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進化論と創造論専用会議室過去ログ

651→700
2004年8月31日(火)〜2004年9月15日(水)

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はじめまして!たぶん一回きり通行人投稿ですがお許し下さいませ。 投稿者:笑子  投稿日: 9月15日(水)03時01分45秒 #700

ワア、(過去ログ見て)、ゆみちゅん がいたの♪あの カナダのゆみちゅんが〜
 シンさんも!
 はじめまして!唐突にすいません。m(_ _)m
 私はクリスチャンです。レムナント掲示板から来ました。最近、事件がありましたが解決したホットなサイトです。もし、よろしかったら、キリスト教掲示板にも遊びに来て下さいませ。皆さん方へ*
 わたしは 極端な創造論(科学?がつくの)は遠慮しますが、進化論争 なんでも、白黒つける必要ないと思う 例の まことさんとPEPEさんに賛同している者の一人です。
 かなり、有名な話になってますから。(笑)

 キリスト教掲示板は 
  
http://6202.teacup.com/remnant/bbs です。
 歓迎します おくつろぎ下さいませ。
 
 恵美


マルチレス 投稿者:シン  投稿日: 9月15日(水)02時09分35秒 #699

Kosukeさん こんばんは

無宗教と無神論履き違えてすみませんでした。こういう誤解を宗教者はする傾向があると思います。気をつけることにします。あと評価、と書きましたが、もちろん他人に良く見られたい、とかそういう意味ではないことはわかっていると思います。自分の歩みが、ある程度は良かったのか、という確認です。そのバロメーターとしてあなたの評価を利用させていただきました。気楽に付き合ってください。

てつおさん こんばんは

あなたの言動にそのプレッシャーはありません。昔、そんな体験をしました。兄によく暴力を振るわれて、だけど兄だから心の底から憎い、とは思えなくて、だけど飼っていた猫も、兄が来ただけで怯え、逃げた様子を見て、「ああ、飼われている動物も嫌いなんだから僕も嫌いになれる、あいつは敵だ、」と決めたことがありました。それで気持ちが楽になって、やってこれた、という部分もありましたが、逆に心に辛いものも同時にありました。その時の経験です。心にプレッシャーがありました。何かを「敵」と決めることは何か来るものがあります。

ただ、もしあなたにも示された部分があったのなら、ちょっと考えてみるのも良いかもしれませんね。私はなんとか読めますので問題ありません。わからなかったら聞きます。

engelwiseさん こんばんは

唯一の攻撃対象とは正確に定義するとへりくだることが出来ない傲慢な宗教家のことです。

>しかし宗教家にはこの世の法則を当てはめるのは不適当です。なぜならこの世のものに権威を置かないからです。なので、傲慢な宗教家は最悪です。むしろ言ってることが正しければ正しいほど、まわりに対しての悪影響は大きくなるばかりだと思います。イエスも彼らの言動の正当性は認めていましたが行動は認めていませんでした。<マタイ23章>

宗教が普通の人に不快感を与える多くは傲慢な部分にです。流木さんのサイトや佐倉さんのサイトからも、それは読めます。聖書の神を信じる私たちは全ての人の立場にへりくだることを目指すべきだと考えています。あっちなら得だ、とかのようなコウモリではありません。聖書の理解では、十字架とその一生においてイエスはその最高のものを示しています。そこが見えていない宗教家が、「躓き(つまづき)の石」となっています。私は別に、敵が増えるのは構いません、が、「躓きの石」になりたくないだけなのです。極めて利己的な理由も含みます。

「躓きをもたらす者は忌まわしいものです。」
<マタイ17章6節7節>

そして「忌まわしいものだ。」と続けて書かれている箇所に偽善の宗教家が書かれています。<マタイ23章>(古い訳だと「災いが来ますぞ」)

イエスもそうしたのだから私もどこにも攻撃対象がない、という訳にはいきません。

私たちのここですべき「へりくだり」についてはもうあなたはご存知です。私に悪い傾向が見られた時には遠慮なく注意してください。


#696〜#698 投稿者の要望により削除


というより、 投稿者:てつお  投稿日: 9月14日(火)12時39分56秒 #695

>シンさん、もしかして、私の書いたものの言外に、「何かしらのプレッシャー」を見たのかもしれません。私は否定しません。それは私自身、聖書へ、教会へ、そして同時に現実の生活への足がかりを求めてのことと理解して頂けたら、幸いと思います。

恥ずかしいことに、それが「自分」「敵」なのだ。
優しい言葉づかいを選ぶべきだった、かなあと、


いろいろと 投稿者:てつお  投稿日: 9月14日(火)11時03分27秒 #694

>題の唯一の(攻撃)対象という言葉の意味(目的)が実は良く自分でも解らないのですが。自分は「攻撃対象(敵)」をつくらなければ平和が保たれるみたいなところが昔からありました。でもそれは「腹を立てない」とかではなくて、後になって許せる心が生まれることに気づいたからだと今は思います。事が生じている最中は、「のろいのごとく」心がどよめくのですが。そんなに簡単ジャーないなーって実感しています。

engelwiseさん、こんにちは。そして、私の詩が気に入ってもられて、とても嬉しいです。
私はもう福音主義に対し、もう何も期待できないとさえ思うようになりました。それで、大学を卒業してから、しばらく教会に通っていませんでした。けれども、今、ふたたび「福音主義」です。「後になって許せる心が生まれることに気づいたからだ」と、あなたは言いましたが、矛盾や緊張をそのままに受け入れることが、やはり大事なんだ、と気づかされました。どちらかに決めてしまって、他を排除すれば、楽だと思います。けれども、ちがいますよね。何にせよ。
 一時、自分に対して「休戦」していましたが、ふたたび教会生活をはじめるに当たって、その戦いに置かれている自分に、安易な方法は頼るまいと腹を括りました。
 創世記にしてもそうです。科学と矛盾する奇跡として、自分の世界から排除することも可能です。あるいは、逆にこれはまったく非科学的な神話だと結論付けて、その中の主体的な真理のなかに逃避することも、可能です。さらにまた、そういったことを批判して、自分たちの都合がよいように証明することもできます。
 ですが、私はいづれでもないような気がします。なぜかはわかりません。
 ただひとつ言えるのは不信はあらゆる事実の前に先立ちますが、事実に対する信頼のうちに、神様との対話を続けていくことが大事だ、と思われます。
 前には重要だと思われていなかったことが、今ではそれが大事なこととして受け止めるということもありますよね。同じ文字に対する、私たちが変わったからということになるのでしょう。

シンさん、もしかして、私の書いたものの言外に、「何かしらのプレッシャー」を見たのかもしれません。私は否定しません。それは私自身、聖書へ、教会へ、そして同時に現実の生活への足がかりを求めてのことと理解して頂けたら、幸いと思います。


#693 投稿者の要望により削除


無宗教と無神論 投稿者:Kosuke  投稿日: 9月14日(火)09時34分37秒 #692

なんか大層なタイトルですが、内容はゼンゼン大した事ありません。

> きっとここはKosukeさんのように無神論の人も見ているので、
> もしそういった人たちが加わりそうな内容の時、
> 宗教用語(アーメンやハレルヤ、交わり、など)を使う際、配慮した方が良いと思えます。

ありがとうございます、そうして頂けると私もROMしやすいです。



ただ、私は「無宗教」とは言いましたが、「無神論」とは宣言しておりません。
じゃあお前の言っている「神」とはどんなもんじゃ?と正面切って聞かれるとしどろもどろになりますが、浅学ながら様々な科学的知見に触れれば触れるほど、その奥底にある自然界の驚異的な仕組みの奥深さには「畏れ」を感じざるを得ません。

