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2004.06.30 きょーはしんどかったなあ
しんどかったんなら早く寝ろよという感じです。 昨日も眠かった。先週も眠かった。ハッと気がつくとなんかたくさん書いたりしてる。 バイトなのに神奈川に出勤とかありえない、朝から雨だったし。最悪っす。 もう電車のなかで寝てやったし、座り込んでやったってば。立ちながら寝たよ。すげえ。 こういうとき、女を越えるよなと思えてしまう。オバちゃん化してるだけなのかもしれない けど。主婦のたくましさってかっこいいと思うんだけどなあ。ピントずれてるかしらん。 たくさんグリーン車の席が空いてたので、紛れて座ってやろうかと思ったが、ちょうど 切符を確認する人がまわっていたので諦める。まだ常識人でいられたようだ。 自分が荒れたような文章やキレたものを書くことを、求められているんだ、と思う ようになったらもう終わりかなあ。少し、思ってしまうんだ。「今日は普通過ぎるかしら」と。 誰かを罵倒してたほうがいいかしらとか。日記が荒れてるときはカウンタが増えてて、 それに勝手に踊ってしまいそうになったり。 もう、切り売りするしかないところにきているのだ。ろう。か。 全てを売るか、どこかで秘密を作るかのどちらかで。 ある、うそつきっぽい感覚があるのだけれど、これをどうやって説明したらいいだろう。 どうやったら分かってもらえるだろう。私が考えているより、世間の人は理解してくれる ような気がする。でも、その感覚を共感してくれるのはそれほどいないような気がする。 きっとみんなは私をうそつきだと思うだろう。二面性とか両面性とか。そういうので。 これがあるから、いつも生きることに損をしているのだろうけど。 |
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2004.06.29 なににとは言えないが、誓ってもいい。
「死にたい」と言うやつは絶対死なない。自殺しない。 「わたしなんか死んじゃえばいいんだ」と世間に向けて訴えるやつは 絶対死なない。自殺未遂かリストカットはしても、自殺はしない。絶対死なない。 「死んだほうがいいんだ」と言って、「大丈夫?」と言われたいだけの生きるための 技術にすぎないから。そんな人間が多すぎて。小さな世界でたくさん見ました。 どれも同じ色をした人間だった。 本当に自分のことを死んだほうがいいんだと思ってるやつは勝手に死ぬ。 「わたし死にたいんです」と個別に誰かにメールを送ったりしないし、不特定多数に 向けて言葉を発信しない。死にたいやつはある日突然勝手に死ぬ。 「死にたい」と声高に宣言する人間なんて、「生きてくれ」と言われたいだけの、 自分を甘やかす行為だろうが。 「死にたいんです」と言った相手の注意をひきつけるための手段に過ぎない、 軽々しい命のやり取り。 たまにその遊びがどうしてもやりたくて仕方がないときがある。 私もそんな高等で低俗な技術の真似をした。 またひとつつまらない生きものに成り下がって益々救いようがなかった。 「死にます」と言って本当に死ねたら、どれだけよかったことだろう。 死ねなかったから「死にます」と宣言せざるを得なかった、ただの虚言者の戯言に。 病気や鬱を盾にした人間が、同じく自分の存在の弱さにガタガタ震えている人間に しがみついて、病気と病気の間を行ったり来たりする。 「助けて欲しいの」という空気を出せば、異性はその甘いフェロモンにしがみつく。 フェロモンとフェロモンの交換作業。 精神病の薬を持っているやつだけがこの世で救うに値する人間だと誰が主張するのか。 ラベル付けすることによって自分の立ち位置を確認したら、そこからどうして動こうと いうのか。今日どんな薬を何錠飲んだか話さなければならない人間は、錠剤を一つも 飲まない人間に対してどれほど優等なのか。100錠飲んで死ぬ人間の高尚さはどこへ 消えるのか。 「助けて欲しい」人間が、よくモテる人間となれる。 「助けて欲しい」人間のそばにいることが、生きることを怠けている人間の、 手っ取り早く、人間としての存在証明ができる術だから。 弱い人間に弱い人間が群がり、しがみついていく。 「助けて欲しい」人間は、よくモテるのだ。 誰かに助けて欲しい人間と、誰かを助けたい人間の協奏曲。 個別の識別はなくて条件と条件の織り成すメロディーは、全てが客観的だから 誰でもが泣ける物語として君臨できうるのだ。そこに個の本心はない。 本心とは無意識であり、客観が暴く印象であり、自覚と無自覚の両領域であり、 否定される意識であり、建前であるのだ。 お利巧さんはお利巧さんであるだけ正しい。 お利巧さんはお利巧さんであるほど苦しい。 自分の存在的優位性を誇示したい生きものは、あきらかに弱った生物に対して 過敏である。自分の存在を磨くことに手を抜いているけれど強く存在をアピールしたい 生きものは、あきらかに弱った生きものに対して、優越である。それだけで満足である。 幸福で満ち満ちていられる。だから相手は常に弱々しくなければならない。常に自分の 優位な立場を証明してくれるほど従順でなくてはならない。常に自分は優しくあらな ければならない。そしてあきらかに弱った人間は、優しさを絶えず与えても、自分の 存在の弱さを脅かす存在にはなりえない。