*猪突盲進*

**なんの変哲もないただの日記ですが。 **

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2003.09.13 んで、POEDASHI6を観てきたのですが。。。
 一からレポートすれば、多くがあるけれど、それはまた別のテキストとして
UPするとしまして。。。

 二日続けてですが、高橋よしあきさんのこと。
「ポエトリーリーディングはしたことない」 という話でしたが、ポエトリーリーディングでも
迫力があった。

 ま、それはそれとして置いといて。
最後の最後に、ギターを取り出し、やはり本職のほうの歌を披露。
イントロの時点で、それが分かった。
「あ。昨日の・・・」 って。 それだけで、カムアゲインです、よ。
それでもしばらくは、堪えたんだけれども。
うおー。二日続けて・・・。

 うおー。コノヤロウ。よしあきさんは東京から、楠木菊花と「    」を
泣かせに来たのか? と。

 ライブ終了後、電車の時間が差し迫ったので、楽屋までお邪魔して、とりあえずの
お疲れさま&帰ります、のご挨拶を。

独唱パンクのときは、派手派手メイクをしてのオンステージだったけど、
普段は化粧とかサボる人なので、昨日と今日はすっぴんに近くて、実は、
昨日お会いしたときは、よしあきさん、私が誰か分かってなかったぽかったんだよね。
(悲しいですね、女性の皆さん・・・)

それで今日、会ったときに、
「昨日、めそめそしてたの君かぁ〜(笑)」 と、言われた。分からなかったって(笑

「客席から妙な音が聞こえてくるから、なにかと思えば、誰か泣いてるんだよね」
みたいな。
「ええ。今日も、めそめそしてましたが・・・」
と、言っておいた。めそめそって(笑) 普通の会話に出てくると、少し笑える。。。

はぁー。なんだか知らないけど、高橋よしあきライブで、菊花は急浮上の兆しです。
感謝。感謝。復活の呪文なり。



2003.09.12 結構キてたみたい・・・。
 ただ今、13日の朝です。本日、「ポエダシ6」が名古屋であって、そのゲストの
ひとりとなる、高橋よしあきさんが、昨日のうちから、名古屋入りしてます。

元々、東京で活動する音楽のひとなので、
「せっかく名古屋に来るのだから、前後の日にちでライブでも・・・」と、
12日の夜に、ライブが実現。それに行ってきました。

タッキィ先生率いる、東海のポエトリーパフォーマーたちの集団で。。。笑

よしあきさんとは、29日の「独唱パンク」でも、お会いしていたけど、それ以前からも、
彼のライブはまだ見たことなかったので、ぜひ、どこかで見たいと思っていた。
(ちなみに、タッキィとよしあきさんの、10年越しの友情を、再度つなげたのは
kiccaの縁であるのだ。は・は・は。)

それで、結果だけ先に言うと、よしあきさんのライブで、ボロクソに号泣してきた。

こういってしまうと、なんだかあれだけど、特にメロディーがものすごくきれいで
涙を誘うものだったとか、言葉が洗練されていて、超絶だったとかいうわけでは
なかった。そんなキャッチーじゃなかった。

しかも、好き嫌いの分かれそうな音楽なんじゃないかとも、思った。
“独唱パンク” みたいな。。。(どんなだ、とかいう突っ込み不可)

それに。

もし、ライブを聞いたのが、昨日じゃなければ、別に泣くほど刺激を受けなかったかも
知れない。歌った曲が別のものだったら、また違ったかもしれない。
でも、なにかがあった。曲の持つ力、音楽の力以外のなにかが。

ダメだった。1曲目の最初の歌詞から、私の琴線に、今の心境に
ぐらっとくるものがあって、ぐっと、泣きそうになったのを堪えたのだけど、
3曲目だろうか。それに突入したら、それがまた、どうにも、
なにか掴まれてしょうがなくて、どうにもダメだった。

最初は父親と自分の、家族のありかたのような歌詞だったのが、転じて
人前で歌を歌う、自分の姿とは? みたいな部分にさしかかって。

私はそのとき、先日の大阪のことを思い出していた。というか、あの日以来、
ずーっと、そのことばかりが頭のどこかにあったことに、気づいた。
それで泣けてくる自分が抑えられなくて、なんで泣くのか考えたとき、
「あ。やっぱ、すげえ、悔しい」 ってことに気づいた。
実は、大阪の日から、初めて泣いた。全然平気だったから、泣いてもいなかった。
当日も、一回も泣いてなかった。(気がする。どっかで泣いただろうか。記憶がない。)

