*猪突盲進*




2007年1月30日

ガーディリアの花を探している。
どこかに咲いているのだと聞いた。
月並みにうつくしい花だとも聞いた。
みつかりにくいとも。

ガーディリアは夜らしい。
君の黒髪と黒い瞳の艶のような
表面に月を映した水の夜らしい。

ガーディリアは真昼らしい。
蝶の羽が焦げ尽きて溶けるほどの
荒々しく興奮した息遣いの真昼らしい。

ガーディリアは、どうでもいいもの。



2007年1月30日

信じるほどに
孤独になっていった
信じれば信じるほど
独りになっていった

沈むほどに自由になれる
この浮遊感
誰にもならない



2007年1月20日

狂っていられるほどの時間もないので
手っ取り早く狂えるものとおつき合いをして妥協している
年下の人たちの意見や思いをながめながら
数年という月日には
どれくらいの違いがあるのだろうかと考える
遡ったときに私はどれくらいのことを考えていた?
あれから逆算して違うことといえば
体も頭もだるくなった、ということだろうか
年若い人たちが次々に創りだしていく前転の社会で
何を上乗せして転がしていけばいいのか
月日は非情な無常をつきつけてくる
命が確かめなければならないのは年月なんだろうか
年に見合っただけの重みは相対的な密度を選べず
難しいだけのうつくしい構造式の鉄筋コンクリートのビルを建てる
未だむきだしの骨組みのさ中で
知らなかった方法論の解法が蔓延して
私は新しい風邪をひく



2007年1月20日 よくご存知で。

悪魔から連絡が来た。
悪魔はよくご存知で。
私が弱ってきているところをピンポイントでよく狙いよく撃つ。
弱っているから誘惑に揺らぎかねない。
笑えた。
悪魔からの通知を見て涙を流しながら笑い転げた。
そしてその後怯えで震えた。
友達に助けを求めた。




2007年1月20日

トカゲ一匹とコウモリの羽の乾燥したものと薔薇の花びらとをすり潰して耳たぶにつける
誰にも言葉にしない思いと


真夜中は部屋の小さな隙間からやってくる
なにも味方につけずに足音もさせずに入ってくるくせに
誰の目にも留まるようにわざとらしく大きく泣いて見せたり
吐息を漏らしたりしてここに大きな存在がいるのだと
みせつけようとする

部屋の主の指先はどこの小鳥よりもおしゃべりで
キーボードの前でピアニストの指先と同じに軽く弾む
望んでいることは同じ
言葉という音符を駆使して壮大な夢物語を奏でたいと
拍手喝采を求めているただのロマンチストだ

ただの望み
だけどそのただの望みに取って代わられそうになる夜半前
形を知らずにエネルギーだけが体を飛び出して流れていこうとする

自由に気持ちよくなれる術を持たない処女と
自由に自分を満足させる手管を覚えた非処女と
不自由な体は
可能性を封じられたという点で非処女が劣り
だから完成とは最も恥ずべき下世話な結果だ

求めるあまりに無作法に陥った体も言葉も
エネルギーだけで溶解して美しさが保てない
適度な凝縮は拡大を続けるとただの記号の散布
形を保てなくなるくらいにボリュームを上げたCDが
音量50を超えたらノイズに変わってこだまする

残像が見える
つけたり消したり
電化製品の赤いランプが人工音を出したり止んだり
呼吸もとどまれないこんな慌しい夜には
誰のことも思い出さずに隙間にだけ逃れていたい
その隙間からはときどき
誰とも知らないリアクションの大きい邪心が入ってくる



2007年1月19日

電車の窓に映った背中越しのサラリーマンの広げる新聞を見ている。
それにはジャニーズタレントの誰それの恋愛事情とか、宝塚あがりの女優のスキャンダルなんかが見出しになっていて、
人生が見出しになる製本仕立ての事情について思いを馳せた。

私の人生は所詮せいぜい「OLのパンチラ隠し撮り☆(西武池袋線編)」くらいだろう。
何事もなく不確かな不幸せと幸福との覆い被さるような毎日のうちの小さな穴。
隠し撮られたパンツに開けられている策略的な小さな穴。
そこから覗かれることもなく侵略されるわけでもなく見過ごされていく小さな穴。
私の人生は所詮せいぜい鉄道沿線に数限りなく並んで生えている女の一生。