それゆえ、あきらかに弱った人間に対して 優しくするということは、なんら自分の存在を揺るがすことではない。よって、いつでも 冷静で確固とした理想的な自分でいられることができる、それを演出することができる。 それを信じ込ませることもできる。なのでとても有効な関係性である。 無駄な時間を過ごしてしまった。好んで無駄な時間を過ごしてしまった。 無駄すぎる。無駄すぎて、なにをどう繕っても、重ねなかった私自身への自責しか 起こらないはずである。自責しか起こす権利はないはずである。資格はないはずである。 またその自責から逃れるために、無駄に無駄を重ねる。重ねて重ねて身動きが 取れなくなるまで無駄を積み上げたら、誰にも言わず、そのときこそ死ぬのだろう。 死ねるのだろう。 弱っているとつけこまれる。弱っているからつけこまれる。弱い人間が弱らずにいける 方法は弱らないように鍛えるしかないが、大体の場合、それは中途半端に成功して、 中途半端に失敗する。失敗している。そして見るも無惨にリバウンドを起こして捻じ曲が るのだ。しかし本当の愚考は、それが成功したのだと思い続けることなのだろう。 正義なんて正しい義理だ。義理は本心じゃない。モラルは多数決だからピラミッドの 頂点は救わない。人間はピラミッドが逆さまになって刺さっている集合体なのだ。 とりあえず哲学っぽい口調にしてみて自分の直感を理屈をみたいにしてみてコネる。 コネただけなのだ。小手先である。 説得は拷問と同じである。力と権力である。説くとはセンスのない人間がゲームに勝つ ためだけに編み出して身につけた高等技術である。眉毛を片方動かしただけで地球を 自転させようとしている、怠け者の手段である。 誰もなにも正しくないから、誰でもみんな正しいのと同じだ。 理屈の隙間には入り込めるけど、感情の隙間には入り込む余地がない。 感情が許さないのだ。そして一致しないのだ。「ここに立っていない」と思ってしまうのは 感情が置き去りにされて泣いているからだったのだと。 無駄である。無駄だと分かりながら無駄しかできずにいた。それはどうしても絶望 だったのだろう。絶望に叩き落したのはあのときのあなただと、数年経ってやはり責める ことしか浮かばないのは圧倒的に私はあなたに置いていかれてしまったことへの痛感だ。 あなたは変わった。あなたは変われることができる類の人間だと思わなかったが変わ っていた。私も変わった。あなたが重ねたように私も重ねた。そして、私が重ねたものが 無駄であったとは思わない。それだけれど、同じ土俵でなんかなかった。まだ苦しい。 なにも誓えない。なにも背負えない。どんな覚悟も。刻めないんだよGOD、あのとき あなたの存在に近づこうとして失敗したままの私と同じなんだよ。菊花はあなたを模写 しているというのに、菊花は私を救えなかった。ふざけんなよ、誰のせいでつまらない男を 渡り歩いてたと思うんだよ。誰が私を弱らせたままにしてたんだよ。って、私には責める 資格ないだろう。 格段に無駄にしてきたのだ。そして無駄の骨頂がきて破綻したのだ。 私は無駄を責める資格はないのだ。好き好んで無駄の中にうずくまっていたのだから。 そして自分を駄目にする男をわざわざ選んでしまっていたのだ。一番の無駄として。 彼に責任はない。自分の責任だ。しかし時間も気力も無駄にしかならないものだった。 それにしがみつくしかなかったことを恥じて悔しい。だから足元を見られて掬われて しまっていたのだ。計算高い彼に負けたのだ。生きることに関して、技術が優れている 人間たちに負けたのだ。これは汚点である。忘れたい過去と忘れられない砂利の味だ。 吐き捨てる。 この半年とか一年を、無駄にしなかったら、もう少し上の意識へいけてただろうに。 無駄な男に合わせて、無駄な恋愛に逃げた私への罰は相当重い。 |
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2004.06.28 上京物語
私はこれを、一生続けるつもりで上京したわけではない。なかった。 私は詩の世界を、リーディングというものを、どうにかしたいとかいう使命や命題を 自分に課しているわけではない。やめたいときにいつでもやめられるつもりでいる。 いたい。ただ今は、これがやりたいのでやろうと思う。がんばらない。 GさんもMさんも、今年の春上京してきました。GさんとMさんは、ミキくんや 他の知人が集まるため、その周辺に部屋を借りました。Mさんは最初から、Gさんを 頼ろうとして、近くに部屋を決めたんだろうと思いました。ネットで仲が良かったのは Gさんだけでしたよね。私はMさんが、Gさんの家に歩いて5分の場所に越してきて いたことを知りませんでした。Gさんは知っていました。 私はひとり、その周辺からは遠い場所に部屋を借りました。思いのほか交通の便が 良くありません。私だけが、飲み会などにすぐ参加できる距離にいなかった。 私はいろんなことを、高をくくっていたのだろうと思います。 私は孤独になるのを恐れた。ミキくんたちが、イベントの打ち合わせなどで、集まりたい ときにすぐ集まっていられるときに、私には声が掛からないんだろうと感じました。 私はそんなにミキくんに信頼されてるとは思ってなかった。いない。 それは私が女だからとかいうのが少しでも加味されているのかどうかは分からない。 私もミキくんが起こすイベントや、その周辺の動きに興味があって上京をした口である。 