
2006.8.12(土)
ブライアン・ジョーンズ ストーンズから消えた男
映画『ブライアン・ジョーンズ ストーンズから消えた男』を観てきました。
「渋谷のパルコの全館規模」で、「ドデカイ看板など」で、
大々的にこの「映画」を宣伝していることにビックリするとともに、
すごく嬉しい気持ちになりました(^^)
ボクは自他ともに認める(?)「筋金入りのストーンズ・ファン」なのでして、
中学〜高校時代の暗く鬱々していた日々を、
「ストーンズ」を聴くことで、励まされていたといっても過言ではないのであります。
なので「ストーンズ」の、80年代半ば発売の『ダーティー・ワーク』までの
アルバムは、ほぼ全て100回以上は聴いているのでして、
なのでボクの「音楽的ルーツ」の根幹には、
「ローリング・ストーンズ」が大きく横たわっているといって
過言ではないのであります。
でもしかし、ボクが好きな「ローリング・ストーンズ」のサウンドは、
主に「70年代」のものでありまして、
特に70年代後半の、「ロン・ウッド」が加入してからの作品、
中でも『刺青の男(Tattoo You)』『ブラック&ブルー』
『エモーショナル・レスキュー』の3枚がベストで、
作品としては『ベガーズ・バンケット』から『ダーティー・ワーク』までが
「ボクのとってのローリング・ストーンズ」なのであります。
なので60年代の、「ブライアン・ジョーンズ」が参加していた頃のサウンドは
正直いってそれほど好きではなく、
なので「ストーンズ・ファン」でありながら、
「ブライアン・ジョーンズ」のことはほとんど意識したことがなく
過ごしてきていたのでして、
ある意味この「映画」を観ることで、
初めて「ブライアン・ジョーンズ」がボクの意識の中に
大きく入ってきたといっていいかもしれません。
「ブライアン・ジョーンズ」は、
「ローリング・ストーンズの創始者」であり「リーダー」でありながら、
事務所サイドの「ビートルズに続けのコンセプト」によって、
バンドの中心からはずされることになってしまい、
そうした要因も大きくあって、
彼はドラッグなどに溺れ、転落の一途をたどり、
やがてバンドをクビになってしまいます。
そしてその数日後、自宅のプールで亡くなってしまいます。
そのあと「ジム・モリソン」、「ジャニス・ジョプリン」などなどの
ロックスターたちが次々と、
おそらく「ドラッグのオーバードーズ」で亡くなっていった事実から考えて、
ボクは「ブライアン・ジョーンズ」も「ドラッグのオーバードーズ」で
亡くなったのかとばかり思っていました。
でもしかし、10数年前に「ブライアン・ジョーンズの死の真相」が明らかになり、
「その真相」を「映画化」したのが本作品なのであります。
まさしく「転落人生の実況中継」といった趣きの作品ですので、
正直観ていてつらくなってきてしまい、
早く終わってくれないかなぁと思いながら観ていたのも事実です。
「ジミ・ヘンドリックス」からのバンドへのオファーがあったりなど、
「心機一転の再生への道」は、「彼次第」で開けていたのになぁ……と。
いずれにしても、「ブライアン・ジョーンズの死因」は
「事故死」でも「自殺」でもなく、「他殺」であったことが明らかになっています。
「自分の死の間際に、殺したことを告白した男の証言」が
もとになっているためでしょうか、
当時の状況の細部まで生々しく描かれています。
「ブライアン・ジョーンズの死因」は、
「ロックによる若者への悪影響(政治的な意味も含めて)を
怖れたCIAが関与した殺人」という説もあったようですが、
その説が信憑性を帯びるほど、
当時はそれほどまでに「若者の力」がリアルに大きかったということなのでしょう、
そして「ロック」がそれほどまでに国から怖れられていたとは、
まさしくアッパレですね。
今の「ロック」など(「ロック」にかぎらず、音楽全体において)、
特に日本においては、音楽的な面うんぬん以前に、
完璧に「暴力団とカルト教団」に支配され、
その「キャッシュディスペンサー」的存在として
使い捨てられているのみというのが現状なのですから
(マスコミ、マスメディアと同様に)、
「ロックスターが国に怖れられる」などと言ったら、
ハナで笑われてしまうことでしょう
(しかし「ジョン・レノン」は、大きな力の陰謀によって
殺されたのだろうと思っていますが)。
ともあれ「ブライアン・ジョーンズ」の死後、
「ストーンズの音楽」は、
「その時々のブラックミュージックのコアな部分を吸収しつつの、
ゆるぎないオリジナル・サウンド」になっていくのでして、
ある意味それは、「泥臭いブルースにこだわった、
ブライアン・ジョーンズの意思を受け継いだ」といっても、
いいのかもしれないなぁと、今になって思えてきました。
2006.8.14(月)
蟻の兵隊
