する。出口は、どこにもない。 オースターの放浪は、どこへもたどり着かない。 自己目的化した、純粋なる放浪。 このことは、K.ハムスン『飢え』や、F.カフカの諸作品に決定的な影響を受けていることや、彼がユダヤ人であることからも伺える。 探したところで何も見つかりはしないことを、オースターは知っている。 その絶望から生まれる愛は限りなく美しい。 オースター的な壊れ方を、十代の若者は学ぶべきだと心から思う。 7/24 ニッキ・フレンチ邦訳4作品を読む。 日本のミステリーを薄めた感じ。 『メモリー・ゲーム』を読むなら、浦賀和宏。とか。 日本ミステリーは、面白さ、ラディカルさ、ともに優れている… …作品も多少はある。 7/25 とあるバンドが、路上ライブをやっていた。 あまりの質の高さに、その場でCDを購入。 よく見るとメジャーデビューしているではないか。 自分の審美眼を信じられた一日。 7/28 頭のいい奴と話すと、会話が進む。 説明が要らない。抽象的な議論ができる。 交わす言葉は少なくても、その奥にある思考は深い。 7/29 爆笑問題のススメに、Yoshiが出演していた。 彼は、女子高生向けにカスタマイズされた<物語>を、<外部>と思っている節がある。 まあ、読んでみなくてはわからないので、それまではエポケー。 何が言いたいかというと、4巻すべて初版を持っているということ。 7/30 やばい。Youjeenは、最高にやばい。 プロデューサーが、「J→Gary Stout→室姫深」って。 試しにかったFakeでショック。 10年前、Die in Cries“Melodies”にイントロ5秒で殺されたことを思い出す。 今回も、ギターは、室姫深。 すごいよ! 室姫深。 8/4 風邪をひいたので、更新が滞った。 のどが痛くて、あまりしゃべれないので、このへんで。 8/5 ⊇ωレニちレ£★夏τ〃£Йё★ こ(=⊇)、ん(=ω)、に(=レニ)、ち(=ち)、は(=レ£) で(=τ〃)、す(=£)、ね(=Йё) ギャル字なるものが、流行っているらしい。 2ch用語(例えば、スマソ)を彷彿とさせる、ことばあそびである。 文字の本来の姿である象形文字に回帰してるとかそんなことは言わないで欲しい。 回帰がどれだけ大変なことか、ニーチェでなくてもわかるはずだ。(長井秀和風に) 興味のある人は、googleで「ギャル字変換機」と打ち込んでみてくださいな。 8/6 『天使の囀り』『青の炎』を読む。 とてつもないリーダビリティである。 ただ、描き出される人間像に物足りなさを感じる。 ネタバレは避けたいので、詳細にまで立ち入ることはできないが、 主人公は現実をもっと真摯に受け止めて、生きていくべきであると思う。 (巧みな状況設定で、この問題と直面することを逃れているのは『クリムゾンの迷宮』) 貴志祐介だからこそ、要求はあくまでも苛烈なのである。(綾辻行人風) 8/7 デジタル放送に向けて、各局の放送終了時間が早くなっている。 暇なので、チャンネルをカチャカチャやってると… 1、3(NHK)、6(TBS)、12(テレビ東京)→エッフェル塔 8(フジテレビ)→謎の女 4(日本テレビ)、10(テレビ朝日)→部屋(インテリア) 意外にも同じ画像を使っている局があった。 理由を勝手に想像するだけで、「ジャパネットたかた」よりも楽しめる。 8/8 「エンタの神様」は大丈夫だろうか? 若手お笑い芸人の漫才と、そこそこ有名なアーティストのライブと、マリック。 総合的なエンターテインメント番組を目指していたはずが…。 日本のエンターテイメントのあり方を考えた。いや、戯言だけど。(西尾維新風) 8/11 日曜日の空は青かった。ひたすらに青かった。 青という色は、色弱の人でも、認識しやすい。 海と空に、ただ思いを馳せた休日。 8/12 「奇跡だ」などという台詞は、自分には縁遠いものだと思っていた。 ある(新刊)書店で、山尾悠子『角砂糖の日々』を見つける。 版元品切れ状態で、ヤフオクで平均1万円ほどの値がつく超プレミア本である。 すでに1冊所有しているとか、そういう問題ではなく、 ただ、奇跡に出会えた僥倖を噛みしめたくて、レジに走る。 1680円で買えた奇跡。 8/13 脳がオーバーヒートした経験はあるだろうか? レトリックではなく、本当の意味でのオーバーヒートである。 脳が過度の興奮状態になり、あらゆるものが遅く認識される現象である。 どんな高速な音楽であっても、すべての楽器が別々に、しかも同時に聞こえてくる。 原因は不明。 7,8年ぶりのオーバーヒートにワクワクした。 脳を酷使しすぎているのかも知れない。 8/14 ヘキサゴンを観る。 6大学スペシャルに、一般人のルサンチマンがとか、そんなことはどうでもいい。 エンディングで「音楽 nil」という文字を確かめたかっただけ。 音楽は確かに、高野哲そのものだった。 8/15 12時の黙祷をTVで観ている人は、誰もいないはずだ。 それなら、いっそこと、1分間映像を流さなければいいのでは。 そんなことを考えて得意になっていた。 その後、NHKニュースで黙祷の様子を放送していた。 なるほど、そういうことだったのか。 12時の黙祷をカメラで撮っているいる人は、目を開けているとか、 そんな意地悪は、やめておこう。 その代わり、目を背けたくなるような事件が多すぎるという下らぬ言いぐさも、 この際だから、捨ててしまおう。 なんのこっちゃ。 