宗教にまつわる人間の愚かさにはほとほと愛想を尽かしておりますが、人知を超えた大きなものの存在を否定するほど大それた人間ではないと自覚しているつもりです。

ああ・・・先回りしておくと、これは決してシンさんの発言に文句を付けている訳ではありません。コミュニケーションの一環として自己紹介したようものなので、どうか気を悪くしないで下さいな。

それから
> あの後その内容から議論が進みましたが、
> その結果、あなたの私に対しての評価が悪くなったかな、とか少し気になってました。

「評価」かあ・・・。なんか、えらそうな事書いてしまったなあと反省しているのであります。(あっという間に流されてしまって、あの時自分が書いたことは今は見ることができないけど)ただ、その後の議論も私は大変興味深く読ましてもらってます。


#691 投稿者の要望により削除


なんか心が痛む 投稿者:シン  投稿日: 9月14日(火)00時02分45秒 #690

下のレス書いてて、なぜか、少し嫌になった。

唯一の攻撃対象、と挙げたものの、それはやはり人に対して、ではない。イエスも、特にパウロは偽善の宗教家の傾向にある同国人を助けたい、と思う気持ちが最後まであった、と思う。その様子が使徒の働きで書かれている。パウロは迫害されても死ぬ目にあってもまず最初にシナゴーグ(ユダヤ人の会堂)を訪ねていた。外国人の方はいつも大きい成果をあげていたし、迫害もあるにはあったが、同国人の迫害に比べるとぬるかったように見える。そっちにだけ行ってれば、妬みもあまり引き起こさず楽だったのに。と思う。

イエスも聖書の理解では結局その人たちに殺されたのにそれをも赦し、救うため死なれた(とされる)のだから。

唯一の攻撃対象、といっても、それは単純なものではなく、すごく難しい問題だと思う。

(ちなみに私の( )の多くは他の人への配慮のつもりで使っています。私が信じていない、というわけではありません。ので。)

何かを攻撃する、ということを決める、という事は相手による部分もあるが、それを決めた自分の心に何かしらのプレッシャーがある。この場合イエスなら

「ああエルサレム、エルサレム。預言者たちを殺し自分に遣わされた人たちを石で打つ者。私はめんどりがひなを集めるように、あなた方(ここでは宗教家たち)を何度集めようとしたことか。それなのにあなたがたはそれを好まなかった。(少し編集あり)」

<マタイ23章37節>の嘆きから読む事が出来るだろうか。

いずれにせよ攻撃対象が明らかでも、単純にその立場を非難したり裁くべきではないのかもしない。

よく考え、知恵をもらいつつ、それをやろうと思う。

独り言です。


Re洪水地質学のさらなる弱点 投稿者:シン  投稿日: 9月13日(月)22時56分53秒 #689

てつおさん こんばんは
(シンさん、お疲れかと思いますが。投稿者:てつお 投稿日9月 7日(火)21時57分45秒)

新しいもののレスはengelwiseさんがしてくれたので、今日は前の内容について書こうと思います。原理主義については、engelwiseさんの提示された理解を私もしていました。特にキリスト教なら「愛」が原理になると思います。その原理からなら無抵抗で殺されたりすることはあっても、その逆はないと思います(今の私がそれを出来る、という意味ではありません。また旧約を持ち出されたときには別の議論を必要とします)。私もなるべく人と争わないように努めていますが唯一の攻撃対象がいます。それはへりくだらない宗教家です。

何かの権威という人は大抵傲慢なイメージがあります(あくまでイメージです)。
しかしそれはその分野で努力や根回しをした結果であって、ある意味、傲慢なのには正当性があります。偉いんだから傲慢でもいいと思います。(個人的には権威があるのに傲慢でなければ尊敬度は10倍増しですが)

しかし宗教家にはこの世の法則を当てはめるのは不適当です。なぜならこの世のものに権威を置かないからです。なので、傲慢な宗教家は最悪です。むしろ言ってることが正しければ正しいほど、まわりに対しての悪影響は大きくなるばかりだと思います。イエスも彼らの言動の正当性は認めていましたが行動は認めていませんでした。<マタイ23章>

そんなわけでなるべく人と平和を作っていくスタンスを取りたい、と思っていますが、こういった人たちに対してはイエスもパウロもひと時も譲歩しなかったように妥協してはいけない、と示されました。また自分がそうならないためにもこの態度が必要だと考えています。

そんなわけ模範的な宗教家として話題となったマザーテレサのある部分に倣って、ちょっとだけ言わせてください。

きっとここはKosukeさんのように無神論の人も見ているので、もしそういった人たちが加わりそうな内容の時、宗教用語(アーメンやハレルヤ、交わり、など)を使う際、配慮した方が良いと思えます。

「ユダヤ人にはユダヤ人のように、ギリシャ人にはギリシャ人のように、、、、」とあります。マザーなら、ヒンズーにはヒンズー、イスラムにはイスラム、です。そこで私たちは、クリスチャンにはクリスチャンのように、普通の人には普通の人のように、です。無理すると偽善っぽくなるので、気楽に、ね。(とりあえず私が意識していることは他の人も読んでいる、という事と、それゆえ、その人たちのためにも、どの立場の人でも読めて理解の出来る文章を書くように心がける、ということぐらいです。)

マザーテレサの死に行く人へのそういった行動が聖書的に正確に分析して正しかったかどうかは私にはわかりません、が、そこに「愛」が見えていたのは間違いありません。「愛は多くの足りないものを補う」という感じのことが書いてあった気がします。だから愛があればうまく出来なくてもきっと大丈夫です。そして愛は寛容や親切、といった相手への配慮も当然、含みます。愛は押し付けがましくありません(私の編集)。正確には<第一コリント13章>
しかし、その上で、あなたの書いたとうり

>イエスを信じることで、はずかしめられ、ののしられる

ことも間違いなくあるでしょう。いくらかは体験しました。

別にあなたのハレルヤがいけない、とか言ってるわけではありません。誤解のないように。
私も他の言葉を使ってますから。これから先のアバウトな一つの指針、といった程度のものです。そんなのわかってて、余計なことを言ってるのかもしれません。もちろん、私たちの間では何の問題もありません。

すでにわかっている、もしくはわかってくれる、と信じています。

と、前のにレスしようと思ってたのに結局新しいのにレスしちゃった。また本題に入れなかったよ。まあゆっくりやりたいから別にいいんですけど。engelwiseさんも取り入れた方が良い、と思う部分がありましたら、取り入れてみてください。  

これからも引き続きよろしくお願いします。


#688 投稿者の要望により削除


地質学でなくて、詩の「ノアの洪水」 投稿者:てつお  投稿日: 9月13日(月)09時54分4秒 #687

とびたった とびたった
かわいた地 めざし とびたった
ノアのはなった しろい鳩
とおくきえゆく しろい鳩

ついばんだ ついばんだ
オリーブの わかば ついばんだ
みずがひくのは もうじきだ
うれしいたより そのわかば


ハレルヤ! 投稿者:てつお  投稿日: 9月13日(月)09時23分56秒 #686

と挨拶しても、いいでしょう
Kosukeさま、よろしくです。
シンさん、なかなか興味深かったです。そのことと合わせて。

 聖書の「聖なるものを犬に与えてはいけない。真珠を豚に投げてはいけない。向き直って、あなたがたを引き裂くでしょうから。(マタイ 7章6節)」というみ言葉。
 敵を愛し、迫害する者のために祈れ、と言っている反面、何か、ここだけ温度差がちがうのはなぜだろう。
 少なくとも、イエス様は罪人に対して、決して怒りを見せなかった。怒りを見せたのは、だれだったのか。パリサイ人、律法学者だ。
 もしかすると、犬や豚というのは、原理主義とリベラリズムのことかも知れない。だとすると、今の神学論争の構図、そのものだ。その中に日本のプロテスタント教会も互いに反目しながら引きずり込まれているのが今の現状かもしれない。原理主義は神への熱心によって、破壊する。一方でリベラリズム(自由主義)の知性からは、決して生命は生まれない。
 もともと原理主義は相反するリベラリズムが生みの親でもあるわけだ。
 彼らがマザー・テレサを取り上げるとき、それは瀕死の回教徒に聖書でなく、コーランをとってあげる人間マザー・テレサの姿であって、これぞ宗教のちがいを越えた聖性だなどと言われるのをたびたび耳にする。その時、イエスのみもとに人々を導こうとする、主のしもべとしての忠実なマザー・テレサの信仰はまったく見えていない。