お盆から1週間くらいの間、
まさしく「缶詰状態」で「仕事」をしていましたので、
「日記」を書く時間が文字通り「なかった」のですが、
ようやく時間ができてきました。
なのでリアルタイムでは書き損ねた「日記」を今(8月20日現在に)、
書いておくことにします。
8月になると、「灼熱の太陽」とともに、
ボクが生まれるはるか前の出来事である「第二次世界大戦」のことを、
毎年思い起こします。
なのでというわけではないのですが、
渋谷「シアター・イメージフォーラム」で、映画『蟻の兵隊』を観てきました。
最初「この映画のチラシ」を見た時、
「何だか重そうなドキュメント映画だなぁ」と思い、
観るのをやめておこうかと思ったのですが、
でもしかし「チラシに映っているおじいさんの
精悍な面構えと目の輝き」にひきこまれ、公開中に観ておかねばと思い、
あえてお盆のこの時期を選んで観ることにした次第であります。
どうやら大ヒット公開中のようでして、
2館ある映画館の両方で公開しているようです。
そしてロビーは人であふれていました。
予想通りに高齢者の方々を多くお見受けしましたが、
予想外に若い人たちの姿が多かったです。
それも「いかにも社会問題や平和運動に興味あります」という
オーラを漂わせた人たちよりも、
むしろ「青山に溶けこんでいる感じの人たち」を
多くお見受けしたことにビックリするとともに、嬉しくなりました(^^)
現在80歳の元日本兵・奥村和一さん。
かつて彼が所属した部隊は、
なぜか第二次世界大戦後も武装解除せずに中国・山西省に残留しました。
戦後60年後、彼は再び中国を訪れ、残留の真相に迫っていきます……。
第二次世界大戦後も中国から帰国出来ず、
中国国民党と共産党との内戦に巻き込まれた約2600人もの日本兵たち。
その「日本軍山西省残留問題」に迫った「ドキュメンタリー映画」です。
観る前にある程度予想していた「重くて暗くてお涙頂戴」の要素は
ほとんど皆無といっていい、ところどころ笑いの要素も入った、
リラックスして観れる内容でした。
でもしかし、「重くて暗くてお涙頂戴の要素」を排除した分、
描かれているものはムダがなく、研ぎ澄まされています。
奥村さんにとってもともとは、
「亡くなっていった戦友たちの無念」をはらすため、
「日本軍のあやまち」を暴くための「中国行き」だったのですが、
次第に「過去に犯した自分の罪」と向き合う旅になっていきます。
「加害者側としての戦争体験」の話は、積極的に調べようとでもしないかぎり、
いまだに観たり読んだり聞いたりすることは難しいのが現状であり、
ボクも含めて「戦争を経験していない世代」が国民の大半となっている今、
「加害者ではなかった」という意見すら主流になってしまっているかのようにみえる
今日この頃ですが、
それは「元兵士たち」が、ちゃんと「自らの体験」を語り伝えず、
「口を閉ざしてしまっている」ことが、大きな要因なのかもしれません。
でもしかし、ボクはそんな「口を閉ざしてしまった元兵士たち」を
責めることはできません、
「記憶から過去を消し去らなかった」ら、
彼らは生きてこれなかったことでしょうし……。
でもしかし「戦争の真実を知る人たち」「歴史の証言者たち」が、
「口を閉ざした」まま、次々と亡くなっているのが現状であり、現実です。
そんな中、奥村さんは自らの封印を解いて、「戦争の真実」を
ボクたちに身をもって、語りかけてくれています……。
いやがおうでも思い出す、「当時の記憶」たち……。
それはまさしく、精神的に「自らの骨を削り、肉を切り刻む」かのような、
「激痛」をともないつつの「記憶の掘り起こし」だったことでしょう……。
80歳をこえる体には、肉体的にも相当きつい旅だったことでしょう……。
でもしかし、奥村さんは目をそむけることなく、真摯にそれらと対峙していきます。
奥村さんの「精悍な面構えと目の輝き」は、
まさしく彼の「並はずれた精神力および気力」を物語っているといえましょう。
奥村さんは言います、「むしろ今は戦前なのかもしれない、
戦争を体験している仲間がどんどん亡くなっていっている今、
時間との競争でもあります」と。
奥村さんのおっしゃる通り、まさしく「戦前」のムードが
皮膚感覚でたっぷり漂う今、
「奥村さんたちが戦地で体験したこと」および「軍隊」そのものが抱える問題、
そして「国家は国民を、上官は部下を平気で売り飛ばし、裏切り、
自分だけは助かろうとすること」などなどのことは、
これからの我々にそのままふりかかってくる「問題」であり、
「災難」そのものなのです
(もしも自らが「上官」「責任者」にされてしまった時に、
どのようにふるまえるかということの「問題」も含まれています。
なのでそういう意味では「立派な上官」も実際にいたことを、
「映画」はきちんと描写しています)!!