8/18 津村巧『DOOMSDAY−審判の夜−』を読む。 残酷さ、救いのなさ、悪い冗談、すべてにおいて、 『バトル・ロワイヤル』を上回る。 あと、次回作はまだ?という点でもね。 8/19 浅暮三文『ダブ(エ)ストン街道』がついに10月に文庫落ち。 復刊でなく、文庫とは…。 しかし、高橋源一郎の推薦文は、ハードカバーの帯にしかないはず。 何が言いたいかというと、ハードカバーを帯付きで持ってるということ。 8/20 佐藤友哉『フリッカー式【新装判】』、丸山健二『虹よ、冒涜の虹よ』 カルヴィーノ『見えない都市』などを購入。 全部、既に所有しているもののバージョン(判型・仕様)違いである。 それにしても、河出文庫はやってくれる。 続刊予定に『柔らかい月』『宿命の交わる城』って。 『フィネガンズ・ウェイク(・〜・)』って! 8/21 深夜テレビで「蹴られる」(「蹴ることができる」の意味)とのナレーションがあった。 それって「ら入れ表現」じゃん。(正しくは「蹴れる」) 五段活用には、「れる」。一段活用には、「られる」。 言語学においてGrammar is descriptive, not prescriptive.なのは常識だし、 民間語源説は大好きなのだが…。 ちなみに「さ入れ表現(さつき言葉)」というのもある。 「飲ま(さ)せられる」「やら(さ)せて頂く」「見(さ)せてください」 なにが言いたいかは、行間を読んでください、ということで。 8/22 氷川透の『真っ暗な夜明け』『密室は眠れないパズル』『最後から二番めの真実』 『人魚とミノタウロス』『追いし者 追われし者』『密室ロジック』を一気に読む。 フーダニットとか、ハウダニットではなく、ホワイダニットにしか興味がない私にとって、 ロジックだけで物語が進んでいく展開は、ちょっと辛かった。 おそらく一番の問題は、文章の巧拙にあると思うのだが。 あと、きゃしゃで、背の低い、東大卒の氷川透というキャラは、 作者の氷川透とは別人とみなしたほうがいいだろう。 画像はここにあります。(モザイクの入っている人) 9/1 更新が滞ったのは、夏休みだったからです。 ネタはたくさんあるのですが、 もったいないので、小出しにしていきます。 しかも、今日は、ここまで。 9/2 単行本未収録作品をコピーするため、国会図書館に行く。 村上春樹「街と、その不確かな壁」「鹿と神様と聖セシリア」、 竹野雅人「似てない生活」、 松本賢吾「厄刑事」「三代目」などをGET。 調子に乗ってツルゲーネフ全集の中編をコピーしようとするが、 「著作権上、死後50年以上経ってないものは、半分までしかコピーできない」とのこと。 待てよ、ツルゲーネフは1883年に死んでいる。 ということは…。 翻訳者の裏切り者!! 9/3 国会図書館での話。 前々から、気になっていた藤原伊織の無名時代の習作を手に入れる。 『ダックスフントのワープ』(集英社文庫)の解説で傑作だと激賞されていた 3作品(「踊りつかれて」「風の魚(うお)」「気分はいつも、四角の光」)である。 単行本未収録であるし、いくらネットで調べてもヒットしない。 NDL-OPACや、雑誌目録も使うが、見つからない。 以下の情報を頼りにアナログで調べる。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 1977年「踊りつかれて」で第4回野生時代新人文学賞佳作。 1985年「ダックスフントのワープ」で第9回すばる文学賞受賞。 1995年『テロリストのパラソル』で第41回江戸川乱歩賞、翌年、第114回直木賞。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 結果的に、2時間ほどで3作全てをコピーする。 本棚探偵になった気分だった。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 <読者への挑戦状> 「踊りつかれて」「風の魚(うお)」「気分はいつも、四角の光」を手に入れよ。 <ヒント> ・なぜ、「新人賞」を3回も獲ってっているのか。 ・なぜ、単行本未収録なのか。(「踊りつかれて」を含む) ・なぜ、集英社文庫の解説でのみ言及されているのか。(文春文庫にはない) ・なぜ、解説者は3作品を読み得たのか。 ・なぜ、私は2時間ほどで3作品を見つけることができたか。(物理的な意味で) ・3作品は、藤原伊織の無名時代のものである。 ・藤原伊織は努力家である。(もしくは才能がない) 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 国会図書館に行く機会があるときに、この謎に挑戦してみては? で、もう一つの謎。 なぜ、私は2日間にわたって国会図書館ネタを書いたのか? 答えは2回行ったから。 9/4 セブンイレブンのレジにQUOカード(ENEOSカード)偽造の注意書きを発見。 「磁気」の表記が「磁氣」になっているものは、偽物だという。 そこで、「気と氣」について考えてみた。 語源は、諸説あるが、私なりの解釈は以下。 気→「メ」は、閉じこめるの意。エネルギーを閉じこめる、滞らせるイメージ。 氣→「米」をふかすときに出る蒸気のこと。エネルギーを放出するイメージ。 「どんだけ「氣」を発してんだよ!」と、三村マサカズなみのツッコミや、 「犯罪っていうのは、もっとスマートにやるもんだ」と、どこぞの探偵のようなツッコミを入れてみたり。 