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No.20
2002/09/01(Sun)日記? 私は昔から「書き物」が大好きであった。 小学校の3年か4年のとき「やっすん」と言う子が転校してきた。 やっすんは自分で物語を作りそれをノートに書いて私たちに 読ませてくれた。 それがおもしろくて私たちの間で物語作りが流行し、 宿題でもないのに毎日物語を書いて 友達同士でまわし読みして楽しんでいた。 中学生ころは仲良しの女の子と「交換日記」をつけており、 好きな子の話を書き綴っていた。 おまけに「別冊マーガレット」か「りぼん」だったか、 文通相手募集のコーナーにはがきを出し、 それが本に載って、私は何人かの人と文通もしていた。 高校一年のころから私は日記帳を買い、日記を書く続けていた。 これはもう日課みたいな物で、私は去年の32歳のときまで 約17年間つけ続けていた。 だから、日記帳も17冊あるわけだ。 高校を卒業し友達としょっちゅう会う事ができなくなったら 今度は、またその友達とも文通を始めた。 これは社会人になっても、結婚しても続いてる子とは いまでも続いている。 私はこれらのノートや手紙や日記帳を捨てれなかった。 文通相手との手紙だけでたんすの引き出し4段あり、 17冊の日記帳は机の引き出し2段を陣取っていた。 が、今回私がこっちにお嫁に来るときに、 物語と交換日記のノートたちは処分した。 手紙はやばい事を書いていないので 今も日本の実家に行けばある。 が、日記はやばい事しか書いていないので(どんな事?) 実家には置いておけなかった。 万が一、何かの手違いで見られた日には・・・。 ヒェー 想像するだけで恐ろしい・・・。 ってことで17冊の日記帳は、私と一緒に海を渡ったのである。 |
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No.21
2002/09/02(Mon)日記? 海を渡った日記帳。 旦那は日本語を知らないし、しめしめと思っていた。 がしかし、最近ちょこちょこ日本語を勉強して 見たらどういう意味かなんとなくわかる・・・と 言い出してきた旦那。(ホンマか?!) ゲーーーーーッッ!!! それはやばい!!! もしもまた何かの手違いで、旦那に読まれたら 旦那はショックのあまり死んでしまうかもしれない。 (私の日記の内容っていったい・・・?!) ある時、私は決心した。 日記を捨ててしまおうと・・・。 何かの手違いじゃなくて、もし私が死んだ後に誰かにこれを 読まれては・・・そう考えたら、おちおち死ねないのだ。 おまけに、去年まで欠かさずつけていた日記も、 今年からは書いていないのだ。 2002年分の18冊目の日記帳も買ったのに、 私はつけなかった・・・。 理由はわからない。 私は、昔の日記を所々読みながら小さく破って捨てた。 全部一気にやったのではなく、一冊づつ捨てていった。 過去のいい事も悪い事も、思い出は心の中に生きているし、 私には今の方がずっと大事だから、名残惜しさはなかった。 しかし、また再びパソコンの中に日記帳をつくってしまった。 けど、これは「削除」のボタンひとつで消してしまえるのだ。 人に見られて悪い事も書けないし・・・。 楽しく綴っていく事にしよう・・・。 |
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No.19
2002/09/13(Fri)友達の帰国 今日は、友達(といっても10歳ほど年上の方なのだが)Fさんが 日本に完全帰国しちゃう日だ。 Fさんとはソウルに来て初めて語学堂で勉強する時に 同じクラスになってからの友達だ。 私からぐんぐんと知り合った時のことも、 イヤというほど話を聞かされた犠牲者の一人でもある。 Fさんが帰ってしまうことは私にとっても残念な事である。 Fさんと会うたびにパワーをもらっていたからだ。 いつも明るくパワーにあふれていたFさん。 活動的だし、みんなに好かれていた。 日本で看護婦さんだったって事もあって、 調子が悪くなるとFさんを頼っていた人も少なくはなかった。 Fさんは「歳なんか関係ないのよ。 何歳になってもやりたい事をやらなきゃっっ!!! 人生は楽しい!!!」と言う事を全身で表現しているような人だった。 Fさんは2つのジッパーがいまにもはちきれそうなパンパンの リュックを背中と胸にかついで、日本に帰って行った。 「ほな、行くわ」っと明るい言葉を残して・・・。 日本に帰っても、すぐに一ヶ月間の中国放浪の旅に出るという。 Fさんはパワフルなのだ。すごい!!! |
