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花柳病の積極的豫防法

第十一軍第十四兵站病院 陸軍軍醫少尉 麻生徹男

目次

一、緒言
二、娼婦
三、検黴
四、アルコール飲料
五、禁欲
六、花柳病の認識
七、狭義の予防法
八、患者の取扱
九、結言


一、諸言

或る疾病にして患者及び其の周囲の者に関連する利害関係が大なれば、其の疾病の社会的意義は大なりと言ふ可し。此の意味に於て花柳病は其の平時、戦時たるを問はず、急性伝染病は別して、結核に劣らぬ重要性を有するものなり。されば其の撲滅の目的貫徹には今日まで考察せられたる諸種対策の中、一小部分的固執、一小部分的欠除も不可にして、宜しく全面的充実を期せざる可からず。
即ち目的とするは、既患者、健康者各個への治療予防の諸問題と共に、其の対社会的因子の調査研究を必要とす。伝染源、病種別、転帰別、等の頻度、数量の統計的観察を為し、将来への対策を資する所有らざる可からず。而して此等の内、人ありてか或る物を積極、或る物を消極なりと区別する趣きあるも、本症の如く重大社会性を有する疾病に於ては総て、対策が平等なる発言を有するものなり。

二、娼婦

昨年一月小官上海郊外勤務中、一日命令により、新に奥地へ進出する娼婦の検黴(注1)を行ひたり。この時の被検者は半島婦人八十名、内地婦人二十名余にして、半島人の内花柳病の疑ひある者は極めて少数なりしも、内地人の大部分は現に急性症状こそなきも、甚だ如何はしき者のみにして、年齢も殆ど二十歳を過ぎ中には四十歳に、なりなんとする者ありて既往に売淫家業を数年経験し者のみなりき。半島人の若年齢且つ初心なる者の多きと興味ある対象を為せり。そは後者の内には今次事変に際し応募せし、未教育補充とも言ふ可きが交り居りし為めならん。
一般に娼婦の質は若年齢程良好なるものなり。即ち「ミユンヘン市に於ける検査にては、二六八六人の娼婦中、花柳病に罹れる者は二六・五%に及び年齢別にせば

十六歳以下の者   一九
十六歳〜十八歳   一〇四
十八歳〜二十一歳  二三九
二十歳〜三十歳   二八一

且つ該市未成年者にして三ヶ年間に判決されし年若き娼婦の中にて花柳病を受け居たりし者は

十五歳  五五・〇%
十六歳  六一・五%
十七歳  六八・六%

にして若年程罹患率少なり。又「スツットガルト」の娼婦五六五人にては
十四歳〜二十一歳  五五・〇%
「ミユンヘン市に於ては一九〇八年二三・五%、「パリー市に於ては五八・〇%となれり。又昭和七年、福岡県に於ける年齢四十歳までの調査にて、二十歳以下の者の数は

芸妓(注2)  五六・三%
娼妓(注3)  二九・一%
酌婦(注4)  四四・六%
女給(注5)  四六・五%

を示せり。即ち娼婦の約半数は年齢二十歳以下の者と言ふを得べし。故に若年の娼婦に保護を加へる事が重要にして、意義ある事なり。されば戦地へ送り込まれる娼婦は年若き者を必要とす。而して小官某地にて検黴中しばしば見し如き両鼠蹊部に横痃(注6)手術の瘢痕を有し明らかに既往花柳病の烙印をおされし、あばずれ女の類は敢へて一考を与へたし。此れ皇軍将兵への贈り物として、実に如何はしき物なればなり。如何に検黴を行ふとは言へ。
一応戦地へ送り込む娼婦は内地最終の港湾に於いて、充分なる淘汰を必要とす。まして内地を喰いつめたが如き女を戦地へ鞍変へさす如きは、言語道断の沙汰と言ふ可し。
此れと類似れる問題としては軍として若し必要なら軍用慰安所として我が監督下に入るヽか、然からざる者に対しては断乎として処置す可きなり。独乙「ケルン市の守備兵間に一時花柳病が蔓延し、特に厳重なる検黴も効果なく罹患者二二%と言ふ高率を示せり。此れ即ち私娼の跋扈によるものなりき。此の為め該市にては英米の先例にならひ女警官を置き、この粛正にあたらしめ著効を奏したりと言ふ。ここに注意す可きは支那娼婦(注7)の内或る者は予防法殊に「コンドーム」の使用を忌避し、其の甚しきは之れを破棄すと。此れ敵の謀略により戦力の消耗せらるヽと同一結果たり。

