第二章 高校一年、冬(冬休み前後

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(5)除夜の鐘 

 

 ゴォーーーーン。……………ゴォーーーーン。

「あっ、お寺の鐘が鳴り始めたねえ。」

 近くにあるお寺の境内から、除夜の鐘が鳴り響いてきた。

 大晦日。和美は一人で健一の家にお邪魔して、居間で健一の家族とともに、コタツに入ってテレビを見ながら年越しそばを食べていた。両親は親戚の家に急用が出来たということで、和美を健一の家に預けて、後から迎えにくることになっていた。もっとも元旦は毎年、遠山家と松下家は一緒に過ごすことに決まっていたため、そのまま居座ってもさして変わりはなかったのだが。

 

「おじさんとおばさん、遅いね。」

 健一が和美に聞いた。

「そうだね。叔父さんが急病で入院しちゃったからって、大変なんだろうけど。命に別状はないみたいだし、そろそろ戻ってくるんじゃあないかな。」

 和美も心配そうに時計を眺めながら健一の問いに答えた。

「雪のせいで車が大変なんでしょう。ところであなたたち、このあと初詣に行くつもりなんでしょ?雪が積もっているから気をつけて行ってらっしゃいね。」

 康子が二人に話し掛けた。

「あっ、そうだ。和美、そろそろ行くか。」

「うん、行こう。おばさん、ごちそうさま。」

 

 二人は健一の部屋へ、コートと手袋を取りに上がった。

「まさか大晦日に雪になるとはねえ。しかも珍しく積もっちゃうし。」

 健一がコートを着ながらそう呟いた。

「このところ暖冬続きだったけど、今年は寒くなって雪も多いのかなあ。」

 和美もコートを着ながら答える。

「でも、今年の冬は、俺は暖かいぞ。」

「えっ、どうして?」

「どうしてって、そりゃあ。あったかい手をした和美が、いつも傍に居てくれるからだよ。」

 そういう健一を見つめ、思わず固まってしまう和美。

「ちょっと、クサ過ぎるセリフ、だったかな?」

 そう言って照れ笑いする健一。

「うん、ホント。クサいセリフ。クサいけど、でも、すごく嬉しいセリフ。」

 和美は微笑みながら健一に近づき、健一の手をとって握り締めた。

「健ちゃんの手もあったかいよ。」

「和美ほどじゃあないよ。」

 そう言いながら抱きしめ合う二人。コートをすでに羽織っていたので、モコモコになりながら。

「健ちゃん、大好き。」

「俺も、大好きだよ。和美」

 顔だけ離して、お互いの目を見詰め合う。やがて唇を寄せ合い、キスをする二人。クリスマスの夜に交わしたファーストキスよりも、かなり濃厚なキスだった。互いの気持ちを告白し合い、晴れて恋人同士となった二人は、クリスマスから一週間のあいだ、毎日顔を合わせ、そしてキスの回数を重ねた。

 はじめのうちこそ、クリスマスのファーストキスのように軽く触れ合うだけのキスだったが、数日過ぎた頃から変化が出てきた。まず、健一が和美の唇の中に割って入るように、舌を和美の口の中へと挿入するようになった。はじめ驚いて拒んでいた和美だったが、健一が優しく大丈夫だからと和美を諭すと、徐々に受け入れられるようになっていった。今日のこの日に至っては、和美のほうからも積極的に舌を使って、健一の唇や舌と愛撫を重ねられるようになっていたのだった。 

「んんっ。」

 舌と舌を絡ませながら、和美は少し声を出してしまっていた。和美にはこれが感じていることになるのかどうかは分かっていなかったが、少なくともこれまでに体験したことのない、何とも言いようのない感覚であったことだけは確かだった。

「そろそろ行こうか。」

 和美の口に挿入していた舌を抜き、唇を離して、健一が和美に話し掛けた。

「うん、そうだね。」

 平静を装って和美が答える。だが和美の頬は火照り、目は心なしかトロンとしたままだった。部屋を出て、玄関まで健一に手をつないで貰って歩く和美。やがて玄関のひんやりした空気が顔に触れると、ようやく普段のようなシャキッとした顔に戻ってきた。

