

第130回 暴支膺懲?(2003/01/06)
日本と中国・台湾の間で領土問題となっている尖閣諸島を、日本政府が地権者から借り上げていたことがわかった。日本政府として断固とした意志を示すつもりだったのか、それとも、権利を借り上げておいてはねっかえり右翼団体に余計なことをさせず、中国や台湾を刺激したくなかったのか、おそらく真意としては後者のほうだろうけど、とりあえずやるべきことはやっていた、という感じだ。
ところが、これに関して、阿南中国大使がなんと深夜に中国に呼び出され、事実上の警告を受けた(こちら)。「日本側は誤ったやり方を改め、中国領土と中日関係に悪影響を及ぼす行為をやめるべきだ。」これに対して大使は、「尖閣諸島は日本固有の領土であることは歴史的にも国際法上も疑いない。中国側の主張は全く根拠がない」と回答したという。昨年5月の瀋陽領事館事件でかなり株を下げた阿南大使だが、一応、言うべきことは言ってもらった。
今日は、日本の領土問題の話だ。
言いたいことはいろいろあるが、どう言い逃れても、日本は、前回の戦争に負けた。戦争が侵略戦争だったか自衛戦争だったかなんてのは、それ自体理念的には意味のある議論だが、現実的には負けたということが重要なのだ。アメリカにはコテンパンに負け、イギリスには負けた。中国には負けたかどうか微妙なところだが、勝とうと思った戦を勝てなかったことをもって負けと言われても仕方がない。
戦争に負けたために、日本は多くの領土を失った。千島列島、南樺太、朝鮮半島、台湾、南洋諸島、南西諸島、沖縄、小笠原諸島、である。実に、大日本帝国時代の50%弱の領土を失ったのだ。この領土喪失は昭和27年のサンフランシスコ講和会議を以って一段落した。この会議で現在の日本の領土が確定し、その後昭和35年の小笠原返還、昭和47年の沖縄返還を経て現在にいたっている。
だが残念ながら、いまだ解決していない領土案件を日本は三つ抱えている。ロシアとの北方領土問題、韓国との竹島問題、そして中国・台湾との尖閣諸島問題だ。
北方領土問題、竹島問題はさらに残念ながら、敗戦という弱味ゆえに持っていかれた領土である。北方四島にはロシア軍が今も駐留して「日露戦争で日本帝国の膨張主義に奪われた領土を奪回したもの」ということになっている。日ソ不可侵条約を一方的に破棄した非を責めることはできるにせよ、戦争で持っていかれたものを取り返すにはちょっと戦争以外に手がなさそうで、現実的には難しい。
一応島根県に属している日本海上の小島・竹島は、「あれは東海上に浮かぶわが国固有の領土・独島だ」と主張する韓国軍がヘリポートを作っている。戦時中上海に作られた大韓臨時政府首班の李承晩は、戦後、韓国が日本を追い出したかたとして彼は対馬を欲しがったらしい。根拠は、江戸時代、対馬藩主だった宗氏が朝鮮通信使の往来を可能にするため、便宜上、京城の李王朝に服属するかたちをとっていたからである。しかしさすがにこれをアメリカに窘められ、変わりに分捕ったのが竹島だった。竹島にはいまも韓国軍が駐留していて、これを巻き返すにも自衛隊に出動願うしかないが、現実にはそれも難しい。
しかし、尖閣諸島はいまのところ日本が実効支配をしている。日本も無用に中国・台湾を刺激したくないのだろう、人を住まわせたり建築物を構築したりはしていないが、実効支配をしていることは明らかだし、中国軍も台湾軍もやってきていない。ここだけは、いわば分がいい係争地なのだ。
分がいいのにはわけがある。戦後、沖縄がアメリカの管轄下に置かれたとき、当然、この尖閣諸島もアメリカの管轄となった。台湾は多少この島を欲しがった気配があるが、何しろ大陸を追い出されたばかりでアメリカに逆らうわけにはいかない。占領中、米軍はしきりにこの島の近海で軍事演習を行った。むろんその際、いちいち中華民国政府に了承を取るようなことはなかった。自分が管轄している領域で何をしようと基本的には勝手なのであり、それはそれで理にかなっている。
そして、1972年、沖縄の施政権が日本政府に返還されたとき、当然、この島も同時に返還されているはずなのだ。もし最初から台湾がこの島を自分の領土だと思っているのなら、無断で軍事演習を行ったアメリカに対して抗議しておくべきなのだ。それをせずに、施政権が日本に返った途端に領有を主張し始めるのは、まだ日本のことを「敗戦国」だと思っている火事場泥棒の所業である(言うまでもないが、中華民国政府は昭和27年のサンフランシスコ講和条約に署名している)。
台湾が領有権を主張するからには、大陸中国も黙っているわけには行かない。かくして、日中台3国の係争地となったわけだが、明らかに日本に分がある。かつてはここに人も住んでいたのだ。大陸中国は西太后の判子のついた文書か何か持ち出して歴史的正当性を訴えているが、そもそも偽書の疑いの濃い、しかも近代国家成立以前のものを持ち出されれば何を言っても許される(だったら日本がタイやグアム、タスマニアの領有を主張することだってできるのだ)。