しかし、どこまで、なにを、どうしたら。そして、私はやれるのか、動けるのか、などの 不安と、自分の今までの行いから、ミキくんに信用されていないだろうという葛藤があり、 どうしても強く声を上げることができないでいた。 私は、 Gさんに相談した。「私も混ざりたい」と。 Gさんは言った。「混ざればいいやん」と。 Gさんに私は言った。「じゃあ飲み会や打ち合わせに私も呼んでね」と。 Gさんは言った。「イベントに恋愛を持ち込みたくない」と。 「俺は楠木菊花とつき合ってます」と、さんざん周りに公表したのはGさんでした。 それをとめなかった私にも、こうして文句を言う立場に今さらいないのも分かりますが 「つき合ってます」と言われながら、同じイベントを観に行ってても、「カップルみたいな 空気は出すな」と言われていた。私は自然な行動を不自然にしなければいけないことに ついて、納得がいかなかった。カップルであることを公表しているくせに、わざとカップル ではない空気を作らないといけないことに混乱した。それなら最初から他人なら良かった。 「くっついてくるのは駄目だけど、俺の横にちょこんと座ってるのならかわいいやん」 といつも言われた。私はそれに腹が立ったのでうんと言わなかった。 「俺の横にちょこんと」ね。 「俺の横にちょこんと」 私は、飾りですか? しょうもない男。女の力を押さえつけなければ、自分が立てないか? 私は腹が立っていた。「楠木菊花とつき合ってます」と言いながら、「楠木菊花」を 身につけている自分を公表したいだけなんですよねって。私に、「楠木菊花」に、そんな ブランド力なんてあるんだろうか。少しはあったのかな。自意識過剰かしら。 しかし私は、利用されるものを持っていた。持っていると思っている。ある程度。 そういうふうに動いてきた自分に自信がある。自負がある。(ブーイングするな) イベント会場で私がイライラしているのを全く気がつかないで、 Gさんは始終、Mさんの横にぴったり張りついて楽しんでいた。それを咎めると こう言われたものだ。 「だってMには、俺以外にそんな話せる人がおらんやろ? 俺は誰にでもやさしく したいねん。イベント会場で、ぽつんとしてたらかわいそうやん。恋愛感情はないで」 「イベントと恋愛は別」と、常々私に言い放ったGさんは、今ではMさんと一緒に イベントを観て周りたいみたいです。MさんならGさんの横に「ちょこんと」座っている から成り立つのでしょうか。あなたたちの理屈が分かりません、私には。あなたにとって 都合のいい人なら、それでいいのだ。それがあなたの好きなのだ。そして、それを 誤魔化すのも上等にうまいのだろう。それがあなたの生きかたですから。 私は馬鹿ですが、頭は多分良いほうです。(ブーイングするな) 「俺の言ってることを分かってくれるなら、ちゃんと聞いてくれてもいいはずだ」 「前の彼女は納得してくれたら黙ってくれた」と。 私は納得してなかったんじゃないのだろうか。しょうもないところで勘が働く。 理屈の言い合いじゃ勝てないが、「ここはなにかがおかしい」と。 やはり私は私自身を信じてしまったのだ。 こうやって、私とGさんとは、ある意味、ミキくんを中心にして動くことを目的として 上京してきたようなものであった。 しかしGさんは、自分がミキくんに好かれていることを強みにしてたのか、私には 「イベントと恋愛は別だから」、「イベントに恋愛は持ち込みたくないから」と、しきりに 私のことを遠ざけた。私は彼女として参加したいわけじゃないと、常に説明した。 そして今は、ミキくんたちと合流するときに「じゃあMも呼びますー」と言って、Mを 呼び寄せて一緒に遊ぶらしい。本人たちは、「俺たち(私たち)は、誰のことも恨んで いないし、誰のことも傷つけたくない、みんな大好き」と言いながら、自分たちが二人して ミキくんたちと親密にしていくということは、私にとってはどういう意味を示すのかという ことには頭を働かせないらしい。彼ら曰く、私が仲良くしないからいけないという理屈に しかならないようだ。 静かに、深く。 あの男にしてみたら、無意識なつもりで、私を東京で孤立させるのが最大の仕返し なのではないだろうか、なんて感じている。 「俺はそんなことするような人間じゃない」 「俺は悪意のない人間だ」 と。言い切るでしょうが。 私は昔から思っていることがある。 ある嫌な出来事について、 「分かっててそれをやるやつは腐ってるけど、自分のしてることが分からないやつは 馬鹿である」と。 どちらがマシなのか、どちらなら許せるのか。人によって違うかも知れない。 どちらかというと、分かっていないお馬鹿さんのほうが、受け入れられるものなのかも 知れない。 ちなみに私は腐っていますが。 亀山に行って、久しぶりな人や、新しい人と出会って。 愛知を離れることにしてから最後にバタバタして慌てて仲良くなったりしたものでしたが、 人に会ってみて、「ああ、ここがホームだな」と、感じてしまった。 そして、 「戻っておいでよ」って、なんとなく軽くでも言われたら、切なくなり。 「数年経ったら戻ります」と、返事をしておいた。 自然と、「今すぐにでも帰りたいです」という言葉は、出てこなかった。 ひとつの時代が、終わった。 あ。学園祭には帰ります。我がホーム中のホームへ。見てますか? それと、岬のやろう、いきなり連絡してきてまた消えるなっての。 話したいことたくさんあるよ。 |