「じゃあ行ってきまーす。」

「行ってきまーす。」

「滑らないように気をつけるのよ。」

 奥から康子の声を聞きながら健一と和美は外に出て、降り積もった雪の中を響き続ける除夜の鐘を聞きながら、お参り先の神社のほうへと向かって歩き出した。

 

 昨晩から降り出した雪はすでに10センチを超える積雪になっていた。今は小降りとなっていたので、傘を差すほどではなかったが、それでも和美と健一が頭にかぶったコートのフードには、うっすらと白い雪が降り積もっていた。和美は、先に人が歩いて踏み鳴らされた部分を選んで、ピョンピョンと跳ねるようにして歩いていた。

「歩きにくいねえ。」

「ホントだな。和美気をつけろよ。そんな歩き方していると、滑るぞ。」

「大丈夫だって。……キャッ!」

 滑って転びかけた和美を、健一が慌てて腕を差し出し何とか押さえた。

「あっ、ありがとう。」

「ばか、だから言わんこっちゃない。気を付けろって言ったのに。」

「テヘ、ごめんなさい。」

 和美はチョロッと舌を出して、健一に謝った。

「ほら、またすべると危ないから。」

 健一は左腕を差し出し、和美に捕まらせた。

 和美は右手だけでなく、左手も差し出して、両方で健一の差し出した腕にしがみついて歩いた。

「なんかこういうのって、恋人同士みたいだね。」

 和美が呟く。

「恋人同士じゃあないのか、俺たちは?」

「うん、そうでした。あたしたちは恋人同士です。恋人かあ。幼馴染じゃあないんだね。」

「幼馴染だよ。それはいつまでたっても変わらないことだろ。幼馴染の恋人同士でいいじゃないか。」

 健一がそう言うと、和美は返事もせず、ただ顔がニヤけて困ってしまっていた。

 

 家から歩いて20分くらいで、神社に着いた。住宅街と商店街の中間に位置するこの神社は、この付近の住民に昔から親しまれている神社だった。ちょっとした小高い丘の上にあり、石段を少し上ったところに本殿や社務所などが点在していた。丘の上は下から見上げると狭いような気にもなるが、実際上がりきってしまうと丘の上はかなり広い台地になっており、当然ながら神社の境内地も広々としていた。本殿へ通じる石畳の脇には、地元の商工会などが設置したテントが数張立ち、参詣者に酒などを振舞っている。露店なども何軒か出店している様子で、子供連れの家族などを中心にどの露店もそこそこ賑わっていた。

 雪の積もった石段を気を付けながら登り切り、石畳を本殿のほうへ歩き始めた健一と和美。

「あれっ? 和美たちじゃない? かずみぃー! 遠山くーん!」

 和美と健一は突然自分たちの名前が呼ばれ、驚きながらその声がした方向を見やった。

「あれー。美香! 良子とさっちゃんも。みんなそんなところでどうしたの?」

 和美は商工会が張ったテントの中に居た美香たちを見つけ、健一と腕を組んだまま駆け寄った。パイプ椅子に腰掛けた美香の隣には、同じくクラスで仲良しの蓑田良子と木下幸子の二人も居た。

「あたしたち三人でお参りに着たんだ。そしたら曽田君がここに居てさあ。」

「えっ、良介居るの?」

 健一が驚いて美香に尋ね、辺りを見回した。

「うん、居るよ。今はなんか使いに出ちゃったみたいだけど。あっ、あそこにいる人が曽田君のお父さん。商工会の役員さんなんだって。」

 健一は美香の指差したほうを見やると、確かに良介の父親だった。良介の父は近くの商店街にあるスーパーの社長で、家に遊びに行ったときに何度も会っていて、健一のこともよく知られていた。

