2005.4.16(土)
さおだけ屋はなぜ潰れないのか?
『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?/山田真哉』(光文社新書)を読みました。
公認会計士が書いた、「会計の本質的な考え方」を、
「日常生活に転がっている身近な疑問」をもとに、
「わかりやすく」「興味深く」説明した本です。
「さおだけ屋はなぜ潰れないのか?」
「ベッドタウンの駅から遠いマンションの一室にある、
いつも客がいない高級フランス料理店はなぜ潰れないのか?」などなど、
明快に「疑問」に答えてくれながら、
「会計の本質」を解き明かしてくれています。
中でも「さおだけ屋はなぜ潰れないのか?」の項に興味津々でした。
「た〜けや〜さおだけ〜〜♪」というメロディーにのせて、
軽トラック車が町を流して走る「さおだけ屋」、
あれは一体どうやって生活しているのでしょうか?
種明かしをしてしまいますと、
もともと「金物屋」さんが「さおだけ」を「宅配する」時に、
ついでに「軽トラック」に何本か「さおだけ」を積んで行き、
「宅配」の「行き帰り」に「た〜けや〜さおだけ〜〜♪」という
メロディーを流して走っているということなのだそうです。
つまり「さおだけ屋」という「独立した商売」はないということのようです。
しかしこのところ、それとは全く別な
「悪徳さおだけ屋」が横行しているようです。
「2本で千円」と宣伝している「さおだけ屋」の車まで行き、
財布から千円札を出そうとすると、
「お宅のうちのさおだけを引き取ってあげるよ」と言われ、
自宅のベランダまで「さおだけ屋」を通すと、
目の前で「古くなったさおだけ」をバキッと折りながら、
「実は『2本で千円のさおだけ』は売り切れちゃってまして、
1本5千円のさおだけしかないんですよ。
でもこれの方が、お孫さんの代まで持ちますから、
お得ですし、お薦めですよ」と言われ、
そうなると、「さおだけを折られてしまっている」こともあって、
「2本1万円」で買うことになり、
おまけに「この土台ですけど、もう腐っていて危ないね、
せっかくいいさおだけを買ったのに、この土台だと危ないよ、
もし強風が吹いて倒れたら怪我をするから、
すぐにでも修理した方がいいよ」と言われ、
「さおだけ屋の知り合いの業者」にたのむことになり、
その「修繕工事費」として「10万円」をとられるという……。
このケースの場合、主に「お年寄り」が狙われているそうなのですが、
いやぁホント、このように「お年寄り」や「弱者」を狙って
騙して金を巻き上げる奴らって、許せません!!
「さおだけ商法」「オレオレ詐欺」「悪徳先物取引商法」などなど、
みんな「人のいいお年寄りの好意とやさしさ」につけこんで、
あたかも「恩を仇で返す」かのようなことを平然と行う行為です。
そんな中、「大阪のオバちゃん」は、
「日本一オレオレ詐欺に引っかかりにくい」と言われています。
では誰もが「大阪のオバちゃん」のようになればいいとでもいうのでしょうか?