 すると、人々が中風の人を床に寝かせたままで、<みもとに>運んで来た。イエスは<彼らの信仰を見て>、中風の人に、「子よ。しっかりしなさい。あなたの罪は赦された。」と言われた。(マタイ 9:2)

 イエスが見たのは<彼らの信仰>であって、瀕死の人に対して、聖書を読んで聞かせたかコーランをとってあげたか、そういった問題では全然ないのだ。なのに、人道主義(ヒューマニズム)的に解釈したい誘惑がそこにある。
 あまつさえ、キリスト者を名乗る、哲学、神学の先生が、著作しさえする。あらゆる宗教のもとに比較し、「われわれ宗教者は同じ理想を抱いている」という。
 なぜ、<同じ>なのか。なぜ、そこにそれぞれがそれそれに恋する人がいる、と言えないのか。
 牧師は恋人でなければならない。キリスト者は恋人でなければならない。
 しかし、恋愛についておしゃべりするあまり、楽しくてわれわれは恋人のそばにいるより、ずっとよいのだ、と?上品に対話するなかで、そのように期待されているのである。そして気付くと、当の恋人にさえ見捨てられ、吐き出されるのだ。
 「このように、あなたはなまぬるく、熱くも冷たくもないので、わたしの口からあなたを吐き出そう。・・・あなたは、自分は富んでいる、豊かになった、乏しいものは何もないと言って、実は自分がみじめで、哀れで、貧しくて、盲目で、裸の者であることを知らない。・・・(黙示録 3章15,16節)」
 ラオデキヤの教会だ。
 「わたし(イエス)を通してでなければ、だれも天の国には行けません」
 そう語れないのはなぜなのか。ほんとうは、自分にさえその理由がわからないでいるのだ。みじめでないからだ。哀れでないからだ。貧しくないからだ。盲目で、裸の者であることを知らないからだ。
 イエスは、教会の、そして私の心の戸口に立ち(4章20節)、待ちわびているのだろう。
 ひとつ言える。少なくともまた、私もその一人なのだ。
 選ばれたとは、何か。イエスを信じることで、はずかしめられ、ののしられるために選ばれたのである。


Kosukeさん  投稿者:シン  投稿日: 9月13日(月)01時47分1秒 #685

こんばんは

今回もですが、前のレスもすごく嬉しかったです。あの後その内容から議論が進みましたが、その結果、あなたの私に対しての評価が悪くなったかな、とか少し気になってました。色々他の方と対立する部分もあったと思いますが、少なくとも、今のところは最善を尽くせたのだな、と確認ができた、と思えました。引き続き見守ってやってください。

おそらくはあちらの掲示板では提示しにくいことをこちらでやるつもりです。突っ込みどころは満載だと見えるに違いありません。が、そのあたりのことをご理解された上で気になることがあれば、いくらでも横レスなさってください。


Re:Re科学の話でなく、 投稿者:Kosuke  投稿日: 9月12日(日)02時41分32秒 #684

シン様、Kosukeと申します。

こちらでは初めましてだと思いますが、NATROMさんの掲示板では少しレスした者です。
あちらでのシンさんの書き込みもROMさせていただいておりますが、こちらでのてつおさんとのやりとりも大変興味深くて、何か引き込まれますね。

私は無宗教な人間ですが、シン様の書かれる事はなぜか素直に読めるのは何故なんでしょう。
自分の建前や思い込みからできるだけ自由でありたいと思う気持ちが伝わってくるからなんですかね。
それは科学的な態度とも共通するものだと思っております。

今夜はこれ以上まとまった事は書けませんが(こんな真面目な書き込みは私のスタイルではないんで)、また改めて。


Re科学の話でなく、 投稿者:シン  投稿日: 9月11日(土)23時02分5秒 #683

てつおさん こんばんは

科学の話でなくとも大歓迎です。ちなみに私はいい人ってほどでもありません。パソコンとか使い始めるようになったの最近だから、びびってるんです。(と、とりあえず謙遜しておきます。)

さてちょっと興味深い話題を提供されたので、私もそれについてレスをしたいと思います。

>ここで、へブル語で神のかたち(英image)とはツェレム(かたち、鋳造、肖像等)であり、似るもの(英similer)とはデムース(図面、似姿、似たもの、姿等)である。
子のゆえに似たものデムースとされたことにある、神のかたちツェレムとは、一体何だったのか。

この部分、ヘブル語は調べていなかったので、ツェレム、とデムースは憶えておくことにしましょう。ご紹介ありがとうございました。私はある人から学んだときは「image」の英単語から説明を受けました。あなたは主に見える部分からそれを提示したので、私は見えない部分から、アプローチしてみようと思います。あなたが提示した疑問については同じように、わかったつもりでいる危険性が創造論者にはあるように思います。

さて、聖書に
「目に見えるものを愛せないものが目に見えない神を愛することができようか」

という言葉がどこかにあった気がします。身近な家族や教会を愛せない者に神を愛することは難しい、というのが主な意味だと考えています。

そこで人間とは、聖書の理解によると、神に似せられたところは特に人の中身の精神や心、なのではないかと思えます。ある人は漫画や小説で人物を描きます。そこにかかれているものは実際には存在しないものですが、私たちの心にその存在しない人は存在するようになります。鉄腕アトムなどはロボットとして描かれていますが、もし漫画のとうりに実在するのなら、たとえご飯がガソリンやウランのようなものでも、私は人だと思います。

ある漫画家は漫画とは裸の自分を見せているに等しい。とか言ってました。また漫画家はその漫画の「神」でもあります。鉄腕アトムなどは手塚治の「image」の投影された「人間」だとしか思えません。ある意味、作品によって人格を投影された作者の似姿がそこにはあります。(手塚治自身はかなり性格に難あり、みたいな人だったようですが)

そのようなわけで、人間は人間自身をより深く知れば、神を知る事が少しは出来るのではないか、と思っています。もちろん見える姿を見て、ではなく(そんな側面もあるかもしれませんが)、人の心に神の似姿が投影されている、と考えています。

全ての人は自分を神とすることも出来ます。また心や思考のあり方にその神の似姿の断片が見えるかもしれません。人を観察してみると良きにせよ悪きにせよ「神」という存在が見えてくる、と考えています。特に聖書では「聖霊」(という概念)によって正しい神の似姿を人に投影させる、と理解できます。聖霊によって集められた「召されたものたち」すなわち教会にキリストの体を投影させる、と書かれています。<第一コリント12章27節>

残念ながらその実質はとりあえず日本の教会にはあまり見えていない傾向があるのではないか、と思います。黙示録の最後の教会、ラオデキヤの教会についてキリストは外で戸をたたいている、とあります。つまり中にはいない、ということです。7つの教会は教会史とイメージを重ねて読むことが出来る。という解釈がありますが、もしそうなら、中身がない、というのは、さみしい限りです。