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2004.06.28 ただいま帰りました
あー、そうだ。思い出した。 楠木菊花コケにして踏んづけといて、タダで済むはずないよなって。 リーディングテキストのネタには死んでもしないが、いたるところでなにかしらの ネタにするとかして。 「その怒りネタいつまで続くのかが楽しみ」と、言われたりもした?ので、 もう気持ちとか関係なくして、一生涯の天敵とかに設定してやろうかと画策したり。 ずーーーっと、言われ続けてるんだよ、自分たちの知らないところで。 それはそれで、もしその事実を知ることがあったとしたら、 ふと思い出した瞬間にすげえ気持ち悪いよなあ。本人たちは。 さすがに、そこまでめんどくさくてできそうにないけれど。 今さらですけど、無性に腐ってますから、みなさん楠木菊花には気をつけて!! 明日の我が身ですから!!! 意外とディープラブかも。 むしゃくしゃの勢いで、ソロライブやろうとかも考えたり。 「上京物語 〜猟奇的な彼女と病気の彼女〜 注:○○と××の入場お断り」とか。 しかし立ち上げて宣伝とかしてる間に飽きてきそうなのでやめた。 ほんの半月前に考えていたこと。メモまでに。 楽しかったことや、至福なひとときだとかを、全ーーー部、台無し、だ。 神戸−亀山、遠征。 最後の最後で、サンダルが壊れやがった。 かれこれ7〜8年も履いてたなあ、そういえばこれ。 どうにも履いた状態で歩けなくなったので、もう裸足で帰ってきてやった。 脱いだ勢いでゴミ箱にぶち込もうかと考えたけど、貧乏症なので持ち帰ることにする。 けどもう、ぶりぶり怒って帰ったよ。 通り魔と化しそうな勢いでぶりぶり怒ってましたよ。 ジーンズたくしあげて、サンダルと遠征用荷物抱えて、ぶりぶり怒りながら帰りました。 |
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2004.06.26 どーしよっかな。神戸。
どーーーにもできない。。。どうしよう、神戸。 神戸の次は三重に周って。。。 どうしよう三重。 レモちゃんやカクちゃんやみっちゃんにあえます。 そしてなぜかタッキーにもあえます。もう行かなくてはなりません。 出発する準備ができておりません。。。 |
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2004.06.26 自分が「つくし」であるとは言えないけれど。
「花より男子」という少女漫画がある。 35巻くらいまで続いて、つい最近完結した、少女漫画の大ヒット作品。 主人公の名前は「つくし」。 それの31巻くらいに「海ちゃん」という女の子が出てくる。 他人思いで、やさしく、明るく、とてもステキな人・・・なんだけど、なにかがズレてる。 なにかがズレてるから、人間関係がうまくいかないとき、その人が自分に怒るのが 分からない。自分は正しいことや、他人の気持ちを思いやることをしているのに 別の人が傷ついて、自分を悪く言うのが納得がいかない。どうしてだろう、と思う。 そういうのを、思い出した。 「海ちゃん」と「海ちゃん」の組み合わせなら、きっと末永くうまくいくだろう。 「海ちゃん」と、「花沢類」でも 「海ちゃん」と、「つくし」でも 「海ちゃん」と、「優紀」でも 「海ちゃん」と、「道明寺」でも 「海ちゃん」と、「桜子」でも うまくいかなくても、 「海ちゃん」と「海ちゃん」なら、うまくいくだろう。 海ちゃんには海ちゃんの世界がある。 GODが、「ああいうタイプの人間に餌を与えるな」って、言う。 でもな。 GODがおれを助けなかったら、おれは今、実家か病院にいただろうと思う。 それを考えると、どうしても割り切れないなと感じてしまう。 あの人は、自分の生活の窮屈さから、彼女とのつきあいがどういう揉めかたをしても それを放棄することはしないだろう。「俺を見捨てないでください」と、泣いてすがること だろう。 毎晩あの部屋に帰らなければいけないことや、物質的なことや、それからくる不安 とか、本人が認めたがらない打算的なことを含めて、彼女と幸せになることに全力を 尽すだろう。 おれは、あの人に、利用されているだけだな、と感じたから不安になった。 それだけ。 おれはそんな恵まれてる精神構造してないからなあ。 おれは踏まれるために生きてるつもりはないけれど、おれの駄目っぷりを見て 「自分は駄目な人間だと思っていたけど、こいつよりはまともな人間だ」と、そうやって 救えばいいと思う。「あの人はかわいそう」と、信じればいいと思う。 おれは。 前向きであること、幸せを見詰めること、は大切なんだろうと思うけど。 足元のぐずぐずを見てみないふりをして進む「前向き」なら、もういらないやと 思う。見せ掛けだけの強さは、誰も救わないし、余計に人が傷つくときもある。 だからおれは、自分が強いと思えないし、それを誇示できないし、やさしい人間だと いわないし、言えないし。 おれが人に助けてもらえなかった分、おれは誰にでも冷たくて、またその分、 おれはまた応報を受けているのだと。 いつになったら強くあれるのか。 おれはカビの生えた幸せならいらない。 うつむきながら感じる幸せならいらない。 強烈な閃光、火花のような瞬間の閃きで感じる頂点を。おれはおれの手で引き寄せる。 