ボクはまわりの誰もが「大阪のオバちゃん」のようになった
世の中なんかに住みたくありません
(具体的に「大阪のオバちゃん」を知っているワケではありません、
あくまでも「イメージ」としての「大阪のオバちゃん」ですので、
「だからボクは大阪に行かないのだ」というワケではありませんので、
そこんとこヨロシクです(^^))。
ボクは近所や病院などでよく「お年寄り」「おじちゃん」「おばちゃん」
などの、「人が良くてやさしい」様子をよく見かけるたびに、
「こういう人たち本来の、こういう人の良さをキープしたままで、
住みやすい世の中のままであったらいいのになぁ、
騙そうと思う奴なんか一人もいないような……」と切に思うのです。
「騙す方」にしても、「その騙した金」を、
「世界の貧しい人たち」「被災にあった方たち」などのために
役立てるということですらないのは明らかです(当たり前ですが)。
「人が良くてやさしい人たち」が、その「人が良くてやさしい」ままで、
「安心して住める世の中」であってほしいなと思います。
でもまたそのためには、「人が良くてやさしい人たち」も、
「簡単にだまされないしたたかさ」を身につけるようにし、
その上で「人のよさとやさしさ」はキープしている、
そうあってほしいなと思います。
間違っても、「大阪のオバちゃん的方向」に行かないように
あってほしいなと切に思うのであります
(くどいようですが、現実の「大阪のオバちゃん」でなく、
記号としての「大阪のオバちゃん」なので、
大阪の方たち、くれぐれもクレームをよこさぬようヨロシクです(^^))。
追記:決して「騙されにくい大阪のオバちゃんタイプ」の人たちが、
「人が悪くてやさしくない」と言っているわけではなく、
それぞれ「タイプに合った気質」で、
「人の良さとやさしさ」を発揮していることと思います。
ただボクが言いたいのは、「ムリに自分本来の気質に合わない
キャラクターを演じる」ことなく、 「自分本来のムリのない」ままで、
それぞれが生きていれるような世の中がいいなぁと思っているワケです。
ふと「読み返して」みて、気になったので、書き加えてみました(^^)
2005.4.17(日)
演劇鑑賞&バンドリハーサル
昼に友人の「劇団公演」を観に「銀座小劇場」に行ってきました。
4月15日(金)〜17日(日)までの3日間演っているうちの、
最終日にようやく行くことができました。
友人とは言っても、高校時代に何年間か同じクラスになっただけの、
特に親しいというワケではない間柄なのですが、
彼は大学を「文学部演劇科」に進み、
ボクは何回か彼の「演劇公演」を観に行ったことがありまして、
それから「案内」が来るようになり、
また彼が「ボクのHP」を観ていることもあって、
お互いに「この年になるまで好きなことに打ち込んでいる」という
「同士」であるということで、親近感とシンパシーを感じていると
いった感じなのであります。
『一回休み』という「平凡なサラリーマンの自分探し」が主題の、
すごくわかりやすい内容の演劇でして、
ストレスが溜まっているあるいはこのままでいいのだろうか?と
ふと思ってしまうサラリーマンの人が観たなら、
きっと共感しまくりなのではと思います。
その主役の「サラリーマン」を友人が演じていました。
実生活では「正反対の日常を送っている(本人談)」彼のようですが、
実に「人の好いサラリーマン」を好演していました。
そしてこれは「素人考え」ながら、
「よくあんなにセリフが覚えられるものだなぁ」と感心してしまいました。
そして普段「演劇公演」を観に行くことがないボクにとって、
目の前で演じられている「演劇」は新鮮でして、
まさに「映画」と「ライヴ」のいいところが重なった感じだなぁと思いました、
また「演劇」を観に来たいなぁと思っています。
あと、観ていない人にはわからない内容の話ですが、
主人公がしばらく間借りすることになる
「亡くなった画家の住んでいた木造アパートの部屋」のような、
「非日常空間である1人になれる部屋」を持つのって、
いいなぁと思いました(今現在、ボクにとってそれは
時々行く「マッサージ」なのかもとも思えてきました)。
あと、小六の息子役の女の子が可愛かったですね(^^)
帰りに数寄屋橋の広場で「周防猿回し」がやっていたのを観まして、
こちらも非常に面白かったです。
夜に「Nバンドのリハーサル」をしに吉祥寺に行ってきました。
今回は「植松さんに譲ってもらったマウスピース」だけで
吹いてみることにしました。
1曲吹き終わってすぐ、アルト・サックスのCさんに、
「マウスピース変えた? 何かすごく良くなったねぇ!!」と言われまして、
嬉しくなってしまいました(^^)
「以前ずっと使っていたマウスピース」は、「歌口の空き」が広く、
「音色」が豊かであたたかく、すごくいいのですが、
「音の立ち上がり」や「音程のキープ」などの
「コントロール」が難しく、それを「練習」で何とかしようと
トライし続けていました。
今回吹いた「植松さんに譲ってもらったマウスピース」は、
「以前ずっと使っていたマウスピース」に比べると、
「歌口の空き」が狭く、
なので「音の立ち上がり」や「音程のキープ」がラクで安定し、
「音色」もドライで小回りが効くといった感じでして、
自分としても「ちょっと変えてみたいな」と以前から思っていましたので、
しばらくこっちで吹き続けてみようと決めました。
まだ「吹き慣れていない」ので、
「植松さんに譲ってもらったマウスピース」の方が
現時点では「コントロールが難しかったり」するのですが、
これから先、「植松さんに譲ってもらったマウスピース」を吹き続けることで、
「コントロールもラク」にし、「自分の音」にしてしまおうと思っています(^^)
また今回のリハーサルでは、先月の「植松さんのレッスン」での
「まわりの音を聴いて、効果的な音を出す」ということだけを
考え、「ノリ一発で音を出す瞬間」を極力抑えることを
意識して演奏していたのですが、
「リハーサル」が終わってからNさんに、
「すごい練習してきたでしょう?