P.S.「激変する文芸 ファウストフェスティバル2003」に当選。招待状が届く。 出演者は、東浩紀、飯野賢治、佐藤友哉、清涼院流水、滝本竜彦。…ひたすら感涙。) 9/5 ルミネで開催されていた「よしもと園芸会」を見に行く。 吉本興業の芸人(ほぼ全員)の芸術作品が飾られていた。 まあ、それなりの作品が、それなりの数だけあった。 一つだけ、非常に気に入ったのがあったので、無断で引用。 ---------------------------------------------------- 金がなくなり 女がなくなり 力がなくなり 命がなくなり そして、 芸がなくなった ---------------------------------------------------- 作者はペナルティーのワッキー。 「なくなってもいいもの順に書いてみました」とのこと。 そうきたか。コメントが作品を生かす好例。 解説読んで、そういうことなのねと頷くみたいな。 まだまだ、夏休みネタは続く。 9/8 大西巨人『神聖喜劇』『三位一体の神話』を読む。ついに読む。 あ、清涼院流水がこの人の後継者なのか。というのが、第一印象。 膨大な引用で埋め尽くされた描写が延々と続く。ひたすら延々と。 物語は、焦点を失って、意識の流れに呑み込まれる。 どれくらい脱線するかと言えば、『トリストラム・シャンディ』ぐらい。 そして謎のリーダビリティ。(これは清涼院も同じ) 読了後、「もしこれらの引用全てが、作者のでっち上げだとしたら?」と 想像し、背中に電流が走る。 清涼院がいくら叩かれようとも、所詮、私たちは清涼院世代なんだろう。 9/9 平野啓一郎『葬送』『高瀬川』を読む。 『葬送』は、文句なしの傑作である。『日蝕』『一月物語』をはるかに凌駕している。 特にドラクロアの描写と、その芸術論が秀逸。 平野の言う、「上質な退屈」もふんだんに盛り込まれているし。 そんなことより、『高瀬川』である。 言葉が古い。 平野の文体は、ちょっと遠めの過去にのみ、正当性を持つ。 もし、このことに少しでも自覚的であったなら、 江國香織をはじめとした「現代文学」を最低数十冊は読み、 「イメイジ」「メイル」「一張羅」という言葉の「おかしさ」に気づいたはずである。 文体は、いわば諸刃の剣である。 一度振り回せば、必ず何かが傷ついてしまうことも含めて。 9/10 丸山健二『月は静かに』、『ひもとく花』、 「祭り」(『アラフラ海』所収)を読む。 『月は静かに』は、傑作。いつもどおり、すばらしい。 ちなみに目の前でサインしてもらった本である。 『ひもとく花』は、花へ愛に満ちた写真集。 白い花がこんなにきれいなのか、と花萌え要素が満載の花図鑑。 ちなみにこれも、目の前でサインしてもらった本である。 「祭り」は、阿部和重っぽさ全開の中編。 こんな作品が、20年以上も前に書かれていたという驚きと、 『丸山健二自選中編集』から外されたという皮肉。 夏休みの締めくくりとして、ふさわしい三作品だった。 9/11 新作が常に旧作を上回る作家は、そうそういない。 中島望は、そんな稀有な作家の一人である。 『Kの流儀』『牙の領域』『一四歳、ルシフェル』の三作を読む。 設定、筆力など、すべてにおいて、よくなり続けている。 「傷つかない主人公」という問題を孕んではいるにせよ、 「これは、あくまで虚構の世界だ」とする作者の姿勢には共感を覚える。 太田Jは、佐藤、西尾、舞城以上に、中島を可愛がった方がいいのでは。 まあ、意地悪く言えば、完成される前にデビューしてしまったってことなのかもしれないが。 9/12 小路幸也『空を見上げる古い歌を口ずさむ pulp-town fiction』は、どうなのか? 「分けることで、分かる」とする、その安易さはどうなのか? (語源的に言うと、「分ける→分かる」なのであるにしても、である。) 「善」「悪」が逆転する可能性があると言いつつも、ひっくり返る様子が微塵もないのは、どうなのか? イノセンスだけで、小説たりえた時代は、もう終わった。 いや、最初からそんな時代なんか、どこにもなかったんだけど。 9/16 東浩紀、佐藤友哉のサイン会に行く。 『ファウストVol.1』以外にも、 『フリッカー式』、『クリスマス・テロル』、「藪れません」所収の『群像』(佐藤友哉)、 『存在論的、郵便的』(東浩紀)を持っていく。 「為書き、添え書きは、ご遠慮させて頂きます」とのことだったが、 机の上にドサッと上記の本を載せた途端、 東浩紀が「お名前は? 今日何日?」と妙なハイテンションで聞いてくる。 あわてて店員が日付を確認。(ということは、日付を書かれた初めての人ということになる) 横にいた佐藤友哉も、名前と日付を記入。 考えようによっては、複数の漢字がありえる私の名前を、 東浩紀が、迷わず漢字で書いたのに対して、 佐藤友哉が、カタカナで書いたのは象徴的と言えば象徴的である。 加えて、『クリスマス・テロル』に東浩紀が勝手にサイン。 「ある意味、貴重だよ」と東浩紀。 それ以上に、『群像』に佐藤友哉がサインしたことの方が、貴重だと思うが。 9/17 山口雅也『垂里冴子のお見合いと推理(正・続)』『奇偶』を読む。 『垂里冴子〜』2冊は、著者が自身のテクニックを余すところなく、見せつけた作品。 「こういうのも、書こうと思えば、書けるんだよ」と。 『奇偶』は、山口雅也節全開の超傑作。 スタニスワフ・レムが『枯草熱』で達した境地を、軽々と超えてみせた。 