漫歩計の 

「東京漫歩」 第16回 六本木〜麻布〜広尾

2003年8月31日

 東京の新しい人気スポット、六本木ヒルズ。今日はその六本木から、下町の風情がある麻布十番を抜け、瀟洒な雰囲気の広尾、そして最後は渋谷駅まで、少し長めのタウンウォーキングを楽しみました。

 レストランやブランドショップ、シネマ、ホテル、そして住宅棟もある六本木ヒルズ。今や一大観光地の様相です。地下鉄六本木駅からは列をなしたような人並みが出来、都心に新しい街が降って湧いたような感じです。
毛利庭園から見る六本木ヒルズ
毛利庭園から見る六本木ヒルズ

 ブランドショップにはあまり縁のない私は、とりあえず唯一自然の香りのする毛利庭園に降り立ち、ベンチで人間ウォッチングです。まず若い女性が多いし、もちろんカップルも。朝日テレビやシネマがあるせいか子供づれも多い。さらに、お年を召したご夫妻や、いかにも観光客といった人たちも目立つのです。どうもはっきりとした目的なく、ただただ有名な場所を見に来たと言う方が少なくないようです。もちろん、そういう自分自身もその一人なのですが。
 バブルの名残のようなこの街ですが、果たしていつまで今の人気が続くのでしょうか。さしたる新味もなく、残念ながら、この単に壮大で新しいだけの街では感激は得られませんでした。

 住宅棟の間から南へ抜けるとそこは閑静な高級住宅街。外国の大使館が多く、静かで道を歩く人もほとんどありません。先ほどの喧騒が嘘のようです。

 豪邸の多い街を東へ抜けると麻布十番です。有名な麻布十番温泉がありますが、私が興味を惹かれたのは、童謡「赤い靴」のモデルとなった女の子、岩崎きみの像です。

 「赤い靴は〜いてた〜女の子・・・異人さんに連れられて行っちゃった・・・」
 「横浜の波止場から船に乗って・・・異人さんに連れられて行っちゃった・・・」
  (野口雨情作詞、本居長世作曲、大正11年)

 誰しも歌ったことのあるこのちょっぴりもの悲しい童謡ですが、この歌には実在のモデルがあります。北海道の開拓民の娘、岩崎きみは、3歳のとき、貧しさゆえに、同情した米国人の宣教師夫妻に引き取られました。6歳のときに、横浜港から夫妻と米国に渡ろうとしましたが、当時は不治の病と言われた結核に罹っていることが判明し、泣く泣く帰国する夫妻と別れて、一人で麻布にあった孤児院に預けられ、3年後の明治44年にわずか9歳で亡くなったのです。彼女は実の親を失い、育ての親とも別れて、アメリカには行けないまま死んでしまったのです。天涯孤独で、一人死を見つめる薄幸の暮らしは、想像するだけで悲しくなります。
 しかし、作詞した野口雨情はもちろん、女の子の実の母親も、岩崎きみは米国に行って幸福に暮らしていると信じていたようで、上に書いた経緯が分かったのは昭和48年のことだそうです。この事実を知ったうえでこの歌を口ずさむと、私は涙が出そうになってしまうのです。
 なお、詳しいことは 麻布十番商店街のホームページ をご覧下さい。

 今麻布十番にある女の子の像は、平成2年に商店街の方が建てたものですが、像が出来たその日から自然発生的に募金が像の前にされるようになり、今では毎年多くのお金が集まるようになって、恵まれない子供たちのために使われているのだそうです。いい話ですね。

有栖川宮記念公園仲良くのんびり
有栖川宮記念公園
仲良くのんびり

 麻布から麻布山善福寺の南を通って、有栖川宮記念公園に向かいます。ここは広々とした森や池のある公園で、園内には図書館もあります。池にはのんびりと鴨などが遊び、ゆったりとした空間になっています。東京都心にはこういうオアシス的な場所が多く、都民には貴重な場所になっているのですね。

 園を出て西へ歩けば広尾。雰囲気のいい店が並び、若者で賑わっています。新宿のようにあまりに人が多すぎると雑踏という感じになってしまいますが、広尾は少し落ち着いたショッピング街のようで、あわただしさがないのがいいですね。表通りから少し入ると高級住宅街ですが、そういう立地が街の雰囲気を作っているのかも知れません。

 広尾からさらに北西へ歩き、渋谷駅で今日の散歩を終えました。都心にもまだまだ楽しいところがたくさんありそうです。

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