The English Patient(1996年【米】)と朝鮮人を救った日本の近代医療制度


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邦題:イングリッシュ・ペイシェントをご覧になった方も多いだろう。
第69回全米アカデミー賞9部門受賞という輝かしい成績を上げる作品である。
第二次世界大戦末期に事故で重傷を負い、身元も不明だったためにイングリッシュ・ペイシェント(イギリス人患者)と名づけられた主人公アルマシ−は、カナダ人看護婦ハナの看病を受ける。
さらにそこから、別の女性も登場するといったラブロマンスだが、日本では評価が分かれた作品だったような気がする。
さて、映画にも登場する、看護医療を見ていて思い出すのが、数多くの朝鮮人を救った日本の近代医療制度である。

今もって、李朝末期をユートピアのような世界だったと妄想する韓国人が後を絶たないが、もちろん現実とは全くかけ離れたものである。
まずはここを見ていただきたい。
http://members.at.infoseek.co.jp/konrot/rekisi28.htm
私のサイトからだが、ここでは、李朝末期時代の朝鮮の姿を実際にその目で見た、多くの外国人達の証言を取り上げている。

<抜粋>

細井肇 著「漢城の風雲と名士」(『政治史』第77巻、豚犬的生活五より)
「韓国内地を旅行すれば、路傍や街路中に累々たる黄金の花(人糞の比喩)が場所も構わずにあちらこちらに咲き乱れいて、足の踏み場もなく潔癖な人は一目その不潔さと臭気の酷さに驚くのである。・・・(中略)・・・
現に、この国(韓国)の中央都会である京城(ソウル)のような、「韓国の帝都」と言われる都市でさえ至る所に人糞や牛馬糞を見ないことはなく、辺りに漂う恐ろしいほどの臭気は人の鼻を襲い目を顰めない人はいない。
さらに京城市内(ソウル市内)を流れている川には、そこに隣接する各家々から排せつされる糞尿が混じり、川の水は黄色に染まり、ドロドロとなっているなど目も当てられない光景であるが、韓国人はその水を洗濯に使っている。全く持ってとんでもない話である。毎年夏期になると京城(ソウル)では伝染病が流行し、その伝染病にかかる患者の殆どが韓国人であり、大流行時には何千人もの患者を出すことも珍しくはない・・・」

元京城控訴院判事 山口真昌氏の1908年6月の証言(『朝鮮における司法制度の近代化の足跡』友邦協会編より)
「道路は非常に狭く、しかも糞尿は至るところ道ばたに落ちているという有様でした。井戸水は混濁していて、風呂に入れば茶色の湯で、かえって身体が汚れるような感じで、飲料水は石油の空き缶一杯で何銭(当時のお金の単位)で買ってきて使用すると言う状態で(要するに飲料水は買わなければならなかったと言うこと)、電灯は今だ一般の家庭には普及しておらず、私たちが当時借家としていた家にはその設備(電灯)が無いためランプを使用しておりましたが、冬になると寒気が激しく、石油が凍って段々と光りが薄暗くなり、仕事が出来ないほどでありました。」

このように、当時の朝鮮はまさに「糞尿国家」と言って良いくらい不衛生・不潔な国家であり、この不衛生習慣は今なお韓国には残ってる。
例えば、一昨年の2001年にはコレラが韓国で大流行したり、日本国内で韓国産生牡蠣による細菌性赤痢の集団発生などが起きている。
これ以外にも言っていけばキリはないが、韓国の国家としての衛生概念の欠如がもたらす、疫病は今なお続いていると言ってよいだろう。

話を李朝末期に戻すが、この時代の朝鮮での死亡原因の多くが疫病であった。
肺結核、肺臓ジストマ、赤痢、チフス、猩紅熱等である。
李朝時代の人口は大凡、200万人から700万人の間で推移しているが、その李朝時代には度々疫病が朝鮮半島を襲っている。
17世紀〜19世紀に掛けて、10万人以上の死者を出す疫病が頻発しており、さらに1794年の大疫では、50万人以上の死者が出ている。
また、この疫病の蔓延には、かの有名な李時珍の「本草綱目」の影響もあったと見られる。
所謂、医学書としての同書には「人を殺して、人肉や肝胆で治療する」という漢方医療が書かれていた。
宣祖9年(1576年)6月頃の記録によれば
「腹を切り裂く殺人者を捕らえた。病気を患った時に、それを治療するのに、人肉及び肝胆を薬とする。・・・(中略)・・・成人男女といえど、一人で歩いていれば、誘拐し、そして腹を切り裂き肝胆を取り出し、売りつけ莫大なお金を稼いでいた。」(「朝鮮医学史疫病史」著作:三木栄)
とある。

朝鮮の所謂、民間療法と呼ばれる、迷信からくる医療とも呼べない俗説は、さらに多くの死者を出している。
グレブストの著作「悲劇の朝鮮」には、その民間療法の幾つかが紹介されている。
例えば、患者に牛糞を塗る。ひまわりの種を湯がいて食べる。小さな蛙を3匹生きたまま丸飲みする。
重病人には、煮たカササギを一羽、或いは、焼いた犬の足を4本食べると良い。
また、湧かしたお湯に40歳の女性の髪の毛を入れて飲む。
他にも、信じられない無いような民間療法が、朝鮮では何百年も変わることなく伝えられてきた。

朝鮮併合に先立ち、朝鮮統監府は1909年に慈恵医院の官制を発布し、さらに朝鮮併合後は、総督府が中心となって、大韓医院(後の、京城帝大付属病院)を設置して、朝鮮半島の近代医学、医療発展の中心的存在となっている。
1910年の併合から、総督府は厳しい、防疫・検疫を朝鮮で初めて実施し、疫病の侵入防止に取り組んでいる。
そして、その努力の甲斐あって、コレラ・天然痘・ペストなどの大流行は、1918〜1920年を最後に激減してりる。
さらに、日本からは天皇陛下よりの150万円(当時の金額)の下賜金が送られ、済生会が設置されている。
李朝以来の階級制度を総督府が廃止し、各道から市町村に至るまで医療制度が整い、それまで一部の両班などしか受けられなかった高度な医療が、一般朝鮮民衆にもその恩恵を与えることとなった。

韓国人が喧伝して止まない、日帝36年は、朝鮮半島に初めて近代医療をもたらし、衛生環境の改善と疫病の撲滅で、朝鮮半島の平均寿命を延ばし、朝鮮民族全体の繁栄に大きく寄与した36年間であったのである。
韓国人は、初心に返り、今一度自分たちの回りの衛生環境に気を配り、また、朝鮮民衆を救った日帝の近代医療に思いを致すべきである。