今日は桜三里の名前の由来と関係する源太桜まつりが開かれるので参加する。もう1週間も前から参加要請が来ていて、私は当然参加するけど家族はどうなるか分からないと答えておいた。今朝、我妻に最終確認をすると、山道は歩きたくないけど、もちまきには行くとわがままなことを言う。参加要請の有ったメンバーは、川内の中央公民館か役場から車に乗り合わせて現地に向かうと聞いていたので、家族をもちまきだけに連れて行くためには、私は車に乗り合わせて行くことが出来ない。まず先に私一人が行って、他のメンバーと源太桜まで歩き、その後いったん我が家に帰って家族を連れて行かないといけない。どうせ一人で行くのなら車ではなくMTBで行ってみよう。駐車場も無いことだしMTBならどこにでも止めることが出来る。

まずいきなり孔雀の写真。国道11号線を桜三里方面に走ると大きな鳥小屋があり孔雀が飼われている。以前もホームページのどこかに書いたと思うけど、我が家は車でこの前を通過するときは、私も含めて全員が鳥小屋のなかに孔雀が居るか、羽は開いているかチェックするのである。そして「居た!」とか「開いてなかった」とか叫びながら走り去るのである。

今日はMTBなのでデジカメでじっくりとチェック。しかし羽は開いてない。
オイ、なんとか開いてくれよと言いたいけど、孔雀語を知らないのだ。こんなところで時間を浪費していたら、祭りに遅刻したらいけないので、羽が開くのを待つのはやめる。
昨日井内サイクリングで声をかけて来た人が、次はココと指定してきたのがこの崖。『山椒ヶ崖』と言うらしい。建築会社?の資材置き場のようなところから見た図。

桜三里から下りて松山方面に走っていると右手に見える崖だ。
もう少し走ると邪魔物の無い自然の姿で見えた。
途中のコース省略でいきなり高速道路の横に出る。
あのPと書いた標識は桜三里パーキングまで1kmの標識。
峠道の頂上にある東温市の斎場。私もいつかはここでお世話になるのか。そして灰は白猪の滝へ(オイオイ)

峠を越えれば、あとは当然下り坂。今日の会場まで快調に走り降りる。会場に近付くと路上駐車の車があちこちに見える。今日のまつり参加者の車だな。公民館への入り口でさくら山行会の会長さんに出会った。向こうも丁度到着したところみたいだ。

源太桜について書いている看板。これを見ると源太桜が知られるようになったのは、つい20年ほど前の昭和55年とのこと。しかも見つけたのは川内町ではなく丹原町の調査によるらしい。
出発までみなさん適当におしゃべりで時間つぶし。私も100円のコーヒーを飲んだり、さくら山行会のメンバーと話をしたり。
暇つぶしにこんな花でも写してみる
いかにもフグリらしく2つ並んでいる(-_-;)
出発前に酒井先生の講釈が始まる。

さくら山行会の清家先生とか、酒井先生は、うんちくを語りだすと止まらないのだ。しかしそれをホホーとか、ふーんとか言いながら聞くのは楽しいのである。しかし楽しいのは一時である。聞いたことが右の耳から左の耳に抜けていくのが速いのだ。すぐに忘れる。
源太桜にまつわる話や、この付近の昔の様子を説明する。