三、検黴

花柳病蔓延、容易なる伝染及び其の撲滅の困難なる重大原因としては淋疾の根治し難きにあり。しかも此れが一度び婦人の下腹諸臓器内に喰ひ込みし場合を考へんか、思ひ半ばに過ぎるものあらん。されば検黴は無効のものならんか。今日までの文献に徴するに所謂検黴制度を有する公娼と密淫売より受くる感染率は両者相伯仲し、あたかも検黴無用論を証明せる如き感あり。されば小官は今此所に検黴につき一考察を与え見ん。
其の歴史的起源は古く、既に、一一六二年倫敦(ロンドン)市外「サウスワーク」の遊郭に対する「ウインチェスター僧正の命令書なるものあり、一四一三年及び一四六九年に「チユーリツヒ」及び「ルツエルン市会の之れに関する規定あり。其の後一八二八年に至り巴里市に於て娼婦の登録を行ひ、之れにより医師の監督を受く可く統制せり。かくて今日の検黴制度の基礎確立を見たり。
然るに一九〇八年「ヘヒト」は其の売淫者の一小部分、即ち僅々五%或は一〇%にしか及ばざるが如き検黴は全く無用なりと唱へ出せり。彼のみならず今日にても無用論を唱へる者少してせず。彼等は登録娼婦数は売淫婦全体数に比し全く少数なりと言へり。数の判明せる、伯林(ベルリン)、「ケルン」、巴里市等にては、此れ等密淫者は公娼の七乃至十倍に達せりと。恐らく今日の日本内地にても同様ならん。然かも今戦地にても其れと類似せる現地密淫者の出没を認め得るも、大局より見軍は其の統制下に置く特殊慰安所を設置する故、此の検黴用論は全く適用されず、且つ最近の報告によれば「ニユルンベルヒ」及び「ボヘミヤ」にて、頻回なる検黴が効を挙げたりと言ふ。而して検黴が有効なりとても、其の当を得らずば更に一歩進める弊害を生む。即ち検黴効果の衛生的全幅的発揚を望まば其の後に来る罹病者の隔離、治療こそ必須のものなれ。此れを伴はざる検黴は全く有名無実の甚だしきものなり。小官は某地在勤中此の点痛切に感ぜしものなりき。此の頃までは軍には此れに対する一定の方針無く、唯出来得る所にては大都市にある地方人医院に治療を依頼するに止まり居れり。其の後一年有半は過ぎ小官も該検査より遠ざかる事永きに亘るを以つて目下の状況には詳らかならざるも、此の検黴の後に来る治療の徹底無きとせんか、そも検黴は何の為めぞ。宜しく軍は此の為めにも一つの確たる統制を必要とす。
次ぎに有り得べからざる事なるが検黴の弊害として見逃せ得ざる一事あり。即ちその検査者と営業者乃至被検者間の実情問題なり。この有名なる例として欧州にては「リール事件あり。蓋し闇の世界の背後に立つ者は時に悔る可からざる権力を有する事あり。少なくとも軍用特殊慰安所内にては、かくの如き事実はなしと思ふも、吾人には之れより教へらるヽ事は多々あり。即ち検査、監督の位置にある者の個人的登楼(注8)或ひは接娼の如きは一考を要す可き問題なり。なして其の職権を濫用し其の間何事か画策する所あるは遺憾千万なり。又単に好奇心をそヽり、其の道に全く無定見の者、検査を行う如きは言語道断と言可し。更に娼婦の検査と共に妓楼の検査も必要とす。
小官某地勤務中二ヶ所の妓楼の検査を行ひたるが其の一つは新に軍用特殊慰安所として建造せる、「バラツク式家屋にして各室に洗滌所を有し、切符発売所、出入口其の他の諸設備殆んど理想に近く、他は支那家屋を利用せるものにして其の室区分、洗滌所等の諸設意の如く行かず、果せる哉其の開設后両地にて罹患せりと称する患者は極く少数なりとは言へ、其の後者にて殆ど占められありしは注目に値す。斯くする事によりて検黴の成績は統制下にある軍用妓楼に於ては挙げ得るものなり。然れども其の成績を過信し、一般兵間に売淫の危険を軽視さす可からず。

