ガラスの変質(ヤケ)を防ぐ光触媒塗料

                  国井玄雄、井上真由美、百合野和正

1.はじめに

 ガラスの表面を定期的に洗浄していても建物の立地や使用条件等によりヤケが生じ

ることがある。

 その発生原因は水がガラスに浸透し、成分中のソーダ灰を分解することによる。

 分解されたソーダ灰は表面に溶出し、大気中の酸性ガス等と化学反応を起こしてガ

ラスの表面構造を変質する。

 変質し、光沢がなくなり、曇った部分は薬品を使って洗浄をしても元の透明なガラ

スにはもどらない。

 なぜならばその部分はガラスとは異なる組成の物質に変わっており、削り落とす以

外に除去する方法がない。これまでヤケを防止するには洗浄頻度を増やす以外に方法

がなかった。したがって多くの施設ではそれのみをくり返している。

 本工法はガラスのヤケを防止する抜本的な方法であり、以下にその詳細を述べる。

2.ガラスの物性とヤケが起こるメカニズム

 ガラスの表面物性は親水性の域にあり水と馴染みやすい。

  <ガラスの成分:硅砂(SiO2)+ソーダ灰(Na2O)+石灰(CaO)>

 ガラスに付着した水とガラス面との接触角は小さいので、水は表面に拡散し中に浸

透する。

 浸透した水はソーダ灰(Na2O)を分解しアルカリ液として表面に溶出させる。

 (Na2SiO3+(x+2)H2

         加水分解

  H2Si2・XH2O+2NaOH

 アルカリ液は酸性ガス(特に※HCIと※SO2)が存在すると化学反応が急速に進

み硅砂(SiO)構造を変質して異常層(ヤケ)を成長させる。(写真1、2)

写真1) ヤケの発生したガラス 写真2) ヤケの発生したガラス(クローズアップ)

 したがってヤケは次の条件の建物のガラスに多く発生する。

 1.)酸性ガスなどの大気汚染物質が建物を覆っている場所(都市部と工場地帯)

 2.)海岸や湖の近くで潮風やモヤと長く接触する建物

 3.)水滴が常にかかる部分(噴水や滝、クーリングタワーの近くのガラス)(写真3)

 4.)高温多湿の施設(大浴場、温水プール)

    ※HC1:塩化水素(水溶液は塩酸)

    ※SO:二酸化硫黄(硫酸の原料)

写真3) 水アカが付着したガラス(クリーンタワーの隣接部)

3.従来のガラス保護材の欠点

 建物のガラスを保護しヤケを防止するには水の付着と浸透を防がなければならない。

 それを目的にガラスにコーティングする各種の保護材が販売されている。それらの

主成分はシリコーンやシラン化合物およびフッ素化合物であり、撥水性の塗膜を形成

して水の付着を防ぐ。

 しかし、撥水性の塗膜には汚水が点在して残る。塗膜に残留した汚物に微生物が繁

殖すると塗膜を変質し透明度を阻害する。

 したがって撥水剤を塗布し、ガラスの表面物性を親水性から撥水性に変えても防汚

効果はあまり変わらない。

 また、これらの撥水材の塗膜は柔らかくキズが付きやすい。塗膜にキズがつく主な

原因は硅砂塵(SiO)の衝突による。

 硅砂は地表に最も多く存在する鉱物であり浮遊塵の約60%を占める。風が吹くと

硅砂が浮遊し建物やガラスに強く衝突するので、塗膜がえぐられてキズがつく。塗膜

にキズがつくととそこから水が浸透するので保護材として機能しなくなる。

 今まで透明で堅い塗膜を常温で形成して汚物を分解するガラス用の防汚塗材はなか

った。

4.従来の光触媒塗材の環境浄化機能と欠点

 光触媒酸化チタンは紫外線を吸収すると励起電子が遊離して正孔が生じ、表面に存

在する酸素や水と反応する。反応により水が分解されスーパーオキサイドアニオンや

OHラジカルになる。これらラジカル(遊離基)は表面に付着しいる有機物の酸化還

元反応を促進させ、炭酸ガスや水に分解して消滅させる。

 したがって有機物である塩化水素、二酸化硫黄、硫化水素、二酸化窒素(NO2)等

の大気汚染物質も分解する。

 車の排気ガスと工場から排出される媒煙や動植物の油煙およびタバコの煙とヤニも

分解する。汚物が付着するためのバインダー(油脂)がないと無機系の汚物(硅砂塵

)も付着できなくなる。

 さらに付着汚物を栄養源として繁殖する微生物を酸化作用により滅菌しその死骸も

分解し消滅させるので表面がまったく汚れない。(写真4)

写真4) JIS Z 2911規格の抗菌試験

    (培養液1か月後試料に菌が繁殖しない)