書いて準備してきたようなかっこいいフレーズ満載だったよ、
私にも教えて〜〜」と言われまして、
ボクとしては、「フレーズのことは一切考えず、
『まわりの音』と『間』にあった音を出すことしか考えていなかった」ので、
ビックリするとともに、
「あっこれでいいのか!!」と、何かをつかみかけたような、
そんな気持ちであります。いやぁ、楽しくなりそうです!!
2005.4.23(土)
今までにない人脈づくりの本
『チャンスと出会うための人脈大改造/後藤芳徳』を読みました。
「今までにない人脈づくりの本である」という書評をどこかで読んだのと、
著者が「元ホストで風俗チェーンのオーナー」であるということに興味を持ち、
読んでみました。
いやぁ、まさに「今までにない」というのがあてはまり、
そして心にズシンと響く、「待ってました」という感じの内容の本でした(^^)
ただ単に「人脈づくり」について書かれただけでなく、
まさに「人生における心構え」を、何の飾りもかっこつけもなく、
真摯に著者の経験と魂に基づいて書いたという感じでして、
あたかも「鶴が自分の羽で織物を織る」がごとく、
「著者が自分の魂を打ち込んで書いた」という感じであります。
今までの「人脈づくりについて書かれた本」では、
「何も持ってない人が、力のある人のコミュニティーに何とかして取り入り、
そこでうまく立ち回る方法」に力点がおかれて書かれていたように思います。
そしてボクはこのことについて、いつも疑問を抱いていました。
「自分は何ひとつ持たずに相手のものをかすめ取ろうとする姿勢の人、
小手先のテクニックでうまくたちまわろうとする人に、
果たして相手は心を開くものなのだろうか?」と。
ましてや「相手の心をつかみ、子供の頃からの親友同士のような屈託のない、
損得抜きで会える関係になれるのだろうか
(そうなってはじめて「人脈」といえると思っていますので)?」と。
だいたい「有力者や有名人」たちは、
「何か目的と野心を抱いて近づいてくる輩」に対し、
人一倍「警戒心」を抱いているはずだと思いますし、
よって「そういう輩」のことが、虫酸が走るほど大嫌いであろうことは、
簡単に予想がつくはずだと思うのです。
その人が「有力者」だから近づくのであって、
そうでなかったら「鼻にもひっかけない」という態度がミエミエであり、
つまり有力者の側にしてみれば、
「あんたは有力者としてのオレに会いたいわけで、
オレ自身と会いたいわけじゃなく、つまりオレに会いたいわけじゃない、
別にオレじゃなくてもいいんだろう」ということであり、
その「小手先のテクニックや方法論」は、
あまりにも「相手をバカにしている」と思うのです。
著者もつねづねそう思っていたようでして、
それらの本を一笑に伏すとともに、しっかりそれにかわる、
「人脈づくりおよびコミュニケーション」についての考え方を、
全ページを割いて説明しています。
また、「チャンスは、たった1人だけの素晴らしい人間と出逢うことで
大きく開ける。それによって人生は、ある日突然激変する」けど、
「たった1人の悪党との出会いで、今まで必死で積み上げたものが
足元をすくわれて、ペンペン草のひとつも残らないように失ってしまう」
ということを、「水商売や風俗の世界」でイヤというほど見てきた著者だけに、
「どんな人間とつきあうべきかやめておくべきか」ということの「重大さ」を、
ただ「人脈を拡げたい」という「HOW TO 本」など軽くふっとぶほどに、
じっくりと心をこめて伝えています。
そういう意味で、この本は「ビジネス本」ということを超えて、
「優しくて騙されやすくて傷つきやすい人たちの護身術」としても、
役立つ本なのではと思いますので、
そういう意味で、少しでも多くの人(特に「振り込め詐欺に
ひっかかりやすそう」だったり、「情にほだされて騙されやすいタイプ」
だったりする人たちはぜひ)に読んでほしいなと思っています。
なお、著者は「楽天のホームページ」を持っているようでして、
覗いてみたところ、すごい人気でした。
本書に「アドレス」が書いてありますので、