四、アルコール飲料

古来酒と女は附きものと言う可し。酒は百薬の長にはあれ、凡そ「アルコール」の薬理的作用の人体に及ぼす第一期に於て、抑揚がなくなり、従って道徳的批判能力が落ち目となる。かくて平素、素面にては能はざる者にても平気にて花柳の巷へ歩を入れ得る結果となる。又「ポテンツ」が下る故、行為時間も永くなる、斯くて自ら花柳病罹患の危険に身を曝す事態を招来す。且つ所謂酒機嫌と言う代物にて、万事気が大となり、予防的操作、予防剤の使用を放擲す。「ロムホルト」により『「アルコール」は保護剤の使用を喜ばず』と報告せられあるが、実に宜なる哉。「アルコール」と花柳病との関係は近来諸方面にて調査せられ、「フオーレル」によれば、一八二人の男子にて「アルコール状態にて花柳病を得しものは、七六・六%「ラングスタイン」によれば一七九人の女子にて四三・八%更に「メーラー」は一二二五人中一七・七%「ヘヒト」は約一〇〇〇人中にて四三・〇%と報ぜり。
更に興味あるは「ワイン」が七〇〇名の男子につき調査せる所、独身者にて三〇・〇%妻帯者にて五一・〇%となれり。之れ即ち妻子あり、分別ある男は列底酒無しに、斯くの如き冒険は敢へて為し得ざるものならん。軍隊の娯楽所より「アルコール」を遠ざければ著しく花柳病が減少すとは英国の軍隊の統計が示せり。即ち収容患者一〇〇〇人に対する割合は

年次              アルコール性疾患   花柳病

一八八六〜一八九〇   三・一           二〇七・六
一八九一〜一九〇〇   二・一           一四三・七
一九〇一           二・六           九五・六
一九〇二           二・六            一一〇・一
一九〇三           一・五            一〇九・一
一九〇四           一・三           一〇七・六
一九〇五           一・二           九〇・五
一九〇六           一・七           九九・四
一九〇七           一・四           八四・四
一九〇九           〇・七           六八・四
一九〇一〜一九〇九   一・八           一〇二・六
一九〇九〜一九〇九   一・一五          七九・四

之によれば「アルコール」に因る疾患が減少せば花柳病亦減少するが明白となれり。又「ストツダート」の報告によれば、「マサツセット州にては禁酒令発布以来花柳病の数は低下せりと。「イクテマン」の報告によれば「レイニングラード」の花柳病伝染の二五・〇%は飲酒の結果なりきと。然るに一方米国の軍隊にて一九〇〇年以来酒保に於て「アルコール飲料を全く厳禁にしたる結果、士卒は止むなく酒場や、「カフエー」に行く状態となり、却つて花柳病の増加を見しと言ふ、此の点細心熟慮せざれば竜頭蛇尾の類となる。何れにせよ花柳病の伝播に「アルコール」は重大なる役割を有する事実は何人も否むを得ず。然かも一旦罹つた花柳病の経過に及ぼす「アルコール」の影響を考へ見るなら、其の思ひ半ばに過ぐるものあらん。
小官は此の見地より軍隊内にて最小限度の酒の消費せられん事を切望するものなり。増して今日まで軍隊内諸事故の大部分が所謂「酒の上から」なる事実は此の確信を益々強固にするものなり。
軍用特殊慰安所は享楽の場所に非ずして衛生的なる共同便所なる故、軍に於ても慰安所内にて酒類の禁止されあるは寧口当然の事なり。然れども小官慰安所監視中しばしば酒類飲用の跡を見しは甚だ遺憾とする所なり。此の為めにも営業者の監視、娼婦の監督、引いては之れ等の教育指導を必要とする。

五、禁欲

禁欲は有害なりと言う者あり。彼等は性欲禁忌現象まで羅列し、其の有害を説く。小官は思う、性慾と精力とは個人々々により非常なる相違ありと。或る者にては其の強くも非らざる色慾を抑制するに、左程意志の力を籍らざるも可なるが、或る者にては性慾が強烈にて如何にしても之れを抑圧し得ずと言うが如し。禁慾が有害にして其の結果生殖器神経衰弱症を起し、摂護腺腫大や所謂色情性副睾丸炎等を惹起せし実例が果して幾何ありや。
要するに、禁慾の目的貫徹如何は衛生的生活法を前提とす。勤勉営々として働き傍ら適当なる慰安の道を講じ、色慾の乗ずる隙を作らぬが第一条件なり。此れ各個人の品性、性欲、信念等にて左右せらるヽ問題にして些か抽象論となるを以つて更に述ぶるを得ず。小官一人の考へよりせば、想ひを一度び東亜百年の大計の上に走らさば、此所一年、二年の禁慾尚余り有りと言ふ可し。