ため。 今回の一連の恋愛事について。 おれが、男の愚痴を言ってるときから、こういうひとつの結果まで。 多くの人に、(他人の秘め事として?笑)興味を持ってもらったり、 親身になってもらったり。または黙って聞いてくれたり。 励まし(?)や、「元気でいますか?」など。 そして。 今まで言われなかったような、おもしろいコメントを何人かからもらいました。 「これからの楠木菊花が楽しみだ」とか。 「困ることがあって強くなるタイプ」みたいなのとか。 表現者としての楠木菊花。私。自分。 たらたらやってきたわりに、そう期待されているなんて、恵まれてます、ね。 あ、そうそう。 おれ、たとえ目の前に百万積まれたとしても、あいつらに、おれのパフォを 見せるつもりはないから。あの人たちに見せる価値はない。身を削ってやる舞台に あの人たちは、私を見る資格はない。 とはいっても、おれがいくらそう覚悟しても、選べないのが現実だが。 おれはおれの責任で、あの人を好きになった。 おれはおれの責任で、彼の人間性を見抜けなかった。 おれは楠木菊花として出会ったため、彼は楠木菊花としか恋愛できなかった。 私は「彼は菊花しか求めていないし、菊花しか見ていない」と、常々感じていたが それは自分が菊花として出会ってしまったためだと、自分の責任だったんだと 教えられた。全くその通りだった。 菊花しか欲しくないくせに、菊花の頭を押さえようとする、その男が嫌いになった。 おれがおれの責任で、彼を見抜けずにいたのが問題であったのだと。 そういう当然のことを思うと、自分が情けなくて、自分がそう思ってしまうのも情けなくて、 しょうがねえ。 しかし、かつては好きだったんだよね。その男のことが。 「海ちゃん」たちとは住む世界が違う。どちらも生き方としたら悪くないはずだけど。 重なれない人と重なろうとしてもつらいんですよね。 もうがんばれませんって。 あの人たちも、おれのことなんか忘れたらいいのにな(笑 |
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2004.06.24 「どうしてもうざかったら俺を呼べ」
立川あちゃというところで、20日の日曜日に「芸人vs詩人」というイベントがあった。 出演者はミキくん、しげかねさん、などで、ああ、これを観に行ったら、あの二人と 出くわすかもしれないなあと思った。 正直、私は、二人の顔など二度と見なくていい。ていうか、見たら不愉快です。 なんだかあの人たちに誤解されていそうなんだけど、別に私はその男に 未練があるから、そう思うわけじゃないんだけどなあ。 ただ、本当に二人が私にしてきたこととか、そういうのが許せないってだけで。 今さら「私の男を返してよ!」なんていうつもりもないし、「私はあの人が大好きで」と いうこともない。。。 私は悲劇のヒロインになりたかったので、「私が振られました」というニュアンスに していたかもしれないけれど、 「私はあの人に惚れこんでいて」みたいにアピールすることが、世間の同情を買うやり方 で、自分たちの関係の不安定さを覆い尽くす呪文だと知っていたから、余計にそう アピールしていたかもしれないけど、 そしてまた、こうやって、これらを否定することで、逆説的に「本当はまだ彼の ことが好きなのでは?」という疑問を印象付けてしまうのではないかという懸念も 持っているけれど。 おれ、そんな大した人間じゃあありませんから。 本気でそいつに未練があるほど格好良い精神構造していないようですから。 つっまんねえ、ちいせえプライドがカタカタ喚くから、それに従って生きてるだけですから。 その男と付き合ってるのがしんどくてしんどくて、 男が逃げていくように追い詰めたのは私ですから、ね。。。 おれ、同棲とかダメで。 Gが、上京してきたときに、最初の半月くらい住むところがなくて、おれの部屋で 少しの間一緒に暮らしてました。最初はすげえ幸せのような気がした。 けど、ひとり人間が増えると、どうしても気を使ってしまう私は、一週間目くらいで まいってた。すげえ鬱になっててさ。 Gの責任では全然ないんだけど、おれが勝手に、拘束されてるような気がしてきて、 かといって、宿のないGを放り出せるほど強くもなくて、同時に、Gを放り出して 自分もひとりになることもできなくなってしまってて、でも一緒にいるのが本当に嫌で嫌で、 でも好きだという気持ちがないわけではなくて、すげえ不安定になってループしてた。 そうこうしてるうちにGは他の女のこのことで浮ついてるし、私は勝手に拘束されて る気分でいるわけだから、Gだけがなんの不自由もなくしてるのが許せなくなる。 それに加えてGは私には精神的に虐待するわけだし、そんなのうまくいかないって。 そこで「好きじゃなくなったので別れます」と言い切れない、この依存心。 近くにいると死ぬほどつらいのに、遠くにいかれても死にそうになる、この依存心。 依存心が絶ち切れないから、相手を追い詰めて逃がすんだ。おれはいつもね。 だからね、Gさんには本当に、恋愛の未練はないつもりなんです。 しかしね、自分を不愉快にする人間に対して、そうそう心を広くなんて持てないですから。 おれはGにも、Mにもあいたかねえよ。 で、立川あちゃで出くわしたら嫌だなあと思ったので、イベントの一週間ほど前に Gに連絡して「今週末のイベント行きますか?」って聞いた。 