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1876年(明治9年)、東京生まれ。日清・日露戦争で軍事探偵として活躍した後、不治の病といわれた肺結核にかかる。一時は死の淵に立たされるが、インドの聖者・カリアッパ師との出会いをきっかけにみごと立ち直る。その後、実業界で成功して得た地位や名誉をすべて捨て、街頭で辻説法を始め、統一哲医学会(現天風会)を創設する。政界・財界の有力者が続々と入会、以後、人々の啓蒙に専念する。1968年(昭和43年)、92歳で逝去。
主な著書に『運命を拓く』『叡智のひびき』などがある。
天風先生中村三郎とは何者か?旧華族に生まれながら、蒙古草原をさまよい、軍事探偵となる。「人斬り天風」と呼ばれた。断頭台をのがれて米国に渡り、コロンビア大学医学博士となる。死病・奔馬性肺結核をみずから癒さんがためである。ベルリン大学哲学博士を受ける。吐血しつつインドの秘境に潜入、ヨガの大酋長の秘儀に参ずる。居ること数年、ついに悟入転生の機をつかみ、新天地を見た。日本人にして唯一のヨガ直伝者。中国革命に参加、孫文政権の最高顧問となるが革命挫折、帰国。作家宇野千代は「一生にただ一度めぐりあった人」の感動を一人でも多くの人に分けたいと願った。これはその傾倒の書である。
中村天風(本名・三郎)
明治9年東京生まれ。日清・日露戦争で軍事探偵として活躍する。30歳にて奔馬性肺結核発病、救いを求めて欧米に渡る。偶然出会ったヨガの大聖人に教えを受け、悟入転生の新天地を拓く。帰国後、東京実業貯蔵銀行頭取をはじめ実業界で活躍。大正8年、43歳のとき一切の社会的地位、財産を放棄し現在の「財団法人天風会」を創設。皇族、大臣、事業家、俳優をはじめ、直接薫陶を受けた者は10万人を数える(会員数はのべ100万人)。昭和43年、92歳で永眠。著書に「運命を拓く」ほか。
中村天風(本名・三郎)
明治9年東京生まれ。日清・日露戦争で軍事探偵として活躍する。30歳にて奔馬性肺結核発病、救いを求めて欧米に渡る。偶然出会ったヨガの大聖人に教えを受け、悟入転生の新天地を拓く。帰国後、東京実業貯蔵銀行頭取をはじめ実業界で活躍。大正8年、43歳のとき一切の社会的地位、財産を放棄し「統一協会」(のちに「統一哲医学会」、現在の「財団法人天風会」)を創設。皇族、大臣、事業家、俳優をはじめ、直接薫陶を受けた者は10万人を数える(会員数はのべ100万人)。昭和43年、92歳で永眠。
天風小伝─まえがきに代えて 天風会会長 医学博士 杉山彦一