すべてが語り尽くされたなんて、嘘だ。 語れど尽くせぬ鉱脈が、ミステリにはある。(文学にもね、念のため) 9/18 滝本竜彦3作品を読む。 『ネガティブハッピー・チェーンソーエッジ』を読んだ時点では、 ロマン主義的手法(より正確に言うならば、ルソー的ロマン主義的手法)を 使いこなせる稀有な作家なのかな、とかなり期待した。 が、『NHKにようこそ!』『超人計画』を読んで、愕然。 滝本自身が、『ネガティブ〜』の成功によって、世界とつながってしまったのだ。 ひきこもりが生み出した「妄想としての世界」と、ストイックに距離を保ち続けられるか。 これが滝本に対する課題であろう。 「っていうか、ひきこもり、やめちゃえば? そしたら、書きたい世界は無限に見つかるよ」 9/19 『タンデンムローターの方法論』を読む。 「灰色のダイエットコカコーラ(短縮版)」は、確かに「短縮版」だけあって、 物足りなさは残るが、それでも、根底に流れる不安は、リアルだ。 ついでに、サイン本『群像』所収の「藪れません」を読む。 佐藤友哉は、この問いに関する限り、正しい「解答」を示したと思う。 問題としてあまりふさわしくない「問題」に対して。 正しく投げかけられた「問い」は、すでにその答えを内包しているものである。 9/22 「ファウストフェスティバル2003」に参加。 最高。もう最高。テンションあがりっぱなし! 何がすごいって、一応、羅列。 ●東浩紀は、本当に頭がいい。サイン入りDVDを購入。 ●舞城王太郎「パパ・イン・ザ・ドッグ」が、パンフレットに! ●生リュースイ。それだけで、なんかすごい。 ●佐藤友哉のキャラにはちょっと食傷気味。しっかりしろ! ●飯野賢治は、面白いおやじだ。 ●滝本竜彦は、自分のキャラをよく演じている。 ●DTPについても、ちょっと考えさせられた。 ●「太田Jは、舞城王太郎」説。受ける。 で、これだけでもおなかいっぱいなのに。 しかも。 なんと。 笠井潔が、ロビーに!! 恐る恐る「笠井潔さんですか?」と尋ねる。 そして、サインを頂く。家宝にします。 9/24 志茂田景樹作品を読む。 『やっとこ探偵』『黄色い牙』を含む、講談社ノベルス、講談社文庫すべて。 ゴーストライター(以下GW)疑惑があり、それを自身で検証する試みである。 <結論>講談社に限り、GWは使っていない。 1.GWなら、もっとましなものを書くだろう。(笑) 2.人間に対するやさしさが、にじみ出ている。 3.「若さ(イノセンス)VS 体制(社会)」という物語文法が、一貫している。 4.諸葛亮孔明など、好きな三国志の武将が一致している。 5.頻繁に使用される語彙が、似ている。 6.志茂田自身の過去のトラウマ。(某団体のにょろにょろ) で、 GW疑惑は、ともかく、(2)と(3)を非常にうまく描く作家なので、 もっと真面目に、小説に取り組んで欲しかった。 読了した全作品中、『天空の爪』はとても面白かった。 鷹使いの話である。この方向性を突き詰めるべきだったと思う。 直木賞受賞作『黄色い牙』より、はるかに面白い。 9/25 Janne Da Arcの“SINGLES"を聴く。 さすが、シングル曲だけあって、キャッチーな名曲ぞろいである。 しかし。 しかし、である。 同じような曲が多すぎる。 一時期の小室哲哉のような。 Aメロ、Bメロ、サビが、取り替え可能なのだ。 たぶん、メインコンポーザーのyasuは、 どんな出来事にも超然としている天才か、 感受性のかけらもない、只のremixerか、 どちらかであろう。 変容することも、一つの才能である。 9/26 石黒耀『死都日本』読了。 ミステリーでなく、パニック小説である。 文句なしのメフィスト賞。 ほぼ完璧な作品と言える。 火山オタクの著者が、火山以外の題材で小説を書き始めたとき、 とてつもない傑作が生まれるはずだ。 9/29 ジャーロにて、笠井潔『吸血鬼の精神分析』連載開始。 こんな大事件が、googleで「吸血鬼の精神分析 笠井潔」と検索しても、たった2件のヒット。 あの矢吹駆シリーズの第6弾なのに!? どうせ、本として読めるようになるのは3年後ぐらいだろうけど。 9/30 CRAZE"SPIRAL"を体で聴く。 TUSKになら、何度でも打ちのめされたい。 そんな気にさせる、どうしようもねぇCD。 10/1 「差別語を禁止しても仕方ない」という意見がある。 言葉と事物との間には、恣意的なつながりしかない、というのがその理由らしい。 そんな人には、「恣意的必然という言葉を知っていますか」と問うてみたい。 多くの問題は、己の無知を自覚してないことに由来する。 10/2 群像所収の大塚英志「文学自動製作機械」を読む。 舞城の作品は、つまるところ「二次創作」であり、 大江健三郎や村上春樹の「自前の足場」とは違う、舞城ははたして「文学なのか?」と指摘している。 わらかん。全然理解できない。 現代の若手作家が、安易な引用を多用している「現象」は、実感している。 それなら、「神話構造」からこっそりパクってくればいいのか。 それとも、安部公房のようにひたすら自己模倣を繰り返せばいいのか。 文字を記すという行為が「秘儀」であった時代は、とうに過ぎた。 誰でも書ける。何でも書ける(データベースは無限にある)。 「文学」なんて、どこにもない。 「特権的な」ものを求めるなんて、時代遅れだ。 私自身、ここまで書いて、かなり空しくなってきた。 