六、花柳病の認識

凡そ敵を殲滅せんと欲せば敵をよく知らざる可からず。対花柳病戦に於ても亦然り。敵の兵力、毒力に無智なる可からず。独り軍隊内に於てのみならず娼婦に対しても充分なる認識を与ふるを要す。
「レツセル」は娼婦監督の改善に努め、一法を提案し之れを売淫規律と命名し、之を以つてせば娼婦の花柳病を減少せしめ得るとせり。思うに之れは独り娼婦の為めのみならず、彼女等の用益者達にも利する所多大ならん。即ち常に性交の冷静なる目撃者は彼女等を他にしては決して求め得ざるものなり。
此の意味に於ても軍用慰安所の娼婦は常に監督指導するを必要とす。
更に彼女等の用益者たる男子側に於ても其れよりも一層の認識を必要とす。俗に「かさ気と色気無き男は無し」と言ひ、欧州諸国に於ても十六、七世紀頃には黴毒たるを恥とえず己の病気情事に就き語るを名誉の如く心得居たりと。
慢性淋疾の如何に治療し難きか、一旦脳神経細胞中に喰ひ入りし「スピロヘータ」の如何に其の生命力に影響を有するか、独り個人の問題のみならず、家庭、子孫、引いては民族の素質の低下にまで必ず因果を持つものなり。思ひを此所に致さば吾々医学を修めし者に非ずとも慄然たるものあらん。
此の故に軍隊内に於ける性教育の徹底は重且つ大なる問題なりと言ふを得べし。近時米国の軍隊に於ては、この為め宣伝びら、小冊子等の配布、及び写真、殊に活動写真により著効を収めつヽありと言ふ。此の花柳病に対する啓蒙運動こそ一つに隊附衛生部員に課せられたる重大任務とも言ふを得べし。

七、狭義の予防法

狭義の予防法につき一言する前に、軍隊内にてしばしば見る包茎の問題に言及せんと欲す。即ち今日まで花柳病予防の為め多数の包茎者に就きて手術を行ひたる例は無きを以つて昔より見る宗教的切除者と非切除者につき罹病率の比較を行う。
「ブライテンスタイン」が蘭領印度の軍隊にて調査せる所によれば一五〇〇〇の土人(注9)即ち包皮を切除せし兵卒にては花柳病一六・〇%にて其の内黴毒は〇・八%なりしも、一八〇〇〇人の欧州人即ち切除せざる兵士にては花柳病は四一・〇%にて其の内黴毒は四・一%に達し居れり。
又「ロエブ」によれば、二四六八人の患者にて非切除者の三九・一%は下疳(注10)と黴毒を有せしが切除者にては一五・〇%に過ぎずと。確かに包茎を有する者の陰茎は不潔になり易く常に湿潤にて病菌の良き培床となる事は肯定出来得る。
故に斯くの如き者は出来得べくんば壮丁検査に引き続きか、入営直後にか治療を加へ、以つて花柳病予防の遠大なる計画の一助とも為したし。
次ぎに軍隊内に於ける狭義の予防法に就いて言及するが抑々花柳病の発生率は平時の軍隊と戦時の軍隊とにて質的にも量的にも大いに趣きを異にす。例えば米国の軍隊にて大戦前まで一六・〇%なりしが既に動員直後には四〇・〇%となれり。増して戦場倥愡の間に於ておや。其の予防法に至りては今日まで洋の東西を問はず略同一にして薬物保護剤によるもの、「コンドーム」によるもの或ひは之等を併用するもの及び交接後の洗滌、消毒によるもの等あり。小官は之等総てを励行するを以つて本則と致したし。
之れに使用する具体的薬品の組成其の他は実に多種多様なる故、今此所に述べ得ざるも、要は信用せらる可き品物を選定す可きに有り。
衛生材料廠より受領する場合は別とし時に民間製品を補給せらるヽ事有るを持つて、此の点特に注意を必要とす。最近或る種の品にて局所刺激過大にして使用に耐へずと訴ふるを散見せしを以つてなり。又「コンドーム」も近時殆ど硫化ゴム製品となり品質も向上せしを以つて良好なるも、中には保存永きに亘れば脆弱となるものあり。注意を要す。内地にては「ゴム製品」の統制ありと言ふ、唯に自動車タイヤ用としてのみならず、此の為めにも良質の原料を得、製品粗悪ならざる如く勉めざる可からず。
交接後の洗滌、消毒には保護剤の残余或は消毒石鹸、其の他の液を使用するものあり、然れども肝心の此の処置を行う可き適当なる場所を何れかの地に求めるを要す。そは娼家の内にてか或ひは外にてか。
凡そ交接後消毒の時間が早ければ早き程罹病率は少なり。此れ当然のことならん。即ち和蘭海軍にて得たる結果を参照せば

