| 漫歩計の | ![]() |
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寒い日が続くといってももう2月下旬。梅の季節となりました。今日は、梅で有名な湯島天神から、旧岩崎邸に立ち寄ったあと、東京大学の本郷キャンパスを散策してみました。文化の香り豊かな散歩道です。 地下鉄千代田線の湯島駅から、まず湯島天神へ。ここは第5回「湯島・上野公園」でも書きましたが、都内で有数の梅の名所。2年ぶりの再訪になります。紅梅はまだちらほらでしたが、白梅は5分咲きくらい。賑やかに梅まつりが行なわれていました。
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岩崎邸を出て北へ行き、邸宅の角を左に曲がります。ここからの緩い坂が無縁坂と呼ばれる坂で、名前の由来は坂の上に無縁寺があったためだそうです。森鴎外の「雁」の主人公、岡田青年の散歩道ということですが、私にはさだまさしの名曲「無縁坂」に歌われた坂、という方がぴったり来ます。「母がまだ若い頃 〜 僕の手をひいて 〜 この坂を登るたび 〜 いつもため息をついた」・・・この歌を口ずさむと、私は青春時代を想い起し、懐かしさで胸が熱くなるのです。
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東大の構内は歴史的建造物の宝庫でもあるのだそうで、確かに重厚なゴシック風の建物が多く、手の込んだ装飾や美しいタイルが見られたり、なかなか楽しいものです。一昔前に大学紛争のシンボルともなった安田講堂も、何事も無かったかのように堂々とした雰囲気を作っています。
もう10数年前のことになりますが、とある仕事でイタリアの最高学府、ボローニャ大学を訪れたことがあります。その時、ボローニャ大学と東大が明治初期に結んだ交流協定書を見せてもらいました。「姉妹大学」のようなものでしょうか? 当時はまだまだ日本は後進国で、しかも大学創立間もない時機に、先進国イタリアのトップレベルの大学とそんな協定を結んだというのは大したものだと思います。しかもひょっとするとその協定が今も生きているのかも知れず、歴史を感じます。ちなみに、その協定書に書かれていた大学名は「東京帝国大学」ではなく、単に「帝国大学」でした。その頃には、日本には帝国大学は東大1箇所だったので、「東京」という名はついていなかったのですね。
そういった歴史を振り返るまでもなく、日本の最高学府であるはずの東大ですが、今は果たしてその機能を十分果たしているでしょうか? 世界各国の大学と比べて、あまりにも官僚的で、保守的に過ぎないでしょうか? かつての覇気と進取性を取り戻してほしものです。
それにしても学生時代、懐かしいものです。私は京都で4年間を過ごしましたが、もしもう一度あの時代に戻ることが出来るなら、いったいどんな日々を過ごすことになるのでしょうか・・・。
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三四郎といえば、「迷える羊」(ストレイ・シープ)です。語源は聖書に始まる「神様は群れよりも一匹の迷える羊を気にかけている」という神の寵愛の対象を語る例えとして登場するものだそうですが、高校生の頃だったか、夏目漱石の「三四郎」を読んで、非常に印象的な言葉として心に残りました。
少しばかり人生経験を重ねた今、やはり人間は「迷える羊」であることがよく分かります。迷って迷ってそれでも迷って、一生迷い続ける存在なのだろうと思います。
とりとめのないことを考えながら、東大構内を出て、本郷三丁目に戻ります。途中、「近江屋」という喫茶店を見つけ、500円で飲み放題のドリンク(各種ジュースやコーヒー、紅茶となぜかボルシチも)で喉を潤し、おいしいエクレアを食べて、口の中も甘酸っぱくなって、家路につきました。