「それでさあ、曽田君に座ってゆっくりして行けって言われて、勧められるまま、これを。」

 と言って、美香は手に持った紙コップを差し出した。

「甘酒?」

「そう。あたしは日本酒でもいいよって言ったんだけどね。」

 そう言って笑う美香と和美たち。

「和美ちゃんもお参りに来たんだね。いいなあ、彼氏と一緒にお参りだなんて。」

「えっ、彼氏って。」

 幸子の問いにピンと来ていない和美。

「腕なんか組んじゃって、彼氏じゃなかったら遠山君は何なのよ。」

 美香にそう言われて、急に恥ずかしくなった和美。慌てて組んでいた腕を振り払った。

「何もそんなに慌てて振りほどかなくっても、あなたたちのことはみんな分かってるわよ。今更隠したって意味ないでしょ。」

「それよりさ、新年の挨拶まだしていなかったよね。あけましておめでとう、和美!」

「あれ?もう新年になっちゃったの?」

「やれやれ。お熱いカップルは自分たちの世界に入り込んじゃって、時の経つのも分からなくなってしまったか。」

 美香の冷やかし気味の突っ込みを良子がうまくフォローしてくれたのだが、結局は和美自身のボケのせいで、意味がなくなってしまった。

 

 和美と健一は先にお参りを済ませて来ると言って、本殿のほうへ向かった。

「こんなとこで二人で居るところ見られちゃって、恥ずかしい。」

「気にしなくていいよ。どうせ学校始まればわかるんだし。それに、俺たちはずうーっと前から付き合っていることになっているんだから。いまさらって感じでみんな気にも止めないよ。」

「そんなもんかなあ。」

「そんなもんだよ。だから和美は普通にしていていいんだよ。腕だって組んだままでいればいいんだから。」

「うん。」

 顔を少し赤らめながら、再び健一の腕に自分の腕を絡ませる和美。

 

 本殿でお参りを済ませ、二人が再びテントへ戻ってくると、良介も使いから戻ってきていた。

「おおぉ、健一。賀正!」

「良介。謹賀新年!」

おかしな挨拶をする二人を見て、女子全員笑ってしまった。

「なんて変な挨拶してるのよ。新しい年になっても二人のコンビは相変わらずね。」

 美香が茶化して二人をからかった。

 良介は和美にも甘酒を勧めた。和美は一度断ったが美香からも勧められ、一杯貰うことにした。健一には普通の日本酒の熱燗が用意されていた。

「健ちゃん、だめだよぉ、お酒なんか。」

「いいっていいって。松下、気にしないで。こいつ結構酒は強いんだから。」

 そう言って良介は、健一に持たせた湯呑茶碗にヤカンで煮立ったお酒をトクトクと注ぎ込んだ。

 健一と良介は二人で乾杯し、グイグイと飲み始めた。

「もしかして健ちゃん、普段から飲んだりしているの?」

 あまりの飲みっぷりの良さに怪訝に思った和美が健一を問いただした。

「そんな、しょっちゅうって訳じゃあないよ。親父の相手をたまにしているだけだよ。」

「おじさん、かなりお酒強いからね。健ちゃんも大人になったら、お酒飲みになっちゃうのかな?」

「もう今でも立派な酒飲みなんじゃない?」

 美香が会話に参加してきた。

「あんまり酒飲みになられると、和美も将来苦労するね。」

「あたしが苦労するくらいならいいんだけど。健ちゃんの体が心配。」

 美香は和美の返答にビックリした。良子や幸子と顔を見合わせると、二人も美香と同じように驚いたような素振りだった。美香がからかいの意味がこもった言葉を投げかけ、和美が恥ずかしそうにする仕草を期待していたのだが、あまりにサラッと返答してきたので、健一とのことを冷やかされ、からかわれていた少し前の和美とは明らかに変わっていることが分かった。美香たちはそんな和美の変わりように驚きつつも微笑ましく思い、また羨ましくも思えたりしていた。

 

 しばらく女子三人と男子二人の仲間でにぎやかに雑談していたが、やがて美香たち先着の女子三人が席を立った。

「さて、あたしたちはそろそろ行くよ。」

 そう言って美香は、甘酒を飲み干して空になった紙コップを良介に差し返した。

「ええ? もう行っちゃうの?」

「うん。うちの父さんが迎えに来てくれているんだ。この二人を送っていかなくちゃいけないし。」

「そう。じゃあまたね。」

 三人と和美はそれぞれ手を振ってその場で別れた。が、しばらく行ったところで美香が和美を呼んだ。

 良子と幸子から少し離れたところに動いた美香の元へ、駆け寄る和美。

「なあに?」

「和美。おめでとう。うまく行ったんだね。」

「あぁ。健ちゃんとのこと、だね。うん、ありがとう。美香のアドバイスのおかげだよ。」

「そんな、あたしは何にもしていないよ。これからも頑張ってね。」

「うん。本当にありがとうね。でも、美香。健ちゃんとあたしが、その、付き合い出したからって、美香とあんまり付き合わなくなるとか、そんなわけじゃあないから。あたし、……」

