詩の批評って何なの? ’02.7.18
=============================
HPのヒット数がちょっと多いだか有名だかで、
自称詩人が投稿コーナーなんか作っちゃっててさ、
偉そうに投稿作品に批評だか感想だかをつけてるんだけど、
あんまり気持ちが良くないね。
いやね、批評サイトをくまなく見て意見を言ってるワケじゃないから、
多分な誤解もありそうだけど、今ね、カチンとくるサイトがあったのよ。
投稿作品について、レスとして感想を述べてるんだけど、
そのレスがやけに偉そうな感じなのです。
ハイ。不愉快指数30。
次に、その内容。
日本語としての言葉が変、おかしい、と、
しきりに「正しい日本語と文法」を強調したがってる…(ように見えた)。
そこで不愉快指数95。
わたしの個人的な意見を勝手に言わせてもらえば、
詩っていうのは個人の「世界の表出」だと思うんです。
一人一人のワ〜ルド、な、ワケですよ。
(詩に限らず、表現というものの全部がそうだと思いますが。)
だから、ワールドを表現するために言葉を使っているだけであって、
ワールドを具現化した形が必ずしも「正しい日本語のつなぎ」として
表出されるかは別だと思うのです。
そうはいっても、こちとら人間同士、コミニュケーションの道具として
言葉を発展させたワケだから、
意味が通じないと困る、というか気持ちが悪いワケです。
分かります。分かりますよ、その意見。もっともなんですが…。
わたしの意見としては、「言葉で世界を感じる」のが
詩を読むときの読み方だと思っているので
その世界を容易に壊してしまう批評というのは好きになれないんです。
ましてや、自分の書いた詩に、そういう土足的な意見を言われたら、
小心者で神経質者のわたしはキィィィィ!といって発狂しますよ。
正しい言葉とか、日本語とか文法とか、そんな観点で詩を批評されたら、
わたしの詩なんて赤点です。追試も再試も不可能です。直しませんから。
ホゲラ。
なんていうか、書かれた詩を読んで、内容がチンプンカンプンだったら、
自分の想像力や探知力が乏しかったんだと思って、悔しがるべきですよ。
詩の作者のワールドを、自分はイメージして理解することができなかった。
それだけです。
文法の適用が必要になるのは、
一般化を意図している作品だけなんじゃないでしょうか。
自分の言葉を、より多くの人に理解して感じてもらいたいと思うならば、
最低限、意味の通じるものであったり、正しい言葉であったりすることが
必要とされるかも知れないですけどね。
わたしの場合は、「なんか、この世界だけは譲れない」なんて思っているから
こんな風に考えるのかもしれません。
 |