■2003/04/07(月)バース党の死とイラク国民の創生
米英の支配がどのような効用をもたらすのか考える。単純にこの戦争の趨勢や正義にとらわれてはいけない。人は未来を見るべきだ。それもそう遠くはない未来だ。そのためには過去を学ばなくてはならない。21世紀になったからといって新しいルールが突然生まれるわけではない。
(引用開始)
<米英首脳会談>「フセイン後」協議へ 国連関与のあり方なども (毎日新聞)
2003年4月7日(月)12時21分
ブッシュ米大統領は7日、英・北アイルランドのベルファストを訪問しブレア英首相と会談、フセイン政権崩壊後の暫定政権づくりや国連の関与のあり方などを中心に協議する。両首脳はイラク戦争の戦況が最終段階に達したことを確認し、内外に事実上の勝利を宣伝したうえで、フセイン大統領に無条件降伏を求めるとみられる。
(引用終了)
バース党は、アラブ民族主義を背景にシリアにおいて誕生している。けしてイスラム原理主義ではないことに注意。バース党結成当時は、エジプトのナセルを代表格としたアラブ民族主義が盛んだった。そのためバース党はイラクにおいても国王を倒しサダム・フセイン政権への道をならした。
バース党は、本質的に近代化政党である。
近代化政党の目標は、当然近代化にある。
近代化とは、近代国家をつくることにある。
近代国家をつくるとは、国民をつくることである。
国民とは、民族や出自に関係なく自分たちが同じネイションの一員であると自覚したときに誕生する。
外敵が侵入すれば、一体感を持つ国民は防衛戦を戦おうとする。すなわち国民としての一体感がなければ、国家ではありえず、他の近代国家が侵入してきたときに組織的な(いいかえれば近代的な)抵抗をすることができないのである。クルド人とサダム・フセイン政権に一体感などないことだけでも、それがわかる。フランスという国家がフランス民族というのがいるなど聞いたことはないが彼らはネイションとしての一体感を持っていることも付言する。
いま目の当たりにしているイラク戦争は、近代国家と近代国家未満の部族国家の戦いということになる。バース党は、王政打倒のイラク革命以後長い期間の治世においてもイラクを近代化することができなかったのだ。バース党は失敗した。ましてやただの独裁政治に堕してしまった。しかも皮肉なことにネイションとしての一体感のなさが独裁を助長してきた。政治的権利はつねに血みどろの戦いのなかから獲得されることは歴史の原則である。国民が存在しない以上、そのあがないの血は独裁の頂点にだけ集められるほかなかった。ネイションが民主主義の基盤として、いかに重要かもこれでわかる。
同様の現象を東アジアに当てはめる場合、すぐ隣の大陸と半島に類似例を見い出すことができる。中国において国民党も共産党もつまるところは近代化政党であったのだ。そしてその試みはいまだつづいている。漢民族であろうと、チベット人であろうとウィグル人であろうと同じ中国国民としての一体感があればよい、ところがそんなものがあるのかどうかはなはだ疑問である。
そういうときナショナリズムの醸成に用いられるのが偉大なる敵の存在である。朝鮮半島で、中華大陸で偉大な敵とは日本であった。五・四運動、三・一独立運動ともに中身は乏しかったが、ナショナリズムの出発点として記憶されている。そして今もなお日本は彼らにとっての偉大な敵としてナショナリズムの醸成を助力しているわけだ。
それと同じ働きをイラク戦争によってアメリカが果たそうとしている。かつてバース党がなしえなかった、イラク国民創生への道である。イラクにいるクルド人であれアッシリア人であれ、スンニ派であれシーア派であれ、いずれアメリカに対する反抗心のなかからイラク国民としての一体性を醸成すればよいのである。近代国家であれば、民主主義への道も約束される。それがどんな民主主義になるかはその国の風土次第であるが。隣の韓国のような例もあるからである。軍事的支配うんぬんに関してはそれがナショナリズムの醸成に役立つ点を考慮しつつ、アメリカは戦略的に撤退してもよいと思ったときには躊躇なく撤退するはずだ。フィリピンの例もある。
もしも本当にサダム・フセインがバース党の精髄を受け継いでいるのなら、美しく戦い美しく死ぬことである。バース党の死に至る戦いの果てにこそ、バース党の念願であるイラク国民の誕生があるからである。
“見よ彼の骸から真なるイラクが芽生える”