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題 目 : 21世紀に向かって(範士8段 李種林[イ・ジョンニム])

97/10/07 08:14 読み物: 74 関連資料無し

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21世紀に向かって(専務理事 李種林)

大韓帝国 建陽元年 開国505年(西暦1896年)、武官学校が設立されて、警武庁で剣道(当時は撃剣)教育が始まってから100年が過ぎた。
1970年には国際剣道連盟が創立され、今年1997年には第10回剣道選手権大会を行なうとともに、剣道は名実共に世界的なスポーツとしての地位を得た。
これから3年後になれば西暦2000年、まさに21世紀が始まるのだ。(訳注:韓国では2000年から21世紀)
そして、国際剣道連盟が生まれてから一世代が過ぎ、新しい世代が始まると言えるだろう。
これから来る21世紀は、我々が好むに好まざる、望むに望まざるにかかわらず、急速に国際化、情報化時代に入っていき、これに適応できなければ自然淘汰という泥沼に陥る険しい状態に遭うだろう。
大韓剣道会は来たる21世紀、新しい時代を迎え、全ての剣道家と共に世界舞台で主導的に前進するために研究・努力することを約束し、未来指向的な基本計画を樹立し、今年からこれを実行に移そうと思う。
1番目は中央研修院を建設することだ。
1997年10月内に研修院の敷地を確保し、2年内に剣道場と宿泊施設を完了し、剣道家のための名誉の殿堂を年次的に建設する。
研修院では指導者と代表選手の学術研究、教育、訓練はもちろん、学生、一般の研修を通じて剣道の質を向上し、相互交流を図るようにする。
2番目は各地方の剣道会の傘下に市、郡、区の剣道会を組織し、地方自治制による剣道の地方自治力を高めて活性化し、道場、学校、社会体育が有機的に協力して相互補完するようにする。
3番目は情報化時代に合うようにパソコン通信やインターネットを通じて剣道を国民に積極的に広報し、剣道家と一般人の意見を幅広く集め、世界に韓国剣道の優秀性を知らせるように努力する。
本会は既に「ナウヌリ」と「ハイテル」にも剣道掲示板を新設した。
剣道家の積極的な参加を願う。
この他にも2000年を目前に控えて、大韓剣道会は剣道装備の現代化(竹刀、道着、防具の改良)に努め、我々の誇りである固有剣法の開発にも持続的な努力を傾注する。
昨今、似非剣道問題などで多くの剣道家が深慮しているが、これは一時的な社会混乱から来る後進国型の道徳乖離現象に過ぎず、政府や社会の正しい価値観が揺らがない限り、近日中に似非は払拭されるだろうが、これは日々増えている剣道家の増加が実質的に証明していることだ。
終わりに大韓体育会会報の体育紙に掲載されている「剣道!オリンピックへの道」を共に載せて参考にする。

剣道! オリンピックへの道

1.剣道の理解

「剣道」とは世界的なスポーツの一種目であり、その名称である。
初期には「撃剣」と呼び、今から90年前の1908年に韓日間で親善競技があり、1935年の全朝鮮総合競技大会(現在の全国体育大会の前身)第16回大会から「剣道」は正式種目になった。
1938年、朝鮮体育会が解散になると、韓民族の体育祭典のこの大会は自然に中止になってしまった。 光復後の1953年、大韓剣道会は大韓体育会の正式加盟団体になり、1955年からは再び「剣道」が全国体育大会の正式種目になって、今日に至っている。
剣道という用語は中国に由来するもので、漢書芸文志兵器考における「剣道三十八篇」というのがその嚆矢である。
しかし、この用語は体育的実体としては使われておらず、「撃剣」が現在の剣道の母胎になったのである。
「撃剣」は新羅の花郎たちによって大きく普及、発展し、19世紀末に日本がこれを現代スポーツ化して全世界に広めたのである。
ある者は剣道が日本人の手により体育競技化されたとして、これを日本の運動だと言うが、歴史を正しく理解すれば間違いであることに気付くだろう。
しかも、体育競技、すなわちスポーツには国境がない。
もし、我々が外国で競技化されたあらゆるスポーツを、我々のものではないと言って顔を背けたらどうなるだろうか?
オリンピックで金メダルを取った我が国の柔道選手やレスリング選手は誰が拍手し、どの国の国民が彼らを歓迎してくれるだろうか?
昨今、「剣道」が社会体育としても大きく人気を得るようになると、とんでもない根本も国籍もない似非剣道が生まれ、各々韓国伝統剣道云々と言いながら、既存の剣道は日本のものだと罵倒し、各々愛国者であるように国民を愚弄している。
より呆れ返った事実は、彼らが使用している装備だ。
剣道競技で使う竹刀、木剣、防具などをそのまま使いながら、あるいは日本の伝統剣術である「居合」や藁束切りをしながら、これを伝統剣道と呼ぶ破廉恥なことを憚らないでいる。

(訳注:ここでいう似非剣道とは海東剣道など居合のパクリを高句麗伝統剣法だと捏造している団体のこと。)

これはちょうど日本の大根の漬物である「タクアン」のにせ物を作って売りながら、これが我々の伝統の食べ物である「韓国タクアン」と言うのと同じだろう。
このような似非体育会の行為は、韓国体育自体を病ませるものであるから、大韓体育会や文化体育部の次元で果敢で厳格な措置があるべきものであると、全ての剣道家は願っている。
近日中に似非剣道の実体を調査、分析して、行政的、法的制裁が伴うべきだろう。