ぜひチェックしてみてください(検索でも探せるかも)。
2005.4.23(土)
壁を破る言葉/岡本太郎
『壁を破る言葉/岡本太郎』を読みました。
「3月28日の日記」でとりあげた、『強く生きる言葉/岡本太郎』の続編です。
『強く生きる言葉』は、ある意味「誰が読んでも共感できる普遍的な言葉の数々」
であったのに対し、今回の『壁を破る言葉』は、
より「芸術家」および「クリエイター」に向けての言葉の数々に
なっている感じであります。
でもしかし、『壁を破る言葉』を読んでいくにつれ、
「岡本太郎」氏の、「人間はどんな生き方をしている人でもクリエイターであり、
そこを見誤ってしまったら空虚なのだ」という普遍的な主張が
貫かれていることに気づきまして、そういう意味では、
本書もまた「誰が読んでも共感できる普遍的な言葉の数々」
だなぁと実感しました。
3月28日の「日記」と同様に、以下に
「本書の中で、特にボクが印象に残った言葉」をあげてみます。
あまりあげすぎますと「営業妨害」になりますので(笑)
「特に印象に残った言葉」に絞ってあげてみようと思います。
なぜ創るのかって?
創らなければ、世界はあまりに退屈だから、創るんだ。
まっさらな目をもて! そして目的を捨てろ!
評価されるなんていっさい必要なし!
音が好きならば、音になっていないといわれようと「音」を出す。
これが前提だな。
音感がいいとか悪いとか、そんなことはどうでもいい。
大体、画才があるやつにロクな絵描きはいないんだから。
センスなんかに頼るから駄目なんだ。
人間というものは、とかく自分の持っていないものに制約されて、
自分のあるがままのものをおろそかにし、
卑下することによって不自由になっている。
自分の姿をありのまま直視する、それは強さだ。
いつも言っていることだけれども
芸術はきれいであってはいけない。
うまくあってはいけない。
心地よくあってはいけない。
それが根本原則だ。
芸術は本質的に、けっして教わることはできない。
弟子になろうなんてやつは、
それだけで芸術家失格だ。
焦るな。
人のために美しいものをつくるというよりも、
生命のしるしを、自分に確かめる。
理論で作品は創れない。
でたらめをやってごらん。
口先では簡単にでたらめなら、と言うけれども、
いざでたらめをやろうとすると、それができない。
自分を実際そうである以上に見たがったり、
また見せようとしたり、あるいは逆に、
実力以下に感じて卑屈になってみたり、
また自己防衛本能から
安全なカラの中にはいって身をまもるために、
わざと自分を低くみせようとすること、
そこから堕落していくんだよ。
芸術というのは認められるとか、売れるとか、
そんなことはどうでもいいんだよ。
無条件で、自分一人で、宇宙にひらけばいいんだ。
宇宙的ではなく宇宙なんだ。
自分の土地に流れる水、おのれの上に吹きわたる風の気配、
それを自分の存在のアカシとして出発しない限り、
いかなる文化もありはしない。
花がひらくという神秘。死にゆく樹々の鮮やかな紅葉の死に化粧。
ぼく自身の生命に共振する。
ひとが「あらいいわねぇ」なんて言うのは、
「どうでもいいわね」と言ってるのと同じなんだよ。
情報化社会だからこそ、
単なる理解を超えた超情報にもっと敏感に、真剣になるべきだ。
そこに、とりわけ無目的な情報を提供する呪力をもった
「芸術」の意味が大きく浮かびあがってくる。
すぐれた作品に身も魂もぶつける。
ほんとうに感動したら、
その瞬間から、あなたの見る世界は色、形をかえる。
ドキュメンタリーのすごさは、
ものをものとしてほうり出す、そのナマナマしさにある。
変に、心を打とうとして感情の表現に傾くと、
その強さがなくなってしまう。
芸術が商品になるのはイヤだね。
無償、無条件なんだよ。
イマジネーションによって、宇宙と遊ぶのだ。
むかしの夢によりかかったり、くよくよすることは、
現在を侮辱し、おのれを貧困化することにしかならない。
人間は精神が拡がるときと、
とじこもるときが必ずある。
強烈にとじこもりがちな人ほど
逆に拡がるときがくる。
