プロフィール
1967年7月25日生
獅子座(13星座では蟹座)
A型
好きな食べ物:
生春巻、もんじゃ焼き、ラーメン、パスタ類、
ボルシチ、スープ類、ピータン豆腐、焼き肉、
タンシチュー、豚シャブサラダ、やきそば、
チーズ、そばめし、ぎょうざ、たこやき、
スターバックスのアーモンドクッキーなどなど
サックス演奏の歩み:
高校生の時ドラムを始める。同級生同士でバンドを組みロック系のコピーをやりライヴなどもする。以後4〜5年間ドラムを演る。
22才の時ジャッキー・マクリーンに憧れて「アルト・サックス」を買う。メーカーはヤマハのもの。1年後にセルマー・シリーズ2に買い換える。買ってすぐにクラシック・サックスの教室に通う。「最初はクラシックに通って基礎をやったほうがいい」という店の人の勧めにしたがって。しかしどうしてもその「めざす音」に納得出来ず2か月で辞め、渋谷ヤマハのジャズ・サックス教室に通い始める。そこに通うかどうか迷っていた時、講師の大友義雄氏のライヴを観てから決めようと思い、新宿Jに「遠藤律子バンド」を聴きに行く。そこでの大友氏の演奏に感動し、即入会を決めた。以後7〜8年間通い続ける。一番印象に残っているのは、入ってすぐの時に参加したジャズ・サックス教室の合宿で、そこで繰り広げられる先輩方の演奏ならびに生活態度に衝撃を受け、「ジャズのなんたるか」を体で示されたこと。今でもその時の塩川光二氏、津上研太氏、高橋厚雄氏、榎本秀一氏、高橋守氏、太田氏、古谷氏、高野浩雄氏そして大友師匠らの演奏を思い出すと身が引き締まります。ボクにとっての「ジャズ体験の原点」は、この合宿といっても過言ではありません。
習い始めて3年くらいたちテナー・サックスに転向する。メーカーはヤナギサワのもの。のちにセルマーシリーズ2を高野浩雄氏に選定してもらい購入する。どうもアルト・サックスでは進歩がなく、友達のテナーを吹いてみるとそっちの方がマシな感じだったのですぐテナーを買い、アルトを売る。ストリート・ミュージシャンのデレク・K・ショートのテナーならびにグローバー・ワシントン・ジュニア、ウィルトン・フェルダーのテナーにはまっていたことによって気持ちがテナーに傾いていたことも、買い換える際の大きな要因だった。
テナーに転向してすぐの秋に、長野県佐久市のひなびた温泉旅館でやっていた、ピアノの寺下誠氏主催の「ジャズセッション合宿」に参加する。この合宿への参加によってボクのサックス演奏、練習熱にスイッチが入る。そこで知り合った人たちと「スタジオ」をとってバンド練習などをするようになる。以後それをきっかけに音楽方面での人脈も広がり、「ライヴ」活動、「営業演奏」などをさせてもらうようになり今に至る。またこの合宿でヴォーカルの講師をしていた河原厚子さんに5〜6年後、歌を習い始める。
大友義雄氏のレッスンと並行して佐藤達哉氏、山口真文氏、土岐英史氏にそれぞれ2〜3か月習いに行く。多くのかけがえのない示唆を受ける。
1995年、ソプラノ・サックスを購入する。メーカーはセルマーのマーク6シルバー製。渋谷のアクタスにソプラノ・サックスを買う相談に行ったところ、偶然「ソプラノ・サックスを売りに来ていた」高橋達也氏を紹介され、その場で安く譲ってもらうことになる。すごく「いい音」のするソプラノで、偶然居合わせたことを神に感謝しています。
2000年夏、テナーを「セルマー・マーク6」に買い換える。それまでは「楽器じゃないよ、腕なんだよ」ってのを信条にしていて、楽器を買い換えるなんてことは考えてもいなかったのですが、知人の「マーク6」をむりやり吹かされたところ、「やはり楽器だな」と信条変更。それから2年以上迷い続け、その時習っていた岡まこと氏に相談、「マーク6」を買うことに決める。「選定は自分でやったほうがいい」と言われ、イシモリ楽器で開店時間から閉店時間まで10本のテナーを試奏し続け(のちに腰痛になる)、今吹いているテナーに決める。このテナーに出会えたこと、神に感謝しています。
世紀の変わり目あたりの間、2〜3年にわたって月に2,3回「植松孝夫」氏のライヴに通い続け、個人的に話をするようになる。人生及びサックスについての「核心部分」を伝授してもらう(具体的にではなく)。
以上、楽器について及び習った人たちについてを中心に書いてみました。身近なこと、最近の出来事などもそのうち書いてみようとは思っています。ではとりあえずこのへんで……。
(2003年7月21日記)