2.世界剣道選手権大会

1970年4月、国際剣道連盟が創設され、第1回剣道選手権大会が開催された。
大会は個人戦と団体戦で、個人戦は階級がない無制限級の個人競技、団体戦は5人組で、各国は団体戦1チームと個人戦7人が出場できる。
大会は3年に一度行なわれ、アジア・ゾーン、ヨーロッパ・ゾーン、アメリカ・ゾーンで順に開催される。
初めての大会は1973年に米国で開催されたが、我々は個人戦で銅メダルを取るのに満足しなければならなかった。
第3回大会は不参加、第4回大会の時に団体戦で準優勝をするとともに、韓国剣道は徐々に浮上し始めた。
しかし、第5回ブラジル大会のときは再び下向し、団体戦3位に留まってしまった。
韓国剣道が世界剣道界で頭角を表したのは、1985年にフランスのパリで開催された第6回大会の時からだった。
韓国選手団は打倒日本を目標に、2年余りに渡る強化訓練をし、その結果として個人戦準決勝戦に2人の韓国選手が昇った。
日本はやはり2人、我々はたとえ2人の選手がいずれも銅メダルに終わっても、競技内容の面から全世界の剣道家の脳裏に強力な印象を植え付け、日本を威嚇し始めたのである。
団体戦では準決勝戦で日本に3対1で敗れたが、韓国剣道の可能性を立証した大会であった。
1988年、ソウルで開かれた第7回大会を前にして、日本代表チームは韓国に転地訓練に来た。
彼らが韓国剣道を意識せざるを得なくなったのである。
当時、日本の剣道家口は500万、我が国は25万に過ぎなかった。
ソウル大会は剣道強国としての地位を得た韓国の本領を遺憾なく発揮した大会であった。
しかし、団体戦準優勝、個人戦3位で惜しい結果を残したまま大会は終わった。
審判の判定論争で大会場が騒乱し、観衆たちの抗議で大会が少しの間中断される事態もあったが、日本の壁は越えられなかった。
団体戦のスコアは3対1、パリ大会の時と同じだった。
1991年はカナダで第8回、1994年は再びフランスで第9回大会が開かれたが、韓国は不振を免れないまま団体戦でだけ準優勝をして何とか体面だけを維持し、個人戦はすべて日本が占有した。
1997年、すなわち今年3月の第10回世界大会は、日本の京都で開催された。
いわゆる日本武道の本拠地という京都で、韓国と日本は宿命の対決戦を行なうことになった。
世界34ヶ国から参加した420名余りの選手が見守り、競技場をぎっしり埋めた日本の観衆と我々の応援団200名余り、そしてNHKのテレビ中継が進行する中で、韓国は日本と血戦を繰り広げた。
五名の選手のうち、1番目は引分けた。
2番目、やはり優劣を分けられず、引分けた。
そして、3番目の中堅の戦いで、韓国のキム・キョンナム選手が先般の世界大会優勝者である高橋を2:0ストレートで抑えて勝つと、一瞬場内はあたかも息を殺したようだった。
しかし、200名余りの韓国応援団が噴き出す熱気に満ちた応援にもかかわらず、部長と主将が惜しくも敗れてしまった。
釈然としない審判上の問題があったが、審判の判定を承服することがスポーツマンの道理である。
団体戦の戦績は2:1、大会が終わって日本は大きくざわめいているようだ。
読売、毎日など日本有数の新聞で韓国剣道の活躍が大文字特筆され、二つの剣道月刊誌は韓国特集を出すに至った。
千五百年前、我々の剣の文化が日本に伝わって以来、百年余り前、我々は彼らからスポーツ剣道を再び逆輸入し、今は国際舞台で彼らと対等な競争をするに至ったのである。
韓国剣道はこれからが実力を出す始まりになるだろう。

3.オリンピックへの道

去る広島アジア競技大会でも、日本体育会と広島地方剣道会は剣道をアジア競技大会として採択しようとしたが、知られざる事情で日本自ら採択を諦めたことになっている。
これは日本における剣道の位置を知る良い例になるだろう。
しかし、今回の京都で開かれた第10回世界選手権大会を契機に、日本剣道界にも変化が起きている。
大韓剣道会は国際剣道連盟の副会長理事国として、10年余り前から剣道をオリンピック種目に採択しようと建議している。
そして、多くの国々がこれに同調しているが、国際剣道連盟理事会や総会ではまだ結論を出せていない。
最も大きな理由は、日本剣道連盟が「剣道が商業化されたオリンピックに入るのは望ましくない」との立場を固守しているからだ。
しかし、時代は変化しており、日本の若い世代、特に大学で徐々にオリンピック参加のほうを支持している。
「剣道時代」という日本の剣道専門紙は6月号の特集で、韓国がオリンピックに剣道を正式種目に採択すべき当為性を提示したことについて深く扱って、注目されている。
現在、世界40ヶ国余りで、剣道が活発に普及、発展しており、人気があるスポーツとして脚光を浴びるようになった。
大韓剣道会は遠からず剣道がオリンピック種目に入ることを確信しており、このために剣道家の皆の力を集めて努めて進む。
そして、現存する世界で最も古い本国剣法、朝鮮勢法などを研究開発し、競技力向上と共に我が韓民族の剣の文化を世界に植え付けていこうと思う。

− 社団法人 大韓剣道会会報 第39号より −
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