経過せし時間   罹病者率

一時間       〇・〇八%
二時間       〇・五八%
三時間       〇・七七%
五時間       一・五七%
七時間       二・一七%
九時間       三・六二%
十時間以上    七・四〇%

となり、如可に交接後の予防的消毒が必要なるかを知る。欧米の軍隊にては此の消毒所を兵站地等にては街の中に共同便所式に設け、或ひは兵営内に設けし例あるも小官は前述の理由により娼家内、然かも交接の各室毎に設けたし。此の点に於昭和十三年春の上海旧軍工路附近楊家陸軍慰安所の設備は理想的に完成しありき。
当時消毒は「カメレオン水を使用せり。娼家の内の唯一ヶ所を之に宛てる如きは小官の取扱ひし範囲に於ては不適当なりき。
斯くの如くして行はれたる予防法の結果は果たして有効なるものならんか。米国海軍に於ける成績は注目に値す。一九〇七年頃同国に於ては各々隊に任意に行はしめ居たりしが、一九〇九年には数ヶ所に強制的に実行せしめたり。一九一六年米国海軍に籍を置く者は花柳病に罹れる場合及び自己の不謹慎より疾病を得た場合は其の治療期間中は給料を与へざることにせり。又予防法は次ぎの如き規定とせり、即ち予防具を携帯せる場合は別とし、然らざる者は帰艦後、或ひは道順の便利なる地に設けられたる場所にて衛生部員の監視下に消毒を受くべしと。此の方法を励行せしが為め一九一〇年以降花柳病患者数は減少せり。然かも一九一七、一九一八年は大戦中なりしも拘はらず急激に其の数を減少し得たり。これ戦時に対する当局処置の宜しきを得たる結果と言ふ可し。
又「ライド」の報告によれば一九一七年「ポーツマス守備兵間の花柳病数は九二‰(注11)となり、「ボイデン」も此の方法にて好成績を得、九二三人の内淋疾は一人もなく、黴毒が唯一例なりきと報告せり。倫敦に於ける一軍隊にても同様なる方法にて一九一三年花柳病患者九五・六‰なりしを一九一七年末には三五・〇‰に減少せしめ得たり。同様「シンガポール」の駐屯軍内にては予防法採用以来一五・八‰より三・四‰に減少せしめ得、又「サンギオルギ」によると伊国にては予防用軟膏の使用を励行せしより、一九〇六年の五六‰を一九二三年には、三二‰に減少し得たると言ふ。
兎も角も此れ等予防的処置は確かに有効なるものなり。然し此れが為めに、其の効果を過信し誤まりし安全感を持つ必要は断じてない。

八、患者の取扱

一旦花柳病に罹りしならば可及的早く早期治療の徹底を遂行せざる可からず。小官在南京中、兵站病院外来患者治療時、しばしば患者或ひは隊附衛生下士官兵より花柳病薬を当方の治療に使用せし量以外に余分に請求する傾きあり。此の原因を探索せしに、一つは彼等が自己の疾病を隊附軍医に知らるヽを恐れ、一つは軍医中にも自己監督の隊内にて斯くの如き薬物の消費せらるヽを好まず、引いては患者自身が自費にて薬物を購入するか、或ひは前記の如き傾向となりて現はれたるものなりき。花柳病の治療の決定は常に困難なる問題たり。然れども目下当地域内に於ては従来の如く、中支医示第四五号に定めある如く行ふより他に方法を得ず。更に中支医示第五号、中支兵監医第八五号による花柳病患者調査表の如きも今後一層強化され、各作戦期毎の組織的統計的観察も必要なり。
此の際問題となるは所謂「花柳病士卒の特典」と言ふ事なり。即ち彼等は花柳病患者として収容せられ、一戦闘期間生命の安全を保障せらる。
実に、いま〜しき限りなり。彼等の戦友の平素真面目にして花柳病の汚れに染まざる者は身を弾丸雨飛の中に曝せる間、彼等は「サルバルサン」や「ブロタルゴール」を友とし、安逸なる病院生活を為し居れり。然かも彼等の病院内に於ける起居動作は決して良好ならず。されば「ヘヒト」は黴毒にても淋疾にても症状が消失せば直ちに戦線へ送る可しと言ひ、且つ戦線に居る間注射を行ひ治療を完了する事も困難ならずと追加せり。「ナイセル」は塹壕内での「サルバルサン」と水銀治療法を提唱したるも、之れは実現さるヽに至らず。
平時ならば数千発に一発の砲身内破裂の危険を防止す可く、引き金にも紐を附して演習したる重砲も、実戦場に於ては紐如き介在物は問題とならず。「サルバルサン」にも千に一余の危険無きにしも非ず。然れども戦場に於ては事態如何にて、問題とならざる時もあるべし。軍の戦闘力低下の防止にはやむを得ぬことなり。