「Mさんと二人で行くなら、私は二人に会いたくないので行かないように しようと思っています。私が行って、気まずい空気を出したくないし、私がMさんに 嫌な顔をしても、気分が悪いでしょう」と、いうようなことを説明して。こんな説明は めんどうなのでしたくない感じだけど、Gはこうやって言ってあげないと理解が できない精神構造をしているらしいので。 そうしたら、Gは、「イベントには行かない」と言ったのだ。 だから私は「そうですか。じゃあ私は行ってきます」と、連絡した。 が、 20日当日の15時頃、いきなりメールが来て 「立川行きますか? Mと二人で行きます」だってさ。 はぁ!?って思った。 おまえらはそれでいいよ。おれの顔が見たいか見たくないかは知らないけれど、 おれと鉢合わせしようがしまいが、関係ないかもしれない。でも、私は おまえらの顔なんか、見たくないですから! 残念!!!!!(波田陽区) って感じだよねえ。それでわざわざ一週間前に、確認してまで予定を組んでるのに そっちの気紛れで、いきなりおれは究極の選択を迫られるんだよ。そりゃ予定も狂うし 腹くらい立つわ。 だから、苦情くらい入れてもいいでしょう? 「私にも予定があるのに、それはあんまりじゃないですか?」みたいに。 そしたら開演直前、「ひとりできました」だってさ。メールが来た。 おれはさ、Mのことなんかどうなってもいいよ。いいけどさ、「ひとりできました」 だってさ。なに考えてんの? この男は相変わらず。 一週間出張してた彼氏が帰ってきて、やっと会えたっていう時に、 一度は自分と行こうかと言ったイベントに「やっぱ前の彼女が来るらしいから遠慮して」 みたいに言われた挙句に、「でも俺はひとりで行ってくるわ。じゃあお留守番しててね」 とかいう展開になったら、彼女ってどう思う? @「そうね、菊花さんの気持ちを汲んであげて、私は行くの我慢するわ。 あなただけでも楽しんできて。私は待ってるから・・・(ぐすん)」 A「私と約束したのはどういうこと? 私も行きたいのにどうして菊花さんの気持ちを 汲まなきゃいけないの?(菊花さえいなかったら私たちは幸せなのに!!)」 B「勝手にしてよ(´_ゝ`)」 ・・・こういう展開で@みたいになれる人っているの? 心底すっきりした気持ちで、送り出せるの? 自分の彼氏を。 こういう話を知人にしたら、 「君とその子は別の人間なんだから、その子がすげえサバサバした子なのかも しれない。自分と重ね合わせても、違うかもしれないから、そんなの気にするな」 というふうに言ってくれた。が。。。 おれ、これはほんと、他人事だし、しかも嫌いな人間のことだからどうでもいけどさ、 自分が、この男とつきあってたときに、どれほど辛酸を舐めたかが思い出されてきて ちょっとカチンときたんだよ。 てめーはほんとに、恋愛が自己完結してるよな!!、って。 まずさ、私がわざわざ、二人の顔を見たくなくて自分の予定を合わせてるのに 直前で「やっぱ行く」とか言い出す時点で、私はひどく心を掻き毟られたわけで。 それで、次に私が「それはないじゃん?」て言ったら、自分の彼女だけを置いてくる んだよ。彼女にしてみれば、行こうと思ってたのを我慢しなきゃいけなくなった不満と、 彼氏との時間がなくなったことへの不満と二重三重の不満じゃないか?? かといって、「菊花のことなんて気にしなくていいよ。菊花には行かないって言ったけど やっぱ行きたくなったから二人で行こうぜ〜」とかいって、本気でふたりで来てたら、 刺そうかな、とは考えてたけど。。。苦笑 そういうのがあったので、「あー、あいつら来てなくてよかった」とは思ったけど、 相変わらず、自分ご都合主義だけの、その男のやり口にムカついたので、おれは立川で Gに 「Mさん平気なの? 気を使わせたみたいでごめんね、ありがとう」と。 言いましたさ。ほんとは胸ぐら掴んで、あちゃの階段から突き落としてやればよかったか。 なに、てめえはひとりでヘラヘラしてんだよ!、って。 「みんなを助けたい」は誰も助けない。 「誰も傷つけたくない」はみんなを傷つける。 気づけよ、てめえは。いい加減によ。 それで、その晩のこと。 「今日みたいにごちゃごちゃするのは嫌なので、今後行く予定のあるイベントが あったら教えてください」と、聞いた。 「私は7月2日のSSWSに行きます」と言った。 そしたら 「Mもみたいだろうなー」だってさ。 ・・・だからなに? 行きたきゃ行けば。という話じゃないか?これ。 観に行きたければなんなんだっつうの。誰がいつ「あなたたちは来ないでくれ」と 強制したものか? なんかさ、こういう遠まわしに人を牽制する言いかたが、ほんと腹が立ってさ 「それはそっちでなんとかしてください」と、私もつい突き放して返事をしてしまった。 そうしたら向こうもなにか思ったらしくて 「いつまでこんなことが続くんだ」 「なんで行きたいイベントに自由に行けないんだ」みたいなのとか 「俺が別れた理由は君に疲れたからです」とか なんかぐずぐず言い出してさ。 すっげえええムカつく(笑 なんていうかさ、その男の口ぶりだと、あたかも私が、Mの行動の自由を 奪っているかのような責めっぷりでさ。おいおいおいおい、ちょっと待て、と。 貴様、顔面をどつき回しても分からないか? と。 「今日は誰のいい加減な対応のせいで、Mがイベントに来なかったと思ってる?」 と、言いたい。 