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2005年11月13日
困ったときに「神さま」「神さま」って言ってたら、「バカヤロウ」って神に怒られた。神曰く「困ったときにだけ呼ぶのはずるい」んだそう。困ってないときにも呼んでくれって言っていた。「それは無理だよ神さま」って言ったら「また仲間外れにして!」と言って怒って帰っていった。正確にはそれが神だったかどうかは分からない。ただ神みたいな人だったってだけ。どうしてって、だってそいつが本物の神かどうかなんてこと、初対面だったんだもの。知らないよ。ほんの少しの時間だったけど神と話して、神は誰よりも自分勝手だったから神になれたんだろうなと思った。神は一体どこに帰ったんだろう。どこに帰る場所があったのかは聞きそびれてしまった。 |
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2005年11月13日
服を着替えるようにブログのデザインを変えた。そのあとは、カウンターのチェックをして、昨日自分のページを見に来た人の人数と、今日見に来た人数とを比べた。そして自分の書いたものの有様を見ながら、この汚い文字の群列が、どうやったら芸術になりえるのかを考えた。 そして、そのまま寝た。 なにも解決はしなかったし、なにも変わりはしなかった。変わることなど実のところ望んではいなかった。そういうものたちが日夜、さみしいさみしいと鳴いては、携帯電話でメールを送り合った。 行き着くところのない言葉たちは沈んで、もっともっと沈んで、地球の地面を突き破って、湧き水のようにあなたの住む家の裏側の地球で掘り起こされている。そこでもやっぱり、重たい言葉は、さみしいさみしいといって絶え間なく鳴き続けるのだ。 思ったのだけれど、携帯メールで同じタイミングで送信と受信がされたとき、メールとメールが空中でぶつかって弾け飛んだりしないのかな。 あなたにメールを送るつもりが、彼から同じタイミングでメールを受信したから、私と彼との電波がつながって、私はあなたにメールを送りたかったはずなのに、あなたに送るはずのメールが、彼につながったりしないのかな。 いくつになっても、やさしいことばを吐くことができません。それはきっと、やさしい気持ちがないからなんでしょう。失ったわけではないんです。元からそれを覚えるきっかけを掴めなかったんです。 という、いいわけ一つをするにしても、誰かに話したら、きっと重たくて迷惑なので、私は大きな声でみんなに平等に振り分ける。 だから私は、よりたくさんの人の前で怒り、よりたくさんの人の前で喜び、よりたくさんの人の前で泣きたい。そうすれば、誰も私をひとりで抱え込まなくていいでしょう。ねえ、名案でしょう。(だから、私から、私の場所を取り上げないで) |
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2005年11月13日 はぁー。棘のない人間を装うのも疲れるね。元来の姿が毒だらけなものだから、嫌われたりしないように、そこんところの負のエネルギーを隠して生活している。なるべく普通に生活しているのだ。そのほうが幸せな世界だな、とも思えるようになった。だけれど、なにかが、ふつふつと積み重なってくる。これまでは、その負のものをぶつけるためにネットをしてたけど、この「日記」という場所でもわずらわしい目に晒され、結果的に拘束されることとなって、「出す」ことをやめた。出さなければ、そういった負の面は消えていくのかといったら、そうでもないようだ。だけれど、私の「こっち側」だけしか知らない人たちに、咎められたり叩かれたりするのは疲れる。もう疲れた。あいつらはポジ思考だっていうことだけでネガ思考を鬼の首を取ったように叩き潰す。そうすることに悦楽を感じているかのよう。私に力があればね、鬼の首を嬉々として狩っているその糞みたいな姿を鮮明に描いてみせられるのだけれどね。残念。
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