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第133回 「失われた世代」のさびしきヒーロー(2003/01/20)

 

 以前、「貴乃花主義賛否」を書いて以来、コラムでも日記でも陰に陽に貴乃花擁護の文章をものしてきた。そのことに注文をつけるメールもあった。なぜお前はそんなに貴乃花の肩を持つのか、と。

 一言で答えれば、僕と彼が同い年だからだ。ただ、同年、同級、あるいは同世代というのは単なるシンパシーではない。僕が平成の大横綱と面識があろうはずがない。だけれども、同世代の人間が、この国で同じ時代を生きているということには、なにがしか感じるものがあるのだ。

 

 のっけから、相撲と関係ない大きな話をする。このサイトの紹介にも書いていることだが、僕がウェブ上でつまらない駄文を飽きもせず書き続けているのは、何より自分のためである。何を以って自分のためというかといえば、1970年代生まれの、いま続々と三十路に踏み込みつつある世代が、いったい、どうやって物を考え、行動し、生きていけばいいのか、ということを考えるよすがを求めているからである。

 1940年代生まれの人間は、安保反対を叫んで国会を囲むことで自己主張できた。1950年代生まれの人間は、ヘルメットにゲバ棒で武装して三里塚に集結することで、また、1960年代生まれの人間は、派手な格好で竹下通りを闊歩することで自己主張してきた。1980年代生まれの人間は、注意した教師の胸を物言わずナイフで刺し、あるいは、校門に殺害した幼児の生首を晒して自己主張をしてきた。だが、1970年代生まれには、そうしたアピールの場がない。

 表題の、「失われた世代」とはわれわれ1970年代生まれの人間たちのことである。しかもそれは二重の意味だ。ロマンチックな意味でもニヒルな意味でも社会との関係を喪失した世代、という意味と、社会との関係を構築する最も重要な十年間を奪われた世代、という意味である。

 「人間と云ふものは、大体三十までには決まつてしまふ」とかつて言ったのは小林秀雄であるが、その言が正しいとすれば、社会に対する価値観や関係性を構築するのは二十代までということになる。そして、われわれの二十代は、多くの識者によって「失われた十年」と呼ばれている時期、すなわちバブル崩壊後の後遺症に苦しみ、イデオロギーも価値観も喪失されている時代なのである。

 われわれは、それ以前の世代ほど社会に対してロマンチックにはなれない。かといって、下の世代ほどニヒルにもなれない。上の世代から見ればロクに先輩の言うことも聞かず社会の何たるかも知らない無責任な奴、と思われているのに、下の世代はわれわれ以上に責任を取れないから結局われわれの世代が報われぬ責任を取り続けることになる。

 貴乃花は、僕にとって、そんな70年代世代の象徴的な存在だったのだ。ヒーローだったのかヒールだったのか、いまだ覚束ない横綱。横綱審議委員会から「自覚が足りない」「失望した」とこっ酷く評されながら、現実には崩壊寸前の相撲人気というものをただひとりで支え続けた横綱。その在位期間が、バブル崩壊後の「失われた十年」と重なっていたのは、彼にさらに大きな荷を背負わせることになったのではないか、と思うのだ。

 

 貴乃花が、千代の富士との初顔に勝利して名実ともなうスターダムに登場したのは平成3年のことだった。バブルが絶頂から坂を下り始める時期であったが、誰もそのころ、崩壊後のこの国と社会を想像できる者はいなかった。

 バブルの浮かれ気分は、相撲界にも飛び火した。貴乃花に若乃花、そして曙という3人のライヴァル関係がさらにそれを煽った。伝統の世界ならではのしきたりを重んじてきた角界各界も、毎日満員御礼が続く新規の客層に応えざるをえず、さまざまな「因習」の部分を開放した。スポーツニュースばかりか、ワイドショーも週刊誌も両国界隈を走り回った。

 

 そして「失われた十年」が経ったいま、札束が飛び交った国技館には閑古鳥が鳴いている。空席が目立つのは単なる不人気ではない。かつては、客が入らないときにはタニマチを通じて協会がチケットをさばき、客を呼んでいたのだ。バブル期の異常な相撲人気は、そうした流通を「不透明な因習」と断じて消滅させた。むろん、不人気の責任を札束が取ってくれるわけもない。それがあたかも「合理的」な結末であったかのように断じるのみだ。