おれは確かにおまえらの顔なんか見たくねえけど、だからといって 「私がこのイベントに行くので、二人はこないでください」とも、言っていない、一言も。 てめえらが、そのイベントのことで揉めたのか揉めてないのか、そりゃしらねえけどよぉ、 被害妄想と責任転嫁するのはやめてくれ。 おれは「二人が行くと言うのなら、私が見たくないだけなので、ひきます」と言ったはず。 それをてめえが勝手に被害妄想してるだけじゃねえか。もう勘弁。おまえ勘弁。まじ勘弁。 これでも、おれなりに気を使ったのだけどね。 あぁいう、ご都合主義の人間たちだから(ご都合主義だって。おれも自分のこと棚に 上げてよく言えるよね)、この先偶然どこかのイベントで鉢合わせしたら 自分たちからは、私には一切声をかけてきたりしないくせに、 私から声をかけたり、愛想よくしなかったら、それを根に持って、 女がめそめそしたり、男がおれに「みんなで仲良くしよう」とか言い出したり するんだろうから。 そこまで割りを食いたくないんだけど。私。。。 だから、それだったら先に予定を聞いて、こっちの予定を調整しておこうと思った だけなんだけどね。そのやりかたもマズかったらしい。 「予定をすり合わせなきゃいけないなんておかしい」だってさ。 てめえの都合を聞いてるんじゃねえってば。おれはおれのためにおれの予防線を 張ろうとしてるだけなんだよ。気づけって。このご都合主義者が。 一度はその話に乗ったくせに、思いのほかうまく事が運ばなかったからって、 そうやって手の平を返すさまは、いつもながらに見事だよなと思った。 それで挙句のセリフはこう。 「みんながうまくいったらいいのになあ」 だってさ。 盗人猛々しいよ、相変わらず。どの発想がこれを言わせるのか。 山賊の統領が、近隣の村村から飢饉時に食物を強奪してきておいて、 それを自分の棲家で、悠々とつまみながら 「ああ、どうして村村では戦争が絶えないんだ・・・。みんな仲良くしたらええのに。」 とか言ってる感じですから。 おまえが村の平和を壊してますから。。。 「いや、だって、刈りいれたばかりの稲が山積みになっていたので、俺たちへの献上品 かと思ったので、もらってきただけだから」とか言ってるみたいですから。 村人泣かせたくないって本気で思ってるなら、おまえが働けよ、と。 村人が自己防衛のために鎌や鍬を持って、山賊とやりあおうかとしてる最中に、 村に攻め入ってきて、結局村を全滅させたりするんじゃないの? なんかさ、私も自分のことを棚に上げられないようなバカなことしてるんだろうけど、 おまえの蛆虫加減に、腹が立つくらいの理性もあるようですね、どうしよう? あぁた 善人気取って正論ほざいてますけど、キナ臭いですから あぁたの頭ん中、蛆湧いてますから もぉ残念 みたいな。 同じく蛆の湧いた私に言われるんだから、間違いない。 てめえに未練なんかないんだから、安心してくれってばよ。 何度言ったら分かるんだ。 「俺は○○で、別れました」みたいな文句とか、もういいですから。 寄りを戻してくれとも、戻したいとも、一言も言ってない。 何度も言うけど、 おまえらが嫌い なんだってば。人として嫌いなんだよ。 「Mへの逆恨みはやめてくれ」とか言われたけど、逆恨みするほど あぁた、良い男じゃないじゃないですか。良い男だったら、おれがあんなに愚痴を こぼしてるはずなくないです? 良い男は本当に良い男だよ。自分を良い男気取りしているおまえは本気の 良い男じゃないだろう。 「おれと別れたことと、Mとつき合い始めたのは別問題」だと言ってのける 自称「やさしい男」ならば、前からMへの恋心を疑われてこじれた、その前の女の 心情を思いやって、ましゅうとのつき合いは保留にする、とかできたでしょうに。 だからといって、別れて欲しくてケチをつけているとかではなくて。やり方として。 自称「やさしい男」で、「思いやりを大切に生きて」いる男ならね。 おれは、おまえらのやったことについて気分を害しているんだよ。 お前程度の腐れ男が、「未練がましくつきわとわれてる」なんて感じてんじゃねえよ。 「俺は別れた後でも友達として仲良くできる」と豪語してたおまえだから、わざと試した のにね。できないでやんの。パニクッてるのはそっちじゃねえのか。バッカじゃねえの。 てめえの理屈に溺れてろ。 この二人にしてみれば、自分たちは寄り添いあって慈しみ合ってる不幸なカップルで、 魔女である私の魔の手から逃れて、かたく結束しあってるつもりなんだろうか。 二人にとって共通の敵(=私)がいれば、その他の問題なんか蓋をして、二人で なぐさめあってれば、それで幸せ不幸ができるのだからなあ。 そんなもんに私が使われてるのかと思うと吐き気がするが、そういうの薄々分かってても そいつらにサービスしたり、踊らされてあげたりしてしまう気質があるようで、 これぞ正に共依存ですから。おれが共依存ですから。おれこそくたばれ。 そういうぐだぐだな事情と心情をある人に話したら、 「ネットオークションで一発でキメられる薬を手に入れろ」と。 「その薬で、そいつらを殺すもいいし、そいつら殺してから自分が死ぬでもいいし、 (イベント会場で)どうしてもそいつらがうざかったら(その会場に)俺を呼べ」と。 LOVEポーズ。(武藤敬司) |
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2004.06.19 SSWS一回戦突破!