全然平気だと、思ってただけだった。ほんとは、私、全然平気じゃなかったんだ。
結構 キてた みたい。たった一年だけど、自分がつくってきた「楠木菊花」が、
崩れてしまったことに、「まだ、次があるから大丈夫」とか、「ここでうまくいかなくても
別に人生にはなんの支障もない」と、思えてなかった。

私の人生、今、「楠木菊花」しか、いないんです。

分かってくれ! と、訴えたところで、どうしようもない、な。甘えてるな。

私の中から、なにもかも消えて、存在がなくなってしまった。だからまた、
他人の人生を壊そうとしてた。それは、どんな状態であっても、許されないだろう。
(ちなみに言っておくが、一年振りに激鬱にさせるメールと電話を無理矢理してきた
その人のことは、本当にはらわたが煮え繰り返っています。そのお陰で、
憂鬱さが、100万倍ほど悪化しましたと、言いたい。本気で、消えてください。
過去に帰ってくれ。[注:Nさんのことじゃありません。])

あー・・・。思い返すと、ボロ糞の日々。なんちゅーか。私。
今年に入ってから、目が壊れてる。大げさじゃなくて、1リットルは絶対泣いてます。

そういえば。去年の2ちゃんねるの「第二回オマエラ詩の朗読会しませんか?」が
終わったときに、打ち上げに突入して、ボロ糞に叩かれて吊るされたんだけど、
私、その最中のときは、全然平気だったんだよね。

それで、東京の友人宅に、睡眠のためにお邪魔して、ものすごい疲れてるはずなのに
寝られなかったんだ。すごい、心の中が空っぽでさ、「なんか??」 って
思ってた。それで、しばらくボーっとしてたら、急に泣けてきて。友人が寝ている横で
声を殺して泣いてた、すごい、びっくりするくらい泣いてた。

なんでだ。なんで泣くんだ? って思ったら「あー・・・私、めっちゃ傷ついてるや」
て、分かった。「私、めちゃくちゃかわいそうだよなぁ」って、気づいてしまって、
悲しい、とか、傷つけられた、傷ついた、って、すごい自覚されてきて、その分、
あの場に居合わせた人たちに、憎しみとかが湧いてきてしまった。

いや、今、別に、憎み続けてます、とか言いたいんじゃなくて。

ボロボロになってるの、って、意外と自覚できないのかな、って。思った。

今年はそんなことばっかりだ。
リーディングの場所に出かけると、憂鬱そうな顔したシケた女が、知らないうちに
メソメソ泣き始めてるんだよ。

人前なんかで泣くのなんか、ずっと許してなかったのに。

なんでこんなにボロ糞なんだろう?
なにかにまだ、気づいていないんじゃないか? まだ、なにかあるんじゃないか??

うー

でも、シケた顔してたり、メソメソ泣いてると、誰かはやさしい。。。嬉

かわいそう、ぶっているところもあるのかもしれない。
特に、こうやって、公にしようとしているところが。

そういう表現をする人と、そういう表現を好んで見る人と。 とある人から、
「そういうのって、傷の舐め合いじゃないですか? (私は好きじゃありません。)」 と、
言われた。

なんだかそのとき、なにもかも閉ざされたような気がして、そして今もだけど、
じゃあ私は、どういう表現をすればいいのだろうか、分からなくなってしまった。

「つらい。苦しい」って、思ってる人たちが、どこにもそれを出すことが許されなくて、
そういう鬱憤を、「表現」という、形で出すことも、許されないのだろうか。

(その人に、そうぶつけてみたら、「否定はしてないですよ」と、ちゃんとまじめに
返事が返ってきた。真剣な話をぶつけたときに、ちゃんと同じ立場で向き合ってきて
くれる人は、信用のできる人間だと思う。)

「そんなの見てもおもしろくない」 って言われるのは、やっぱり、
しょうがないんだって、割り切らなきゃいけない表現活動なのに、私は、それが
できない。

「菊花はいじらしいほど、人に好かれようとしてるよな」 とは、タッキィの言葉。

私は、なにがしたいのか、ちょっとよく分からない、今。

闇雲に、なにもないところから「楠木菊花」をつくってきた。それはどうしてなのかと
言うと、つくってる作業は、なにもない「      」を、埋めるためのものだったわけで、
その「楠木菊花」としての、存在をうしなってしまう体験や、気持ちを味わうと、
私はまたどうしていいのか分からなくなる。

結局は、「楠木菊花」も「      」も、なにも変わらない。「=」なんだろう。



2003.09.08 うらやましいですか?
 題名とは一切、飛躍するんですけど、なぜだか急に、先々週に食べた
HALUNA(はるちん)の手作りチャーハンが食べたくてしょうがない。
忘れられない。。。うー。食いたいー。あれが食いたいー。

 スープもうまかった。あれとおんなじのが食べたいーっ!!!
チャーハン食べたいぃぃぃっ!

