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浅井一彦(あさい かずひこ)

(株)浅井ゲルマニウム研究所の薬事法違反に係る告発及び製品の回収について(厚生省、1997年4月10日)

浅井ゲルマニウム研究所のホームページ

浅井一彦 著「ゲルマニウムとわが人生」(玄同社、1981年8月1日 第1刷)より

明治41年(1908)3月30日生まれ。福井県出身。昭和7年東大法学部を卒業後ドイツに渡り、ベルリン・シャロッテンブルグ工大で鉱山冶金学を学ぶ。20年7月に帰国、財団法人石炭綜合研究所を設立する。
28年国際石炭組織学会に日本代表として出席、東大第二工学部及び九大理学部の石炭組織学講座を担当、32年には各種の技術開発の業績に対し紫綬褒章を受く。また37年に石炭組織学の研究で工学博士の学位を受け、42年には燃料協会賞を受賞した。50年1月、ニューヨーク・アカデミー・オブ・サイエンスの正会員に推され、現在に至る。
著書に『ゲルマニウムと私』『ゲルマニウム讃歌』(いずれも玄同社刊)がある。

浅井一彦 著「驚異の元素 ゲルマニウムと私」(玄同社、1977年2月11日 4版)より

明治41年3月30日生まれ。
昭和7年東大法学部卒業。
昭和9年渡独。
昭和18年ベルリンのシャロッテンブルグ工大鉱山冶金科修業、エッセン公立石炭研究所に入所。
昭和20年7月帰国、財団法人石炭綜合研究所創立。
昭和28年国際石炭組織学会に日本代表として出席、東大第二工学部及び九大理学部の石炭組織学講座を担当。
昭和32年各種の技術開発の業績に対し、紫綬褒章を受く。
昭和37年京大より工学博士の学位を受く。
昭和42年燃料協会賞を受賞。
昭和50年1月ニューヨーク・アカデミー・オブ・サイエンスの正会員に推薦さる。
昭和50年9月フランスで開かれた国際自然療法学会に招かれ、有機ゲルマニウムに関する講演を行ない、反響をよぶ。

自らの人体実験で
私はいつまでも忘れない。昭和42年秋に、研究所員とともに十数年、それこそ、心にえりきざみ、骨にちりばめるような苦心のすえ、待望の水溶性の有機ゲルマニウム第一号、カルボキシ・エチル・ゲルマニウム32酸化物(GeCH2CH2COOH)2O3の合成に成功した。
(略)
そのときの私のからだは、長年の肉体的疲労と精神的ストレスのため、廃人同様の姿であり、医者からは全身の多発性リウマチに痛風が加わって難治の病とされ、病床に臥したきりであったが、所員の持ってきたこの白い粉末を水に溶かして飲んだ。
(略)
病状はうす紙をはぐように日一日と快方に向かい、十日後には病床より出て、散歩ができるようになった。
私は、私の病気が近代医学ではお手上げのようだったので、それなら東洋医学でゆこうと、近所の鍼医で鍼を打ってもらっていた。この鍼医がゲルマニウムの効果にびっくりした。(略)

有機ゲルマニウムに関する問い合わせ先:ゲルマニウム・クリニック
なお、最近有機ゲルマニウムと称するニセ物が多く出回っています。本書の有機ゲルマニウムとは一切関係ありませんので、ご不審の折りは必ず上記ゲルマニウム・クリニックにご照会ください。