 空席だけならまだいい。門戸が開けられた角界には、ゴシップをさがすイエロージャーナリズムが跋扈するようになった。親族の愛憎劇が顕著な二子山部屋は、不幸にもその格好の標的となった。理事会でどうしても実権を認められない父。若い医者との不倫の末離婚、週刊誌に熟女ヌードをさらした母。弟の道を確保するために爪弾きにされ、追われるように協会を去った兄。この関係の中で、怪我をし内臓を傷め、怪しげな整体師に踊らされて骨肉の争いを繰り広げた弟。スキャンダラスという意味ではこれほどのネタはなかった。

 

 最も不幸だったのは、貴乃花がそれでも圧倒的な人気を誇り、この、バブル崩壊とともに凋落した相撲人気をひとりで支えていかなければならないことだった。それは上の世代にも、下の世代にもできぬ、彼にしかできないことだった。

 かつては陽気で能弁だった貴乃花は、相撲人気の下降とともに、無口になっていく。この時期、彼が、尊敬する力士を、父・初代貴乃花から往年の大横綱・双葉山に切り換えたのは、彼の口数が減ったことと無縁ではないだろう。

 勝負師が喋ることを戒め、69連勝という大記録が途絶えた日に師に「ワレ未ダ木鶏タリエズ」と打電した大横綱、双葉山。紀元前の中国で、ある男が、名うての闘鶏の調教師に自分の鶏の教育を頼んだ。もう大丈夫か、もういいだろう、もう試合に出て稼いでくれるだろう、と男は愛鶏を見に行くが、調教師は首を縦に振らない。「まだ怖れを知っている」「強くはなったが、相手を見下すところがある」。

 ある日、調教師は男に告げた。「もう大丈夫。どんな敵と向かっても動じることがない。ちょっと見たところには、まるで木で彫った鶏のようだ」。双葉山は、己も木鶏たらんとして、心に奢りをもって敗北した自分を恥じた。これはもはや勝負の世界というよりは、探求の世界、「道」の世界である。

 

 貴乃花もまた、あるときから「道」の世界を目指したのだろう。だが彼にとってたびたびながら不幸だったのは、彼がまだ観客も角界も「道」に理解ある昭和初期ではなく、「失われた」平成の十年間に相撲を取らなければならなかったことだ。バブルの札束が「道」などという古臭いものに風穴を開け、札束が消えた後はそれが崩れるままに放置している時代。

 貴乃花は、その風穴にひとり立ち塞がっていたのだ。もちろん、ひとりで塞ぎきれるものではない。上にいる人々は穴を塞ぎきれない彼を責め、下にいる人々は穴を塞がなければという彼の責任感に無関心だった。ボロボロになるまで相撲を取り、死に場所を求めた彼を、潔くないと貶すことはたやすい。しかし、この時代に、この世代の人間が、道に殉じて綱を張るということを理解してやらなければ、彼があまりにも哀れである。

 

 僕自身もまた、風穴を塞ごうとしている。しかし、僕には貴乃花のような足腰の強靭さもなければ勇気もない。せいぜい役に立つか立たないかわからない土嚢を激流に放り込んで言い訳をしているだけだ(それこそがsnobismである)。今日の会見で親方が、貴乃花の美質のひとつとして「勇気」を挙げていたのは、単に土俵際で落ちそうになっても手をつかない、といった物理的な勇気だけではないように思う。

 この喧騒極まりない時代をわれわれが生きていくには、「道」のようなものに集中し、雑音を排して行くよりほかないのかもしれない。その弧高な生き方に耐えるのはあまりに厳しい道である。

 貴乃花は、同世代のなかでおそらく最も弧高な道を歩んだだろう。生きにくい現代日本の外に活躍の場を求めたイチローや松井と引き合わせれば、最も日本的な角界という場所で歩む弧高の厳しさは想像を絶する。われわれの世代がもつヒーローとしては、あまりにも寂しいヒーローであった。

 その意味では、貴乃花が、今日の会見で、その仲をさんざ弄ばれた若乃花と曙の名を挙げていたのは、心弱い僕にとっては救いであった。おそらく、同期でともに横綱にまで昇りつめた3人だけにしかわかりえないことがあったのだろう。この3人は、おそらく、それぞれ対蹠的な道を今後歩んでいくだろうが、貴乃花がこれかれも茨の道を歩むときに、同世代の理解者の存在は大きな助けになるだろう。同世代のひとりとして、そうあることを念じている。


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