
最近今までの活動を振り返る機会があり「協力隊活動は戦いである」と結論づけた。親善大使の役割も担う青年海外協力隊員が戦いとは野蛮であり間違っていると感じる人がいるかもしれない。しかし、私の言う戦いは暴力を伴わず野蛮ではない。
暴力を伴わない戦い。実感できない人がいるかもしれない。私の目指す戦いのお手本はインド独立の父マハトマ・ガンジーである。彼は非暴力・不服従をスローガンに運動を続け武力なしに見事イギリスから独立を勝ち取った。私にとってガンジーは偉大な戦いをした人である。
殆どの協力隊員は日本とは異なる文化と出会う。良い文化もあるが活動をするにあたって悪い文化もある。悪い文化(時間を守らない、嘘をつく、仕事をしないなど)に対してどうするか?許容してしまえば戦いにはならない。しかし、それでは協力隊員として行く大切な意味の一つが失われてしまうのではないだろうか。
協力隊活動で文化的衝突が起こるのは必然である。勿論、許容すべき文化(宗教的行事 家族を大事にする事 など)はちょっとおかしいと思っても受け入れなければいけないだろう。悪い文化と出会った時にどうするか。それに染まってしまっては日本人が行く意味が無い。そうであれば南々協力の形態を取ってチリなどエクアドルより進んでいる途上国から技術を持った人を日本政府が金を払って派遣した方が安上がりで語学に不自由もしないし感謝されるに違いない。
それでも日本人を送っているのは日本人の考え方や文化を知ってもらうため。つまり国際交流のためであると私は感じている。悪い文化に染まりいつも遅刻したり仕事をしなかったり言い訳ばかりしているだけでは日本人の悪い部分だけが伝わり、行くだけマイナスになる。そう思われないためには日本流にしっかりやる事が必要だと思う。(その際に許容すべき文化の存在を忘れてはいけない)
日本的にやろうとすると相手が望んでいない事までやらねばならない時がある。そこで葛藤は生まれるが長い目で見て相手のためになる事であれば例え現在相手が望んでいない事でもやらなければいけないと思う。無論その時に何故自分がそう思うか、将来的には相手の為になるとわからせるように十分な説明が必要になる。
日本で仕事をする時よりもかなり手間はかかるが仕方ない。焦っても先に進まず、逆にいるだけ意味がないのではと感じる事もある。それでも信念を持って続けると少しずつだが道が見えてくる。
だから私は協力隊活動は戦いだと思うのである。
いくら頑張ってもこの戦いに勝つ事はできない。しかし、負けてはいけないのだ。(協力隊員が頑張った所で全員を変える事は不可能。だからもういいやと諦めた時点で負けになる。)
本当は疲れるので戦いたくはないのだが協力隊員として来てしまった以上、帰るまでやるしかない。これが赴任1年3ヶ月経って思う事である。