 うー。。。我が家にはカレーしかないや。。。
あと二日は食べられる量が残っている。。。う。



 それで、なにが、「うらやましいですか?」 なのかというと。

 タッキィにご報告までに、「大阪でコケました」 と、いう旨の連絡をしたのだけど、
そうしたら例のように、なんかいろいろズケズケ言われた。。。
ズケズケに耳をかしてても落ちるので、愛ある叱咤の、愛のところしか
実は聞いてなかったのだけど。。。。。。う、すいません。

 その数日前には「菊花は東京で、よくできましたよ」 という感じの連絡が、
T氏よりタッキィに渡っていたらしく、タッキィはT氏に「菊花を鍛えます」、と言ったらしい。

 それを持ってきての、大阪コケだったので、タッキィは半ば呆れて
「ポエダシが終わったら、菊花の個人ワークショップするか。。。」 と。

 うーん、忙しい人の言葉なので、これは実現するかどうかは分かりませんが。
もし実現しても、鍛えるというか、ボッコボコにされるんだろうなぁ、とは
思いますが。。。鬱。

 でも、なんちゅーか、その筋の(どんな筋だ。笑)人からすれば、
うらやましいでしょー? ふふふふ。はは歯HAhaっ!?・※



2003.09.07 かっこつけながら。

 「菊花 散ります。」 なんて書くと、また大村さんに心配されるかな。。。笑
退くのではありません。負けたと、認めたとか、そういうわけでもありません。

 花は一度散り、再度咲きます

 かっこいい言いかたをして終わるとすれば。
まぁ、こんな、かっこいいもんではないのですけれど。

 今すぐにでも、リベンジマッチイベントを打つことはできる。
信頼できる人たちの前で、自分にだけ贅沢に時間をかけて、場をプロデュースすれば、
必ずできるだろう。できるはず。それに、時間を置いたからといって、
別にわたしが、表現者として成長する約束はないし、変わらないとも思う。
なにも変わらず、ふらっと出てくると思う。

 別に、バッサリ、活動やらネットやらをやめるわけでもなく、ちょこちょこやると思う。
今まで、移転や閉鎖をくり返しながらも、手放せなかった世界でもあるし。

 なんていうのかなぁ、今回のことをいいわけにしてでも、
本当にわたしは、そろそろ現実と向き合わなきゃいけないんです。
約3年間の、逃亡生活から、もう一度、「    」を見直す時期だと。
(ちなみに、わたしの本名ですが、「楠木菊花」で検索すると、簡単に出てくるんです。
まー、だからといって、悪用とかいやがらせはやめてくださいね。。。うぅ。)

 逆に、わたしが、これからもフラフラとネットに出てきてたら、追い払ってください(笑
「そんなことしてる場合じゃない」って。

 こんなふうに、表現の世界に入り込んでしまったけれど。
元をつきつめれば、わたしは、「楠木菊花」は、「淋しい熱」という、
詩集を出版したところからはじまっている。でも、そのはじまりは、詩人として
立ちたかったわけではなかった。そんな深いことは考えてなかった。

 「淋しい熱」 は、そもそも、一人の男に捧げたもので。
一人の男との生活のために捧げたかったもの。

 今や、「淋しい熱」は、誰のものでもなく。いいや、その人に捧げてもいいけれど。
その後の「楠木菊花」は、誰のものでもない。彼のためじゃない。わたしのためにいた。

「セーラー服挽歌」

 わたしの表現は全て、これに集約されていると思う。
最初こそは、セーラー服を着てパフォーマンスをすることに、下心以外の
なんの意味も持っていなかったけれど。

 今、わたし以外に、このセーラー服に意味を持って、着こなせる人間はいない。
誰もわたしを超えられない。





***

【セーラー服挽歌(ノーカットバージョン)】

小学校・中学校と、ことあるごとに、その時々の担任の先生から言われる言葉は
「あなたはやれば、もっとできるのに」 でした。

集団に紛れると、その集団全体のレベルの
上の下を余裕でキープする私は、トップメンバーからは外れるけれど
デキない子よりはデキる子でした。

「『やればできる』のだから、今やらなくてもいいか」

そうやって、やってもいないのに、やれている気になっている
バカでもありました。

容姿はといえば、ドブスでもなければ、美人でもない
親からは 「あんたは色が白くてスラッとしてて美人やわ」 と、おだてられて育てられ
本人の評価も 「黙っていても私はイケている」 と思い込むほど、幸せに育ってしまった。