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No.2
2002/09/15(Sun)いまどきの大学生 今日は久しぶりに掃除をした。 掃除も久しぶりではいけないのだが、 久しぶりにダーーーッとやってしまうのも気持ちいい。 今日は大学生のお友達Aちゃんが先月に引き続き遊びに来る日である。 Aちゃんは大学生なのにお金持ちで一ヶ月に一回くらいの割合で この国に遊びにやってくる。 そして、一週間や10日間くらい滞在するのだ。 もちろん、ソウルでの食い倒れや買い物も忘れない! (学生でバイトもしてないのにリッチだ。うらやましい。) やって来ては私に連絡をくれる。 そして一日遊ぶのだ。 明日あたり、Aちゃんと会って日本での流行などを聞いてみたい。 ちょうど、日本の活字が懐かしいのでAちゃんに日本から小説を 仕入れてくれるようにたのんでおいたのだ。 楽しみ、楽しみ・・・。 |
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No.7
2002/09/16(Mon)お客様はお義兄様 夜の8時前にお客様が来た。 お客様と言っても身内である。 そう、お義兄様だ。 今日、私たち夫婦は外食したためにご飯もおかずもない。 それなのに御飯を食べに来たのだ。 おまけにおかしなお土産を持って・・・。 ? 今、上映中映画のポスター 別にこの映画に出ている誰かのファンとかいうのでもなく、 なんとなく手に入ったから持って来たのであろう。 ? グレーがかったうさぎのキーホルダー 元々は白いうさぎだったのだろう 汚れでグレーのうさぎになっている。 ? 自称「レモン水」 レモン水と呼ばれる茶色い飲み物が コーラーのペットボトルに入っていた。 体にいいから飲めと言う。気持ち悪い・・・。 ご飯がないというと、ラーメンでいいから作れと言われた。 食後にはりんごと梨をデザートに出した。 なのに、切り方が不細工でまずそうだと言われた。 なのに、なのに、一人でほとんど全部食べた。 そして、今度は我が家のリビングに置いてある雑貨を ゴゾゴソと模様替えし始めた。 なんで、ひとの家の物をさわるのだ?! 今度はいつ来るのか、お義兄様。 |
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No.3
2002/09/18(Wed)「ブタ」 今日は旦那に「ブタ」と言われた。 旦那は日本語が話せない。現在、日本語勉強中だ。 そんな旦那に「ブタ」と言われた。 なんで「ブタ」という単語を覚えたのか??? わざわざ私に「ブタ」と言うためか??? 「ふた」という単語を見ても「ブタ」と わざわざ間違うところがにくたらしい。 しかも「ブタ」と言うときはいつも私の顔を見て発音する。 「ブタにく」と言うときも「ブタ」を大きな声で言って、 「にく」は小声で言う。 くそーーーぉ。 つまらん、日本語だけは、しっかり覚えやがって!!! 他には「オッパイ」や「チンチン」もしっかり頭に はいっている様子だ・・・。 日本語の勉強ってこんなんでいいのか??? |
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No.4
2002/09/21(Sat)中国茶 今日はこの国での大きなイベントがある日であった。 チュソク・・・日本のお盆だ。 私と旦那はそのイベントから早々に逃げ出して来たのである。 昨日から旦那に「生理痛がひどい」と言っておいたので、 旦那が気をつかってくれたのだ。 なんて、お気軽なチュソクなんだろう・・・。 夜、旦那が仕事に出かけてから私は 先日、お友達にいただいた中国で買って来た中国茶を飲むことにした。 いただいてから私はこの国の入れたてでも異常に薄い緑茶が 早くなくなるように飲み続け、やっと昨日その緑茶を飲み終えた。 であるから今日からは中国茶である。 旦那が出かけてから、一人でお茶を飲みながらネットにふける。 この時間が本当に好きだ。 で、お茶を入れてから気が付いた。 今日はお茶菓子がないのだ。 実は、お茶と共にいつもお菓子もいただく。 それなのに今日はお茶だけだ。 仕方がないので、お茶だけをガブガブ飲んでしまう。 もうすでに、お茶だけでお腹がいっぱいだ。 今夜は寝てる間に何回もトイレに起きなければならないようだ・・・。 |