脱線するのもいいもんです。前に書いたように急いではないので、気楽に付き合ってください。どんな話題でも構いません。こちらもそうします。

これからもよろしくお願いします。

進化論者には、このような考えは高慢に見えるかもしれませんが、もし、これを見て気に入らん!とか思っても、考え方のひとつ、という程度に流してくださると助かります。


科学の話でなく、 投稿者:てつお  投稿日: 9月10日(金)16時31分56秒 #682

シンさん、いつもいつもありがとう。他のスレ見ながら、つくづく、いい人なんだなあと、思いました。他の創造論の方はどう見てるのか、気になるけど。

神のかたちとは何か。
創世記に戻ろう。
「そして神は『われわれに似るように、われわれのかたちに、人を造ろう。そして彼らに海の魚、空の鳥、家畜、地をはうすべてのものを支配させよう』と仰せられた。神はこのように、人をご自身のかたちに創造された。神のかたちに彼を創造し、男と女とに彼らを創造された。(創世記1:26,27)」
とある。
ここで、へブル語で神のかたち(英image)とはツェレム(かたち、鋳造、肖像等)であり、似るもの(英similer)とはデムース(図面、似姿、似たもの、姿等)である。
子のゆえに似たものデムースとされたことにある、神のかたちツェレムとは、一体何だったのか。
ところで近代以降、自然はもはや汎神論ではなく、神のみわざであって、その神のみわざととしての自然を支配するという関係のうちに、人は、人−<類>の神のかたちを見出した。
 ガリレオの宗教裁判は、アリストテレス的な目的論的世界観を有するローマ=カトリック教会において、ルターの宗教改革の反動として処されたものであったが、神の優越は、自然から神のかたちをまったく排除するというその点において、ルターと科学者は等しかった。
 人は、神の絶対性に重きを置くことで、人−<類>の物理学的−空間的な中心的地位は、その中心を太陽に譲歩することを余儀なくされたが、人−<類>の自然支配という、他の類とのあいだに打ち立てられた生物学的な差異のうちに、霊肉の神のかたちは精神を有する機械論的な機能の集合となった。
 しかし、この機械論的な機能の集合は、正確に神のかたちを表すものだったろうか。

 またイエスは道の途中で、生まれつきの盲人を見られた。
弟子たちは彼についてイエスに質問して言った。「先生。彼が盲目に生まれついたのは、だれが罪を犯したからですか。この人ですか。その両親ですか。」
イエスは答えられた。「この人が罪を犯したのでもなく、両親でもありません。神のわざがこの人に現われるためです。(ヨハネ9:1〜9:3)
 
彼が盲目という機能の不全に生まれついたのは、だれかが罪を犯したその罰なのではない。その人自身でもなく、また両親でもない。むしろ、神のわざがこの人に現われるためなのだ、とイエスは言ったのである。
神のかたちとしての人間の姿を、能力やあるいは関係に偏って見ることは避けなければならない。<神のかたち>とは、盲人である彼において<神のわざ>が<現れる>ような<神のかたち>であり、すなわち<神のかたち>とは、<神のわざ>、主の栄光の顕現にほかならないのである。
創造論者はどう尋ねるのだろうか?
目がないのは
見えないためですか?神は完璧な設計図をお持ちでいながら、なぜ彼には確率的に目が足りなかったのですか?


誤読しちゃったかな 投稿者:管理者・クハ72  投稿日: 9月10日(金)00時02分19秒 #681

てつおさんが進化論に立つのか創造論か立つのかちょっと把握できなかったもので。
ちゃんと読んでから出直します。m(__)m


Reシンさん、お疲れかと思いますが。 投稿者:シン  投稿日: 9月 9日(木)02時29分51秒 #680

てつおさん こんばんは

あなたに対してレスをするにあたって、まず、創造科学というものは、やはり提示することは難しい、と考えました。例の掲示板の経過を見ている時、ふと思ったことです。

まず、目的論では科学的な答えにならない、というのを考えたときです。雨が降るのは何故?という質問の科学的な答えとしてふさわしいのは、食物を実らせるため、や、動物に飲み水を提供するため、という目的論、ではなく、河の水が海に流れそれが蒸発し、雲になり、そうしてその雲が雨を降らす、というシステムと理論をなるべく正確に答えたものが、ふさわしい答えのような気がします。

ここまでの説明なら今の時代なら結構簡単です。私でも出来るくらいだからです。ただ、何故、また、どうやって、そのような循環のシステムが地球上に出来上がったのか、という過程は、きっと難しい説明を必要とします。(その理解を一応持っている人もいるでしょうが)

この世には結果が存在しています。上の理論が私たちがわからなくても、そういった機能は地球に備わっていて、また、どんな過程を通ったにしても、今、私たちを含め生物が存在しています。それに対して、結局、科学というものは、何かしらの解釈や理解をしなければ、気が済まない、そして、そうでなければいけないものなのだ、と、わかりました。私は、科学というものはそれで良い、とも思いました。

となると、そこに、たとえ、進化のもとになる(と、される)単純な生き物の神による創造、という些細なことを主張したとしても科学的な議論にもならない、ということがわかりました。だから、科学的な見地においては、この問題の場合、創造を提示しても無駄だし、科学(たとえ解釈に無理があってもなくても)を否定するのも無駄なことになる、と思いました。時間が始まった経緯も空間があらわれた初めも物理法則が定められる過程も宇宙が形成される過程も星が形成される過程もその軌道が定められる過程も地球の環境が形成される過程も生き物が発生する過程も、そこに<神>という概念を提示しても、この場合は無駄だ、と思いました。

ちょっと地層のことを考えていたら、地層、地球の中心、地球の始まり、同様に全ての星、銀河、宇宙、空間と時間の始まり、と思いが飛躍していって、そんなことを考えてしまいました。(別に神を否定する意見を出したわけではありませんので)

ただ「神をあり」とする人たちは上に挙げたような事柄を、「意識」を持つ私たちにほんの少しでも再現出来ないのに、いわば何の意思もない「無意識」「偶然」がそれをやった、という結果に納得できず、またはそんな考えに畏れを抱く、というだけのことではないか、と思いました。ちなみに私はそれに畏れを抱いている立場ですが。それを非難するのもされるのも筋違いだと思えます。

脱線しました。あなたへのレスを考えるにあたって根本的なことを考えさせられて具体的な返答にまで到達しませんでした。洪水地質学の問題点ありがとうございました。ちょっと今日はここまでにしますが、次はそれについて何か提示してみようと思います。

引き続き何でも、時間のあるとき、好きなようにお願いします。(ご自由に、って頼まれると実は結構難しいですよね。だとしたら、すみません。お手数おかけします。)


シンさん、お疲れかと思いますが。 投稿者:てつお  投稿日: 9月 7日(火)21時57分45秒 #679

 洪水地質学のさらなる弱点
 管理人さん、ありがとうございます。なるべく、重複しない内容でお話したいと思います。洪水地質学の攪拌したビーカーでのモデルに触れたいと思いますが、かき混ぜたビーカーをしばらく放置しておくと、水平な層ができますが、土砂の粒の大きさ、重さによって、ビーカーの底の方では、大きく重い粒が、ビーカーの上の方では細かく小さい粒が堆積します。
 仮にこのモデルを認めるならば、全世界で一様に、下から上へと粒の重さ、大きさによる層序が見られなくてはなりません。
 それでは、上で述べたような、下から上への大きく重い粒→細かく小さい粒の変化が見られない場合、どのような説明を創造論者は付けるのでしょうか。実は、このビーカーで見られるような層序は、海が深くなり、河口が遠のいたときにも見られるものですが、その逆の場合には、すなわち、下から上への細かく小さい粒→大きく重い粒の変化が見られた場合には、地質学者は、海が浅くなり、河口が近くなったと説明しますが、これはどうなるのでしょうか。
 あるいは、これらの堆積岩にはさまれて見られる凝灰岩(火山の噴火)の存在は、洪水以外の地質学的なイベント(出来事)を語らずに、いかなる説明が付くのでしょうか。
 そもそも、ビーカーの場合、はじめから土砂がある状態で攪拌されますが、実際、どのようにして、そこに土砂が運搬されたのでしょうか。あるいはすでに固まっていた大地の上を「一挙に」水が押し寄せてやってきて、あらゆる地層を水が掘り起こしたとでもいうのでしょうか?そして、その水が乾き去るまでに、一体どれほどの層序が形成されたと言うのでしょうか。


すみません 投稿者:てつお  投稿日: 9月 7日(火)21時02分5秒 #678

リンク切れ、問題なかったです。


あのお、 投稿者:てつお  投稿日: 9月 7日(火)19時49分57秒 #677

創造論のページ、リンク切れるんですが、これは故意ですか?切れたURLは、もう開けないのですか?