けれど、第二次成長期に突入する頃
周りからの評価は 「ブス」 であることに気づくジレンマ。

クラスにひとりはいたでしょう? 「あの子どんな子?」 と聞かれると、
「悪い子じゃないよ」 としか答えられないような子が。
グループわけをするときに、最後まで名前があがらず、決定間近になって
一人足りないことに気づかれるような子が。

「あなたって、存在感薄いね」 と、言われるのが、私でした。

色白で、痩せていることは、美しさではなく 「弱さ」 だった。
プライドだけは高くても、心も体も弱い私は、世間から見れば
正しく 「どうでもイイ子」 でした。

新学年になって、初めてのテストがあった後、担任の先生がこっそり私にこう言うんです。
「英語の斎藤先生と、社会の木島先生が、あなたのテストを見て驚いてたわよ」 って。
「『松森さんって、こんなにデキる子だったんだね』って言ってたよ」 って。

私の存在は、紙面上でいい点をとって、初めて印象づけられたのでした。

弱い印象を覆すべく、積極性をつけようとした私は
授業中、挙手発表をしようと試みました。

大人しい私が、おずおずと手を挙げているのを見て、おせっかいの坪井ちゃんも
よく手を挙げるようになりました。数日後、学級会で言われたことは
「最近、坪井さんがよく頑張っていると、各教科の先生から報告されます。
坪井さんのお陰で、積極的に発表する子が増えているみたいです。
坪井さん、これかも頑張ってね」 でした。

私は挙手をするのをやめました。

私は次に、英語の時間の、テキストの音読を始めました。
みんな恥ずかしがって声を出さない音読を、ぼそぼそと、このか細い声で読んでいたら
半径1mしか届かないその声に、隣の席に座っていた臼田くんが便乗しました。
2つ向こうの席の、山口マリちゃんも声を出すようになりました。
斜め後ろの男の子や、マリちゃんの声に便乗する、向こうの席の子たち。
その後、英語の斎藤先生は言いました。
「山口さんのお陰で、音読してくれる子が増えて、先生嬉しいわ」 と。

語り尽くせぬ屈辱と、弾圧と、印象というレッテル。
どうでもいい子の私は、心の疲れた人たちの、格好のゴミ処理場でした。

さようなら。中学生の私。
さようなら。取り戻せぬ日々よ。

あぁ、セーラー服挽歌
私は今、セーラー服を身にまとい、あなたに弔いの歌を捧げる。

あぁ、セーラー服挽歌
殺され続けた自我に、解放という名の、再生を与えよ

セーラー服挽歌
セーラー服挽歌
棺を引きながら、私は詩をうたうのです。





***




9月2日、「P.P.P.P.C.B.N」 で、やる予定だった演目。

【第一案】

「自己、無価値論者、真希」(初)

「大告白」

「銃声」

「Jam Jam」

「自殺願望者への鎮魂歌」

(−鷹取希 on−)

「セーラー服挽歌」

「星に願いを」

***

【第二案(直前変更案)】

「自己、無価値論者、真希」(初)

「神様ファックユー」(初)

「自殺願望者への鎮魂歌」

(−鷹取希 on−)

「星に願いを」

「セーラー服挽歌」

***




 わたしが例え、どんなに酷い精神状態でいようと、どんなに酷い生活であったとしても、
人から見れば 「あ〜あぁ、かわいそ〜」 て、そんなものでしかなく。
嘲笑とか、ホッと胸をなでおろすだけの、それだけのものでしかないだろうが。
こんなものを見せたとしても喜ばれるだけ。ただ惨めなだけだろう?

 誰もなにもどうにもできない。誰にもなにもどうにもされることもない。はず、だけど。

 セーラー服挽歌。印象というレッテルは、あの日の空気の中にも存在していた。
わたしは、ただ弱い人形として、あの人たちにどうにかされたかったわけじゃない。

なんでいつも人は、弱そうな人間を見ると、喰いものにしようとするんだ。
それでわたしは、喰われてしまうんだ。イヤだと言えない。拒絶できない。

愛されたい。誰一人としてもう虐げられたくない。それがわたしを弱くする。

誰も私を好きだと言うな。誰も私に価値を与えるな。
愛なんてない。生活は惨めだ。





***

8月29日「独唱パンク vol34」 当日演目

「神様ファックユー」

「銃声」

「Jam Jam」

「自殺願望者への鎮魂歌」

「星に願いを」

***

没案1

「煩悩」

「輝ける星」

「Jam Jam」

「自殺願望者への鎮魂歌」

「星に願いを」

***

没案2 (8月3日 『岡崎Z』、「アコースティックナイト」 ライブ演目)

「銃声」(初)

「Jam Jam」(初)

「自殺願望者への鎮魂歌」

「星に願いを」

***

没原稿

「できない」(未完)



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