 最近、酸化チタンを配合し常温で硬化する塗料が販売されている。しかし、これら

の塗料には耐水性がなく、塗布面を水に24時間接触させると塗膜の硬度が低下し指

でこすると剥がれてしまう。

 塗膜が劣化し硬度が低下する最大の原因は加水分解による。光触媒塗料が形成する

無機物の塗膜は硬く科学的にも安定しているが表面の物性が親水性であるため、水と

馴染みやすく加水分解され易い。そのため環境を浄化する効力が優れていても建物の

外部のガラスに塗布することができない。

5.ガラス用の耐水性光触媒塗料の開発

5.1 ガラス用塗料の条件

 各種の光触媒塗料が販売されているが、ガラス用の塗料の開発はもっとも難しい。

なぜならガラス用の塗料は以下の条件を満たさなければならない。

 1.透明度を阻害しないこと。

 2.塗膜の硬度は7H以上でキズがつきにくいこと。

 3.水中に200時間以上浸しても硬度が低下しない塗膜を形成すること。

 4.ガラスと密着し剥がれや破れのない塗膜を形成すること。

 5.施工性がよいこと(常温硬化で速乾性であること)

5.2 すべての条件を満たす塗料(KBLコートT1)の成分と機能

 本塗料は混合アルコールに光触媒酸化チタンと二酸化ケイ素を分散担持させ、さら

にシラン化合物(疎水成分)を配合して塗膜の硬度と耐水性を大幅に向上させた。(特

許出願中)

 塗布後無色透明で薄く堅い塗膜を形成するのでガラスや透明物の表面保護に適する。

 無機系の塗膜は酸やアルカリに侵されず紫外線が照射されても劣化しない。塗膜に

紫外線が当たると光触媒反応が起き、酸化還元作用を進行させて環境浄化機能が発現

する。

 酸化作用は塗膜の表面に吸着している疎水分子を分解するため、塗膜に吸着した水

は不安定になる。不安定な吸着水に付着した水や汚物は塗布面から滑落し長く留まる

ことができない。したがって塗膜には物理的に汚物が付着しにくい。

5.3 T1の物性

 本塗料の指触乾燥時間は5分で、20時間後には塗膜の鉛筆硬度は6Hに硬化し4

0時間後には9H以上の塗膜を形成する。硬度9H以上の塗膜は強風により硅砂塵が

衝突しても傷が付かないので高層ビルの窓ガラスの保護に適する。

 本塗料を塗布したガラスを水中に200時間浸漬した後に塗膜の硬度を測定した結

果、9Hであり500時間後でも6Hを保っている。又ガラスが2〜3時間乾燥する

と塗膜の硬度は元の9Hに戻る。

 塗膜は親水性の域にあるが配合した疎水成分の作用で加水分解しにくい。したがっ

て本塗料を塗布したガラスには水は浸透しないので、ソーダ灰の分解も起こらずヤケ

も発生しない。

6.具体的な施工例と普及

写真5) ガラス洗浄 写真6) コーキング部にプライマーGを塗布
写真7) 銀行の正面入口ガラスにT1塗布 写真8) 熱線反射ガラスにT1塗布
 
写真9) 熱線吸収ガラスにT1塗布

 本工法はガラスのメンテナンスの最新の技術であり、清掃と平行して容易に施工す

ることができる。

 この工法の普及のため各地で工事仕様書や施工計画書をテキストにして研修会を開

催し施工技術のトレーニングも行っている。

7.特殊ガラスへの対応

7.1熱線反射ガラスの注意

 熱線反射ガラスの表面には金属(チタン、ステンレス、ニッケル、銀)を薄膜コー

ティングしてある。コーティングは片面だけであり他方にKBLコートT1を塗布し

ヤケを防止することができる。

 コーティング面にT1を塗布するとガラスが曇る。

7.2 その他の特殊ガラス

 熱線吸収ガラスは金属(コバルト、鉄、セレン)をガラス原料に添加して着色して

ある。電磁波遮蔽ガラスは二枚のガラスを貼り合わせた内側に金属をコーティングし

てある。この二種類のガラスの表面にはKBLコートT1を塗布しても透明度は変化

しない。

 したがって、汚物の付着とヤケを防止することができる。

8.むすび

 ガラスはメンテナンスフリーの建材ではない。

 水と汚れの付着を防がなければヤケが発生する原因となり、美観と透明度を損なう。

 特に大気汚染物質に覆われている建物と水しぶきや湯気が当たる場所では、表面の

保護膜を欠くことができない。

 T1は透明で硬く耐水性の塗膜を形成して表面を保護しヤケを防止する。さらに塗

膜自体が汚染物質を分解してヤケを起こす原因物質からガラスを守る。

 なお、本文のKBLコートは(株)素車B.Sから「アルクリンコートT−1」と

しても販売している。

 

本稿は「工業技術」No.160、塗料報知新聞社(1999)に発表した論文に最新のデータを

追加しました。

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