Re下の記事、ごめんなさいね。 投稿者:シン  投稿日: 9月 7日(火)01時17分11秒 #676

てつおさん こんばんは

ありがとうございます。本当に好きな時で構いませんから、ご自分の負担にならぬよう付き合ってくださいね。

ただ、この話題は、どこでやっても結論をなんか絶妙にするりするりとかわされてしまう。といった感触です。私としては求めたい答えの確定ではなく否定できない、程度の答えが得られればよい、と考えているんですが。もしくは結論があるなら完全否定でも構わないのです。

ちょっとくだらないことを書かせてもらいます。
ドラゴンクエストというゲームで、転職システムというのがありまして、上級職になるために、いくつかの職業をマスターしなければ上級職になれない、というのがあります。
戦士と武闘家をマスターすると上級職であるバトルマスターになれる、というものなのですが、そんなのと今イメージがダブってます。
化石と自然科学をマスターし、次に地質学をマスターする。そうして(私の考える)上級職の真の生物考古学者に、やっとなれる、というイメージです。

ドラクエ風にすると自然科学者と地質学者をマスターすると本当の生物考古学者になれる。
そんな人はいないのだろうか、と昔よく考えていました。

創造論の学説、批判、については、ほぼ把握しており今のところ必要としていません。そして、それもそのまま信じているわけではありません。頭の中では自分なりにイメージされています。むしろ進化論の証拠を裏付けるような材料を提示するぐらいでお願いします。

私は文系なもので(それでも高卒ですが)、とりあえず信じている、という根拠は、ある意味、直感的である、といえます。自分の中では聖書以外の古い資料も元にして、導き出したつもりです。そんなわけで直感以上の現実のものを見てみよう、という姿勢です。


下の記事、ごめんなさいね。 投稿者:てつお  投稿日: 9月 6日(月)20時38分44秒 #675

シンさんへ


>数年前、世界不思議発見で恐竜の話を紹介していたとき化石の作り方というのを見ました。女子アナの人がCG上の湖か海の底に横になり、水の中でたくさんの土砂に埋まり、細菌バクテリアなどから保護し腐敗を防ぎ圧力をかけ化学変化を起こします。数ヶ月、、、これであなたも化石になれます(女子アナが灰色になってました)! という感じの内容でした。


創造論が言うように、動植物の遺骸、遺体の運搬、埋没も、地質学者は「ゆっくり」だと言っているわけでは決してありません。埋没後、酸素が不足した中で、嫌気性バクテリアのはたらきにより、
腐食が止まる。植物の葉の化石は腐食の影響をなるべく被らないような、たぶん沼などの酸素が不足しがちな環境が最適でしょう。その後、高温、高圧下で炭化や置換などの化学変化を受けるのです。だから地質学者は早く埋没したことで半分しか化石でないようなものに対し、特段驚いているわけではありません。まして洪水地質学の証拠にもなることはありません。


ところで、この圧力に関して、創造論は何も言っていません地質学者はそれを上位の層の堆積で説明していますが、創造論は実験室の中での出来事以外何も言っていません。たぶんまだ聖書から解釈が得られないのでしょう。

管理人さん、ありがとうございます。しっかり参考させてもらいます。洪水地質学についてあまり重複しない内容で、書きます。今日はこの辺で。



(無題) 投稿者:てつお  投稿日: 9月 6日(月)19時56分16秒 #674

シンさんへ
動植物の遺骸、遺体の運搬、埋葬はできるだけ早いにこしたことはありません。
その事自体、地質学者は
「化石」の結果


訂正 投稿者:シン  投稿日: 9月 5日(日)22時46分55秒 #673


>私の求めている答えは小さいことで、生物化石の全ては(全て、といっても前に定義したもので正確には化石の全てではない)は、前に例をあげたように、長期間を必要としない、でいいのですか?

>私の求めている答えは小さいことで、生物化石の全ては(全て、といっても前に定義したもので正確には化石の全てではない)は、前に例をあげたようなもので出来た。で、よいと思いますか?


すみません 投稿者:シン  投稿日: 9月 5日(日)22時42分34秒 #672

この世は仮の世さん こんばんは

本はなくなっていました。ので、借りにいったのですが、大川先生の本、大人気で全部貸し出し中でした。ただ、一般的にカルト、と考えられているものに資金を流したくはないので、買うのは、ちょっと勘弁してください。読んでみて、カルトではなく一宗教として、良いと思ったら次からは買います。

引き続き、気長にお待ちくださるとありがたいです。すみませんでした。


ノアの大洪水 投稿者:シン  投稿日: 9月 5日(日)21時39分25秒 #671

管理人さん 私の場合はそのページはよく見てますし、特に反論する材料もありません。

そこで、てつおさん
私の求めている答えは小さいことで、生物化石の全ては(全て、といっても前に定義したもので正確には化石の全てではない)は、前に例をあげたように、長期間を必要としない、でいいのですか?それを認めた場合、その地層に限り、年代特定は確定することが出来ない。という事になりますが、それは何かおかしい考えだと思うでしょうか。理論に対しては3つの立場があります。1つは賛成、2 わからないので賛成も反対も出来ない 3 反対
です。

私は別にノアの洪水が世界規模であるのか、そうでなかったのか、とかは今のところ別にどうでもいいのです。
地質学の見地による、推測や、ありえるかも、とか、その程度でもいいです。なぜならわからないことも知りたいからです。