大塚英志は、この空しさに堪えられなかったのだろうか。 10/3 なぜ、西田ひかるの誕生日パーティーは、「国民的行事」になりえたのか。 「8月16日」というのが、その理由である。 1.終戦記念日の次の日で、明るい話題が欲しい。 2.お盆休みで、友達と遊ばずに家にいる子供が多い。 3.大人も田舎から帰宅。明日からの仕事に向け、家でのんびりしている。 つまり。 敗戦という闇の底から、光を放つ俳優、西田ひかる。 西へと沈んでいく太陽に抗(あらが)うかのように、光を放つ俳優、西田ひかる。 西田ひかるは、ニーチェ哲学(偶像の黄昏)を体現した、稀有な俳優である。 10/6 「引きこもり世代のトップランナーは誰か」 「21世紀の太宰治は誰か」 100人に聴いたら、98人は「そんな奴はいない」と、 1人は「佐藤友哉」と、もう1人は「滝本竜彦」と答えるだろう。 問題は、「佐藤か、滝本か」ではなく、98人が「誰もいない」と答えることだ。 そのことに気づきさえすれば、「引きこもり世代」以上のトップランナーになれるし、 太宰のような無用な悩みもラクラクと飛び越えられるはずだ。 10/8 売れまくっている貫井徳郎『慟哭』の帯(腰巻き)について。 初版時は、こんなコピーだった。 ----------------------------------- 人は耐えがたい悲しみに慟哭する 新鋭の鮮烈デビュー作、待望の文庫化 ----------------------------------- 普通である。よくあるコピーである。 あるときから、こう変わった。 ----------------------------------- 題(タイトル)は『慟哭』 書き振りは≪熟達≫ 読み終えてみれば≪仰天≫ --------北村薫 ----------------------------------- すばらしいコピーである。 そして、エドワード・D・ホック『怪盗ニックを盗め』(ハヤカワ文庫)は、 さらにやってくれた。 ----------------------------------- 貫井徳郎氏(作家)慟哭す。「ニック大好き!」 ----------------------------------- その他に、私がやられたコピーは、ドストエフスキー『地下室の手記』(新潮文庫)の、 ----------------------------------- これぞ元祖ひきこもり本! ----------------------------------- である。 帯の与える影響は大きいなと感じた今日この頃。 『慟哭』の初版を持ってるとか、帯をなぜか2本持っているとか、 そんなことは、言わずもがなである。 10/9 「サラダ味って塩味じゃん」 そんな人にトリビアを。 いわゆる「塩味」は、「サラダ油を吹きつけた後、塩を振りかけている」のだ。 だからもう、「こんなしょっぱい世界は、サラダ味だね」と嘆くのはやめよう。 私たちは、世界に何を吹き付けるべきなのか、もっと考えてみようじゃないか。 10/10 「なぜ海の水は青いのか」 深夜番組での答えは、「海が、青以外の光を吸収するのから」であった。 確かに「答え」ではあるが、「納得のいく答え」ではない。なぜか? 多くの人が勘違いしているが、「説明」とは、因果律をたどっていくことではない。 カントを持ち出すまでもなく、「A→B→C→D→E→F→G→H→I→…」と、 因果律は永遠にさかのぼり続けることができるからである。 蟻地獄に救いがないのは、どこにも掴まる場所がないからである。 因果律の蟻地獄に囚われないためには、他と繋がればよい。 救われるためには、因果律の相似形を見つけることである。 10/14 笠井潔『魔』を購入。 日本「語」でしか成立し得ない奇跡のハードボイルド、 飛鳥井シリーズの第三弾である。 さて、巻末インタビューで、こんなことを言っている。 「小説は、何よりもまず若者に読まれなければならない。 清涼院や舞城や西尾に若い読者を奪われた「作家」たちは、 脱格系を非難する前に、まず、読者を取り返さなくてはならない」(記憶に頼った引用) 以前、マンガしか読まない若い読者について、 「マンガを読まなくなった若者が情けないのではなく、 マンガに読者を奪われた小説が情けないのである」(記憶に頼った引用) と言い放った笠井潔。 笠井潔は闘う男である。 10/16 倉橋由美子『老人のための残酷童話』と、 山尾悠子『ラピスラズリ』を購入。 もう二度と新刊が出ることはないと思っていた二人。 ついでに、舞城の新作と、朝暮、浦賀、流水、京極の文庫も買う。 10/20 ツルゲーネフの 『猟人日記』『めぐりあひ』『その前夜』『初恋・まぼろし』『けむり』 『廣野のリヤ王』『春の水・不幸な女(短縮版)』『プウニンとバブリン』 『処女地』『PLAYS(洋書)』『真実の書』を一気に読む。 以前読んだ作品も含め、おおかたのツルゲーネフ邦訳作品を読んだことになる。 一言で言えば、「甘い、メロー」である。 ツルゲーネフは、「若さ」をあらゆるものから守り抜いた。 「若さ」を主題にするには、作者自身の「若さ」を必要とする。 日本文学が、二葉亭四迷のツルゲーネフ翻訳から始まったことと、 ツルゲーネフのほぼ全作品が絶版になっていることは、 あまりに象徴的なことではあるまいか。 通過儀礼としての作家、ツルゲーネフか、 ただ若かっただけの作家、ツルゲーネフか。 今一度考えてみる必要がある。 