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今日は「キャラクター決め」という、人間の社会で
行われている「儀式」について考察してみたい。
いつものよーに長文になるので、覚悟を決めて読んで下さい(オイ
ハイいきます

一般的に
学校とか、職場とか、バンドとかバイト先といった
人間が所属するローカルな小集団においては
その場所に所属した瞬間から1ケ月間位の間に
「キャラクター決め」という「儀式」が行われる。

そこで人間は、

天然キャラ、いじられキャラ、優等生キャラ
仕切りキャラ、ダメ人間キャラ、モテキャラ
ひょうきんものキャラ、ネクラキャラ

などのキャラクターが与えられ、殆どの人々はそのキャラクターを
御苦労なことにきちんと演じ続ける。
ローカルな小集団内で与えられたキャラクターが、その人の
個性を明確に表しているかと言えば、実はそうではない。
極端な例を言えば
家庭では「ひょうきんものキャラクター」を与えられた為に
自分の家では冗談ばかり言っている人が
学校では「ネクラキャラクター」を与えられ
クラスでは無口、などということも十分にありえるのだ。

にもかかわらず、与えられたキャラクターを人が
演じ続けるかと言えば、ローカルな小集団において
「キャラクター決め」という「儀式」は
かなり強い同調圧力を持っており
破ると「無視」や「村八分」という形で制裁を受けるからである。

例えばクラスで「ネクラキャラ」というキャラクターを与えられた
Aさんが、突然ものすごい勢いでネタトークを始めようものなら

「あいつは最近生意気になった」
「あいつは最近おかしい」
「どうしちゃったの?Aさん」

などの陰口を叩かれるようになり、ローカルな集団内に
微妙な空気が流れるようになる。
こうなるとAさんは孤立することになる。
気付くとお昼の時間にひとりで昼食を食べていたり
修学旅行のグループ決めで一人だけあぶれてしまったりするのである
誠に恐ろしい事である。

僕は個人的にこの「キャラ決め」という儀式が嫌いで仕方がない。
ニホンザルの猿山で行われているボス決定戦と同レベルだからだ。
何故神より理性を授かりし霊長類の頂点に存在する人類が
所詮は獣に過ぎないニホンザルと同レベルの儀式を行い、
その結果に一喜一憂し、粛々と従わねばならないのか?
実にきゅうくつではないか。
人間には楽に生きる道があるんじゃないだろうか?
ひょうきんものキャラを与えられた集団内に突然半分鬱病状態で
突入してみたり、天然キャラを与えられた集団内において
突然もっともらしいことを言ってみたりしても、笑って済まされるような
おおらかな仲間と共に暮らす方が、誰だって楽しいに決まっている。
そろそろ僕達は、このサルと同レベルの「キャラクター決め」と
いう「儀式」から脱出し、新しい人間関係構築の方法を
作り上げる時期に差し掛かっているのじゃあないか、なあどうよ?
ドラクエだって、戦士から賢者に転職しても他の仲間が
ブーブー文句言うなんて仕様はないのに
現実世界でそれができないとは一体何事なんだ
皆そう思うだろう?どう思うよ?
思わない?キャラ決め、存在したほうがいい?どうよここ?
ねえ、ねえったら、答えてよ!ダーァリーン!!
うわキモッ!!!!!自分で言ってて自分でキモッ!!!!!!
自爆キモッ!!!!!もひとつキモッ!!!おまけにキモッ!!
しつこいキモッ!!!!!!!!!!

以上でしたー