第79回 (ちょっとだけ)懐かしや橋龍(2002/01/30)

 

 今日、タクシーの運転手さんと話をしていた。
 ラジオは参議院の予算委員会の中継をやっていて、わかっていて苛む野党議員の声と、歯切れの悪い首相の答弁が続いていた。

 タクシーの運転手さんは、当然のことながらアンチ宗男&真紀子シンパである。まあ世間の大半の人がそうであろう。そしてまた、今回の人事が、野中&青木の経世会コンビ+森前首相のラインに小泉さんが押し切られてしまったことも明々白々である。

 そんなわけで、運転手さんはアンチ経世会だ。
 小泉さん自身も、最大の抵抗勢力を経世会に見据えている。青木前幹事長が料亭で「人を悪者にして人気を取ろうとするな」と首相に噛み付いたとおりである。

 

 経世会といえば、橋龍さんである。
 橋龍さんは大変評判が悪い。たしかに、脂ぎった黒い顔といい、あからさまに二世意識の強いエリート風情といい、つけすぎとしか思われないポマードといい、あんまりいい心象を与えない。
 おまけに、回復基調にあった消費心理に「消費税アップ」という強烈なパンチを食らわせ、ついでに銀行にン兆円の公的資金を注ぎ足し、そのうえ財政引締めに走った。
 ようやく回復しかかっていた日本の景気をぼこぼこにした。
 不評は当然である。タクシーの運転手さんも、「あいつが税金で銀行を救おうとしたんだ」と怒りの矛先を橋龍に向けていた。

 あの当時、というのは5年ぐらい前になるのだが、僕も怒っていた。税金を投入して危機を回避し、責任を逃れようなんてとんでもない、と怒っていた。
 しかし、現在の小泉政権の姿勢と比べれば、「税金を投入して危機を回避」しようとしただけでもましだったのはないか、と思うのだ。小泉さんは不良債権を2〜3年のうちに片付ける、と言っているが、いっこうその気配を見せない。橋龍さんはあのとき、「半年でかたをつける」と発言し、実行にかかり、景気の腰を折って国民の総スカンを喰らい、選挙で大敗して退陣した。

 

 ひょっとしたら、反省すべきは国民のほうかもしれない。

 現状から振り返れば、あのとき、「痛み」を覚悟で危機の回避が行われていれば、まだましだったかもしれないのだ。

 運転手さんは「赤字やら銀行救済のために税金を使うなんてとんでもない」という。そのとおりである。しかし、残念ながら税金を使わなければどうにもならないレベルまで来ている。不良債権はン十兆円という膨大な額の資金を注ぎ込んでもいまだ解決していない。おまけに銀行の経営陣が責任が発生するのを恐れていつまでも情報をクローズしているから、決着しない。

 いま不良債権を一気に白日の下にさらして、そのための資金をつぎ込めば、軽く100兆円行くだろう。これだけの額を持っているのは残念ながら、税金しかない。

 さらに膨大な財政赤字がある。財政赤字は「投資」であり、その「投資」によって景気がよくなれば返せるのだ、という議論がむなしい額、660兆円もある。その上今年度予算で30兆円弱また増えてしまった。GDPがたとえ10%伸びて税収が10%増えたところで返せる額じゃない。地方債を入れるとこの額はざっと1000兆円になる。おまけに、資産の10倍もの借金を財政投融資からしている道路公団をはじめ、さまざまな特殊法人・公益法人の借金が明るみに出たら1500兆円になるという試算がある。

 性質が悪いのは、そうした公益法人などの借金は財政投融資、つまり郵貯などからの借金だから、これも国民の金が使われてしまうのだ。

 日本の個人資産は1400兆円ある。国全体としてはまだプラスである、だから大丈夫、という議論があるが、これは最低だ。国や銀行、法人などの放漫経営のつけを国民の金で補おうというのだ。ほんとにそんなことになったら暴政以外のなにものでもない。

 竹中さんなどは1400兆円を1%運用したら14兆円だ、だからみなさん運用しましょう、というのだけれども、これだけの低金利で1%の運用が確実にできるところがあったら教えてほしい。1%の金利上昇は不良債権を抱えた銀行の利益を吹っ飛ばしてしまうからせいぜいプラスマイナス0だ。あるいは無責任な外国の投資家に国民の資金を委ねるかしかない。