答えはとっくに出てるけど。 10/25 ---------------------------- 信じるって大切だよね もし、心の中が見えたら 信じるなんて言葉はいらない ねえ、 ---------------------------- 「信じる」の反対は、「疑う」ではない。「信じない」である。 言語とは差異化を行うものである。 ゆえに全く同一の対象物を指し示す言葉は存在しない。 何が言いたいかというと、ソシュールなんかどうでもよくて、 某アイドルの「詩」に妙に感動してしまったということ。 10/27 Kのつく作家(哲学者)は、私の人生で大きな役割を持っているようだ。 丸山健二、倉橋由美子、笠井潔、竹本健治、カフカなどなど。 キルケゴール。カントなどなど。 平野啓一郎、松本賢吾、京極夏彦、浦賀和宏、積木鏡介などなど。 単にKのつく作家が、多いだけなのかもしれない。 10/28 ウイダーインゼリーの時系列について。 以前のTVCFでは、「未来の自分」が「現在の自分」に話しかけ、 ウイダーインゼリーを摂取することを薦めていた。 「未来」「現在」「過去」が錯綜し、構造的にも凝ったCFであった。 現在のTVCFでは、「現在の自分」しか登場しない。 言語習得理論によると人は、 「Before A,B(Aの前に、Bした)」という構文より、 「After A,B(Aの後に、Bした)」という構文を先に習得する。 人間の頭は、時系列順に出来事を羅列した方が、理解しやすいらしい。 「意味がわからない」という視聴者の声が、TVCFを変えさせたのだろう。 「っていうか、それぐらいわかれよバカ」と言いたくなるが。 10/29 アンジャッシュの笑いは、「新しい」か? 答え。むしろ古い。古すぎて、逆に新鮮に感じるだけである。 彼らの笑いは「戯曲」的である。 シェークスピア、モリエール、カルデロンなど、 悲喜劇を問わず、戯曲の基本は「取り違え、勘違い」である。 だから、アンジャッシュの笑いを、新しいと勘違いしても、 それはそれでいいのかもしれない。 10/30 「敵」、"Millionaire"、"Tales of Revolution"を読む。 アルツィバーシェフの先見性に圧倒される。 世界大戦以前に、大量死、群衆、理由なき暴力、生の倦怠など、 現代文学のモチーフが先取りされている。それもかなり巧妙に。 世界大戦が、人を壊したのではないのなら、 人は自然に壊れたということになる。 「だから言ったんじゃん」と、得意げに本を閉じる。 10/31 丸山健二の新刊『銀の兜の夜』を購入。 我ながら、本当にマルケン基地外なんだと、感じる。 それにしても、『争いの樹の下で』(新潮文庫)絶版は、ひどい。 11/4 文学フリマに行く。 大塚英志、白倉由美、東浩紀、太田克史、ササキバラゴウ、藤林靖晃を確認。 要は、有名人に群がっただけの内輪のイベントだ。 売る気を感じないブースが多い。 文学は外に向けなければ、意味をもたない。 大塚英志はきっとわかっていながら、確信犯的に主宰しているから怖い。 11/5 トリビアを。 「ジョンソン・エンド・ジョンソン」の創始者は、ジョンソン3兄弟だそうだ。 本来ならば、「ジョンソン・エンド・ジョンソン・エンド・ジョンソン」のはず。 社名から外された「ジョンソン」の心の傷は、バンドエイド程度では修復できない。 11/6 佐藤江梨子について。 ジョージアのTVCFに出演したのは明らかに失敗だ。 米倉涼子、矢田亜希子と顔の大きさ、美しさを争うのは間違っている。 最近出版された『気遣い喫茶』の見返し部分に、彼女の「生原稿」があるが、 あの程度を推敲と呼んでいるのだとしたら、酷すぎる。 萎えまくり。最初から、萌えてないけど。 11/10 ウェイン・W・ダイアー9冊を読む。 ニューソート(New Thought)の一人である。 最初の3作まではまともだ(それゆえ読むに値する)が、 4冊目から、「テレパシー能力を信じる」とか言い出す。 さすが、個人主義の国、アメリカ! これこそ、フロンティアスピリッツ! ニューソートを調べてみると、なかなか面白い。 「観念的倒錯」起こしまくり。 キルケゴールとかヴェイユとか、読めっつーの! 11/11 東浩紀『存在論的、郵便的』を読む。 デリダの解読を目的に書かれた本である。 それなのに、ハイデガー思想が非常によく理解できた。 なぜ、現象学は生まれたのか。 その思想的背景が、開示されたとでもいうべきか。 とてつもないインスピレーションに満ちた怪物的一冊。 11/13 「勝利の哲学」と「敗北の哲学」という定義分けをすると、 自分の哲学的「嗜好」が明確になることに気がついた。 私は「敗北の哲学」に強く惹かれるようだ。 何が「勝敗」を決めるかというと、 「超越的な存在(物自体)の世界に、人は到達できるか、否か」である。 それにしても、カントはよく「敗北」できたと感心する。 11/14 愛媛川十三「いーから皆密室本とかJDCとか書いてみろって」(群像12月号)を読む。 (舞城王太郎「私たちは素晴らしい愛の愛の愛の愛の愛の愛の愛の中にいる。」は読まない) 大塚英志の「文学自動製作機械」に反論するかのように書かれた、舞城王太郎初の評論である。 二人とも文学というジャンルの衰退を真剣に憂えているらしい。 舞城王太郎がこの評論で言ってることと、 大塚英志が文学フリマでやっていることに何の違いもないのだとしたら、 二人が求める文学など、多寡が知れてらと、うそぶいてみる。 