救世軍の陸海軍人伝道と
戦時難民救済事業
「救世軍は最前線にいた。ぼくは、ほんとうの最前線のことを言ってるんだよ。救世軍は
いい仕事をしていた。しかも、弾丸が飛び交う中でやってるんだ。道で出会った兵隊に
救世軍のレッドシールドクラブ(陸海軍人クラブ)の場所を聞いたら、こう言われた。
『上官殿、救世軍は町のそこらじゅうでやってますよ。見つからない、なんてことは
ありません』」
イタリア戦線の米軍兵士の手紙より
陸海軍人伝道の始まり


1914年8月、救世軍士官メアリー・マーレー少佐(後に大佐補)が率いる従軍奉仕班がヨーロッパの西部戦線各地に大型テントを設置して、コーヒーや食事の提供、伝道集会を行いました。同年、救世軍はフランスの西部戦線各地に野戦救急車を派遣し、救世軍兵士が運転する40台が配属されて活動しました。フランス各地の救世軍テントでは毎晩伝道集会が行われ、2万人の英国軍兵士が「恵の座」にひざまずき、回心者となりました。



小麦粉 4カップ作り方 1.小麦粉をボウルに入れ、塩、ベーキングパウダー、砂糖を加える。※バターが少ないのは、戦場でバターが貴重だったことを反映しています。 |




ありがとうございました。戦地でまさか紅茶を御馳走になろうとは思いませんでした。厚くお礼申し上げます。/ 弾の中から出て、突然自由の楽園に入り、そのお茶の味、口で味あわず、心の底で味わう。その味、筆談に尽きず。 感慨無量。/この地に、この愛の手が待っていようとは思わなかった。1938年6月には、徐州に「救世軍報国茶屋」を設置しました。このために、東京の自由学園、森永製菓、 明治製菓、40の新聞社、25の雑誌社から、大量のビスケット、お菓子類、各種新聞雑誌が寄贈されました。また、 ハワイの救世軍ヒロ小隊から大量のコーヒー、砂糖、ミルクが寄贈されました。



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