それによると、昔はこの付近は交通の要所として栄えたそうだ。

酒井先生の講義が終われば参加者一同出発。細い山道を約1時間歩いて源太桜まで行くのだ。

公民館を出発したらまず屋根つき橋を渡る。中山調整池が出来るまでは、こんな屋根つき橋が有ったらしくて、地元の人が昔を思い出してここに復元したらしい。その復元した橋を渡るのだ。
この光景を写している私の背後は国道11号線。つまり、この屋根つき橋は11号線の目と鼻の先に有るのだ。
みなさん楽しそうに眺めているのはこの橋に架けられている木の板。その板は酒井先生手作りで「あけぼのばし」と書かれているのだ。酒井先生が自分で自分の作品を説明したので、みんなが笑ったところだ。
この岩はこんぴらさん参りの岩。こっちこんぴらさんと書いてあるのだが、元あった場所から移動するときに逆に置いたので、今では金毘羅さんとは逆方向の目印になっているとの説明。しかし、この岩の標識を見て金毘羅参りをする人はもう居ないと思うので全然問題なし。
地区の集落を過ぎれば山道となる。杉林の中を歩くが、去年の台風の影響で、倒木がすさまじかったらしい。それを今日のために関係者が綺麗に片付けたらしい。らしいと書いたのは、実は私もその作業に誘われていたのだが、他の用事と重なって参加してなかったから。

小峠

昔ここを通る旅人が行き倒れになって、その墓が有るとの説明。昔は行き倒れになった人を手厚く葬っていたとのこと。

ところでこの写真を撮った後、皆のところに戻るときに見事にひっくり返ってしまった。MTBで来た事で足腰が弱っていたんだろうか?
中央は桜三里途中に有るモーテル。なんでこんなものを写したのかと言うと、あのモーテルの有る場所には、昔は城が有ったそうだ。

昔は兵(つわもの)どもが夢の跡、今はベッドの窪みは夢の跡(オイオイ子供も見ているかも知れないんだぞ)
スギの伐採跡。タラの木が密集していた。タラの芽はあと1週間したらいっぱい出ているかな・
桜三里を越える馬の治療所が有った場所らしい。そこでの説明風景。
酒井先生の説明では、あの乃木大将がここを通ったことがあるが、本来は馬に乗って通るはずだったのに、前夜に酒を飲みすぎて馬に乗ることが出来ず、人力車で松山に行ったとのこと。
この写真を写した理由は、ここで人が通っている道幅は狭くて、とても人力車が通れるとは思えないが、実はここに写っている杉はあとから植えたもので、乃木大将の時代にはこの杉は無かったので、人力車が通れるだけの道幅は有ったということを説明するため。
ところで乃木大将を乗せた人力車は前引き二人、後ろから三人が押してこの山道を通ったらしい。
ようやく源太桜が見える場所に到着。

ズームアップ。まだ蕾は固そうだ。来週来れば見頃かな?
そしてこれが源太桜1号。源太桜は2本が現存している。2号は50mほど向こうに有るが、この写真には写っていない。

下を通る人と比べても大木ということが分かるだろう。

桜の品種はエドヒガンザクラとのこと。

ところでこの写真の桜はデジカメの露出のせいで上のほうがチョン切れたように写っているが、実際はきれいな形をしている。つまりもっと上のほうにも枝が出ているのだ。この写真では背景が空の部分が飛んでしまった。
甘酒の接待つき。
もう一度源太桜1号

背景が空の部分が見事に飛んでしまっているが、一眼デジだと綺麗に写るんだろうか?
源太桜2号
源太桜2号から1号を見たところ

これで桜ハイキングは終わり。元の会場に戻る
屋根つき橋に戻ってきた。左手は国道11号線。
再びMTBに乗って帰る。

MTBの左に見えるのは巨大マツタケではない。
巨大マツタケに見えたのは、馬繋ぎ石。

今日はMTB繋ぎ石(-_-;)

MTBで元来た道を戻り、今度は家族を車に乗せて来る。

もちまき前      
白く飛んでいるのは今日のために用意していた白い鳩(殴)  

もちを袋に入れているのでいろんな形に見える
もちが飛べば、段ボール箱も舞うだろう(-_-;)
もちまきが終われば今日の源太桜まつりは終わり。車に戻ろう。

屋根つき橋は珍しいのでわざわざ家族を通らせる    
この「あけぼのばし」と書いた板が酒井先生手作りの板だ。   

肝心の源太桜は全然咲いてなかったが、酒井先生の講釈つきで歩くのは楽しかった。


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