

第211回 「心」と「戦争」を語る・前編(2003/07/21)
東大の哲学教授である高橋哲哉さんは、ここ数年、半ば愚直に、右傾化に対する批判を続けてきている。愚直に、とはわかりきっている論理を飽かず語り続ける、ということだ。
彼の履歴については言うまでもないかもしれないけど、いまの日本におけるジャック・デリダの最大の理解者である。70年代のフランス現代思想の旗手のひとりだったデリダの日本における紹介者が蓮実さんだったとすれば、80年代末以降、「脱構築」の枠を飛び越えて現実にコミットするようになったデリダの理解者が、高橋さんだといえるだろう。
そんな小難しいことを言う前に、僕にとってはパンキョーの哲学でAをくれたありがたい先生でもあるのだが、それはともかく、最近ではデリダの「他者に対する応答可能性(responsibilite)」という概念を使って、日本の戦後補償の問題に道を開こうとしている。一昨年、NHKのテレビで従軍慰安婦が取り上げられ、それが放送直前になって特定の勢力の介入を受けたのではないかという疑惑があった(現在も係争中)が、その取材を受け、かつ、NHKに対して批判を続けている。
その高橋さんが、文字通り半ば愚直に、国民の「心」に対する国家の介入を批判したガイドブックが『心と戦争』である。
断っておくが、僕はこの本が、高橋さん流に「愚直」に書かれたことをわかっているつもりである。いま、この状況のなかにあって、あえて愚直に書いた高橋さんには敬意を表する。だが、愚直に書かれた(といって、哲学者の書いたものだから、論理的なところは忽せにされていない)がゆえに、右傾化を批判する人々の弱点が浮き彫りになっているように思えたのである。
本の書評ならば芸事批評の欄に書くべきであるが、思想的に整理すべき問題なので、あえて、コラムで書かせてもらう。
この本では、最近公立学校で道徳教材として配布されている「心のノート」批判に始まり、教育基本法の改正問題、さらに靖国問題を通じて、公権力が個人の「心」の領域に介入してくることを批判している。そして、それとは別の回路で個人の尊厳、あるいは国家と個人の関係を追及すべきであることを説いている。
まったもってまっとうな議論であるが、攻撃された側のナショナリストの立場からいくつか留保をしておきたい。まず、「心のノート」のあまりの時代錯誤さは、市民派の皆さんによる攻撃の格好の標的となっている小林よしりんですら笑っている代物で、これはナショナリズムというよりは、昭和10年代に少国民教育を受けたオジサンたちの、現代の風紀の乱れに対する反発が懐古趣味となって表れたものと解してほしい。
『心のノート』でも、愛情が家庭から学校へ、さらに地域へ、ふるさとへ、ふるさとから国家へ、自然に伸びていくことこそが自然だと、健全なあり方だと、まるで自明のことであるかのように、多くの人々に信じられているかのようになっています。(p.45)
という高橋さんの著述どおりである。ただその懐古趣味を、現代の子ども社会や学校組織の「崩壊」といった「病理」を、ナショナリズムと呼びうる動きの中で解消しようという動きであるというふうに解釈することで見えてくる、国家権力とナショナリズムの通底とみなすことは可能だ。そしてそのかぎりにおいて、教育基本法の改正の問題もナショナリズムと結び付けられた批判に値する課題として浮かび上がってくる。
教育基本法の改正は、もちろん、戦後民主主義的な教育に対するいわば「反動」として現れてきた。
教育の国家主義的再編がいまや、教育基本法「改正」によってついに完成されようとしている。もしも現在政治的に進められているような方向で教育基本法が「改正」されるなら、子どもたちの「心」は確実に国家の捕囚にされてしまう。子どもたちの心がいま国家にとらわれようとしている。そこに私は大きな危機感を覚えるのです。(p.62)
教育基本法が「個人の尊厳」だけを謳ったので、みな私利私欲のみを追求し勝手にエゴイズムを満たそうとする社会になってしまった、責任の観念がなくなってしまった、だからモラル・ハザード(道徳の崩壊)を招いているのだとよく言われますが、実は責任を重んじる人を育成しようというのがちゃんと入っているのです。(p.72)
ここでも、ナショナリストとして前置きしておきたい。改正教育基本法に対しては、西部邁さんなんかを筆頭に、右のほうでもたいへん評判が悪い。それは「公」という概念を強調しているにもかかわらず、一方で、高橋さんが指摘しているように、義務教育は小学校までで後はエリート教育を施し、これからの“グローバル・メガ・コンペティション”に対応できる学力のある子どもに集中投資しよう、という、アメリカかぶれの人間がいかにも考え付きそうな単純極まりないことを強調しており、こんな二つのテーゼはどう見たって並立しえない。
