*猪突盲進*


2005年2月28日 

2005年2月17日 ときどきどころか結構頻繁に頭の中に蛆が湧く 助けてください 助けてください
私は自分のことを病気だと公言できるほどまともではありません 病気は自覚できるほど正常です 私は正常です 少しおかしいかなと疑うことができるくらい だからとても普通です私

2005年2月17日 みんなが地震のことを書いているので
地震をネタにするのがいやだな、と思った。少しだけね。

16日の朝方、大きな地震があった。
私はなぜか、地震の直前に夢見が悪くて目が覚めた。
目を覚ますと間髪入れないくらいに地震が起きて、
あー、大きいなあ、と思った。
次にでかい波がきたら逃げようかな、と思いつつ、
いや、次来たら死ぬんかもな、って思って
別段、なにも構えなかった。
死のう、て思った。
死ぬならいいやって思って、そのまま寝た。

なんだかんだとぐずぐず言いながら、とっさに生に執着してる人より、
いざとなっても、全然、生きようとしてない私のほうが、なんか
かっこいいと思った。
私、かっこいい。イエー。

アホみたいに死にたい。


2005年2月15日 遠征ツアーお疲れさま。アドまーズの若旦那。
部屋が寒くて手が凍えるや。

大阪→滋賀、おもしろかった。
滋賀のおもろい詩人アドまーズ、良い出会いだった。

アドまーズさんの家にみんなで泊めてもらった。
アドまーズが、
「俺はみんなと裸のつきあいがしたい!!」と言って、
たっきーや幹くんと一緒にお風呂に入り、
その後、下半身にタオル一枚だけつけてお風呂から出てきて、
「菊花ちゃん!さあ一緒に入ろう!」と言って、取り押さえられたりした。
おもろい詩人は、いろいろおもろかった。

2005年2月8日 恥の多い人生を送ってきました
人前に立つ前は、恥をかかないことや、
恥を隠すことを考えていた気がする。

少しは人前に立つ自覚が持てるようになってからは、
恥をかっこよくかくことや、潔くかくことが
いいんじゃないかと思うようになった。

だからアングラ一直線なのかな。

2005年2月7日 これから私の時間がはじまる。私だけの。随分長いことお待たせしたね。後回しにしてもやりきれないことが、どんどんつけが溜まってきてるよ。そしてたくさんたくさんたーくさん、あなたにかえってきてるよ。それでもあなたは怒りを捨てない。捨てたら駄目だと思っている。思っています。だって私が私の怒りを見捨てたら、彼女は誰にも愛されないまま救われないまま死んでしまうと思います。世の中には怒りが溢れています。それはただの自意識なのでしょうか。今日はお腹が痛いので学校は休みます。もちろん嘘ですけれどもね。一体どれだけの人に対していい加減にしてきたのだろう。気づいた分だけ、自覚した分だけ、なにをしたらいいですか。償うのですか。しかし私は怒りに対して償うつもりはありません。いつのときも私の怒りは私に対して正当です。それがたとえ他人の知ることのできるものではなくてでも。ええ、分かっています。あなたに必要なのは咎められることではない。あなたは誰よりもあなた自身を咎めている。あなたに必要なのは自分に向かう叱咤ではない。外に向けるバランス感覚だ。傷つく人は傷ついた分だけ許さなくてはいけない。どうしてそんなに理不尽なのですか。まるで傷つく人が悪いかのよう。傷つける人には何も責任はないのですか。例え相手が死のうとも?それが地球の、とりわけ日本国のシステムのようです。いじめられたら笑わなければいけない。怒りは悪なんです。それが加害者であろうが被害者であろうが同じことです。どちらが悪いとかではないのです。怒りです。怒りのみが悪いのです。怒りこそ悪です。怒った者が悪なのです。どうして喜びも哀しみも楽しみも受け入れられるのに怒りだけがそんなに爪弾きにされるのですか、同じ感情の一部ではないですか。怒ることが悪だというのならば、誰も怒らないシステム社会を、日本国を形成してください。私は電車の列に横入りしてくる人や、人を押しのけて先に乗ろうとする人を見るだけで腹が立つんです。そういう人たちには絶対に負けたくありません。まず、人を愛しなさい。いやです。痛みを超えられなければ次の段階へは進めないことは分かっています。しかし搾取する人は際限なく搾取するのです。こちらがいくら大きく構えようとしても無駄なんです。あの人たちは、これからもずっと搾取し続けるでしょう。どうしてそう言いきれるのかって?それは私が今でも搾取する側の人間だからです。助けてください。私の最大の悪はここにあるのです。誰もあなたを助けません。あなたは誰にも助けられない道をただ独りで極めて行きなさい。それがあなたの行かんとしている道です。いやです、神さま、私を助けてください。私の悲しみは私の外側にあるのではないのです、私の内側の、体の器の底のほうにこびりついているところにあるのです。私がかなしい人間なのは誰もが承知のところです。ならば怒りを捨てればいい。怒りこそが悪なのだから。どうしてですか、だったら怒りのないシステムをください神さま。私は神さまなんかではありません。譲れないところがあるから、あなたの座れる椅子がなくなっていくのです。平等な裁判を心がけなさい。電車の座席数は限られています、座りたいけど座れない人も必ずいるんです。どうしろと言うのですか。なんでもかんでも譲っていたら、私はそこにいなくてもいい人間です。私などいなければいいのではないですか。だから私は必死なんです。分かっています、誰でも必死なんだって分かっています。だけれど他人の必死さなんて知る由もないんです。自己申告なんです。それを審判するのは、それぞれの感情ではないですか。私は私より弱い人を認めません。そうですね、私には愛がないのです。見返りを求めない愛なんて育んだことがありません。与えられたことならありましたが、それすらも捨ててきましたので。楽しいことだけを分かち合える関係なんて、どこにでも存在できます。それが善なのでしょうから。だけど椅子が一つしかなかったときに、傷ついた感情を分かち合える関係は、そうそう見つけられません。私はどこにでもある石を拾うよりも、私にだけ光って見せてくれる石を拾いたいのです。ならば見る目をつけなければいけないのではないですか。見るとは見ようとすること、そうやって閉ざしているから見えていないではないですか。どうやって見たらいいのか分かりません、私はこれでも、今でもちゃんと目を見開いています。怒りでは何も見えません。先人たちは何度もそう教えています。教えられても分かりません、そもそもどうして怒りが悪なのか教えてください。人を殺すことがどうしていけないのか、私は子どもに聞かれても答えられないでしょう。私とて、どうしていけないのか分からないのです。個々人の人間としての尊厳?そんなつまらない回答なら私にだってできます。馬鹿にしないでください。人の命を奪うことだけが、人間としての尊厳を汚すことではないはずです。現にいろいろな刑罰があるではないですか。どこからが罪なんですか。どうしたら罰なんですか。分からないんです、分からないんですよ。ただ言えるのは、私は怒りが深いということだけです。個人ではなく、このシステムが腹立たしいのです。憎んでいます、恨んでいますとも。けれど私は怒りを覚える前に重大な過ちがあることも分かっています。それは、私が搾取する人間だということです。正にこれこそ真の悪なんです。

