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漫歩計の 

「東京漫歩」 第14回 浅草界隈

2003年8月17日

 江戸時代から栄える門前町、浅草。庶民の街であると同時に今も東京屈指の名所です。大都市東京にあっても、この街にはなぜか人情味が感じられ、ほっと落ち着ける雰囲気を持っています。

 浅草には地下鉄銀座線が便利です。実は銀座線は東京で最も古い、すなわち日本初の地下鉄です。最初に開通したのは上野〜浅草間で、1927年(昭和2年)のことだそうです。その後新橋までが1934年(昭和9年)、渋谷まで全通したのは1939年(昭和14年)。浅草駅、田原町駅には役者の家紋が壁画にデザインされており、また通路の天井が低く、古さを感じます。浅草は東京で最も人の集まる場所だったのでしょうね。
 なお、東京の地下鉄は私鉄やJRと相互乗り入れしている路線が多く複雑ですが、この銀座線と丸ノ内線だけは相互乗り入れがありません。それは、この2線はレールの幅が広軌であり、かつ電気をパンタグラフ・架線方式でなく第三軌条方式(線路の横の3本目のレールから電気を取る方式。大阪ではこれが普通)だからです。

 浅草駅から雷門に向かいます。今も昔も雷門は浅草のシンボル。巨大な提灯が庶民的な雰囲気を醸し出しています。高さ4m、直径3.4m、重さ670kg。京都の「高橋提灯店」の署名があります。
 雷門の創建は鎌倉時代。幾多の火災により消失しては再建を繰り返したものの、江戸の大火事(1865年)以来、100年間は再建されないままだったそうです。1960年(昭和35年)に至り、約100年ぶりに再建されたのは、松下電器の松下幸之助会長がひざの痛みに苦しみ、浅草寺に祈願祈祷して快癒された縁で寄進をされたためだそうです。だから今も提灯には「松下電器」という名が刻まれています。

雷門仲見世
浅草のシンボル、雷門
いつも賑わう仲見世

 仲見世の通りに入ります。気温が低く、時折小雨が降る(お盆とは思えない)あいにくの天気ですが、凄い人出です。外国人(特にアジア系)の方も多いようで、韓国語らしい言葉をよく耳にします。お菓子や土産物、衣料品、雑貨、ありとあらゆる店があります。試食の煎餅を囓り、揚げまんじゅうをほおばり、まっすぐ歩くのが困難な通りを抜けて、浅草寺です。
 本堂は昭和33年の再建。ここにも大きな提灯があります。線香の香りを嗅ぎ、お参りをして、隣の浅草神社へ向かいます。

 浅草神社は、地元の人からは三社さまと親しまれ、そのお祭は江戸3大祭の「三社祭」として有名です。戦災を免れた本殿は1649年に3代将軍家光により寄進されて350年余、国の重要文化財に指定されているそうです。それにしても、(良くある事ですが)神社とお寺が完全に同居・共存する姿は、考えてみれば不思議です。日本人の宗教に対する寛容さ(良く言えば)あるいはいい加減さを表しています。それが時には問題を引き起こすのですが・・・。
 なお、神社東にある二天門も江戸時代のもので、こちらも重要文化財です。

浅草寺本堂雷門二天門
浅草寺本堂
二天門

 広い境内には滝や池もあり、ゆったりした空間になっています。無数の鳩が群れ、人に慣れた鳩は餌をくれると見ればその人の頭や肩に平気で留まります。中にはそういう鳩を捕まえて大喜びの子供もいます。みんな楽しそうです。

 境内を通り抜け、遊園地「花やしき」を右に見て、六区と呼ばれる歓楽街に出ます。劇場などがあってブロードウェイと呼ばれるそうですが、場外馬券売場が出来て、残念ながら雰囲気最悪です。競馬新聞片手に、一種独特の雰囲気のオッサンたちがたむろしていて、通り抜けるのも嫌なほど。競馬にうつつを抜かす暇があったら、もう少しましなことがいくらでも出来そうに思えるのですが、情けない限りです。

 伝法院通にある有名な天丼屋さんで名物の天丼を食べ(行列すること30分弱)、再び仲見世の活気溢れる雰囲気に戻りました。浅草は賑やかさが良く似合う街です。

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