

第119回 蝶野正洋の「義憤」(2002/08/27)
新日本プロレスの夏のビッグ・イベント、「GTクライマックス」が今年も終わった。去年は、転勤のお祝いに後輩から両国国技館のチケットをもらって見に行ったのだが、今年は仕事の都合で見られなかった。そういうわけで、テレビ観戦となった。
今年の決勝は、新日本たたき上げのベテラン蝶野正洋と、全日本、ノアと渡り歩いてきた高山善広の対戦で、蝶野が苦戦の末勝った。もちろん僕はナイーヴなプロレスファンではないので、ここで蝶野が負ける「わけがない」と信じていた(その理由を話すとまた長くなるけれども)。
だから試合そのものはどうでもいい。面白かったのは、試合後である。蝶野、天山、永田、中西といった新日本叩き上げのレスラーたちと、高山、藤田、安田の外部のレスラーたちがにらみ合いをするなかで、蝶野がこう言い放ったのだ。
「俺たちは一年に130試合も150試合もやってこのリングを守ってきたんだ。てめーらみたいに月に1回だけ試合しているようなやつらに文句言われる筋合いはねえ!」
これはすごい一言である。いままで言いたくて、誰もいえなかった「義憤」とでもいうべきものだ。場内の「プロレス」ファンからは大歓声が沸き起こった。ファンも、レスラー自身の口からやっと出たこの一言に共感したのだ。
いったい何が、この言葉を正義たらしめているのか。この「義憤」の根源を今日はルーツを見ながら探ってみたい。
プロレス人気が凋落していた1980年代の後半から話を始めよう。凋落の理由は、プロレス特有の茶番劇度が増したことにある。謎の奇襲を繰り返す海賊男とそれを操るドクター若松や、明らかに誰が誰だかわかってしまうマシン軍団の登場は、ものの分別がつかぬ小学生の僕ですら十分白けさせてくれるものだった。それに嫌気がさした前田日明、高田延彦、佐山聡(タイガーマスク)らは新日本を離れた。
その凋落を救ったのが、90年代に登場した「闘魂三銃士」と呼ばれた橋本真也、武藤敬司、蝶野正洋の三人である。大きなガタイを生かした橋本の豪快な戦いっぷり、派手にショーアップされた「アメリカンプロレス」スタイルを巧みに取り入れた武藤敬司、そして、若いながらも玄人好みの渋い技で長いファンをも唸らせる蝶野正洋。個性豊かな三人の戦いは新しいファン層をつかんでいった。
だが、それは、常に自分が注目され時代の中心にいないと気がすまない新日本の総帥・アントニオ猪木の活躍の場を奪うことでもあったのだ。
新日本プロレスを引退後、猪木は総合格闘技のプロデューサーとしての立場を見出す。すでに猪木の引退時点で、立ち技総合格闘技としての「K-1」がかなりの人気を獲得していた。また、現在では世界最高峰の格闘技イベントとなった「PRIDE」も、これから急成長の兆しがあった。
これら「総合格闘技」の特徴は、東京ドームや横浜アリーナといった巨大な会場に一挙に数万人を集客し、高額なファイトマネーを払って有望な選手をかき集め、客が望むマッチメークをする点に特徴がある。一晩で巨大な金が動くイベントであり、成功のためにはブローカー的な嗅覚が必要となる。(実際、PRIDEを主催するドリーム・ステージ・エンターテインメントの森下社長はかなり優秀な経営学博士であり、逆に格闘技には素人である。)
猪木は、この、一晩で巨大な金を動かす山師的なビッグイベントのプロデューサーとしての仕事に乗った。むろん主催者側としても、格闘技の神様である猪木が乗ってきてくれることは莫大な広告的効果をもたらす。そしてそこでは、紛れもなく、世界最高レベルの試合を見ることが出来る。どうだ、文句あるか。
しかしそれは、入団間もない若手が前座を務め、メインに近づくにつれて選手同士の構想を意図的に煽り、そうした試合を全国津々浦々、○○市民体育館というようなところで千人程度の客を集めながら行脚し、年間150試合近くをこなす「純プロレス」のスタイルを否定することにつながる。現に猪木は、藤田、安田といった子飼いのレスラーを新日本に送り込み、新日本の選手を無残に打ち負かすことによって「否定」を挑んできた。