前回、SSWS審査員から「そんなもん見せるな」的なコメントをもらったのと、 ある女の子から「今さら言葉について語られても、詩人なら誰でも悩んでんだよ。 そんなもん誰も聞きたかねえよ」と、ネットで侮辱されてたのを見たので、ね。 審査員から、どうコメントをもらったかよりも、その女の子からの侮辱のほうが キたよね。ああ、顔を合わせてるときとは腹が違うんだなあ、と。 (このとき私はたくさんのデ・ジャ・ビュを見たのだ。) それで、ね。 「てめえにそこまで言われる筋合いはないぞ」 と。 今回は今まで自分が「お金をもらったライブ」でやってきたこと、と、自分が今できる 最大の表現で、挑もうか、と。 とはいえ、そんな目先のことに腹が立っていたのは数日間のことで、それだけを目的に していると、何度もやっているようにまたコケるので(苦笑 へんに意気込んだりしないように、とか。まあ、また負けたときの不安とか? かなあ。 結果は、二回戦敗退。そして、昨日のSSWSも楽しかったです。 ああいうステージもやっぱし好きだなあ。久しぶりにキリッとやった。 空気に負けるようじゃダメなんだけどね、オープンマイクにはオープンマイクのノリ というか。ライブステージじゃないとやりにくいものがあるような。 勝負で負けるのや、落ちるのは、やはり「くそー」って気持ちにはなるけれど。 ある意味、詩ボクでも、その他の勝負や賞の類でも、あんまりにも、栄光には輝かない ので、「無冠のクイーン」とかもいいのではないかしら。とか思っていたり。 (そうなるのには、まだまだ落ちっぷりも足りないけれど。) 勝たないから飽きない、というのも、あるよね。私みたいな人間はきっと。 あまりにも勝てなかったら、それはそれでまた根性が足りないので嫌になるような弱い 人間なんだけれど(苦笑 そう、それでね、勝負云々より、私はSSWSで、または詩ボクで、4回のアクトがした いんだ。しかし4回アクトするためには勝たなければいけないっちゅうことだけど。 昨日のSSWSでも、気持ちよかったけれど、もっとやりたかったなあー。 欲張りすぎで5分オーバーしてしまってたし。「鎮魂歌〜負け犬MIX〜」は、キメまで やれないと、ただの罵倒アクトにすぎないのでね。そりゃ審査員にまた「絶叫がどうの」と 言われてしまうさ。もう1アクト、つまり、3回戦までいけてたら、そんなコメント言わせ なかったのに。 今回、優勝されたパキーラさんと、そのお友達のかたたちに、結構気に入ってもらった みたい。 「あなた、よく今まで生きてたね」 って。笑。 「生きようぜ」 って。 本当にダメなときには、人前に出ても、ましな表現ができないみたいです私は。 良いアクトができるときは、案外、基盤の生活が安定してるときなのかもしれないです。 例の人たちの話を少し。 (前出の「ある女の子」は、この人のことなんだけれどね、今さら隠してもいろいろ 手遅れなので、言ってしまいますが。。。) 新しい彼女が、少しつらい思いをしたらしい。 私に、その彼女のほうから連絡があった。詳しいことはどういうことなのか 知らないけれど。。。 「俺は誰に対しても今は気を使えないかもしれない」と、男のほうが言っていたこと。 ああ、相変わらずひどいことをしているんだなあ、と、私は思った。 自分がさみしいだけで彼女との恋愛を利用するのなら、やめなさいよ。 って、そんなことは私が言えた義理でもなく。 (そして本人はそんなつもりはないのだろうきっと。) 時期的なものではなく、元から恋愛のセンスが悪いのか。 (まあこれも、私も人のことが言えた義理でもなく。) 私はあの人から、精神的に虐待されてたと思う(思えてしまう)。 カップルの内情なんて、どちらか片方がどんなに騒いでも、 ふたりにしかわからりゃしねえ。 虐待されてたし、私のほうから虐待もしたんだけれどね。 (過去の日記参照されれば、それは一目瞭然。苦笑) だから、ね。新しい彼女さんが、いくら私に泣き言を言ってきたとしても、 「がんばってね」 くらいしか、言えないのです。 彼女のほうも、なにか良い言葉が聞きたくて、私に連絡してきたのではなかった ようでしたけど。 |