管理人さんの紹介したリンク先も見てみてください。私の立場はいわば両側の考えを総合したもの、だと考えています。

貝の化石について思ったこと、石炭についての考察、これまた役に立ちました。
答えられる質問、と引き続き、好きなように何かご教授ください。

ありがとうございました。


とりあえず簡単にレス 投稿者:管理者・クハ72  投稿日: 9月 5日(日)20時06分53秒 #670

てつおさんこんばんは。
ノアの大洪水については以下のページが参考になるかもしれません。

http://www.meken.med.kyushu-u.ac.jp/~tosakai/flood.html


石炭は何分でできるか? 投稿者:てつお  投稿日: 9月 5日(日)17時31分49秒 #669

石炭は何分でできるか?
 いつか畑で、貝の化石を拾ったことがある。あまりに大きくて完璧なので、あとで思うにつけ、あれは絶対、生ゴミの中から化石化したのだと思うようになった。その思いはどうも払拭されない。ただ、私自身、残念ながら化石の専門ではないので、化石のなかでも特にわかりやすい石炭について、今、考えてみよう。題して「石炭は何分でできるか」である。
 わり箸を適当な長さに切ったものを試験管の中に入れ、気体誘導管(ガラス管)のついたゴム栓をしめて、試験管の口を少し下げて傾かせたまま、試験管の尻の方を、アルコールランプで熱する。試験管の口を少し下げて傾かせたのは、水が発生するためであり、気体誘導管(ガラス管)からは、可燃性の白い煙のようなものが発生する。
 これはつまり、わり箸を蒸し焼きにして木炭をつくる、中学2年生の実験である。
 それほど、時間はかからない。時間はかからないにしても、そういうことで、石炭はこんなに短時間でできるのだということを、あえて証明してみせて報告する人はいないだろう。
 実際には、流木や倒木など植物が堆積するためには、海辺や湖、沼などの堆積盆でないといけない。しかも、その「お鍋」は放っておくとすぐに一杯になるので、鍋底が沈降し続けないと、厚い層にはならない。堆積した植物は腐敗が進むが、同時に下方に沈んで行くにつれて、酸素が不足し、酸素がなくても活動できる嫌気性バクテリアがはたらき、腐敗が止まる。また、温度、圧力の変化を受けて、上の実験でのように、酸素や水素(つまり水)や気体化合物が逃げ去り、炭化作用によって、炭素が集積されて、石炭は作られるのである。
 だから、化石がどれほどの時間を要するかについて、あまり地質学的な関心はないと言えよう。だが、前に述べたように、キャベンディッシュ氏は一昼夜で出来た「帽子の化石」をそのように示した。
 もし仮に、古い地層で「帽子の化石」が出て来たならば、それこそ注目に値しただろうけど。
 
http://park5.wakwak.com/~phoenix/creation/folder_17.htm


おっと 投稿者:シン  投稿日: 9月 4日(土)22時45分10秒 #668

肝心のあなたの書いたものにレスをあまりしませんでした。

詳しい解説ありがとうございました。

>ただ、ここで私が言いたかったことは、そういったさまざまな地質学的考慮を抜きにして、自説のために都合良く語っているという点だったのです。

よく理解しました。内容についてもおおいに役立ちました。引き続き時間のある時にでも、ご教授よろしくおねがいします。素人はこんなの知らないだろうな、とか誤解を生みやすいものとか、そんなのもあればよろしくお願いします。けど出来れば高校生ぐらいの相手に話すような感じでお願いします。他の人たちにも役にたつと思うからです。実際、私は最終学歴は高卒です。とは言っても期待以上でした。本当にありがとうございました。

私の言いたかったことは、こっちの理解力を過剰評価されてどんどん専門的な単語を使った内容になると困る。という、正直いやらしい気持ちから出ています。けれど、わからなかったことは遠慮なく再度質問させていただきますので、あまり気になさらないでください。


Reカリウム−アルゴン年代測定について  投稿者:シン  投稿日: 9月 4日(土)22時08分18秒 #667

続けてレスします。

私も相手側を攻撃して自分の立場を正当化するやり方はいやです。むしろ相手の知識を持って自分たちの説を提唱すべきです。

私の立場は知識を得ても必ず埋まらない領域を探し出し、そこに信仰によって神を見出すことです。つまりはわかっていることと同時に、わかっていないことも知りたいのです。
攻撃する人たちは信仰によってやっているかもしれませんが、所詮、人のやること。それによる利益も損害もあるでしょう。その相手の人たちが自分の隣人なのだという事に気づいていないだけかもしれません。

結局、無駄に終わるかもしれないことなら、それを通じて他の人たちと平和を作っていきたいと考えています。それゆえ、別に進化を認めるようになっても構いません。なぜなら進化、創造よりは平和をつくることの方が上、だからです。神の子供と呼ばれるようになります。ただ、臆病で逃げるようにはなりたくありません。たとえ創造であったとしても進化でも事実は変わりません。間違っていたら神様には赦してもらいます。
私たちの敵は人ではありません。<エペソ6章12節>

簡単に言うなら「楽しくやらにゃ損」です。聖書とは究極のポジティブシンキングの書物だと思っています。

気楽にお付き合いください。


Reレスありがとうございます。 投稿者:シン  投稿日: 9月 4日(土)21時40分51秒 #666

てつおさん こんばんは こちらこそありがとうございました。

>さて、いまは地質の本を田舎に置いてきたために、立ち入った話はなかなかしずらいのですが、

ですが、それでいいです。立ち入られると、きっとついていけません。本当にちょっとづつで構いません。早急に答えを求めているわけでもないからです。答えが出る、という事を怖れている、という部分と、学んでいる過程の楽しさみたいなものがあるからです。私の調べたいことを正直に申しますと化石の出来方と地層の出来方についてです。ここで化石といわれてもたくさんの種類があるということがわかりました。が私が取り上げたいのは特に生物の主な化石、でいわゆる「化石」です。
そこで数日前その掲示板でこのような質問をしました。

>数年前、世界不思議発見で恐竜の話を紹介していたとき化石の作り方というのを見ました。女子アナの人がCG上の湖か海の底に横になり、水の中でたくさんの土砂に埋まり、細菌バクテリアなどから保護し腐敗を防ぎ圧力をかけ化学変化を起こします。数ヶ月、、、これであなたも化石になれます(女子アナが灰色になってました)! という感じの内容でした。

>実際のところどうなんでしょうか。私は半化石については時間よりは圧力が足りなかった。と考えています(立場上)。上の方の地層に半化石は存在していて化石になるための圧力が不足だったのではないのでしょうか(詳しくはわかりませんが)。

>もしそうであれば
化石になるためには、1どんな環境、2どれぐらいの圧力、3どれぐらいの時間、が必要なのでしょうか。圧力がなければ時間があっても化石化しないと思うし、環境が備わってなければ圧力があっても腐敗するだけだと思うし。

>時間以外は実験可能ですが、壮大すぎて出来るのだろうか。鉱物変成などは出来るみたいですが、生き物となると、、、。私は上の仮説を支持していますが、何か修正すべき箇所がありましたら、ご教授お願いします。

>最低でもこれぐらいは必要だな、という色んな見解が出ればみなさんの自然科学の理解の助けになると思います。しばらくは経過を見てみるつもりです。

>よろしくお願いします。

別に地層は全部洪水で出来たとかいうつもりはなくて、堆積によってできたものもあるだろうし、侵食、風化、隆起、沈降なども当然影響されているはずです。

とりあえずこの疑問に満足できる(納得できる)回答はありませんでしたが、堆積岩について学ぶといいよ、というアドバイスをいただき、地質学について調べよう、と思っていた、とそんなところです。

ある人は化石は非常な偶然と幸運が重ならないと出来ない。と答えをしましたが、そうなると世界にある化石は全て、その時その時の地域的なレアなアクシデントによって造られたのか、と疑問に思ったわけです。それでも構わないのですが一つ一つの層がその時代時代で出来た、というのはいいとしても、上の考えを認めると地質年代の少なくとも陸上生物の化石を多く含む地層に1年間に数ミリ、という地層年代の計算は出来ないのではないか、と考えました。

恐竜同士が噛み付いてる化石や卵とそれを温める親恐竜の化石なども見つかっているが、その理由は謎である、と恐竜の本に書いてありました。が、なぜ謎なのでしょう。謎ではないと思っているんですが。
所詮素人の浅知恵です。が、私としては自分で納得したかったのです。

何かあればよろしくお願いします。


カリウム−アルゴン年代測定について 投稿者:てつお  投稿日: 9月 4日(土)16時56分34秒 #665

年代測定についての誤解
 岩石の年代とは、それが火成岩の場合には火成岩が固化してからの年代であり、堆積岩
の場合にはそれが堆積してからの年代を指す。しかしながら堆積岩の場合には困難で、特に古い地層では、炭素14法では半減期が約5700年と短く対応できないため、カリウム―アルゴン法などにより、直接化石から年代を求めるより、同じ地層中の火山噴出物などの火山岩から年代を求めることが多い。カリウム―アルゴン法は、その火成岩が固化してからの閉鎖温度とカリウム―アルゴンの比から、時間が算出される。
 しかしながら、誤解も多く、
 巧妙なたとえを用いて、次のように言う。