11/17 『不過視なものの世界』『網状言論F改』『動物化する世界の中で』『自由を考える』を読む。 笠井潔との喧嘩に終始した『動物化する世界の中で』が特に面白い。 11/18 レジナルド・ローズ『一二人の怒れる男たち』を読む。、 「無罪」と認める最後の陪審員が、実は読者なのかなと、考える。 なかなか読みごたえのある作品だったので、 いくつか洋書を注文する。 11/19 『すばる2002年11月号 特集モーリス・サックス―回想する放蕩児―』 モーリス・サックス『屋根の上の牡牛の時代』を読む。 喧噪と狂乱の時代のざわめきが遠くから聞こえてくる。 気が付くといつの間にか、サックスの隣に座っている。 そんな感じ。(どんな感じだ?) 11/20 予約販売の霧舎巧『私立霧舎学園ミステリ白書 プレミアム版』を購入。 何だ、これは? ネタか? ありえない…。 同時にサルトル、レヴィナスの哲学書をレジに持っていってよかった。 いや、余計に怪しい奴と思われたかも。 11/21 倉橋由美子『あたりまえのこと』『よもつひらさか往還』を読む。 既刊書の(オリジナル)エッセイ5冊と同様、 『あたりまえのこと』には、あたりまえのことが書いてある。 倉橋の文学感には、強烈な親近感を覚える。 『よもつひらさか往還』は、あの「桂子さん」もの。 倉橋の肉体と精神は、もう死の世界にいる。(死んでいるという意味ではない) だからこそ書けた傑作であり、だからこそ凡人には理解できない文学である。 11/25 シドニィ・シェルダン(シドニイ・シェルドン) 『顔(裸の顔)』『真夜中は別の顔(真夜中の向う側)』『私は別人(鏡の中の他人)』 『血族(華麗なる血統)』『天使の自立(天使の怒り)』を読む。 アカデミー出版を読み、「あれっ」と思った箇所は、早川書房で確認。 すると、すべての箇所が「超訳」によって加筆・訂正されたものであった。 「超訳」とは、結局のところ、翻訳者の傲慢である。 「訳(やく)」を「超」えた「訳(やく)」ではさらさらなく、 「訳(わけ)」が「超」わからないだけではないかと、言葉遊び。 11/26 シェルドン先生の歴史 1.早川書房から刊行。そこそこ売れる。 2.アカデミー出版サービスが、大金をエージェントに払い、版権を奪う。メガヒット。 3.アカデミー出版サービスが、二見書房から『If Tommorrow Comes』の版権を奪う。 4.徳間書店が、版権を獲得、『遺産』『氷の淑女』を刊行。 5.アカデミー出版サービスが、再び版権を奪い返す。 なんともいやはや、シェルドンの小説並みの大どんでん返しである。 11/27 まだまだシェルドン先生。 小説家としてデビューするまでの経歴について。 早川書房→アカデミー脚本賞などを受賞するも、地味な存在だった。 アカデミー出版サービス→「超」うれっこの人気脚本家。 EA(イングリッシュアドベンチャー)と書籍をからめて売るという 戦略をとるアカデミー出版としては、 いい脚本家だった「シェルダン」が、いい小説を書いているというのは 要請された「事実」だったのかもしれない。 そんなものは、メディアミックスでも何でもないんだけど。 11/28 Friskを嫌いな人は、よく「辛い」と言う。 「辛い」という形容詞は、はたして適切なのか。 「辛い」というより「すっぱい」気がするし、 「辛い」というより「痛い」気がする。 何とも世知辛い毎日だ。やれやれ。 12/1 津村巧のホームページが面白い。 作家と名の付く人が、ここまで世間に噛みついているとは。 ルサンチマン丸出しとは、このことか。 12/2 「シドニィ・シェルダン」(「シェルドン」ではない)の本に、 「漢字、仮名の表記を統一できなかった」との後書きを発見。 それは「本」として、どうなのか、と。 そもそもなぜ、超訳は2人で行うのか? 1人が日本語に訳し、もう1人が自然な日本語にするらしいが、 その程度のことは、普通1人の「翻訳者」がやることではないか? 同じ「チョウヤク」でも、 キルケゴールの跳躍とはずいぶん意味が違うと、 哲学的諧謔にほくそ笑む。 12/3 世界天才会議というものがある。 あやしい。あやしすぎる…。 と思ったら、主催者はあの…。 12/4 「心の闇」ゆえに、犯人は人を殺した。 それでは、「心の闇」とは何だろう? 虐待? いじめ? 両親の離婚? 愛の欠如? 存在理由? 「心の闇」を乗り越えてきた人は、いくらでもいる。 誰でも「心の闇」を持っている。 それを乗り越えられなかった理由こそ、 我々の熟慮すべき点ではあるまいか。 12/5 「数学」は、役に立たない。 当たり前である。 「教育指導要領」に、頭の体操のためと書いてある。 本来の目的を知らずに、騒ぐのは無駄なことだ。 …というのは嘘で、数学はとても役に立つ。 例えば、虚数iのおかげで宇宙の成り立ちを説明できる。 教育の分野に限らず、役に立たないものなど、何もない。 学んだことを活かそうとする意志と、 世界を捕まえようとする欲求さえあれば。 12/8 「テツ and トモ」が、つまらない。 エンタの神様と笑点、ともに笑えなかった。 面白いのは What to say なのか、How to say it なのか。 何が人を笑わせているのか、芸人は考えなければならない。 ダンディ坂野は、無自覚すぎて逆に面白いが。 12/9 「魁!! クロマティ高校」には、セクシュアリティが存在しない ほぼすべての登場人物が、男である。 