2005年2月7日 だれも私を知らないので
手始めに、手の届きそうな人から傷つけてみた

だれも私を知らないので

過去を共有した人を辿ってみた

だれも私を知らない

きっと知らないまま進むだろう

だれも私を知らない

教えてくれとなら言われるけど、そんなの。。。

だれも私を知ることもなく

だれも知らないままでいいと
思ったのは私でした


2005年2月6日 世界とつながりたいこんな日は
孤独だということとどれだけ比例しているのだろう

とても孤独な人は、とても人懐こくて愛おしい

とても孤独すぎる人は、自分だけが孤独だと思い込んでしまって
とてもかなしい

2005年2月5日 生貞子を見た。。
魔ゼるな企画のライブに行ってきた。
いつものように道に迷って、ブチ切れしながら会場についたら、
リハが押してて大丈夫だった。ラッキー。

時間を置いて入場したら、はじまってて
魔ゼさんがパートナーのダンサーとアクトしてた。
魔ゼさんのライブは何回か見てたので知ってたけど、
ダンサーさんは初見でして、そのダンサーさん、超すげかった。。。
生貞子だった。。。まじ。

よく分かんないけれど、一目見で涙が溢れてきた。
「この人をこんなに傷つけたのはなんだろう」とか思えた。
(私が)危ないのでトイレに非難。

その次のバンド見てても涙が出た。
最前列なんかにいたもんだから、どうにもできなかったけど
失礼ながら、バンドの音楽に入り込んだわけではなかったので
なんだか居心地が悪かった。
気付かれないようにこらえてたりしたけど、両隣や
斜め後ろの人たちには気付かれていたようだった。
見てたそのときは、頭の中をぐるんぐるん言葉が回ってたけど
今こうして書き起こそうとすると全て忘れてしまっている。

なかおさんのライブでは、ゴスロリ着たカップルの男の子が
涙を流していた。

今日は10回くらい頭がダブった。気を失う前兆だった。
睡眠や食事が足りてなかったみたい。
気を失う前兆がよく来るけど、失う前に理性が働く。
やたらに気を失わない方法を、よく心得ている。

欲張りな人には、どれだけ身を削って与えても
「もっと!もっと!あんたの持っているもの全部ちょうだい!全部!」と
言ってくるので耐えられなくなる。
見捨てていってしまいたい。
けれど、
私は、私が「くれくれマン」でも見捨てたりされなかったことがあるので
この人たちを見捨てていってはいけないのだと思う。
見捨てたら他のもので払わされるかもしれない。誰に?神に。

死ねという言葉を軽々しく使っているわけではない。
ただ傷つけるためだけに使っているわけではないです。
本気で、そいつに「死ねよ」と思うから使います。
「死ねよ」という一言の言葉であらわされるのに、ごちゃごちゃ婉曲して
言うくらいなら「死ねよ」でいいじゃん。
「死ねよ」と言ってはいけないとそんなに言うのなら、言わない代わりに
私は人を殺すでしょう。
いとも簡単に躊躇なく誰かを殺すでしょう。
そしてニュースにでもなって馬鹿にされるでしょう。
それぐらい本気で「死ねよ」と思いますから。


2005年2月5日 やべえー・・・やべえー・・・やべえー
3月やべえー。3月やべえー。

2日 骨肉ひな祭り
3日 Zonbie lolita −初舞台−
6日 FACES

やべえーやべえーやべえー。全部やることバラバラでーす。
しかも平日でーす。


2005年2月4日 続けてゾンビロリータです。
 
Zombie Lolita」にて、写真もUPされました。
使っていただいた写真は、先日のSSWSのときのゴスロリ衣装の
ときのものです。

その写真は、prayerさんという写真家さんに撮っていただいたもの
なのですが、写真の出来がきれいすぎて、被写体のブッサイクさが
前面に出てしまいました。。。残念です。
そのなかでも、まだまともなものをチョイスしていますのて、なんとか
お目に入れてもらっても平気かと思います。

サイトは超かっこいいので、ぜひ足を運んでみてください。
よろしくねー★

2005年2月1日 プロフィールUPされました。inゾンロリ。
 
Zombie Lolita」にて、プロフィールUP。
団長のつけてくれたコピーに、にんまり。。。クケケケケ。

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