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  【漫画論】 「漫画賞」というものについて

「漫画賞」というシステムが発明されて既に数十年が経つ。
「漫画賞」は漫画家のステータスとして広く浸透し
今ではプロの漫画家になるには、何らかの賞を受賞しなければ
ならないという社会通念がまかりとおってしまった。
大学を出て数年間、フリーターをやりながらこの「漫画賞」というものに
挑戦してみて、このシステムに非常に大きな疑問を持つようになった。

「漫画賞」というシステムが発明されたのは
元来地方に住む人間など、出版社とコネクションを持たない才能が
雑誌に載る事ができず埋もれて行くという問題を解決する為の
システムだったと思う。
だが、今「漫画賞」システムは漫画文化を衰退させるひとつの原因に
なっている気がする。

率直に言って、漫画賞に受かるかどうかに一番大きく左右する
ファクターは「運」である。負け惜しみととってもらっても構わないが
事実そうなのだから仕方ない。
漫画賞においては、大学受験などと違い、難易度が公表されていない。
倍率の推移を計るファクターもなく、傾向と対策の立てようもない。
定員が示される事もないのだ。
出版社に在籍している漫画家の数が多くなると難易度が高くなり
少なくなると難易度が低くなる事は論理的に考えれば自明であるが
それを知るには特殊なコネクションが必要となる。
加えて編集者とコネクションができた人間を採用している空気さえ
存在するのだ。
これでは本来の目的である「コネクションのない才能を埋もれさせない」
という目的は果すべくもない。

少し話を反らすが、かつて漫画業界は
「貸本」と「雑誌」という二つの流通経路で成り立っていた。
「貸本」とは、かつて無数に存在していた小さな出版業者が漫画家個人に
単行本レベルの原稿を依頼し、それを買い上げて出版し、できた単行本を
レンタルする商業であったが、雑誌の隆盛と供に廃れていった。
ここで注目してもらいたいのは、そのシステムである。
「小さな出版業者が個人に単行本を依頼する」
同人編集がオリジナルで本を発行したら、やっていることは全く変わらないのだ。
つまり、今「同人作家」と呼ばれている「漫画賞」を受賞しておらず、雑誌にも
載っていない漫画を描く人々はかつてなら「貸本作家」とカテゴライズされる
「漫画家」として世間に認知されていたのだ。

貸本業界が廃れた今、オリジナルで高いクオリティの作品を発表している
同人作家であっても「漫画家」と名乗ることを許されない現実がある。
同人で描いている人々のHPを見回ってみても、相当のキャリアと実力を持つ
作家でさえプロフィールに「自分は漫画家」と描く事をしない。
社会に「漫画家」=「賞を取って雑誌に載っている漫画家」という社会通念がある
限り同人作家は「漫画家」と名乗る事を許されないのだ。
もっと極端な話をすれば、雑誌に連載を持った漫画家でさえ
連載が打ち切りになった途端に「漫画家」と名乗らなくなったりするのだ。

ちょっと考えてみて欲しい。組織に属さない限り漫画家でないという考えは
おかしくないだろうか?漫画家は会社員ではない。NECの社員が会社を解雇された
後に「私はNECの社員だ」と言ったら詐欺だが、漫画家は明らかに自営業である。
例えば貴方がオムライス造りに自信があり、オムライス屋になろうと思ったとして
まず最初にすることは何か?「オムライス賞」を取りにいくことか?
違うだろう。資金を調達し、店鋪を借り、オムライスを造り、お客に食べさせる
のではないだろうか?
神聖なる漫画家という職業をオムライス屋なんかと一緒にするなって?
自惚れるな。漫画家など数あるサービス業のうちのひとつにすぎない。

さて、俺の言ってる事は漫画でうまくいかないから精神のおかしくなった男の
戯言か?それとも正論だろうか?
まあそれは、今後俺が作るであろう「オムライス」の味が証明してくれるだろう。