

第120回 「恨」在北朝鮮(2002/09/17)
いったい、今日の日朝会談をどう受け止めればよいのか。
11人とされていた拉致被害者のうち6人が亡くなっており、それ以外にも2人が北朝鮮で死亡していた。何のために。いくら敵国とはいえ、何のためにそんなことをしたのか。
30年近い空白があるとはいえ、ほとんどの人がまだ60歳前である。そんなに死ぬのか。そんなに食糧事情が悪かったのか。あるいは、その存在が日本に伝えられ、存在そのものが厄介になったときに、平壌を追われてどこかで死んでしまったのか。あるいは殺されたのか。
生存者の人たちは、小泉首相と面会することを拒んだという。北朝鮮当局が拒んだのかもしれないが、残された4人が男女2組というところに甚だ意図的なものを感じるとすれば、あるいは党官僚になっていて、日本の要人と会うことを怖れているのかもしれない。いずれにせよすべては謎のままで、憶測ばかりが拡大する。
死亡が伝えられた横田めぐみさんのご厳父は、涙ながらにも気丈に話していた。実の親としては絶望的な状況である。そのなかにあって言葉を選ぶことは困難なことに違いない。拉致議連の石破代議士、平沢代議士の言葉が空回りするだけに、その強さが響く。こういうときには、被害者だけが語ることを許される。われわれは黙してその声を聞くべきだ。間違っても、その悲しみを騙って正義を語ってはならない。
さて、首相の訪朝は成功したのか、失敗したのか。
成功といえなくもない。かりにも、あの金正日総書記に「すまなかった」と言わせた。むろん、拉致事件は「妄動主義、英雄主義的な」行動を志向した一部特殊部隊の行動であり、不審船ははねっ返りの行動で自分は預かり知らぬ、といってもである。
経済的に、また政治体制的に、そこまで北朝鮮が追い込まれていた証拠であろう。いますぐにでも日本のカネが欲しいのだ。そしてそのタイミングにつけ込んだのは、悪くない選択である。ミサイル問題にしても、今後の正常化交渉にしても、北朝鮮にそれほど痛いカードを切らせたわけではないだろうが、それでも、総書記の直筆サインを勝ち取っただけでも、あの異常な国との交渉としては成功というべきかも知れない。
だが失敗でもある。個人的にはそういう印象が強い。かりにも総書記が犯罪行為を認めたのであれば、ふつうの手法で(決して戦争行為ではないわけだから、日本政府への関係者の引き渡しを求める等)論理的に攻めることもできたはずである。
もちろん、それには日帰りは短すぎる時間だ。なぜ、日帰りにこだわったのか。アメリカとの関係があったのか。短い時間で席を立ってしまっては、拉致されてまだ生き長らえている人たちの安否のみならず、その正論が成り立たない。短い時間ならば、とりあえず、話し合いの扉を開いておいて、それからじっくり、という判断になるのは致し方ないのだろうが、それにしても、である。
政治的判断としては悪くないのだろう。韓国は、金正日総書記が曲がりなりにも謝罪の意を示したことを驚きをもって受け止めているし、アメリカも、文書にミサイル実験の話まで盛り込まれていることには驚いているはずだ。本来ならば、アメリカと北朝鮮の間で話し合うべき事項なのだから。(むろん、総書記は日本を通してアメリカにサインを送っているわけだが。)
それにしても、素直に成功と喜べない。ここまでの時間が長すぎたのだ。工作船で楽々と入り込み、工作員を送り込んで人をさらおうが何しようが勝手、よしんば帰りに工作船が見つかっても日本の船は何もしてこないのさ、と嘗め切った態度をとられた時間が長すぎたのだ。
そして見えてきたことといえば、日朝国交正常化交渉の再開。だが、再開の先にある「正常化」ははるかに遠い目標としてしか存在しない。交渉の再開だけならば、何も目新しいことはない。もともと、「ありもしない拉致疑惑を騒ぎ立てている」と言って交渉の席を立ったのは北朝鮮のほうなのだ。
小泉さんひとりの、現政権ひとりの責ではない。ここ30年ほど、北朝鮮に対して融和的でありすぎた政府の責である。思えば、金丸・田辺訪朝団(この55年体制最後の両巨頭は、腐った自社体制の象徴だった。こちら参照)が平壌を訪れたときには既に拉致問題は明らかだったのに、社会党の田辺国対委員長はそのことをおくびにも出さなかった。拉致被害者の家族の方が、「社会党の方、共産党の方、何か言いたいことがあればお電話ください」と吐き捨てていたが、そのとおりである。「朝鮮労働党を通じて『拉致はない』と聞いてきたので、今回の発表は驚き」という土井社民党委員長の発言は笑止にすらあたらない。
コメ支援も何の効果もなかった。ただ北朝鮮の現体制を支えるに寄与するだけで、何も進展しなかった。厚意を伝え続ければうまくいく、という市民運動的な発想がいかに無駄であったかの証であり、それからすれば、よくわからないけどとりあえず敵国に乗り込んだ小泉首相の蛮勇のほうを讃えたい。そして、今回の訪朝にはリターンがあった。大きいリターンではあると思うが、しかし、蛮勇でかけたリスクにしては小さなリターンだったように思う。
いまひとつ成功感に欠ける理由は、もうひとつ、日本がどうしても北朝鮮問題において主体的足りえない、ということを露呈した感があるからかもしれない。
基本的に南北朝鮮の問題は、韓国と北朝鮮のどちらが主力となって半島を統一するか、ということがテーマである。ということは、米中という両大国の問題である。これまで拉致被害者の存在すら認めてこなかった北朝鮮が、亡くなったと伝えられる有本恵子さんの件から急激に態度を軟化させたのは、昨年のテロ事件以降のアメリカの強硬姿勢があり、また、昨日の日記に書いたように、アフガンでアメリカの軍事力を目の当たりにしてちょっとびびった中国の姿勢があるからに相違ない。
そんな情勢の中で、ろくな軍事的、政治的プレゼンスもない日本がどのように主体的にかかわりうるというのか。まして相手は、(宗教国家を別とすれば)世界でも数少なくなった独裁国家である。上にも書いたように、正常化交渉を中断させたのは向こうの都合だった。今回だって、状況の変化によって(たとえばアメリカがイラク攻撃にコケる、など)いつまた素知らぬ顔で席を蹴るかわからないのだ。そういう国をわれわれは相手にしていることを忘れてはなるまい。
植民地時代の日本による強制連行等の政策は、半島の人々に大きな「恨(ハン)」を残したといわれる。だが、異論を承知でいうが、植民地政策は日本の主体的な政策で行われただけに、まだしも議論に質感がある。
しかしながら、日本と北朝鮮という体制も価値観もまったく相容れない国どうしで、なおかつ、この両国が主体となり得ない国際情勢の枠組みのなかで行われる交渉には、どうしても言葉に虚しさがつきまとう。その空虚な構造の中で、両国の国策(北朝鮮の策略と日本の無策という意味で)の犠牲となった拉致被害者の方々の人生に、どんな質感があったというのか。
自分とは無縁な彼ら/彼女らの生き様・死に様を知りたいという僕自身の欲求は、興味本位ではなく、その欠落を埋めたいという欲求であるように思う。そうでなければ、彼らの死が単に国策に翻弄されただけであり、残るものはやり場のない「恨」であるように思えてならないからだ。その心情的な不安定に決着をつけることは日本人のひとりとしての僕自身にとっても大変困難であるし、これから正常化交渉に臨む日本政府にとっても大きな重荷になるだろう。