中川雅仁(なかがわ まさと)

須田玲子 著「私たちの体験─あきらめないで!“氣”はこんなに素晴らしい」(さわやか出版社、1997年7月22日 初版第1刷)より

序章
“真氣光”創始者・中川雅仁(本名・中川一)氏は、1936年に北海道深川市で生まれました。学業を終えた後、時計修理技術を身に付け、弱冠20歳、世界最年少で『米国高級時計士資格試験」に合格し、独立。
1962年には、身障者を対象とした日本で初めての時計技術者養成学校『日本時計学校』を開校し、1976年に閉校するまで校長を務めました。
その後も、様々な職種で独創性に富んだ斬新的なアイディアを発揮し、成功しました。街中でよく見かける、クリーニング店や写真屋の店先に置かれた低速モーターを使用した「動く看板」の発案者も、中川氏です。
父、中川信義氏が自宅で「整体手技治療院」を開いていた影響もあって、“健康と幸せ”に強い関心を持っていた一氏は、東洋医学の研究を初めて、1980年頃より、健康器具を販売しながら本格的な治療活動を開始しました。
1983年に北海道から上京した中川一氏は、すべての人の健康と幸福を目指す『皇乃子真圧心療道』を提唱して、東京の池袋に『真圧心クリニック』を開設し、ここを本拠地としながら、全国に活動の輪を広めていきました。
この頃、中川氏の患者さんであった元國学院大学の教授であり、元伊勢皇大神宮宮司の小野祖教氏の勧めにより、『中川雅仁』と改名しました。
(略)

中川雅仁 著「氣づきの時代―あなたの心がからだを癒す!」(中央アート出版社、1996年9月10日 初版第1刷)より

気功家。昭和36年北海道生まれ。北海道大学工学部卒業。大学卒業後10年間さる電気機械メーカーの研究所に研究者としてつとめる。平成7年12月先代中川雅仁氏の逝去によりSAS国際氣科学協会会長・皇乃子真圧心療道総帥に就任。『真氣光』創設者の故中川雅仁氏の名跡と業績を受け継ぎ、さらに発展させるべく活発に活動している。また、理工系の研究者出身だけに、氣の世界を科学としてとらえる視点をもち、その解明にも力を注いでいる。その発光する氣はとても精妙でさわやかだと好評を博す。

'95年12月11日、父(中川雅仁)が再度の脳出血で亡くなりました。

気功家。昭和11年北海道生まれ。外気功による治癒によってさまざまな難病克服に実績をもち、海外でもその名を広く知られ世界屈指の気功療法家として活躍。中国を発祥とする気功法ではなく、意識改革と霊性を高めることで誰でも簡単に氣を発光することができる、とする独自の理論と実践法により多くの気功家を育て、日本を中心とした精神世界ムーブメントの高まりに多大な影響を与えた。その活動は、奈良県生駒市に設けた毎月開催される真氣光研修講座に今も受け継がれている。

推薦者:帯津良一[帯津三敬病院院長]
この本をすいせんします。気づきへのヒントが、たくさん入っています。

中川雅仁 著「1週間で氣が出せた! 誰でもできる真氣光療法・気の時代最前線リポート」(中央アート出版社、1995年9月29日 1刷)より

昭和11年(1936年)北海道生まれ。練功をともなわず、精神面の霊格を引き上げることで、「気」を発光する、という独自の理論が世界に認められ、各国の元首、大統領からも招聘を受ける世界屈指の気功家。外気功による治療により、さまざまな難病克服に実績をもち、その独自の多気功療法を『真氣光』と名づける。国内外で気の普及と啓蒙にあたり、ヨーロッパとアメリカの4大学から博士号を授与され、それぞれの大学に設けられた気功学科や研究室で『真氣光』の指導にあたっている。皇乃子真圧心療道総師・真圧心クリニック総院長・SAS国際気科学協会会長のほか、IFAM(国際第三医学連盟)日本代表、上海中医薬大学、ロシアエネルギー情報学科アカデミー委員などを歴任している。また、国内活動による収益の多くを、ドミニカ共和国におけるエイズ治療研究所の設立に対する援助や上海中医大学の気功研究の支援などにあて、海外の難病治療機関への積極的な協力もおしまない。また奈良県生駒市では毎月、合宿制の研修会を開き気功療法士の育成にあたっている。

真氣光療法士:
高江洲薫 動物愛護病院
山田義帰 慈恵クリニック
(写真:ハイゲンキ治療と外氣功を積極的に取り入れている山田義帰医師)
野島政男 医療法人 のじま医院
西本真司 熊本大学医学部麻酔科
衛藤陸雄

関英男博士の最近の著書『高次元科学』(中央アート出版社)に、真氣光は五種類の波動が出ている、ということが書かれています。これは、形態波動エネルギー研究所の足立育朗所長からの情報です。
足立氏は、私が氣を発光している現場に立ち会われて、その波動の種類の情報をチャッチされました。宇宙には六種類の波動の形態があるということで、現代科学では、そのうち電磁波、磁気波、電磁気波、の三つだけが分かっているのですが、私の中継している真氣光はさらに二つ、ギマネ波とフィーゴク波がある、ということでした。
この二つはまで地球上では知られていないので、宇宙語でしかいいようがないのですが、これが出ているために、病気を瞬時に治してしまうようなことができるのだそうです。

ところで、1989年、ハイゲンキは突然、東京から遠く離れた鹿児島県警に薬事法違反で摘発され、私は逮捕されてしまいました。(略)そして、この裁判の最初の証人として、氣に付いて証言して下さったのが、帯津氏だったのです。

中川雅仁、マックブライド,ダニー 著「ピラミッド・クリスタルの神秘力―癒しに満ちた気を放なつピラミッドの科学」(ファーブル館;スコラ〔発売〕、1993年6月15日 初版第1刷)より

1936年、北海道生まれ。外氣功治療法を駆使し、難病に苦しむ人々を治療し、驚異的な成果を上げている世界屈指の氣功医師。中川氏は、その独自の氣功療法を『真氣光』と名付け、国内外での氣の医療の普及と啓蒙にあたっている。モスクワ工科大学、モスクワ医学アカデミー、オメガ大学(以上ロシア)、北京中医学院、上海中医学院(以上中国)、ホノルル大学セント・トーマス大学、サウスベイロ大学(以上アメリカ)、インターカルチュラル大学(オランダ)などで博士号を取得し、それぞれの大学に設けられた氣功学科、氣功学研究室で、『真氣光』の指導にあたっている。SAS国際氣科学協会会長、IFAM(国際伝統医学連盟)日本代表、真圧心療道総帥、真圧クリニック総院長。

妹尾律子、柚木貞子 著「わたしは“気功”で難病に克った!!─中川気功よありがとう」(さわやか出版社;星雲社〔発売〕、1991年2月25日 初版第1刷)より

IFAMの東京セミナーの直後、ふたつの大きな計画が、真圧心療道本部から発表された。
ひとつは“気功師養成一週間合宿講座”の開催であり、もうひとつは“第五回アメリカライセンス・ツアー”であった。
気功師養成一週間合宿は、文字どおり、一週間にわたって、伊豆・下田の沖ヨガ道場で合宿をおこない、参加者全員を“外気功能力者”にしようというものだ。
(略)
伊豆の沖ヨガ道場は、自然の山ふところに抱かれた三階建ての温泉つき道場だった。
ヨガの世界的存在だった故沖正弘氏の数多くの道場のうちのひとつで、いまはその遺志を継ぐお弟子さんたちによって、一般の人々の修業を受け入れている。