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No.8
2002/09/23(Mon)旦那がダウン 旦那がダウンしてしまった。 熱まで出してウーンウーンうなってる。 私はこの国に来て2年目。 結構、病弱になってしまった。 病院にも通い続けている。あっちの病院、こっちの病院と・・・。 その度に旦那はいつも付き添ってくれる。 私がまだ言葉の上で不自由だということと、心配だということで。 けど、旦那がダウンした今、私が旦那にしてあげれることがない事に 愕然とする。 私は旦那には何の役にも立ってないようだ・・・。 役立たずの私・・・。 熱が出てても、夜には仕事に出かけてしまう。 そして朝、帰って来て死んだように寝る。 大丈夫かな?! 明日は旦那の誕生日なのに、これじゃ誕生日どころじゃない。 あああああああああああ・・・・。 早く、よくなってね。 |
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No.15
2002/09/24(Tue)意地でも誕生会・・・?! 昨日の日記にも書いたが、今日は旦那の誕生日である。 だが、肝心の本人は熱にうなされて寝ている。 おとついあたりからずーーーっとだ。 で、おなじくおとつい・・・いやその前から 電話がしきりにかかってくる。 しかも、かけてくる人も内容はいつも同じだ。 お義兄様からの「ぐんぐんの誕生日はどうする?」という電話だ。 私の誕生日にはおめでとうの「お」の字も聞けなかったが、 愛する弟の誕生日はとても重要のようだ。 9月に入るや否やお義兄様から 「今月は何がある月かわかってるか?!」との電話があり 私が得意気に「はい、チュソクです」と答えたら 「違うやろが!ぐんぐんの誕生日やないかー!!!」と言われた。 私は去年の誕生日にもクリスマスにも そして今年のバレンタインにも旦那に服や靴のプレセントをした。 日本に帰ったときも「ユ●クロ」の服ではあるが、 必ず旦那に買ってくる。 が、私が旦那にプレゼントした物を、 知らない間にお義兄様が着たり履いたりしているのを見ると、 怒りで震えてくるのだ。 旦那の今年のプレゼントのリクエストも「靴」である。 去年のクリスマスに買ってあげた靴は今はもうすっかり お義兄様の物になっているからである。 そのドロドロにされた靴を見るたびに 私は「なんでやねんっっ!!!」とつっこみを入れたくなる。 ・・・・が、今年はパーティーもできなさそうである。 旦那がダウンしているから・・・。 だが、お義兄様からの電話はやむことがない。 「今日、どうする???」と・・・。 「だから、熱だして寝てるんですよ。どうもこうもできません。」 私がこう言っても聞く耳持たずだ。 数時間後には同じ電話がかかってくるのだ。 意地でも誕生日会をしたいのか??? それとも”今年のプレゼントは何かな?” などと期待しているのか??? 結局、誕生日パーティーは行われず、 お義兄様も何回目かの電話で旦那に言い聞かされた様子だ。 私たち二人は、静かに誕生日を祝った。 |
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No.6
2002/09/26(Thu)札幌から来たTさん 一ヶ月くらい前からだろうか、とあるサイトでTさんと知り合った。 Tさんからメールが来たのがきっかけで、メル友になった。 それから毎日メールの交換をしあい、今月の15日、 Tさんは私が住んでいるこの国にワーホリビザでやってきた。 すでに語学を勉強するための学校の手続きも、外国人登録の手続きも、 家の契約も、一人でやってしまい、携帯電話までもってTさんは、 私との待ち合わせ場所で待ってくれていた。 第一印象は「うわっ、賢そうな人」だった。 人の顔だけを見て人を判断してはいけないのだが、 ホントにTさんは賢そうな顔をしていた。で、ホントに賢いのだ。 初対面なのに私たちはベラベラとしゃべりまくっていた。 私は旦那の晩御飯の用意をするのを放棄してしゃべりまくった。 (放棄された旦那の立場は???) 私はTさんの話を聞いていて、 一年半前の私とタイムスリップさせてみる。 スーツケース一つで莫大な希望を持ってこの国に乗り込んで来た私。 不安と期待で、はちきれんばかりだった私。 Tさんの笑顔が、私の笑顔と重なった。 がんばれTさん!!! |