ちょっと多すぎましたかな……、反省(^^)
まぁここにあげた言葉は「ほんの一部」ですので、
興味を持ちましたら、ぜひ買って読んでみてくださいませ(^^)
2005.4.26(火)
あぶないあぶない……
諸事情によって、約1カ月前から「腰痛」を抱えていまして、
痛み止めの薬を飲んでは治り、治っては再発し……を繰り返していました。
で今日の昼の食事中に「左腰」に「グキッ」っときてしまいました……。
幸い「パリンッ」とはいかなかったので、
「ギックリ腰」にはならずにすんだのですが、
しばらくそのままの姿勢で慎重に固まったままで、
カバンに常備していた「痛み止めの薬」を飲み、
30分ほどそのままでいたら「痛み止めの薬」が効いてきまして、
動けるようになりました。
どうも「イス」や「車の運転」で「尻が下がるような座り方」をしていたのが、
「腰痛を温存させていた」主要因であることに気づきまして、
イスの後方に座布団を丸めて置き、尻を高くして座り、腰にゴムを巻くことで、
だいぶ良くなってきた感触であります(^^)
まぁこの調子でムリせず、1〜2日で完治させようと思っていますが、
もしも何日も「楽天日記」において「音沙汰が全くなかった」としたら、
倒れていて、入力が出来ないのだなと思っていてくださいませ
(そうならないように気をつけていきます)。
2005.4.27(水)
女子大生会計士の事件簿
『女子大生会計士の事件簿1〜4/山田真哉』を、4冊とも読みました。
「4月16日の日記」でとりあげた
『さおだけ屋はなぜ潰れないのか?』の著者による、
「ポップな探偵小説仕立ての短編集」です。
非常に楽しくかつ読みやすく、その上「会計の知識」も身につくという、
まさに「HOW TO 本的入門書」を超えた「会計入門書」でもあるなぁと
思っています。今のところ4冊出ていて、
各冊それぞれ10万部を超える人気シリーズでもあるようでして、
「ビジネスジャンプ」で「コミック版」も連載しているようです。
新米会計士補が、頭脳明晰かつアイドルのようなルックスの
女子大生公認会計士とともに、
監査で起こる事件を次々に乗り切っていくという内容でして、
初期の頃は、「テーマを説明するためにつくられた短編」といった雰囲気で、
まさに「入門書小説」といった感じだったのですが、
シリーズが回を重ねるごとに、
それプラス「読み物としての充実感」が増してきています。
タイムリーな話題も選ばれ、登場人物のドラマ性、そして社会性も増し、
まさに「良質な短編小説」といっていいのではと思っています。
あっという間に読め、「会計のからくりや裏側」を
わかりやすくかつ面白く知ることができ、
その上心のヒダにしみいるような温かさにも満ちているという、
いうことなしの面白さです。
続編が発売されるのが今から楽しみです(^^)
追記:『女子大生会計士の事件簿』の著者の「山田真哉」氏も、
「4月23日の日記」で紹介した「後藤芳徳」氏と同様に、
「楽天」に「ブログ」を持っていることがわかりました。
「ネットウヨが跋扈しているイメージ」などで、
このところ「楽天ブログ」にあまりいいイメージがなかったのですが、
ボクが知らないだけで、「良質なブログ」もまた
数多くありそうだなと予感し、
「楽天ブログ」も捨てたものじゃないなと実感しているところであります。
2005.4.27(水)
バーベキュー宴会のお知らせ
by Dasa
5月4日(水曜)に寺下さんと一昨年と同じ場所、、
「秋川橋河川公園バーベキューランド」にて
春のバーベキュー宴会を行います。。
合宿参加者、寺さんジャム参加者、等。。
フルってご参加を (^^)/
詳しくは Dasa 迄お問い合わせ下さい m(_ _)m
※これを読んで頂いたご自分のHPをお持ちの
関係者の方々へご協力のお願いです。。
この案内を方々ご自分のHPで行って頂けたら有りがたいです。
ご協力の程宜しくお願い致します m(_ _)m
以上、DasaさんのHP「ダサモンク」の「掲示板」からの「お知らせ」です。
「ジャズ・セッション合宿」「新宿ピットインジャムセッション」の参加者、