そうした猪木のやり口に、すでに新日本の中にもあきらめが出ている。猪木の刺客としてやってきた小川直也にズタズタにされた橋本真也は別のスタイルを求めて新団体を旗揚げした。武藤敬司は、禁じ手ともいえるライバル団体・全日本への移籍によってそれでも「純プロレス」をやりたいという意思を明確にした。長州力と、長年新日本を経営してきた永島はともに新日本を退団し、新団体を立ち上げようとしている。
そんななかで、蝶野だけが新日本に残った。
彼は大変頭のいいレスラーである。彼のプロレス解説はほぼ完璧だ。「どっちの料理ショー」に出演してもソツなくコメントをしてしまう。彼の頭脳は、猪木によって混乱させられている現状の問題点を的確に捉えている。
そのさいたるものが、レスラーの契約形態だ。レスラーの契約は、入団契約を別とすれば基本的に単年契約であり、毎年その契約を更新することとなる。これは、スポット参戦の外国人選手ばかりではなく、すべての選手がそうなのである。
ここに、新日本のような「純プロレス」団体の弱味がある。「純プロレス」団体は経営を継続するために、若い才能のありそうな選手をスカウトし、入団させ、育成する。この間に膨大な投資が行われるわけだ。ところが、その投資が実りようやくこれからトップレスラーとして活躍する、というときに、「PRIDE」のような総合格闘技団体から引き抜かれることになる。毎年契約を更新しているので、辞めるのは、入社契約だけしかないサラリーマンよりも簡単だ。契約延長を拒否すればよいのだから。
総合格闘技団体の契約形態は通常、トータル○試合出場、というような義務契約だが、試合数はせいぜい5試合とか7試合なので、「純プロレス」よりもはるかにやりやすい。どうしても選手としては総合格闘技のほうに気分が行ってしまう。
それを経営努力という言葉で片付けるのは簡単だ。だが蝶野の怒りはその向こう側にある。「純プロレス」がなければ「総合格闘技」は存在できないのだ。猪木ですら純プロレスの出身であり、猪木が刺客として送り込む藤田も安田もどこでプロとしてのレスリングを覚えたかといえば新日本プロレスのマットであった。
投下した資本の果実が実る、その瞬間を大枚叩いてさらっていくことが「経営努力」なのか?それだったら資金というものを通じて必然的に、「純プロレス」は隷従組織になってしまうではないか、そうした意図が蝶野の「抵抗」の中に見てとれる。それが「純プロレス」のいわば「プライド」である。蝶野が突然呼びかけた大同団結は、「客が呼べるの?」と軽蔑しながら自分だけは時代の潮流に乗っている猪木へのプライドの表明である。
むろん、このプライドが単なるルサンチマンの表明に終わってはつまらない。蝶野にはある程度の成算があるだろう。かつて同志だった橋本が猪木から絶縁されながらも、ZERO−ONEという団体を率いて支持されるプロレスを展開していること、そればかりか、かつて猪木の刺客としてやってきた小川すら自分の側に取り込んで彼にプロレスの面白さを存分に知らせていること。あるいは武藤が、全日本というライバル団体に乗り込んで独特のショーアップされたプロレススタイルを展開していること。のみならず、闘龍門やWEWといったメディアとも資本とも結びついていない団体もきちんとした支持を獲得して成功していること。
こうしたことが、蝶野の頭の中では成功例としてインプットされているだろうし、彼はそれを冷徹に分析もしているだろう。目指すところは、その「世界」の中で、スーパースターのみが大金を積まれて活動できるのではなく、下積み、中堅を含めた各個性がそれぞれの役割を担いつつ混在している複雑で解決のない「社会」である。そうした「社会」をプロレスの「世界」の中で擬似的に構築することが、むしろ、一般社会への訴求力を持っていると蝶野は考えているようだ。
それはさらにいえば、エンターテインメントと社会が持つ関係にまで話が及ぶ。スーパースターのみが尊敬される社会にあっては、プロレス界もそれが投影された姿をみせる。PRIDEを中心とした現在のあり方はまさにそうなのだが、いっぽうで、レスラーがそんなにパッシヴでいいのか、という「義憤」が蝶野の中にはあり、それがついに冒頭の言葉になって出てきたと言っていいだろう。単に客のデマンドに答えるだけではない、供給側からの自己主張。それが、最も社会を投影するエンターテインメントの中でいかほど成功するものか、これから蝶野の手腕が見ものである。s