 人がある地層中に葬られました。すると進化論者はその近くにあった岩石から年代を求め、その人が死んだのは250万年前と発表した。実はその人はきのう死んだのです。

正確な引用ではないが。このようなことを言う。
近くにあった岩石がなんであるのか、まったく明らかにしない。もし、それが他所から運ばれたものであれば、地質学者には、はっきりと見た目にそれがわかるものである。また、明らかに固化に時間のかかるものは使わない。それでよく火山噴出物が用いられるのであるが、火山噴出物の場合には、岩石の固化と堆積の時期がほぼ一致しており、さらに火山噴出物の状態からも、詳しいことがわかるのである。
さらに、こんなことを言う。

炭素14法以外の放射性元素(ウラン系、トリウム系、アクチニウム系、ネプツニウム系)による岩石の年代測定は、それらの核種の半減期がすべて10億年以上であり、また、岩石に含まれている量は極微量なので、非常に誤差の大きいものである。また、代表的な測定法であるカリウム−アルゴン法では、岩石に空気中からあるいは地中深くからのアルゴンが凝固時にすでに取り込まれている
はずであるので、岩石は異常に古く見えるのである。
http://www.ni.bekkoame.ne.jp/yohane/souzouron.htm

「はずである」とは、なんなんでしょう。憶測の域を出ていない。
上で述べたのは岩石などから直接絶対年代を求める方法であるが、さまざまな方法を重ねて検討し、さらには、化石に基づく区分による相対年代を用いて、全体的に考察するのである。



レスありがとうございます。 投稿者:てつお  投稿日: 9月 4日(土)10時11分59秒 #664

 シンさん。ありがとうございます。こんなに早くレスが返ってくるとは思っていませんでした。ありがとうございます。私が大学生だったときにも、インターネットでこのような形で議論できていたら、遠回りせずにすんだものをとも思っています。

 さて、いまは地質の本を田舎に置いてきたために、立ち入った話はなかなかしずらいのですが、たとえば、キャベンディッシュ氏がいつか講演のなかで「落とした帽子が一昼夜で化石になった」と話していたのを覚えています。鉱山のなかだったそうですが、問題は、その鉱山という特殊な環境で珪化したものを、化石のすべてと考えている点にあります。地質学者の考察のうちには、常に地層中の熱水の温度、圧力、また含まれているイオンの平衡など、そしてそれが地層全体の層序に照らし合わせた上でどのような関係にあるのか、といった、そういったさまざまな条件があるものなのですが、一切捨象して化石のすべてについて語っているのが、目に見えてわかりました。
 シンさんの(1)堆積岩の形成と化石の関係、について、もう勉強されているかもしれないことで、今あえて言うならば、
 堆積岩はたとえば、川上の土砂が河口で堆積して、そして形成されていきますが、それが形成される過程で、さまざまな温度変化、圧力変化、化学変化を被ります。それらは、上位の地層の重力による圧力にもよりますし、また地熱の勾配や貫入岩体(マグマ)のあるなしにもよりますし、さまざまな条件の下で形成されていきます。
 またそのように堆積岩が変化していく過程で、あらたに堆積岩中に緑泥石などの変成鉱物ができていくこともあります。化石は堆積岩中で加水分解や、カルシウムなどのミネラルの置換作用によって造られていきますが、化石については、少なくとも、その化石が埋まったことと、化石自身のそのような変化と、そして堆積岩がどのように隆起して今、そこにあるのか、といった考慮をする必要があります。
 1)堆積岩の形成と化石の関係について、お役に立てたかどうか、わかりませんが、ただ、ここで私が言いたかったことは、そういったさまざまな地質学的考慮を抜きにして、自説のために都合良く語っているという点だったのです。
 別な話では、たとえば、ここに赤、赤、白の玉があるとします。この玉が、赤、白、赤に並ぶ確率は、2/6=1/3です。けれども、水素原子2つと酸素原子1つが結合した水分子だったら、このような確率をあえて持ち出す人はいますか?この場合造り主はイオン結合なのですが、イオン結合という条件を捨象して、時計の部品を組み立てるのと同じように、分子構造を論じる人はたぶんあまりいないと思います。遺伝子の塩基配列はまさに神秘です。その神秘ゆえに神を讃えるのはすばらしいことですが、神秘でない説明をたとえだれかがどんなにし尽くしたとしても、さらになおのこと神秘です。大事なのは神秘でない説明を誠実にたんたんとすることではないでしょうか。


てつおさん 投稿者:シン  投稿日: 9月 4日(土)03時28分23秒 #663

はじめまして

私は思うところあって、ある掲示板で自然科学、進化論について学んでいます。が、今のところ創造です。哲学的、神学的思索の方も必要だと示されている程度はしているつもりです。

>私は創造論を擁護しません。
> 聖書の権威はイエスにあるのでしょうか?科学にあるのでしょうか?

イエス、神、聖霊が1番であれば別にどんな立場でも構わないと思います。進化の下に神はいないし、創造の下にも神はいません。全ての見えるもの、見えないものの上におられるからです。なので、あなたに対しての議論はありません。それより
地質学を学ばれていたのなら是非質問したいことがあります。あなたの言うように

>創造論者には実は、まともな地質学者がひとりもいないのでは

に対し、そうなのかもしれない、と思うからです。その点について考えをまとめたいので、もし暇なときがありましたら、たまにここと、リンク先の掲示板を覗いてみてください。ただ、まずは本を読んでみるつもりなので、いつ的をしぼった質問をするかはわかりません。今のところは漠然とした疑問しかないのですが、

1 堆積岩の形成と化石の関係、2 なぜ火成岩の発見が地層学を発展させたのか、3 水成岩と洪水地質学、のどれかについてもしよかったら教えてもらえませんか?
好きな話題から、または違う話題でも、また漠然としたもので構いません。
地質学についてはネットで検索してもほとんどヒットしないし、あってもテキスト量が多くてしかも難しいので理解するのが大変です。学生向けの易しい本を探すつもりです。

虫のいいお願いですが、あなたが言いたいことを漠然と書くだけでも構いません。聖書と絡めても絡めなくとも好きなようにお願いします。退屈なときでもありましたら、少しずつでいいですので(むしろ少しずつ)何か教えてください。私がどれぐらい知識があって、理解力があるかは、リンク先のレスで判断できると思います。別に私に対してでなく、他のクリスチャンに対しての語りかけでもいいです。よろしくお願いします。

それでは失礼します。

http://6609.teacup.com/natrom/bbs


もうひとつ 投稿者:てつお  投稿日: 9月 3日(金)20時53分31秒 #662

実際に創世記の天地創造はたしかに「科学の説明が聖書に近づいた(レムナント出版)」ものかもしれませんし、そのように解釈できます。けれども、その成果は、科学を聖書で説明してきたことによる成果ではなかったのだし、そもそも「聖書の説明」を「科学に近づ」ける必要は、はたしてだれにでも望ましいものだったでしょうか?ウェゲナーの大陸移動説を知らない者にでも、聖書はいつでも神の言葉であったし、現にそうあるべきです。
「種類に従って」と言いますが、他方では「われわれ(神)に似るように」ともあります。
神に似たものが「ある」ということと、それが神に似たもの「である」ということの間に、相当な認識の開きがあります。「種類に従って」という言葉の魅力は、人間は人間らしくという点にあると思いますが、リベラリズム批判を自認する者たちがどうして、「人間」という価値をここで重視するのでしょうか?地動説はカトリックのうちにあるアリストテレス世界観との摩擦ということを創造論者は声高に語りますが、アリストテレス世界観とは、つまり運動する物体に魂があるということであって、天体という「ちり」で出来たものには魂を認めなくてもよいが、人間という「ちり」でできたものには魂を保証しなくてはならない、と?生まれながらの人が神を知らないのはなぜでしょう?なぜ人は、水と御霊を以て生まれなければならないのでしょう?わかりません。


