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写真集『日本の海南島侵略と抗日反日闘争』

650枚のカラー写真による日本の海南島における侵略犯罪と抗日反日闘争の歴史
1998年6月から2007年1月まで、8年半の海南島での「現地調査」の報告
A4版、128頁(総カラー100頁+文字28頁)
2007年2月10日発行 定価:3000円
制作:紀州鉱山の真実を明らかにする会
紀州鉱山の真実を明らかにする会は、1998年6月以来、海南島で知った日本の海南島侵略にかんする事実を伝達しようとしてきた。
2005年5月に、わたしたちは、それまでの報告をまとめ、冊子『海南島で日本は何をしたのか 虐殺・略奪・性奴隷化、抗日反日闘争』
を出版した。
その序言のおわりに、わたしたちは、つぎのように書いた。
「日本の侵略に抗して、海南島の民衆は、戦いつづけました。
アジア太平洋の民衆にとって、日本の侵略の時代は、抗日反日闘争の時代でした。
その時代は、全世界的規模で、まだ、終わっていません」。
写真集『日本の海南島侵略と抗日反日闘争』は、その終わっていない全世界的規模の民衆闘争の時代を、海南島という地域に
限定して写真と証言(ことば)で記録し伝達しようとするものである。
ことばと写真は、記録する手段であるとともに、伝達する手段である。
写真と証言(ことば)は、相互に補いあって、事実を伝達してくれる。
写真は、ことば(文字)で表現できないことを伝達してくれる。
この写真集『日本の海南島侵略と抗日反日闘争』制作の過程で、わたしたちは、歴史認識と歴史叙述の手段として、写真の役割が
おおきいことを再確認した。
この写真集では、250時間あまりのビデオテープと5000枚をこえるカメラ写真から約650枚の写真を選択した。
ビデオテープには、1秒間に30コマの写真がある。
ときに、人の表情は、1秒の間に、おおきく変化する。コマ送りをしながら写真を選んでいるとき、わたしたちは、証言者がことばだけで
なく、その姿と表情で証言していることを強く感じた。
写真を撮影し、選択し、編集していく作業は、写真によって歴史を叙述していく作業である。
証言(ことば)を聞きとり文字で記録するとともに、映像で記録し、ことばと映像で史実を明らかにし、それを伝達していくために、
わたしたちは、この写真集を制作した。
写真集『日本の海南島侵略と抗日反日闘争』
序言 日本の海南島侵略と抗日反日闘争
?、日本軍の住民虐殺・民衆の抗日反日闘争
日本軍の住民虐殺
民衆の抗日反日闘争
■記念碑
■記録・証言
?、日本の侵略犯罪
海南島侵略開始
海南島占領日本軍施設跡
■海南島占領日本軍司令部跡
■「要塞兵舎」跡・望楼跡
■日本軍飛行場跡
■軍用洞窟跡
■鉄道・鉄橋跡
経済・文化侵略
■金融支配
■海南島侵略日本企業
■鉱山資源略奪
■森林資源略奪
■土地収奪
■コメ略奪
■思想統制
日本軍隊性奴隷制
「朝鮮村」虐殺
総論 海南島における日本の侵略犯罪の真相究明
証言(ことば)・「場」・「物」・記録
紀州鉱山の真実を明らかにする会のあゆみ
【史料・資料・文献】海南島現代史
【年表】国民国家日本の海南島侵略史詳細目次
【地図】海南島地図、抗日軍根拠地位置と日本軍による住民虐殺現場位置
海南島占領日本軍司令部・軍事施設位
序言より
68年前、1939年2月10日、日本政府・日本軍は、海南島侵略を開始した。
その24日前、1月17日に、日本天皇ヒロヒト、日本総理大臣、日本海軍大臣、日本陸軍大臣らは、海南島侵略を最終決定し、
日本大本営陸軍部と海軍部は、「北部海南島作戦陸海軍中央協定」を結んでいた。日本陸海軍合同の海南島奇襲攻撃は、
ヒロヒトの「裁可」を前提にして計画的に実行された。
民衆が平和に暮らしていた海南島に、「ヒノマル」を掲げて突然侵入してきた日本軍は、人を殺し、村を焼いた。
日本軍は、海南島で、占領目的を「建設新中国復興大東亜」、「建設反共親日之楽土」などと宣伝しつつ、海南島各地で
残虐な行為をくりかえした。
当時、日本民衆のほとんどが占領地域の拡大を喜び、海南島侵略を支持した。
日本の他国他地域侵略史において、2・10は、9・18(「柳条湖事件」:中国東北部・モンゴル東南部侵略開始)、および7・7
(「盧溝橋事件」:中国全域侵略開始)と同質の歴史的意味をもっている。
1939年2月10日に、海南島に軍隊を奇襲上陸させた日本の国家権力者は、日本国民の支持のもとに、アジア太平洋全域への
侵略を開始した。
1941年7月28日、日本軍は、日本艦船の軍港としていた海南島の三亜港を出港して、ベトナムとカンボジアに侵入した。
1941年12月1日、ヒロヒトらは、アメリカ合州国、イギリス、オランダと戦争することを最終決定した。すでに11月26日に、
日本軍「ハワイ作戦機動部隊」が、ハワイ沖に向かってエトロフ島ヒトカップ湾を出ていた。
12月4日、日本兵を乗せた日本軍艦の船団が、三亜港を出た。
12月8日午前1時過ぎ、その日本軍艦が、マラヤのコタバルを奇襲砲撃し、日本兵が上陸した。国民国家日本は、