もしエリート階級が成立するとすれば、それは教養的なものを含めた統治者階級としての「徳治教育」とでも呼びうるものによってのみであり、もしそうなれば、社会的責任を全うする統治者と、その庇護下で生きる被統治者という棲み分けがまだしも可能である。しかし、難しい方程式が解けるから飛び級といった程度のエリート教育と「公」概念は両立しえない。それを両立させようとすれば、エリートが非エリートに「お前は脳味噌が足りない非国民だ」といって共同体の構成メンバーから除外するしかない(この気配があるのが民主党である。競争力ある人材を育てる教育といいつつ「昭和の日」には賛成するんだから、どうしようもない)。
閑話休題、「公」教育重視の意見に対して、高橋さんは、すでに現行の教育基本法の中に社会的責任について触れた部分もあるではないか、むしろ現行の教育基本法の精神を蔑ろにしてきたのは、旧文部省が「指導」というかたちで行ってきた学習指導要領のほうではないか、と批判する。そして、その議論をさらに論理的に展開して、次のようにいう。
「戦争と平和」というテーマに限って言えば、日本国憲法は徹底した平和主義の憲法としてできたけれども、朝鮮戦争をきっかけに自衛隊ができ、日米安保条約が結ばれ、憲法よりも安保条約のほうが実質的に日本の安全保障政策を規定するようになった。それによって平和主義はどんどんなし崩しにされ、いま「有事法制」の段階まできている。
憲法の双子の兄弟、姉妹のような教育基本法もまた、実は50年代の初めから棚上げにされ、実質的にはそれと相反する原理が学習指導要領によって教育現場に持ち込まれてきた。…教育基本法が憲法で、学習指導要領が安保条約だったというアナロジーも成り立つかもしれません。(p.119−p.120)
その通りなのである。そして、明快に論理的に、現行教育基本法の「メタ・レベル」としての憲法が提示される。現行の日本国憲法が、現行の教育基本法の正統性を保証するのである。だが、憲法の正統性を保証するのは何か?
日本国憲法が制定されたときのプロセスをめぐり、占領下であったとか押し付けられたとかいろいろな議論がありますけれども、それでもこの憲法を戦後半世紀、日本国民が改正することなく保持してきたということは、国民が政府に対してこの憲法を守れと命じ続けてきたのだと理解できるし、そう理解すべきだと思うのです。(p.152)
ここで初めて、論理的な正当性に裏打ちされない言葉遣いが出てくる。実際、この本の中で、論理的でない主張が出てくるのはこの一文だけなのだ。
「理解できるし、そう理解すべきだと思うのです。」しかし残念ながら僕には、なぜ「そう理解すべき」なのかまったく理解できない。なぜ、自主憲法を制定しようという「現実」の主張が正しくなく、歴史的事実から「推定」されたことに対して理解を示すことをわれわれが求められなければならないのか、まったく理解できない。
よしんば、国民が「憲法を守れ」と命じ続けてきたことが事実として(事実として思い当たるのは安保闘争ぐらいだが、それだってもう半世紀近く前の話だ)も、その「命じ続けてきた」国民がもし憲法を変えよう、教育基本法を変えよう、靖国を、有事法制を、といったとき、高橋さんはそれに反対しないでいられるのだろうか?
結局、彼らの主張に僕がいつも「無理」を感じるのは、ここのところなのである。現在の日本国憲法の制定過程を現実的に考えれば、平和憲法と安保条約がワンセットになっていることは否定しようがない。平和憲法を守って安保条約を破棄せよという主張は、結局、そのワンセットによって担保された日米関係の構造を強化することにしかなっていない現実に彼らは目を向けない。
にもかかわらず、彼らがいつもとる態度は、この平和憲法が戦争の惨禍を経た末に日本国民が選択した「普遍的な」立場であるから、異論は認められない、というものである。しかしその普遍的な立場の根拠は、「そう理解すべきだと思うのです」というたいへん論理的にあやふやなものだ。ここだけが、論理的な批判を免れたかたちで書かれている。いわば、宙吊りにされていて、こちらからは批判のしようがないのである。
シニカルに言えば、中心が宙吊りになっているというのはそれこそデリダが脱構築したように、近代のロゴス主義の構造を忠実に再現しているという意味できわめて論理的ではある。だが、この宙吊り構造が壊れたときには平和憲法も教育基本法もなくなる。また、それが宙吊りであるかぎりにおいて、批判を許さない暴力的なものにいつでも転化しうる。その危険性にも目を向けなければいけない。
いやむしろ、現行の教育基本法に対する批判を招いたのは、その宙吊り構造に支えられた普遍的な正義の衣を借りた、日教組を中心とする教育現場の失敗でもあるのだ。だから、僕はほんとうにシニカルに、こう言おう。憲法を守れと国民が命じてきた、そのロジックこそが、戦前における「天皇」に等しい、と。してみれば、日教組の先生たちは教育現場における、また市民活動家は社会における、「特高」であったのだ。
(後編に続く)