
拓郎日記(最終回)
★拓郎日記★
(最終回)
スナック「カルチェ」が閉店後、拓郎はその日暮らしの生活をしていた・・・・
30歳を過ぎた拓郎は定職もなく、配膳紹介所、マネキン紹介所を転々とし
ていた。
配膳の仕事は、ホテルの結婚式での料理のセッティング、ウエイターなどの
業種で、
高収入で、気が向いた時に仕事に行って、派遣先が嫌なら変えてもらい。
長期休暇で海外に出かけたり、仲間も多いし、気ままに暮らせる仕事だった
。
社会保険や厚生年金、失業保険や将来の保証などなくても、それ以上の楽し
さがあった。
30代半ばになろうとしている拓郎は配膳の仕事を続け自由気ままにその日
暮らしをしていた。
ある夜、突然田舎の母から1本の電話が入った。
母の声は電話口で泣いていた。
「ど〜したんやっ、か〜ちゃん」
「と〜ちゃん、事故で死んじゃったやっ」
拓郎は母の声でしばらく茫然として何も話せなかった。
「早く、早く、帰ってきて」母は泣き声でそう叫んだ。
拓郎はその夜、泣きじゃくり一睡も出来なかった。
次の日、拓郎は朝1番の飛行機で島根県石見空港へと飛んだ。
石見空港上空はどんよりと冬の厚い雲が飛行機の離陸を邪魔していた。
山陰本線に揺られ、灰色の日本海を眺めながら実家のある西浜田駅で降りた
。
何十年と田舎には帰ってなかった。新しい家が次々建ち、大きなスーパーマ
ーケットも
出来ていた。母校の浜田商業高校も鉄筋校舎に建て替えられ、
昔の面影と言えばグランドの隅に立つバックネットくらいだった。
実家の玄関を開けた、奥の間で母が一人で父の遺体の前に小さな肩を丸め座
りこんでいた。
拓郎は白い布をめくり父の顔を見た。十年降りに見る父の顔が遺体の顔だっ
たとは、
拓郎は親不幸の自分に情けなくなった。隣ですっかりやつれた母もずっと泣
いていた。
拓郎の目からも止めどなく涙があふれてきた。。。
「お父さん、ありがとう」それ以外の言葉は見つからなかった。
父の初七日も終わり、拓郎は一人になった母の面倒を見る為、田舎に戻る事
を決心した。
笹塚のアパートを引き払い、親しい友人が集まり送別会を開いてくれた。
数人の友人に浜松町の駅まで送られ、拓郎は一人モノレールに乗り込んだ。
ベルと同時にドアが閉まり、友人の顔が涙でぼやけてきた。
モノレールはゆっくり浜松町の駅を離れた。右手の東京タワーもぼやけて見
えた。
東京で過ごした、18年間、いろいろな事があり過ぎた。1つ1つかいつま
んで思い出せば
涙が止まらなくなるので拓郎は窓に写る景色に目を移した。向こうに東京湾
がぼんやり見えた。
田舎での生活は想像以上に拓郎を退屈にさせた。就職先も少なく、松江で一
人暮らしも考えたが 、
母の事もあったので浜田に留まった。
近くのスーパーマーケットで品出しのアルバイトをしていた。バイトが終わ
ってジムに通いたいが
遠く、松江や出雲に出ないとないので、早く帰宅して母と二人で夕食を食べ
る毎日だった。
居間の中はいつもテレビの音だけで二人の会話などなかった。
「早く嫁さん貰え」それが母の口癖だった。
ある日、親戚の叔母の紹介で拓郎はお見合いをする事になった。隣町の江津
の信用金庫に勤める
和子と言う女だった。屈託のない純情な和子は行った事のない、拓郎の東京
話に興味深く聞きいっていた。
この見合い話もどちらからともなく破綻に終わってしまった。
拓郎はいろいろな手段で島根県内の男を探した。伝言ダイヤル、雑誌の文通
欄、
しかし知り会う男達、全てに満足が出来ず別れてしまった。
もう拓郎の田舎暮らしも限界に来ていた。
そんなある夜、母との無言の居間にぽつり・・・
「かあちゃん、俺、また東京戻るよっ・・・」母につぶやいた。
「何言ってんだ、かあちゃんどーすんだ?一人は嫌だよっ」
母の目から涙があふれた。
「嫁さんは、ど〜すんだい、東京で何すんだい?絶対許さないからなっ」母
は泣きながら拓郎に質問した。
それからまた二人の会話は途絶え、居間はまたテレビの音だけが響きはじめ
た。
その夜、拓郎は布団の中で東京暮らしを思い出した。
時計は11時・・・東京ならスポーツジムの帰り仲間と食事して、これから
呑みに行く時刻なのに・・・
なぜ自分は布団の中で????
「東京」「東京」「東京」何度もその地名が頭の中で渦巻いた。
仲間の居る街「東京」・・・
未だ見ぬ恋人の住む街「東京」・・・
結局、拓郎は一睡も出来ないまま、夜明けた。・・・・・・・・
数日後の早朝、拓郎は母が寝ている時間、静かに荷物をまとめて、
母に2〜3行の手紙と郵便貯金通帳と印鑑をチャブ台の上に置いて
静かに家を出た。。。。。。。。。。。。。
そして空港に向かう山陰線に乗り込んだ、もう浜田の町並みは一生見る事も
ないだろうと、拓郎は思った。
石見空港に到着した。春の日差しがまぶしい位の陽気だった。
19年前上京する時の天気と同じだった。
最後まで上京を反対していた父、横で泣いていた母に見送られたあの日を思
い出した。
飛行機の窓の外に富士山が見えると、徐々に高度が下がりはじめ離陸態制に
入った。
1年降りの 東京。
拓郎は小さな荷物を持って、東京駅でオレンジの中央線に乗り込んだ。
飯田橋を過ぎた頃、外堀りに桜が咲き乱れているのが見えた。拓郎は子供の
様に首をひねり
車窓から桜を見た。
四谷駅を過ぎ、数分後、中央線は滑る様に新宿駅のホームに入っていった。
1年前とはさほど変わってい新宿に拓郎はほっとした。
相変わらずの人ごみ、カメラ屋のアナウス、大きな電光テレビ、
全てが拓郎に戻って来た。
ビルの谷間から注ぎ込む春の日差しを浴びた拓郎は
この街でずっと暮らしていける事を願い。
新宿の人ごみの中に紛れて消えて行った。
田舎の母は一人、拓郎の短い置き手紙を握りしめながら
暗い居間の裸電球の下で2人分の食事を用意して、泣き
拓郎の帰りをいつまでも待っていた。
同じ頃、拓郎は新宿のサウナで見知らぬ男に抱かれていた。。。。。。
・・・完・・・
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