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生島ヒロシ(いくしま ひろし)

新谷弘実、生島ヒロシ 著「ドクタ−新谷・生島ヒロシが「胃腸を語る」─対談“新谷式健康・長寿法”」(弘文堂、2001年10月15日 初版1刷)より

1950年 宮城県気仙沼市生まれ
1971年 単身渡米
1975年 カリフォルニア州立大学ロングビーチ校ジャーナリズム科卒業
1976年 TBSにアナウンサーとして入社
1989年 独立してフリーとなる
現在 東北福祉大学客員教授、テンプル大学ジャパン主任研究員、宮城夢大使、リアスさんりく気仙沼大使などをつとめつつ、TV、ラジオ、執筆に活躍。番組や著作を通じて、経済、介護、健康、スポーツなどに関して様々な情報を発信中

08 便秘にはコーヒー浣腸(エネマ)と腹部マッサージがおすすめ。無理に腸のぜん動運動を起こさせる便秘薬は腸相を悪くする。自然な根治がいちばんです。
新谷 (略)便秘薬に限らず、薬はほとんどが体に害になるものです。(略)コーヒー・エネマというのは、肛門からコーヒーを入れて、腸内を洗い出す方法です。これを行うと便秘を解消し、腸相をきれいにする効果があります。
生島 コーヒーを口から飲むと、カフェインが体に害を与えるのに、浣腸で入れると良いというのはおもしろいですね!
(略)

生島ヒロシ 著「生島ヒロシのこれで元気に!「手間なし」健康法」(日本経済新聞社、2001年1月25日 第1刷)より

1950年、宮城県気仙沼市生まれ。71年単身渡米。75年カリフォルニア州立大学ロングビーチ校ジャーナリズム科を卒業。翌年TBS入社、アナウンサーとして人気を得る。89年独立。テレビ番組「週刊・経済王」、ラジオ番組「生島ヒロシのおはよう一直線」など、多くのレギュラー番組を持つ人気キャスターとして活躍するかたわら、東北福祉大学客員教授、テンプル大学ジャパン主任研究員などをつとめる。年間百人近くのお医者さんや医療関係者とラジオや雑誌の取材で話をし、自らさまざまな健康法、グッズ、食品を試すなど、自他ともに認める「健康マニア」でもある。『おばあちゃま、壊れちゃったの?』(三笠書房)他、著書も多数。
<ホームページ>http://www.ikushimakikaku.co.jp

この本で紹介した先生方
西村佳余子 東洋医学西村鍼灸治療所所長
渡辺正 渡辺医院院長、西医学研究所所長
栗田昌裕 東京大学医学部附属病院内科
西原克成 東京大学医学部口腔外科教室講師
福田稔 福田医院
新谷弘実 アルバート・アインシュタイン医科大学外科教授、順天堂大学医学部外科客員教授/新谷尚子
ナターシャ・スタンヒル ホリスティック栄養学士
寺下謙三 寺下謙三クリニック院長
鈴木章生 服部栄養専門学校食品学教授、管理栄養士
仙頭正四郎 仙頭クリニック院長
眞田祥一 眞田クリニック院長
渡辺秀司 とつかグリーン歯科医院院長
植田理彦 帝国ホテルインペリアルタワー・内幸町診療所院長
森谷敏夫 京都大学大学院人間・環境学研究科教授
池松亮子 池松武之亮いびき研究所所長、いびきカウンセラー
鈴木裕一郎 観趾法研究家、ピドックス株式会社オーナー、シューマイスター
高木嘉子 ヨシコクリニック院長
森津純子 ひまわりクリニック院長
堀史朗 エビス心療内科院長
横山章光 大和市立病院精神科