関係者などなど、奮ってご参加くださいませ(^^)
ボクも参加する予定であります。
関係者以外で、「私も(ボクも)参加してみたいのですが……」
という方は、ボクにメール下さい、追って詳細情報をお教えします。
ぜひぜひ「楽しい河原でのバーベキュー」でお会いしましょう!!
2005.4.29(金)
レット・イット・ライド/アラン・エヴァンス
昨年暮れにCDショップでけっこうプッシュされていた
『レット・イット・ライド/アラン・エヴァンス』を聴きました。
「ジャムバンド」ムーヴメントの中心的グループ『SOULIVE』の
「ドラマー」であり「リーダー」の「アラン・エヴァンス」の初リーダーCDです。
「ジャムバンド」というのは、「ファンクのリズムに乗せて、
延々とソロを回していくライヴバンド」の総称(?)のようでして、
「ファンク&ジャズ」を基調に、「ドラムンベース」「ヒップホップ」
「アンビエント・ミュージック」の味つけによる、
実験的かつ「サイケデリック」なアレンジがなされていることが、
特徴といえるかと思います。方法論(?)的には、
大御所ロックバンド「グレイトフル・デッド」のライヴのイメージが
基にあるようです。
大御所ギタリスト「ジョン・スコフィールド」や
サックス奏者「カール・デンソン」らが推進役を果たしているような
イメージでして、数多くのバンドが産み出されているようです。
とはいっても、ボクは「ジャムバンド」についてはあまり知らなく、
またいくつかの「ジャムバンドのグループ」を聴いても、
途中で「飽きてしまう」ことがほとんどで、
それは『SOULIVE』に関しても同じでした。
なので、本CDを聴くにあたって、ほぼ全く期待せずに聴いたのですが、
いやぁ、予想を大きく裏切って、メチャ良いです!!
「ジャムバンド」にありがちな、「一体何がしたいの?」っていう部分が全くなく、
まさに明確かつ一本筋が通っています。
「ジェームズ・ブラウン」「プリンス」が根っこにある
「タイトかつムダの全くないファンク・サウンド」であり、
「アラン・エヴァンス」のドラムは生き生きと中心をなし、
シンセ、ワウの効いたギター、ホーン陣、電化させた音のサックス、
ファンキーにブリブリいうベースなどなど、
非常にストレートかつ実験心にあふれています。
「アラン・エヴァンス」はドラムだけでなく、
シンセなどいくつかの楽器も演奏し、重ねているようでして、
また全曲作曲し、プロデュースしており、
まさに「アラン・エヴァンスのやりたいこと」が
1枚に詰まったCDといっていいのではと思います。
ジャケット写真を見ますと、
いかにも反骨心にあふれ、一本筋の通った感にあふれた風貌でして、
ドラムのタイトなかっこよさと通じるものがあります。
本作を聴きますと、これから「プロデューサー」としての
お声も数多くかかってくるのではと思いますが、
ぜひとも「2作目」もつくってほしいなとボクは期待しています。
2005.4.30(土)
「マテリアル・ガール/マドンナ」に心ウキウキ
「今さら」と言われること間違いなしと思われますが、
ラジオでかかっていた「マドンナ」の『マテリアル・ガール』を聴いたとたん、
ボクはすっかりとりこにされてしまい、たまらず「レンタルCD店」で、
「マドンナ」の「80年代ベスト」「90年代以降のベスト」
「1〜4枚目まで」の「計6枚のCD」を借りてきました。
ボクは今まで「マドンナ」を意識して聴いたことは一度もなく、
20年前の「マドンナがブレイクしていた時」は、
「マドンナの曲がかかっている」と、あえて意識的に耳を遮断し、
「聴かないモード」にしていましたので、20年の年月をへて、
初めて「マドンナをじっくり聴いた」ワケなのです。
まぁそれは、「マドンナ」にかぎらず、
「ワム!」「マイケル・ジャクソン」「シンディー・ローパー」
などなどをはじめとする全ての「当時のヒットポップス」に対しての
「ボクのスタンス」だったワケなのですが……
(かなりのひねくれ者だったワケなのです(^^))。
で、聴いてみますと、「1枚目」と「2枚目」がメチャ良いです!!
