紀州鉱山で亡くなられた朝鮮人の追悼碑建立にかんする要望書

 

                    2008年6月20日

熊野市長   河上敢二さま

熊野市教育長 杉浦道之さま

          在日本朝鮮人総聯合会三重県本部

連絡先:津市栄町4−286 在日本朝鮮人総聯合会三重県本部 朴三浩

          在日本大韓民国民団三重県地方本部

            連絡先:津市西丸の内24-33 在日本大韓民国民団三重県地方本部 申戴三

          紀州鉱山の真実を明らかにする会              

連絡先:三重県伊賀市下郡53−3 竹本昇


1、紀州鉱山で亡くなった朝鮮人の追悼碑を建立する用地の提供を求めます。

熊野市紀和町には「史跡 外人墓地」があります。

しかし、紀州鉱山で亡くなられた朝鮮人を追悼する碑はありません。

2008年3月9日、熊野市紀和町板屋の旧紀州鉱山選鉱所前と紀和コミュニティセンターで、在日本朝鮮人
総聯合会三重県本部、在日本大韓民国民団三重県地方本部、在日本大韓民国民団三重県地方本部伊
賀支部・伊賀コリアン協議会・伊賀市外国人住民協議会申載三会長、三重県歴史教育者協議会の協力の
もとに、紀州鉱山の真実を明らかにする会が主催する「紀州鉱山で亡くなられた朝鮮人を追悼する集会」が
開催されました。

この集会には、紀和町板屋をはじめとする紀伊半島南部の住民のほか、各地の人が参加しました。出席でき
なかった日帝強占下強制動員被害真相究明委員会の全基浩委員長からは追悼辞が寄せられました。

この集会で、参加者の総意で、紀州鉱山で亡くなられた朝鮮人を追悼する碑を早急に建立することが
決定されました。

熊野市に、追悼碑を建立する用地として、熊野市紀和鉱山資料館の敷地内、旧紀州鉱山板屋選鉱所前、
「史跡 外人墓地」付近のいずれかの土地の提供を求めます。

補 追悼碑建立用地にかかわってつぎのことを明らかにしてください。

1).熊野市のホームページに、1987年7月に、「外人墓地」を移設したと書かれています。
「史跡 外人墓地」の土地提供者、現在の所有者、および管理者は誰ですか。

2).紀和町鉱山資料館が熊野市紀和鉱山資料館と改名されていますが、「史跡 外人墓地」の文化
財指定者も紀和町から熊野市に変更されたのですか。されたのならその年月日はいつですか。

3).「史跡 外人墓地」には、十字架に向かって左側に、「史跡 外人墓地 紀和町指定文化財」という題の
碑が建てられており、その碑文末部には、「元号」で、「1987年6月吉日 紀和町教育委員会」と書かれて
います。この碑は、紀和町教育委員会が建てたものと思われますが、その費用はいくらでしたか。

4).国道311号線から「史跡 外人墓地」に入る角に、「町指定文化財 英国兵士墓地 LITTLE 
BRITAIN 紀南国際交流会」と書かれた看板が立っていますが、この看板の用地の提供者・所有者・
管理者は誰ですか。

2.紀州鉱山で死亡した人たちの埋火葬許可書の開示など、紀州鉱山で亡くなられた朝鮮人にかんする
事実を明らかにする史料の提供を求めます。


日本が朝鮮を植民地としていた時代、とくに、1940年2月から1945年8月まで、朝鮮人は、創氏と改名を
強いられ、日本人式の名を名乗らされていました。

紀州鉱山で亡くなられた朝鮮人にかかわる事実を知るためには、どうしても、当時の埋火葬許可書を、
わたしたちが精査しなければなりません。

なぜならば、当時の埋火葬許可書の被葬者名が日本人式の名であっても、その被葬者が朝鮮人である
場合があるからです。その判別は、本貫など朝鮮人の氏名にかんする十分な知識がなければできません。


7月10日までに、回答してください。

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熊野市長・熊野市教育長からの回答


     2008年6月20日に、在日本朝鮮人総聯合会三重県本部、在日本大韓民国民団三重県地方本部、

紀州鉱山の真実を明らかにする会がだした紀州鉱山で亡くなられた朝鮮人の追悼碑建立にかんする要望

書に対して、7月18日付けで、河上敢二熊野市長と杉松道之熊野市教育長から連名で回答(「熊教第725号」)

がありました。以下は、その全文です(ただし、原文で「元号」を使用している箇所は、普通歴に訂正しました)。

                    紀州鉱山の真実を明らかにする会

熊野市長   河上敢二 公印

熊野市教育長 杉松道之 公印

 「紀州鉱山で亡くなられた朝鮮人の追悼碑建立にかんする要望書」に対する回答について

 2008年6月27日付けで送付いただきました要望書につきまして、下記のとおり回答します。

 

 「1、紀州鉱山で亡くなった朝鮮人の追悼碑を建立する用地の提供を求めます。」につきましては、「旧紀州鉱山板屋選鉱所前」及び「史跡外人墓地」付近の市有地、石原産業株式会社から使用賃借している熊野市紀和鉱山資料館の敷地のいずれの土地につきましても、市として墓碑や追悼碑を建立する用地として提供はいたしません。


1)「史跡外人墓地」については、石原産業株式会社の所有地であった際に作られ、1987年5月30日付けで旧紀和町が墓地を含めて土地の寄贈を受けたものであり、旧紀和町が墓地の為に用地を提供したものではありません。

2)「史跡外人墓地」の文化財指定については、1965年2月1日に当時の紀和町の文化財として指定しており、2005年11月1日の旧熊野市と旧紀和町の合併により新熊野市に継承されております。なお、合併後の文化財専門委員会において「外人墓地」から「英国人墓地」に名称を変更しております。

3)「史跡外人墓地 紀和町指定文化財」の碑につきましては、旧紀和町で建てたものではなく、費用も支出しておりません。

4)「町指定文化財 英国兵士墓地 LITTLE BRITAIN 紀南国際交流会」と書かれた看板の用地につきましては、熊野市の所有地ではありません。国土交通省の土地であります。

 「2.紀州鉱山で死亡した人たちの埋火葬許可書の開示など、紀州鉱山で亡くなられた朝鮮人にかんする事実を明らかにする資料の提供を求めます。」につきましては、これまでも回答しているとおり、埋火葬許可書については、旧紀和町文書取扱規定により5年保管であり、既に保管期限が過ぎており廃棄処分されております。

 戸籍の存否については、外国人であるため旧紀和町にも戸籍はありません。





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