学園物にありきたりの恋物語が、そこにはない。 前田の母親は、前田にそっくりな女として存在する。(明らかに男顔) 神山の母親は、手紙の宛先としてのみ存在する。(本当に存在するのか?) セクシュアリティとは他者の謂いでもあり、 そういう意味において「魁!! クロマティ高校」は、 きわめて現代的なマンガと言えそうである。 12/10 ジョン・レノンのLet it be は、何回聞いても、 「下痢ピー」に聞こえるんだ。 世界に向けて始めて「下痢ピー」を訴えたアーティストとして、 ジョン・レノンは記憶されるんだ。 (ファンの人ごめんなさい) 12/11 英語の絵文字は、「:->」のように横書きである。 その理由を考えてみた。 1.たまたま最初にやった人が横にした。 2.西洋人は顔が長い。 (縦にすると、横幅だけ広くなる。) 3.実は、西洋人は、文字を横に読んでる。 4.まだ、文字遊びに慣れてない。(日本人は漢字がある。 アルファベットはあくまで記号なので、そういう見方が出来ない。) 5.西洋人にとって、アルファベット以外の記号は未知な物である。 未知な物に出会ったとき、人は首をかしげる。 比較文化論とか、がんばれば書けるかも。 12/12 シドニィ・シェルダン。 『星の輝き』(アカデミー出版)の主人公である「ララ・キャメロン」が、 『氷の淑女』(徳間書店)で言及されるシーンがある。 しかし、表記は「ラーラ・キャメロン」となっている。 徳間書店のちっちゃな抵抗が、微笑ましい。 その仕返しという訳ではないが、 『氷の淑女』の続編とも言える『空が落ちる』で、 「ダナ・エバンズ」が、「ダナ・エバンス」に 「レスリー・スチュアート」が、「レズリー・スチュアート」に なっている。 12/15 これぞ超訳の真骨頂!! 英会話学校NOVAのCMに驚く。 NOVAウサギが、雪にMerry X'masと書いていたのだ。 X'masは間違いで、Xmasが正しいからではない。 X'masは、和製英語だと考えれば、許せる間違いである。 しかし、である。 正しい英語を教える場所である英会話学校が、 このような間違った表記をしているとは。 唖然。 12/16 フセインが拘束された。 現実であるにはあまりにドラマチックすぎはしないか。 あと、同時通訳の人は、フラ語ができなかった。 それなら、フラ語とか他言語の人も用意するべきでは。 12/17 「オレオレ詐欺」が流行っている。 「もやもや病」と同じくらい超絶技巧なネーミングだ。 ぱらついた雨に「てるてる坊主」でも吊そう。 12/18 シドニィ・シェルダン『ゲームの達人』『明日があるなら』 『神の吹かす風』『時間の砂』『明け方の夢』『陰謀の日』『星の輝き』 『女医』『遺産』『氷の淑女』『よく見る夢』『空が落ちる』を読む。 結論から言うと、リーダビリティは非常に高い。 評価は人それぞれなので、エポケーということで。 で、いくつかの指標を。 一番面白かった →『ゲームの達人』 本格ミステリ好き→『遺産』 サイコものが好き→『よく見る夢』 スパイものが好き→『陰謀の日』 12/19 『家出のドリッピー』『コインの冒険』『追跡』を英語で読む。 ネットオークションで購入したペーパーバックである。 『家出のドリッピー』→まあまあ読める。子供なら楽しめる。 『コインの冒険』→結構楽しめる。大人でも楽しめる。 『追跡』→違う意味で楽しめる。乱入したマラソン大会で優勝? 一体、何人の人が、初級、初中級、中級を経て、 最後の『ゲームの達人』まで辿り着くのだろうか。 上級を終えたとき、その人は何の達人になっているのだろうか。 12/22 Georg Christoph Lichtenberg "Waste Book"を読む。 ちんたら読んでたら、半年もかかってしまった。 諧謔に次ぐ諧謔。延々とアフォリズム。 ニーチェやウィトゲンシュタインに影響を与えたというその意味が、 非常によく理解できた。いくつか引用を。 ・The American who first discovered Columbus made a bad discovery. ・The book which most deserved to be banned would be a catalog of banned books. ・Not only did he not believe in ghost, he wasn't even afraid of them. ・To err is human also insofar as animals seldom or never err, at least only the cleverest of them do so. ・It is almost impossible to bear the torch of truth through a crowd without singeing sombody's beard. 諧謔を諧謔として笑ず、インスピレーションとして受け止めることができるか、 それが、哲学者と凡人と截然と区別する。 12/24 クリスマスとクリスマス・イブ。 出来事が起こってしまったまさにその当日よりも、 これから何かが起こるという“予感”に満ちた前夜。 そんな意味においてなら、イブを祝う気にはなる。 【トップページ】へ 【過去の言葉たち2004】へ 【過去の言葉たち2005】へ 【過去の言葉たち2006】へ |