「何を言うのよ。わかってるよ。そんなこと、当たり前じゃない。あたし達はいつまでも友達だよ。」

「うん、そうだね。今まで通りだね。」

「じゃあね、また新学期に。」

「じゃあ。」

 そうして別れた後、和美は健一の元へ戻った。健一は相変わらず良介と酒を酌み交わしている様子だった。

「健ちゃん、もうお酒、よしたほうがいいよ。」

「これ、まだ一杯目だよ。今日はこれ以上は飲まないから。」

「おっ? 健一にしては珍しいな。」

「ばか言うなよ。いつもと同じだよ。さて、それじゃあ、俺たちもそろそろ帰るか。」

「なんだぁ? もう帰るのか?」

「ああ。おじさんによろしくな。」

「了解。休みの間に一度うちへ遊びに来いよ。松下も一緒にさ。」

「ああ、そうするよ。それじゃ。」

「じゃあ、曽田君。またね。」

「ああ、松下も。気をつけてな。」

 

 そうして二人は曽田と別れ、石段を降りて帰路についた。

「みんな、いい友達だよな。」

 石段を降りながら健一は和美に話し掛けた。

「そうだね。ホントにいつまでも大切にしていたい友達。あっ、でも曽田君の酒豪っぷりは健ちゃんには悪影響かもね。」

「ははっ。あいつは俺から酒の飲み方教わったなんて言ってるよ。」

「健ちゃんが教えたの?」

「違うよ、あいつの冗談だよ。俺は親父から教わったけどね。」

「やっぱりおじさんが元凶なんだ。あとでおじさんに言っておかなくっちゃ。健ちゃんにあんまりお酒を勧めないでって。だいいち未成年なんだから。」

「もう手遅れなんじゃあないですか。」

「じゃあ、あたしが健ちゃんの酒飲みを防止してあげる。」

「お好きにどうぞ。でもどうやって、防止するつもりなんだ?」

「そうだなあ。何かで健ちゃんの口を塞がなくっちゃね。」

「ふーん。じゃあ、今から塞いでもらおうかな?」

 そういうと、健一は石段を下り終えたところにある広場の隅に行き、大木の陰に入り込んだ。

「えっ、なあに? どうしたの?」

「これから口を塞いでもらうことにするよ。」

 和美はようやく健一の言っていることが理解できた。

「あっ、その、健ちゃん。あたしそんなつもりで言ったんじゃあ。それにこんな所で。」

「わかってるよ。でも、口実なんて何だっていいだろ?和美と新年最初のキスがしたいんだ。」

 少し俯いて考えていた和美は、健一の真面目な顔を見て、ようやくコクッと頷いた。野外ではもちろん、健一の部屋以外でキスをするのは、二人にとって初めてだった。

 健一の手が和美の頬を持ち、少し顔を上に向かせる。そしてゆっくりと唇と重ねていった。軽く唇同士が触れ合う程度のキスから、やがて舌を絡めていく二人。野外ということに最初抵抗を感じていた和美も、そのうちそのような事は気にならなくなり、どんどんと積極的になっていった。

「あたしが健ちゃんの口を塞がなくっちゃ行けないんだよね。」

 健一に話し掛ける和美。そう言うとさらに自ら舌を絡ませ、健一の唇を塞いでいった。

「んんんっ。」

 和美は少し唸り声を上げた。舌先と唇から感じる感覚がたまらなく心地良かったからだった。

 しばらく絡み合っていた二人だったが、ようやく唇を離し、代わりに体を寄せ合い、抱き締めあった。そして、抱き合ったまま、健一が和美に一言。

「今年もよろしく。和美。」

 和美が答える。

「こちらこそ、よろしくね。健ちゃん。」

 そうして顔を見合わせた二人は、再び唇を重ね合うのだった。


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