アジア太平洋を開始した。
国民国家日本は、1869年のアイヌモシリ植民地化、1871年の琉球王国植民地化を契機にして形成された。1860年代末から、
アイヌモシリ、ウルマネシア、台湾、朝鮮侵略の過程で、日本の政治権力者たちは、天皇制を強化し、侵略の政治的・経済的・
社会的・文化的構造をつくっていった。
日本近現代史は、他地域・他国侵略の歴史であった。
国民国家日本が、アイヌモシリ、ウルマネシアを占領し続けていること、台湾、朝鮮、「南洋群島」、中国東北部・モンゴル
東南部……を植民地としていたことは、隠蔽されることのできない歴史的事実である。
だが、他地域・他国の民衆の大地と資源といのちを奪って経済を発展させた国民国家日本の歴史的国家犯罪の具体的過程・
内容は、いまだわずかしか解明されていない。
それは、日本政府がその国家犯罪の歴史を明らかにしようとしてこなかったためだけでなく、その歴史を詳細に具体的に
明らかにしようとする日本人が少ないからでもある。
海南島における国民国家日本の国家犯罪にかんしても、その実体の解明は、日本では、始まったばかりである。海南島で
侵略犯罪をおこなった日本人は、その犯行を隠蔽し続けてきた。
海南島を「南方」侵略基地とし、さらには全島を台湾同様の植民地とするため、日本政府と日本軍は、日本企業を海南島に
呼び入れ、飛行場、港湾、道路、鉄道などを整備・新設し、鉱山開発、電源開発などをおこなった。その資金を作るために、
日本政府・軍は、「軍票」を乱発し、さらには、アヘン生産をも試みた。
日本軍と日本企業は、海南島の住民(先住民族黎族、および苗族・回族・漢族の人たち)だけでなく、中国大陸や香港や
台湾や朝鮮の民衆をも、働かせた。
また、日本政府と日本軍は、海南島民衆の土地を奪って、日本人を海南島に「移民」させる策動も進めた。
日本軍政機関は、「治安維持会」を使って住民を相互監視させ、「良民証」をもたせて管理し、「ヒノマル」・「キミガヨ」を
おしつけた。学校では、子どもたちに日本語学習を強制した。
日本政府・日本軍・日本企業は、アジア太平洋の各地でおこなった住民虐殺、村落破壊、土地・資源略奪、強制連行・
強制労働、暴行、軍隊性奴隷化強要……など、毒ガス大量使用、組織的生体解剖以外の侵略犯罪のほとんどすべてを
海南島でおこなった。日本軍は、抗日軍の兵站を破壊しようとして、海南島内各地の村落を襲撃し、住民虐殺と略奪をくりかえした。
海南島で、抗日武装部隊と民衆は、重装備の日本軍に対して、持久的に戦いぬいた。
日本軍は、海南島全域を占領することはできなかった。
1998年夏からわたしたちは、海南島における日本の侵略犯罪と海南島民衆の抗日反日闘争をできるだけ総体的に
把握しようとしてきた。
本書は、その内容を、主として写真によって報告しようとするものである。
紀州鉱山の真実を明らかにする会は、2004年4月にドキュメンタリー『日本が占領した海南島で 60年まえは昨日のこと』
日本語版を、2004年7月にその朝鮮語版を、2004年12月に漢語版を制作したが、本書は、それに続くものである。
また、紀州鉱山の真実を明らかにする会は、2004年秋の韓国西大門刑務所歴史館と韓国独立紀念館での特別展『海南島で日本はなにをしたのか――侵略・虐殺・掠奪・性奴隷化』、2005年秋の丹波マンガン記念館(京都)での特別展『日本は海南島でなにをしたのか』、2006年初夏の高麗博物館(東京)での特別展『海南島で日本は何をしたか――戦時朝鮮人強制労働・虐殺 日本軍“慰安婦”』の協力者として原案を作成したが、本書は、これらの特別展の展示内容を包摂している。
海南島で多くのかたから話をきかせていただくとき、わたしたちは、その歴史意識を試された。
これまで8年あまりの海南島での「旅」は、わたしたちにとって自らの歴史的ありかたを問う「旅」であった。
侵略された民衆は抵抗する、侵略と抵抗の歴史を具体的に追及しなければならない。
紀州鉱山の真実を明らかにする会の会員は、朝鮮人と日本人である。朝鮮人は、海南島で、日本の侵略とたたかった朝鮮民衆の
歴史を海南島の民衆の歴史と重ねあわせる。日本人は日本の侵略犯罪の実態を明らかにし自らの歴史的責任をとろうとする。
歴史的課題を果たす途上にあることを自覚しつつ、本書をつくりながら、わたしたちは、さらに進むべき道を進んでいく確信を
強くすることができた。
2007年1月までに、わたしたちは、日本軍兵士が住民を殺した村を、50か所ちかく訪ねて、生き残った人びと(幸存者)や遺族から
話を聞かせていただいた。
これまで、わたしたちに力をかしてくれた海南島のみなさんに、こころから感謝します。
これからさらに、海南島のみなさんにたすけられ、海南島のみなさんとともに、共同作業が実践的にも思想的にも可能となる道を求めつつ、海南島における日本の国家犯罪の全容を明らかにし、民衆史としての海南島における抗日反日闘争史を追求していきたい。
2007年年2月10日 紀州鉱山の真実を明らかにする会
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