台湾にいたっては、アメリカ施政権時代に何もアクションを起こさなかったことに目をつぶり、「アメリカから施政権が日本に返還されたことが間違っている」という信じがたい声明を外交部がかつて出したことがあった。そもそも経緯など知らん、という開き直りである。そこまで開き直られると、上陸を試みたナショナリスティックな活動家が波にのまれて溺死してもあまり同情も起きないし、「国際司法裁判所に訴えるべき」っていうんなら訴えたら、という気になる。まさか日本が負けることはあるまい。
この問題をややこしくしている理由の一端は、アメリカにもある。アメリカが沖縄を日本に返還する前後、東シナ海の大陸棚に石油が埋蔵されている可能性が指摘されたのだ。そのことが指摘された途端、アメリカは(それまで実効支配しておきながら)問題は当事者で解決すべき、という局外の立場を取り始めた。
むろんこれが本当に中立の立場であるわけがない。石油が掘削されるとなれば、当然アメリカ資本が出てくるわけである。そのときに、アメリカの石油会社としては、日中台3国で値を吊り上げさせて、自分たちに最もいい条件を出させるという手を打ちたくなる。事実、某米資本は中国とこの地域の石油調査について合意をしているのである(この会社が伝統的に親中反日の共和党系であることは言うまでもない)。
かくして、アメリカにも言いたいことは山積しているのだが、まずは中国である。一国の大使を夜更けに呼び出して警告とは失礼千万である。去年の瀋陽領事館の一件でわれわれを嘗めているのかもしれないが、それにしてもほどがある。
しかも言い草が大人ぶっているのがかなわない。この国はいつもそうだ。靖国、教科書、尖閣諸島。こちらも考えなければならないことがあるにせよ、いつも彼らの言い草は「臣下の礼」を要求するものだ。
忘れがたい例をあげておこう。3年程前、南京大虐殺を記述して公開した元兵士の某氏によって名誉を傷つけられたというその上官が、某氏を訴えるという裁判があった。これはむろん、南京大虐殺という事実の存在を争う裁判ではなく、文章に描写された上官の行動が真実か否か、を問うただけである。
某氏の記述は売名行為と呼ぶに相応しい明らかに大袈裟なもので、戦場に出たことがない僕が読んでもいささか呆れるほど軍事の常識から外れていた。裁判では事実関係の検証が行われ、結果、「名誉毀損」が認定されたのである。繰り返す。認定されたのは「名誉毀損」である。
ところがこの判決後、北京の日本大使が呼び出され、「中日関係に重大な損害を与える」と警告したのである。司法の場でも、しかも民事裁判の、しかも名誉毀損といういわば些細なことについて、大使に警告したところでどうなるのか、あの国では三権分立というものが皆目理解されていないようである。
またその直後に開かれた「南京大虐殺を検証する」シンポジウム(これはいわゆる「新しい歴史教科書」派のシンポで、あれは捏造だ、という類の人たち)が大阪で開催されたときも呼び出され、「反動勢力の台頭を放置しておくと恐ろしいことになるぞ」と脅してきた。大使が「日本には言論の自由がある」と言ったら、「そのような言い訳は許さない」と言われた。その昔、人権問題を問うプラカードを掲げたスイス人たちがいただけで不機嫌になり、「スイスは今日、友人を失った」とのたまった江沢民皇帝陛下もかつてはあらせられたが、言論の自由ということもまったくわかっていただけないらしい。
思い出すといろいろある。小泉首相が靖国参拝を打ち出したときに、大使に向かって「やめなさい」と日本語で命じた唐家旋外相もそうだ。僕がこれだけ反米でありながら、中国と仲良くなる、いや仲良くなるのはよいとしても手を組むという議論に同意できないのは、いまだ自国を帝国だと信じて疑わないあの国の姿勢である。そしてまた、その「帝国主義」的な恫喝に、「敗戦」という日本の弱味を持ち出してくるという卑小さ。だったらほんとに、一度ODA全部引き揚げたらどうだろう。もう賠償金分ぐらいは存分につぎ込んだだろうに。
表題は、「ぼうしようちょう」と読む。日中戦争の前後、大陸の日本人租界や日本企業に攻撃を繰り返す中国に対して、日本のマスコミが煽った言葉だ。横暴な支那を膺(う)ち懲らしめよ、という意味である。むろん軍国主義時代の話であって現代では使うこと不能の言葉だ。無邪気に暴れまくるアメリカと、暴慢な帝国中国。わが国は、その狭間にあって、右往左往しながら生きていくよりほかないのか。目の前がくらくなるとともに、戦争になぜ負けたのか、そこから立ち返って考え直すべきではないか、と改めて思うのである。