生島ヒロシ、乃木田俊辰 著「ビタミン文庫 生島ヒロシがレポートする 専門医が語るレーザー医療の最前線」(マキノ出版、2000年2月9日 第1刷)より

1950年宮城県生まれ。キャスター。東北福祉大学客員教授。テンプル大学ジャパン主任研究員。宮城夢大使。71年単身渡米し、カリフォルニア州立大学ロングビーチ校ジャーナリズム科を卒業。76年TBS入社。ラジオ番組を振り出しに、アナウンサーとして人気を博する。89年独立し、個人事務所「生島企画室」を設立、現在に至る。主なレギュラー番組に「スーパーサッカー」(TBS)、「諸国漫遊記」(フジテレビ)、「生島ヒロシのおはよう定食、おはよう一直線」(TBSラジオ)など。著書に『おばあちゃま、壊れちゃったの?』(三笠書房)、『欧米流スピーチのすすめ』(PHP研究所)ほか多数。健康雑誌『安心』(マキノ出版)で連載をするなど、自称健康マニアとしてさまざまな健康法を試す日々を続けている。
《ホームページ http://www.ikushimakikaku.co.jp

生島ヒロシ 著「ボクと妻の老親介護 おばあちゃま、壊れちゃったの?」(三笠書房、1999年7月10日 第1刷)より

1950年、宮城県気仙沼市生まれ。71年単身渡米。75年カリフォルニア州立大学ロングビーチ校ジャーナリズム科を卒業。翌年TBS入社。89年独立。テレビ番組『スーパーサッカー』『新・諸国漫遊記』、ラジオ番組『生島ヒロシのおはよう一直線』など、多くのレギュラー番組を持つ人気キャスターとして活躍するかたわら、東北福祉大学客員教授(テーマ「高齢化社会論」「高齢化社会と経済力」)、テンプル大学ジャパン主任研究員などをつとめる。『欧米流スピーチのすすめ』他、著書も多数、雑誌『ホスピタウン』では「男の介護学」を連載。
家族総出で、斑(まだら)ボケの義母の介護に励む日々が現在も続いている。

生島ヒロシ 著「後輩への説教─望みが高ければ退屈しない」(講談社、1991年6月25日 第1刷)より

1950年、宮城県気仙沼市に生まれる。気仙沼高校卒業後、法政大学に入学するが、大学紛争を機に自らの人生を模索するべく休学。1970年、単身渡米。苦学の末、フルトン・コミュニティ・カレッジを経て、カリフォルニア州立大学ロングビーチ大学ジャーナリズム科を優等生で卒業する。1976年、TBS(東京放送)入社。ラジオ番組を振り出しにアナウンサーとして活躍。数々の番組で人気キャスターとして脚光を浴びるが、在職13年にして退社。1989年4月、生島企画室を設立して、フリーの道を歩き出す。現在、『ビッグモーニング』(TBS)『ミュージックステーション』(テレビ朝日)『新・諸国漫遊記』(フジテレビ)他の番組を持つ。また、『週刊現代』『ダ・カーポ』『高一コース』などの連載でも健筆を揮う。著書には『まぜごはん、プリーズ』(アルク)他がある。

生島ヒロシ、ケント・デリカット 著「ケントとヒロシの 英会話生中継」(講談社、1986年12月2日 第1刷)より

1950年12月24日生まれ、宮城県気仙沼市出身。20歳の夏、在学中の法政大学を休学し、片道切符と虎の子の30万円を片手にハワイに渡る。出迎えてくれる人もないひとり旅のうえ、あてにしていた空手道場もつぶれているという、悲惨なアメリカ生活のスタートだった。ホテルのロビーで見知らぬ日本人にひろわれ、サンフランシスコ、ロサンゼルスと渡り歩く。ついた仕事は空手ショーの出演からホテルのボーイ、ハウスキーパー、植木屋、はてはいちごもぎまでと、まるで歩くアルバイトニュースであった。そのおかげでかなりゆきか、まったくダメだった英語も身につき、留学生になるためのTOEFLの試験に合格。72年にはフルトン・コミュニティ・カレッジに入学。さらに翌年、カリフォルニア州立ロングビーチ大学に進学。と同時に“ヒト・イクシマ・ガーデニング・カンパニー”という庭師の会社を設立、社長におさまる大出世。大学卒業後帰国、ご存じTBSに入社。現在アナウンサーとして活躍中。著書に『まぜごはんプリーズ』。