これらのことを真摯に追究しなかったら、
無意味に「過去の過ち」を繰り返し、
「地獄の日々」を味あわされるだけのことでしょう……。
「軍産複合体の黒幕たちにとっての公共事業である戦争の標的」に、
確実に「選ばれ」て、
着々と「戦争」への道のりを歩まされようとしている今、
少しでも多くの人たちにこの「映画」を観てほしいなと、
感じとってほしいなと、切に思います
(とりわけ「映画」の中にも映っている、
「靖国神社で軍事行進もどきをしていたような連中」に、
「この映画」を見せてやりたいと思いつつ、
でもやつらの大半は、「右翼」ではなく、「日本人」ですらなく、
「カルトや暴力団の工作員」なのだという説が信憑性を帯びている今、
観せても何の意味もないのだということに気づいた次第であります)。
ともあれ、「隠蔽されていた歴史の真実」が、
「映画」という形になって、良かったなぁと心から思っています。
奥村さんをはじめとする元兵士の人たちおよび
亡くなった兵士の人たちの「無念の気持ち」が、
「映画」という形になり、多くの人たちが観ることによって、
少しでも晴らされればいいなぁと思っています。
この夏、「戦争とは何か」を心に刻みつけるにはうってつけの、
傑作ドキュメンタリーであると、太鼓判をおします!!
どうか「全国公開」になることを、祈っています!!
2006.8.15(火)
小さな横断歩道での出来事
夜23時頃、フラフラになりながらも「仕事」を終え、
家路に着く途中の出来事でした。
「片側が行き止まりになっている小さな道」にかかった、
「長さ5メートルくらい」の「横断歩道」、
道は狭いし、夜になるとほぼ全く車は通らず、車が通れば「目で見てわかる」ので、
「信号」は必要ないともいえる「横断歩道」なのですが、
でもまぁお年寄りや子供たちのために、
一応「信号」があるのは悪くないとはいえましょう、
そのことを了解した上で、歩行者のほとんどは「信号」に関係なく、
「自分のペース」で横断歩道を渡っています
(小さな子供が信号を待っている場合、「モラルを教える」という意味で、
ボクも一緒に「青になるまで」待つことにはしています)。
歩いていると、「信号が赤」なのを目にしました、
なぜか「小さな横断歩道」に5人ほどの人だかりがあります、
みんな「信号を待っている」ようです、
よくみると、横断歩道の向こう側で
「自転車に乗った警官2人」が「信号を待っている」のが見えました。
なるほど、だからみんな「待っている」ワケかと……。
そんな中、ボクは歩くペースを全くおとさず、
「信号が赤」のままの小さな横断歩道を、普通に歩いて渡りました。
横断歩道のまん中くらいに来たところで、怒号のような声が聞こえてきました。
「おいっ、信号が赤なのが見えないのか!!」
「規則を破っていいと思ってるのか!!」
予想通り、「警官2人」が、自転車にのったまま怒鳴り声をあげているようです。
警官のうち1人は、40代半ばのメガネをかけた、全く特徴がない感じの男で、
もう1人は、20代後半くらいの、ニセメール事件の永田元議員みたいな雰囲気の男。
こんなくだらないことで何でそんなにムキになるのかとあきれつつも、
「車通ってないし、車が通る気配すらないでしょ?」
と冷静に言いながら、横断歩道を渡り終えますと、
「車が通っているかどうかの問題じゃないだろ!!」
「もしも車が走ってきたら危ないじゃないか!!」
と、さっきの5倍くらいの怒号をあびせかけてきます。
おいおい、いつからおまわりさんって、こんなにしつこくて偉そうになったんだ?
とあきれ、
この次に何か言ったら、
自転車を降りてマジでとっつかまえに来そうな雰囲気だったので、
ある程度「逃げる姿勢」を意識しながら、
「じゃあ停電になったらどうするんですか?」
と、関西風アクセントで言ってみました(昨朝東京で大停電があったのです)。
「自転車を降りようとしたら逃げよう」と思っていたのに、2人は固まったまま、
何も言わず信号を待っていました。
拍子抜けするとともに、ある意味ホッとひと安心、
でもしかし、えもいわれぬ「怒り」がこみあげてきました。
あとから、「自転車での信号無視は、警官の裁量次第で
1万円以下の罰金をとられる」ようになったことを知り、
「だからあいつら偉そうにしてたのか……」と納得し、
「自転車ではなるべくガチガチに規則を守るようにしよう」
と心掛けようと決めつつも、
あの2人の警官の姿に「典型的なファシズムの影」を感じ、
怒りと共に、怖ろしさがこみあげてきました。
こういう奴らが権力を握り、
そしてその意識が一般人にまで増えていくことによって、
「ファシズム」は根づいていくのだなぁと、
熱帯夜であるのにかかわらず、何だか肌寒くなってきました。
「どんな無意味な規則、命令」でも、
「上から言われたら、規則だったら絶対に守らせる」という
間違った「使命感」「正義感」でもって、
偉そうな口の利き方でムリヤリ従わせようとするという、
オツムの軽さと反比例して、
プライドと傲慢さだけが無意味に肥大化した、
こういうバカに権力を持たせたら、
ホント最悪だなと……、
この手のバカは、中学時代の教師にいくらでもいました、
こういうバカほどタチが悪いものはない、
国民の大半がこいつらみたくなった時、
「軍産複合体の黒幕が描いた絵図」の通りに、
「戦争」は始まっているということなのだなぁと、
暗澹たる気分で家路についたのでした。