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歴代の年間目標の解説
2004年 がんばらない
はじめてTOPに目標が出現した年。
2003年から2004年に変わってすぐに、これは出現した。
TOPページのTOPに、赤字でフォント100もあるかという
巨大文字で書かれたこの文字には、訪問者を萎縮させるような
効果もあったかと思う。
それでも掲げたかった理由には、まず私はこの目標を
常に自分に見せていたかったのである。
私はインターネットの初期設定で、自分のページが最初に
開くように設定しているほど自分マニアなので(笑)、ネットをつければ
いつも最初に自分のページが目に入る仕組みであった。
この「がんばらない」という目標には、実のところ逆の意味があって
私自身の真の心持としては「2004年はものすごくがんばってやる」と
思ってやっていた。
しかし当時の私は肩に力が入りすぎてしまって、思うように
ステージを感じることができない状態だった。
所詮素人の浅知恵ではじめた活動だったからか、ステージパフォーマンス
が一体どういうものなのかが掴めておらず、自分のできることもわからず、
できることとできないことの認識も、ステージをやるものとしての最低限の
心構えなども養われていなかった。
思い通りにならない自分自身のパフォーマンスについて、
暗いトンネルをさまよった。素人から、少しでもお客を意識した
パフォーマーへと成長するための、最初の壁だったのだと思う。
力が入っていると、失敗したと感じたときの苦渋も耐えられないほど
強かった。そのため、柔軟に振舞えるように、「がんばらない」ことを
目標とした。失敗した、と感じたときに目標を振り返って「あ、がんばらないで
良かったんだ」と思うために。
2005年 取捨選択
2004年の「がんばらない」が効いたのか、2004年は失うものなどないという
気持ちで多くの詩のリーディングイベントへ参加して、結果的にものすごく
がんばることができた。
その年はちょうど東京へ移転したこともあり、活動の機会は飛躍的に増えた。
リーディングイベントを網羅するつもりで見ているうちに、気の合う人たちとも出会い、
2004年の後半からは「出演依頼」としてライブイベントへ呼んでもらえるようになった。
しかし。2004年も終わりに近づくころ、それまで抱えていたステージへの恐怖や
それまでのトンネルに光が見えてからだった。
随分贅沢な悩みではあるが、活動の本数が自分のキャパを超えてきてしまっていた。
ステージについて自分なりの心構えが形成されたと感じた直後、
精神的にも体調的にも大幅に崩し、自分の生活とはなんだろう、と疑問を覚えた。
2005年に入るとすぐにTOPページは更新され、同じように赤い大きな文字で
「取捨選択」と掲げられた。
2004年の最中から、本当は別の目標が決まっていたのだが、年末に近づいたころに
上記のような環境になり、ふと、この目標が強く浮かんだのだった。
余談だが、私が割りと当たると思っているネット占いがあり(無料でないと見ないのだが。笑)
そこの2005年度の年間評価が「やればやっただけ良い。今後のためになる」みたいな
結果で、それに続き「2006年は2005年の好調運がなくなり、なにをやってもうまくいかない」と
呪いみたいな結果であった。
そのようなこともあり、2005年も実は前年同様、目標とは逆のことを真の目標としていた。
「取捨選択はしない。全てを選択する。」と。
そのつもりでできるだけ動き、感じられるもの、掴めるものはなるべく多くを取ろうと思っていた。
その結果、多分相当疲れると思うので、そのときには「ああ、取捨選択していいんだ」と
思えるようにTOPに掲げた。
結果。本当に占いの通り、2005年は多くの機会をいろんな方から与えてもらえた。
その全てに手を伸ばしてみたものの、実のところ精神的にはとうに疲れ切ってしまっていた。
2006年 感謝と変化
目標制度も3年目になり、はじめてまとまりのない言葉となった。
同時に意味的にも、逆説をとらなくなった。2006年の目標は言葉通りのものとなった。
2005年にできるだけ多くのものに手を出したのはいいが、精神的な部分で
追いついていかない状態が常で、正直、廃人的な心境であった。
出演者としてイベントに呼んでもらえるようになったはいいが、私は本当に
活動をしたいのだろうか、とか、活動を続けることへの自分なりの限界点とか、
生活に対する、主に金銭面と時間についての不安など。疑問と苦渋が心の大半を占めた。
しかし、東京に来てからの私の居場所と友人と時間と気持ちのほとんどが、
この小さな活動が中心になっていたので、私は「じゃあ今から全て辞めます」と
言い切ることができなかった。
2005年に、多くの人、多くのイベントにお世話になったが、私はその全てに対して
きちんと対応することができていなかった。私は自分のステージを全力でやる以外は
周囲にはほとんどコミュニケーションも礼儀も欠いていたし、正直、それが限界だった。
心の中では常に「このままではいけないな」と危険には思っていても。
2006年の目標として最初に浮かんでいたのは「感謝」だった。
それまで私にかかわってくれた人たちに対して、私はあまりにも礼儀や感謝といった
気持ちに欠けていたし、その自覚もあった。
どうやら2006年は、あまり傲慢が過ぎるとそれだけしっぺ返しに合うという
占いもあることだし、戒めの意味として意識しておかなくてはいけないなあ、と思った。
しかし「感謝」と同じくらいに、もう一度「化け」たい、という気持ちが生まれた。
なんとなく続ける活動への危機と限界を感じ、そこを超えたいという気持ち、
休みたい、辞めたい、という気持ち。
その両方を同じくらい内在しながら、私は変化(へんか)したいと同時に
変化【(へんげ)=化ける】したいと思った。
2007年 笑