生まれながらに「生きる目的」があるか 投稿者:てつお  投稿日: 9月 3日(金)16時35分26秒 #661

私は大学時代に救いを受けましたが、「進化論」を支持しない雰囲気が確かに教会にはありました。何度か創造論の集会にも顔を出したことがありました。が、私は地質学を専攻するようになって、創造論者には実は、まともな地質学者がひとりもいないのではと思うようになりました。おそらく、工学部、医学部の出身の方には機械論が馴染みかと思われますが、地質学が発展したのは火成岩の発見であって、その当時には洪水による水成岩しかありえませんでした。今また洪水地質学とか言ってますが、ビーカーでの実験と実際の地質では、あまりにもちがいます。私はこれ以上科学の話をしても、しかたないのだと思うようになりました。むしろ、哲学的、神学的思索の方が問題なのでは?
創造論者は人間は機械であって、設計者の用意したマニュアルが必要と、いつも語っています。であれば、そのマニュアルは医学書以外になく、また神は、なぜ生まれながら罪のある、欠陥品を出荷することになったのでしょう?
また機械論はサルトルのような反論を生みます。すなわち、人間は機械とちがう。人間は目的を自分で探す、と。
 創造論者は進化論を受け入れたら、「生きる目的」を失う、と言っていますが、生まれながら罪人である人間の「生きる目的」は、正当なものでしょうか?
 もし、正当であれば、それこそ神がいなくても、生きていけるはずです。
 罪とは、ギリシャ語で「的外れ」を意味するものと聞いています。
 生まれながら「生きる目的がある」と言う、そこにこそ人間の罪があるのではないでしょうか?生まれ変わらなければ、人は救われないと聖書は言っているのではないでしょうか?
 私は創造論を擁護しません。
 聖書の権威はイエスにあるのでしょうか?科学にあるのでしょうか?


#660 投稿者の要望により削除


Re:プレテリズムについて  投稿者:プレテリスト  投稿日: 9月 1日(水)21時48分21秒 #659

>私たちは過去のユダヤのシステムの崩壊を世の終わりと重ねて見て、これから来る、と考えられている世の終わりに対して備えることが出来るのです。

もし良かったら「世の終わり」についてはここを読んで見ませんか?

http://kingdoman777.hp.infoseek.co.jp/World%20Without%20End.htm


Re:参考までに  投稿者:プレテリスト  投稿日: 9月 1日(水)21時24分42秒 #658

>黙示録が100前後に書いたものであり その預言が30年前に成就した 理解に苦しみます。教えて下さい。

黙示録がいつ書かれたのか、については下記の記事を読んで見てくれませんか?

http://kingdoman777.hp.infoseek.co.jp/Dating_Revelation.html


#657 投稿者の要望により削除


補足 投稿者:シン  投稿日: 9月 1日(水)02時36分5秒 #656

<プレテリズムについて>の内容の聖書の引用はマタイ24章全体からです。

どんな解釈を信じるのも結構ですが、聖霊に逆らうものだけは許しません。
同じ聖書の箇所でも神が示すものは人それぞれです。神は全であり、人は1だからです。

私は聖書の内容は全ての時代の人に対応されている。と考えています。


プレテリズムについて 投稿者:シン  投稿日: 9月 1日(水)00時38分40秒 #655

プレテリストさん こんばんは

結構反応がありましたね。私は結構その説を教会でも大筋は教えられていると思っていたんですが。混乱する人を生み出さないように私もちょっとお邪魔させてもらいます。出来る限り簡潔に説明を試みてみます。

私はこの箇所の話をしたことがあるのですが、そのときはエルサレムの陥落と世の終わりについて両方を一緒に話しました。
なぜなら、弟子たちはこう質問したからです。
「お話しください。いつ、そのようなことが起こるのでしょう。あなたのこられる時や世の終わりには、どんな前兆があるのでしょう。」

この質問は大きく分けて2つのことを尋ねています。(細かく言えば3つですが)

1 いつ、そのようなことが起こるのか、そのような事、とは<宮>つまりエルサレム神殿の崩壊のことです。

2 再臨のとき、すなわち世の終わりのときです。(とりあえずこの2つは一緒にします)

当時の彼らにとっては世の終わりとは神殿の崩壊であり旧約のシステムの崩壊でもあります。国の終わりが世の終わりも同然に感じる人もいたでしょう。あなたの解釈の立場は多分それです。しかし弟子たちの小さい人間の感覚からの質問にイエスは見事に深遠な神の知恵の言葉をもって答えた。と私には思えます。

つまり弟子たちは1つの質問をしたつもりなのに、図らずも3つの質問をしてしまった。それに対しイエスは3つの質問の答え全てを含む内容をもって答えたのだと思っています。実際エルサレム崩壊のときに最後まで神の奇跡が起こる!とイエスの言葉を無視した人たちは壮絶な死に様だったそうです(マサダの要塞での記録のような)。逆にイエスの言葉どうりに行動した人たちは助かり、その時に神から不思議な助けがあった、ということもあったらしいです。(この話しは検証不可ですが)

私たちは過去のユダヤのシステムの崩壊を世の終わりと重ねて見て、これから来る、と考えられている世の終わりに対して備えることが出来るのです。

その備えの一つに<目を覚ましていなさい>とあります。あなたは目を覚ましている必要はもうない、とお考えですか?フルプレテリズムについてはテキスト量が多すぎてあまり読んでいませんが、再臨が70年というのは、聖書に書いてある<しるし>が見られないので私は認める立場をとりません。<もう一つの助け主>聖霊のことと混ざっているのではないですか?

世の終わりが仮に10000年後だとしても全ての時代のクリスチャンには、目を覚ましていなさいという命令が与えられています。私はたとえそれが来る前に死んだとしても、それまで、目を覚ましたままでいたいです。まあこんな書き方をするとあなたは目を覚ましていない、という受け取り方をされそうですが、そういうことではありません。あなたもきっと目を覚ましているはずです。

マサダについてもリンクをはっておきます。とりあえずプレテリズムについて言いたいことは、これくらいです。

http://www.raptokyo.com/~shiori/masada.html


ちょっと訂正 投稿者:管理者・クハ72  投稿日: 9月 1日(水)00時16分14秒 #654

こちらでは管理者でした。車掌は↓での肩書き(?)です。

http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Forest/1008/


#653 投稿者の要望により削除


参考までに 投稿者:ゆみちゅん  投稿日: 8月31日(火)23時13分55秒 #652

 イエス・キリストが70年に再臨して 今も地上に留まっておられるのですか?
 黙示録が100前後に書いたものであり その預言が30年前に成就した 理解に苦しみます。教えて下さい。 そもそも 言い出しっぺさんはクリスチャン の方ですか あたしは 福音派です。聖書について
http://www.sam.hi-ho.ne.jp/pisgah/myweb/scripture.htm 参考にして下さいね。


はじめて投稿します。たぶん 最初で最後の 投稿者:ゆみちゅん  投稿日: 8月31日(火)22時38分24秒 #651

内容を読み返し あたしなりに考えて 意見します。間違えているかもしれませんが ひな型として 70年に預言成就したのはありませんか ヨハネ黙示録はエルサレム崩壊後に主から与えられたのでしょう!そう学びましたが
 預言にさらに 付け加えられたのでは
 兎に角 イエスさまのパルーシアと携挙を否定したい そんな動機を霊的に 見えてしまうのですが… 解釈の違いで仲間割れしないこと それがサタンの策略への予防法ですね…!
 (いろいろな 考え方あるのは 自由ですから)
 愛は結合の絆ですよねx失礼します。


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