中でも、「2枚目」に入っている
『マテリアル・ガール』『ライク・ア・ヴァージン』の2曲、
「1枚目」に入っている
『ホリデイ』『ラッキー・スター』の2曲が抜群に良く、
特に『マテリアル・ガール』は桁外れに良く、
おそろしく完成度の高い曲ですね(^^)
キュートかつコケティッシュな歌声に、
ファンキーかつタイトでプリティーな曲調と演奏、それにコーラスがからみ、
聴いているとウキウキし、心が躍ってきます!!
なんという名曲、素晴らしすぎです!!
「奇跡の1曲」といっていいでしょう!!
パーソネルを見てみますと、
『マテリアル・ガール』『ライク・ア・ヴァージン』の2曲は、
バーナード・エドワーズ(b)ナイル・ロジャース(g)
トニー・トンプソン(Ds)でして、
つまり何と「シック」のメンバー揃い踏み、どうりで良いわけだ、納得です!!
「1枚目」は、「レジー・ルーカス」のプロデュースによる
タイトなNYファンクであり
(レジー・ルーカスは、エムトゥーメイとともに、
マイルス・デイビス・バンドを経て、
70〜80年代当時、NYファンクの旗手的存在の
売れっ子プロデューサーであり売れっ子ミュージシャンでした)、
「2枚目」は、80年代前半当時、飛ぶ鳥を落とす勢いのヒットメイカーであり、
まさに時代の寵児であった「ナイル・ロジャース」のプロデュースでして、
なるほど、それゆえにこの「2枚」は全体を通して
「タイトかつ重厚で遊び心に満ちたオシャレなNYファンク」
になっているのだなと、納得であります(^^)
「これじゃあマドンナの今まで出したCDを全部聴かなくちゃ!!」
とウキウキするも、「3枚目以降」はガラッと変わってしまいまして、
そんなわけでこれ以上聴かなくてすみましたです……(^^)
とはいえ、何度でも言いますが、
『マテリアル・ガール/マドンナ』メチャ良いです!!
聴いていると「幸せな気分」になります(^^)
『ナイル・ロジャース〜シック風味のポップ・フィールドの曲集』
という「コンセプト」で、「MD」を編集してみました。
以下にその「MD」の曲順を紹介しておきます。
『ナイル・ロジャース〜シック風味のポップ・フィールドの曲集』
1.レッツ・ダンス /デヴィッド・ボウイー
2.モダン・ラヴ /デヴィッド・ボウイー
3.ノトーリアス /デュラン・デュラン
4.マテリアル・ガール /マドンナ
5.ライク・ア・ヴァージン /マドンナ
6.ハーヴェスト・フォー・ザ・ワールド/パワー・ステーション
7.コミュニケーション /パワー・ステーション
8.ゲット・イット・オン /パワー・ステーション
9.サムライク・イット・ホット /パワー・ステーション
10.地獄へ道づれ /クイーン
11.ドラゴン・アタック /クイーン