吊革に垂れ下がりながら自分の腕に口づけする。
ここには乾いた血が通っている
まだ大丈夫まだ大丈夫まだ大丈夫、だって。
えらく綺麗な顔をした女性が夜に向かう扉に向かって繰り返している。(1.30.3行追加)




2007年1月19日

いろいろ考えるが、堰き止められている感じがする。
それが社会へ溶け込むという代償。

自分のために行う自己愛は、
他人のフィルターにかけられたときに
敬遠されるか崇拝されるかのどちらかで
どちらも望み、どちらも本望でない。
だからなにも言えぬという不自由さは
どれくらい大人と子どもとの間ですか?

劣等感と劣等性と優越感とバランスとの針の触れかたについて年がら年中、四六時中思い悩んで、私は全てと答えながら、全てから一番遠いところで全てを感じる。

私には言葉が必要だけれど私に言葉が足りないから言葉を欲するのに誰かれは私に言葉などないほうがいいと言い放つ。それは赤の他人のくせに赤の他人でいたがらないただの反発という自己否定を責任転嫁する私の盲信者。

だったらとっとと死ねばいいのに。自分で首を括れないくせして私に首を絞めてと懇願する。私はお前の人生なんて背負いたくなどない、けれど、さあわたしの首を絞めて絞めてと擦り寄ってくる、片手にナイフを持ちながら。



2007年1月19日

死に切れない
打ち止められた命のくぐもりが灰色に変わる
蔓延するはずのない海の温もりと
枯れた枝に寄り添い集まってくる塵の息吹

言えないから
伝わらない言葉をわざと使うの
本当に詩人だというのなら
言いたいことは誰よりもはっきりとした姿かたちで
伝えることができる
それもできないで
煙に巻く言葉だけをうつくしく感じる程度の鈍さがうつくしい感度だと思う中流階級が一番人口密度が濃い

発想力5
構成力9
流行度8  合計22

発想力8
構成力3
流行度2  合計13

ん。負けるw




2007年1月11日

一筋の冷ややさの時間の経過を見

横たわる死体の温もりに手をあて

息吹き返す煙幕の遊技場の舞台で

実しやかな男の幸福論を聞きながら

先のことが言えなくなった通りに

首の絞まる音をそれよりも近くで味見し

そしてそれを近くと遠くで見ておる人が居る

その人らは何も言わんが何でもかんでも食べ

食べた後は他所へ行って排泄をする

告訴でもないし懺悔も違う

分からんと言うなれば

そのまんまやと応えておくしか

今はまだ間に合わん




2007年1月9日 あけましておめでとうございます。

誰に見せるわけでもなく。
またこんなことをしていると、PCがクラッシュして
メモリ全部、強制抹消かもだけどな。

は・は・は・は・は・・・。

笑えねえ。
笑えねえよ、2006年。
ほんっっっとにクソツイてねえ一年だったぜ・・・。

フ。
フフフフフフフフフフ・・・。




2007年1月9日

カミソリの刃を手首に当て
陸に揚げられた魚みたいに
丁寧に呼吸している女の
部屋の片隅には
生まれて間もない緑色のこどもが
産湯にも浸かれずに睨んでいる

血液が瘡蓋になる
ミドリイロでもアオイロでも
痛いと思って流れる感情は全て血液なの
やがてその感情そのままのイロで塞がって
皮膚が憂鬱になっていく

かわいそうなことに慣れたくもない女の欲望は
収まることを知らず宇宙へと拡大してゆく
その大きな渦のなかでもルールは存在して
コスモスは惑星の誰よりも中途半端な力である

瘡蓋が虹色の鱗になって疎んじている
必死な腕力が芽吹きのようにさざ波だって渡って行く
向こう岸には初恋の想い人が笑顔で佇んでいて
おぼろげで美しさに時を経ない標本のなかのコレクションが
一枚また一枚と皮膚から千切れて
ページに貼りつけになったまま羽ばたいていくの
それはさしずめ蝶々で




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