 どっちにしても売国的行為だ。

 

 結局、「だから大丈夫」という議論は次のどちらかになる。ひとつは、課税による個人試算の吸い上げ。消費税を25%にすれば、国債の利回りをフォローできる、という。こう書くとなんでもないようだが、内実を考えるとすごい話だ。消費税を25%にしても、政府の借金の「利子」しか払えないのだ。元本まで返そうとすると、税率を40%まで上げなければならないという。

 橋龍政権の痛みを拒否した国民がそんなものに賛成するわけがない。そこで、第二の策として人為的なインフレという手段がある。インフレになれば1円の価値は減少するから、財政赤字も不良債権も目減りする。その代わり、個人の貯金も目減りする。やっていることは「吸い上げる」という意味では同じだ。

 しかしまあ、危機的な状況であることには変わりなく、使われるのは致し方ない。その代わり、この上無益な山の中の林道を作ったり、誰も走らない高速道路を作ったりするのに使うのはやめてほしい。そんな暇があったら直接借金の穴埋めにしてもらったほうがまだましだ。

 とまあ、ここまでは猪瀬直樹さんをはじめとしてみんなが言っていることだ。
 だが、覚えておいたほうがよいことは、もし橋龍さんのときに同じようにして税金を使って処理をすれば、おそらく、使われる税金は半分で済んだのではないか、ということである。

 

 橋龍さんの「半年でかたをつける」という行動が景気の腰を折って「痛み」を発生させた。そのことを国民は拒否した。そのため、次の小渕内閣は公的資金もつぎ込んだし財政政策も拡大した。2000円札と地域振興券という、経済モラルを堕落させる上では史上最低級の経済政策もやった。もっと最悪なのは、国民がそれに心地よくなってしまったことだ。世論の支持が与えられたために政府は政策を継続し、日銀は正面切って通貨価値を維持する金融政策を半ば放棄した。

 小渕さんが急死して森さんに代わっても同じだった。ダボスで森さんが日本経済についていえたことといえば「大丈夫」の一言だけで、実態の把握も危機の認識もなかった。

 もし頑張って、橋龍さんのときにやっていたら。
 そうとうひどいことになっていただろう。でもいま迫りつつある破綻のリスクと比べれば、それでもましだったのではないか、と思うのだ。

 もちろん政治は、風を読むことも大事だ。
 橋龍さんのときには世論がそれを受け付けなかった。小泉さんの今なら、それをやるチャンスはある。国民は一応「痛み」を引き受ける覚悟があるといっている。

 むろん、ほんとにあるのかどうかしらない。誰か隣の人に痛みが降りかかって自分には来ないと思っている人が大半だ。タクシーの運転手さんですら「構造改革ってほんとにやってほしいですねえ」といいつつ、タクシー業の自由化については「よぼよぼのじいさんが運転してんですからひどい話だよ」と言って反対なのである。

 小泉さんも、道路問題だけで相当疲弊した感じがある。次の手が打てないのに、外務省のごたごたに巻き込まれた。
 ほんとにやるのだったら、韓国でやったように「半年でやるから、一年は我慢してくれ」ということでなければならない。だがそれを言えない。虎視眈々と族議員は利権の確保あるいは拡大を狙っている。外国資本によってこの国がめちゃめちゃにされないかぎり、彼らの目はこれまでどおり、自分の権力と財産を拡大することにしか向けられないだろう。

 橋龍時代を批判したい気持ちはわかる。しかしもう、橋龍さんが帰ってくることはない。よかれあしかれ。
 むしろ、大事なのはここを逃すと、われわれはさらに倍の税金を使う羽目になりかねない、ということを思い出したほうがいい。

 もっとも、そうなる前に破綻がやってくる可能性も高い。案外そのことのほうがいい結果を生むのかもしれない。誰が人柱になるかは知らないが、である。
 だが破綻はないにこしたことがない。自力で何とかできる可能性があるならばそれに賭けたほうがいい。橋龍否定、小泉万歳の狂騒に浮かれている場合ではないのだ。


 トップページへ   孤言的時評一覧へ


[PR]田丸麻紀さん愛用ダイエット:大人気サプリメント!注文殺到中です