九、結言

今日まで色々の対策が世界各国の軍隊にて試みられたり。陸軍軍醫団発行皮膚及花柳病講義録に於ても詳細に論議せられ「フインゲル以下十四名の人々の意見が記載しあり。而して此等は略同一の事を論じ、小官亦其れ等と略同一の結論を得たるものなり。されど此の正当と思はるヽ各対策の確実なる遂行を何時如何なる場合に於ても達成せんと切望するは決して人後に墜ちざるものなり。以上各項に亘りし拙見より、小官は左記諸条目を持つて結言と為す。即ち

一、軍隊内に於ける花柳病に関する教育
   花柳病の何物たるかを認識すること必須なり。

二、個人的予防法の励行

三、局所的精密なる身体検査
   月例身体検査時特に注意するを要す。

四、アルコール飲料の制限
   即ち此れに代わるものとして、より高尚なる娯楽施設を必要とす。
   音楽、活動写真、図書或ひは運動が良い。
   思ふに、十六ミリ「トーキー」による映画位、少しく研究せば、
   前線近く各地にて行ふに左程困難ならず。
   娼楼に非らざる軍用娯楽所の設立も希望す。
   斯くして兵員自ら禁慾を意とせざるの良風を養成す可きなり。

五、検黴は的確にして厳正なる可し
   更に娼家、楼主の監督を必要とす。
   罹患娼婦の治療、隔離は必ず行ふ可し。
   此の為め兵站地区内に於ては特殊病院を必要とし、
   彼女等にも後送治療の可能なる如く全機関を統一したし。

六、娼婦の質的向上及び選擇
   同時に私娼への警戒と伝染源の徹底的追及も必要ならん。

七、防疫軍紀の厳守
   前記各項の目的達成は実に軍紀の振作、防疫軍紀の高揚にあり。
   花柳病対策も広義の防疫作業たる可く、将来、兵站司令部は此の為め
   更に自己の医療能力を増進充実せしむるか、
   或ひは他の有力なる衛生、防疫機関に作業の一部を譲渡す可きなり。

八、前記各方面の諸因子の全体的、統計的研究は対将来、
   対社会の問題として重要なる役割を演ずるものなり。

昭和拾四年六月二六日   以上。


註 従軍慰安婦に関する麻生建白書の結論

私は特に比の中で第四項を強調したかった。
"娼楼に非らざる慰安の場所"それは私個人としても切に求めたるものであった。兵站基地としての上海の雰囲気が第百一師団と第十八師団の交代で、兵より音楽を遠ざけひたすら野性の追求に向わしめた。いくら戦地戦場でも性の放恣放逸は許されない。(昭和五十九年三月十八日発行の「上海より上海へ」に記す)

『上海から上海へ』(麻生徹男著、石風社、1993年)より


以下、注釈は桜井誠によるもの。

注1…けんばい。性病検査の事。
注2…芸者とも言う。基本的には身体を売らず芸を披露する事を専らとしていた。
注3…花魁とも言う。客の招きで貸し座敷にて身体を売っていた。
注4…料理店にて働くも、殆どの酌婦が身体を売っていた。
注5…カフェ、バーなどで働く女性労働者。但し当時は売春婦予備軍と見なされていた。
注6…よこね。鼠径部リンパ腺の炎症による腫れ物。
注7…中国人売春婦。当時はチャンピーと呼んだ。朝鮮人売春婦は朝鮮ピー。
注8…遊郭に入る事。この場合、慰安所(売春宿)へ個人的に行く事を示すと思われる。
注9…現地人。現在は差別用語のため使用できないが原文に従う。
注10…げかん。性行為感染症の一種。
注11…‰、1000分の一。この場合9.2パーセントを表す。