
第20回 靖国神社を説明すること(2001/8/11) 靖国神社を初めて訪れたのは、高校生の時であったか。
僕の親族にも戦死者がいる。母親の叔父にあたる人で、今でも遺骨はインド洋の海底に沈んでいるはずだ。当時まだ学校にも行っていなかった母親だが、英霊の帰還をよく覚えていて、白い木箱を抱え、白布でその箱を首から下げた人々が行列を作って帰ってきた。そのうちのひとつが、叔父の箱だった。もう今は亡い僕の祖父、英霊の兄がそれを受け取った。
祖父は黙って家に帰ったのだが、家に帰って木箱を空けると安っぽいガラス瓶に、叔父の名前が書かれた木札が入っていただけだったという。子供心に印象が強かったのか、母親はこの話を何度も語っていた。
大叔父のような戦死者たちは、「柱」という文字をその名前の後ろに贈られる。比喩は悪いが「人柱」の柱で、つまりは神様扱い、ということだ。そして、近所の護国神社にまつられて、英霊扱いされる。靖国神社は、そうした全国の護国神社の総本山的な存在である。
つまりは、靖国神社とは何なのか、という話だ。
梅原猛のような文化論者を待つまでもなく、古来より日本人は伝統的に死者の霊魂を独特の仕方で神格化し、まつってきた。その特徴を短く語るのは簡単ではないが、他の文化圏との際立った特徴は、人を容易に神格化してしまうことである。典型的な例は菅原道真(天満宮の祭神)や、最近ブームの安部晴明もそうである。列聖されることはあっても彼ら自身が崇拝の対象になることはないキリスト教文化圏とは大きなちがいだ(現実には聖人が崇拝の対象になっているのだが、それを公認しないという意味で)。
そしてもう一つの特徴は、死者について善悪の判断を避けることだ。霊魂になってしまった以上、生前の所業とは関係なく神格化することで魂を鎮め、ひいては霊魂が現実世界に影響を及ぼさないようにする、ということである。例えば菅原道真は皇位継承をめぐる陰謀を疑われて都を追われたのだが、神格化することでその怒りを鎮めようとした。これも、サタンの使いとして処刑されたからには未来永劫サタンとして扱われなければならないキリスト教文化圏のみならず、死者に対して徹底した善悪判断を施す儒教文化圏とも大きな違いだ(中国共産党の苛烈な断罪もまた、その伝統の上にある)。
むろん、靖国神社を始めとする国家的な神格化が明治時代に行われたことは事実だ。桓武天皇は約1200年前のいささか風変わりな天皇だが、彼が神として平安神宮に祭られたのはいまから約100年前、すなわち、平安遷都1100年のときだった。そして戊辰戦争以来の戦死者を祭るべく全国に護国社、そしてその中心として靖国神社が整備されていったことは、あたかも聖武天皇が全国に国分寺、そして都に総国分寺として東大寺を創建したのと同様、そのシステムを使って国家機構を掌握しようとした意志を感じさせる。その特異性はあるが、しかし、それは間違いなく、この国の文化が持つ特有の死者に対する考え方の延長線上に、近代国家の権力装置をかぶせたものなのだ。
人間の神格化と、生前の所業を問わない、ということ。このことが、諸外国には理解されにくい。そしてそれが、靖国問題をややこしくしている。
靖国問題の大きなポイントのひとつは、A級戦犯合祀の問題だ。中国がこれまで内々にA級戦犯の分祀を求めてきた。東京裁判で、戦争の責任者とされた人間に対し、たとえば内閣総理大臣が頭を下げる、という行為が近隣諸国の感情を逆なでしていることは否めない。
個人的には戦死者ではないA級戦犯が合祀されていることに違和感を覚えないわけではないが、むろん彼らも軍人であり、そして、生前の所業は問わず死者に対しては等しく追悼するというこの国の独特の慰霊のしかたにならえば、彼らが合祀されていることにも一理はある。より政治的には東京裁判は戦勝国による一方的な裁判であり、われわれは関知するところではない、という見解もあるだろう。これもまた一理はある。
しかし、これらはいずれもドメスティックな一理に過ぎない。だからいけない、ということにはならないが、首相や閣僚の靖国参拝が対外的な問題である以上、そのドメスティックな論理をきちんと説明し、コミュニケーションを図る努力をしなければならない。
まず、靖国神社が、戦前に国家的な役割を果たした神道でありながら、日本の伝統的な慰霊の形式の上にのっとったものであり、国家神道的なものではない、ということを説明する必要がある。その上で、A級戦犯合祀の問題については、もし合祀を続けるのであれば、これが日本的な、生前の所業を問わない慰霊の形式であることを説明しなければならない。
説明するにあたっては、慰霊としては生前の所業を問わないが、しかし、彼らの行動や政治的判断がなぜ「敗戦」という過誤に結びついたのかを、われわれ日本人自身の手で明らかにする必要がある。これは東京裁判を否定する論者に対する批判にもなるのだが、結局のところ、この問題がごちゃごちゃしているのは、われわれ日本人自身が、先の戦争の過程や結末についてきちんとした(これは自主的、あるいは国家的なといってもいいが)検証を行わず、さまざまな諸外国の批判を言いなりになって受け入れてきたため、その検証に責任を持ちえないでいるからなのだ。事実、戦争過程についてのまともな研究は諸外国のものがほとんどで、それはすなわち、敗北から得た史的教訓として活かすには、われわれが持っているものはあまりにも貧弱だということを意味している。
A級戦犯の合祀にこだわるのなら、「われわれは伝統的な考え方に基づいて彼らを等しく祀る、しかし、現実的には、われわれは彼らについてこのように考えている」ということを提示すべきだし、そのことが、東京裁判を否定するナショナリスト的姿勢を建設的に展開していく上での第一歩である。「人は誰しも過ちを犯す」というのは真理ではあるが、それを弁明の鍵として過誤を免罪していてはいつまでたっても責任ある政治家は生まれないし、現在も日本はそういう状況にあるのだ。
国家は、常に外国との関係の上で国家として初めて存在する。主権はあっても、自立的な存在ではないというジレンマを抱えている。であれば、ドメスティックな理論を国内で騒ぎ立てるだけでなく、きちんと外国に向かって説明する必要があるのだ。僕はナショナリストだから、首相の靖国参拝は究極的には当然だと思うが、現在の状況で、つまり諸外国への説明の努力を怠った状態で参拝することは、いたずらに対外関係を悪化させるだけにしかならない。だったら、そういう国益を損ねかねない行動はやめたほうがよいのではないか、というのが僕の見解である。