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2004年を振り返って

2004年は生まれて初めて一度も日本の土を踏まなかった。とは言っても日本に対して郷愁は起こらず。2年しか無いのでホームシックにかかっている暇なんてありません。ここでは2004年を既にアップロード済みのエクアドル雑記と共に振り返ってみたい。

<仕事>
教室まず1月に遂に念願のコンピューター11台が届いた。中旬・下旬はセットアップで忙しかったっけ。そして2月2日に講義開始。この講義はカウンターパートは生徒として出席していたから全部私一人でやらなきゃいけなかったので4月下旬まで殆ど7:00〜18:00まで仕事していたな。

2回目の講義(5月〜9月)はカウンターパートが思った以上に頑張ってくれたのでマニュアル更新等に時間を割けるようになった。私の担当は出席、テストの作成・採点、朝30分の復習とカウンターパートにお願いされたテーマ(全体の約2割)の講義運営のみ。

3期生3回目の講義(9月〜12月)はカウンターパートが100%講義を実施してテストも6回中5回は作ってもらった。採点も彼だったし私が担当したのは30分間の復習と出席、講義修了の可否についてのみ。カウンターパートの成長と共に仕事が楽になるのだな・・・

合計51人の生徒を見て卒業者は17人。講義の雑記を読んだらわかるように何度も衝突したな。意見は聞くけどそれがエクアドル人が悪いと認めているけど直せないと思っている悪い文化に則った物は一切排除したからでしょう。この雑記に書いた通りにエクアドルの文化に染まれば楽だけれど折角協力隊員として来ているので仕方ないね。

年間計画4月に事務所の指示で年間計画を提出したけれどこれが思ったよりも役に立った。途上国はスケジュールが狂って当たり前の世界って事を改めて実感させられたが概ね思った通りにはなった。何をするにしても長期的な計画は必要ですね。

他にはリストラ計画は印象的だったな。年始にリストラ実行って話だったけれど色々揉めて現在一時中止になっている。リストラするにしても強制的に肩を叩けないのではインストラクターが全員辞めてリーダーと秘書しか残らないそんな組織になってもおかしくないな。(苦笑)

<生活>
自宅一昨年の11月に泥棒が入ってから大家一家との仲は最悪。殆ど会話無し、一緒に出かけることも無し、それでも更に一年住んでしまったのだから驚きです。一時期家出を考えたけれど結局予算の関係でご破算。このままだと最後まで引越しはなさそう。

2月から4月の様子はこの雑記を参照。この頃が一番忙しかったな。その後はこの雑記の通り。カウンターパートのおかげでだいぶ楽できるようになりました。

<旅>
ブラジルの夕日8月から9月にかけて任国外ブラジルへ行ったのが最も印象に残る旅。他には2月のカルナバル休暇にリオバンバ・グアランダ・アンバト、11月にサリーナス・グアヤキル、残りは公用でキトへ行って旧市街を散歩した程度かな。他の隊員と比べると任地を殆ど出ない出不精な一年でした。

<2005年に向けて>
任期も残り3ヶ月。けれども協力隊終了後に隊員としての真価が問われるとも言うので日本での9ヶ月も無駄に過ごさないように気をつけないと。あ・・・でもまだ進路ほとんど考えてないや(爆)

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