

第207回 「心」と「戦争」を語る・後編(2003/07/22)
(承前)
もちろん、彼らの「危惧」を笑い飛ばして済むわけではない。確かに最近の右傾化は、議論を経ることなく、国民意識や国民感情などといったたいへんあやふやなものをベースに進められている。小泉首相の論理性のなさは嘆かわしいばかりである。議論が成立しないところに、社会契約が成立するはずもない。こんな政府に託していいのか、という思いは、誰しもあるだろう。
だが、一方で、そうした現在の政治情勢に対する批判がほとんど実効力を持ちえていない理由のひとつは、この本に見られるように、国民の「心」に対する過剰な期待にあるように思える。この種の本を貫いている構図は、自由で理性的な「心」が国家権力によって踏みにじられていくというものであるが、そんなに自由で理性的な「心」を持った国民がいったい過去にも現在にもいただろうか?たとえば、次の文章。
彼らの言葉遣いを注意してみると、愛国心、自国文化に対する愛着と、自国のことについては「愛」という言葉を使うのですが、他国の文化については決して「愛」という言葉は使われず、「理解」なのです。…でもどうでしょう、「文化」を「愛」するのに国境は関係ないのではないでしょうか。(p.95)
ナショナリズムが自文化への人為的な偏愛に根ざしているという批判は妥当だと思うが、しかし一方で、「国家への愛」が人為的で作為的であることを批判しようとするあまり、「郷土愛」といったものを純粋に捉えすぎていないだろうか?
たとえば僕は、標準語の世界から方言の世界に帰ると「マザー・タング」を意識するほどである(何せ両親はどぎつい方言しか話せない)田舎者だが、長崎を離れて東京で暮らしている。だからといって故郷を捨てたお前のほうが郷土愛に欠けるといわれると、ちょっと待てよと言いたくなる。「愛」ってなんだ?
僕は田舎のことが好きだけれども、同時に、嫌いでもある。何せ貧乏だ。モノがない。本もレコードもCDもない。相互監視社会みたいなところもある。しかしだからといって、故郷で育ったことを捨てられるわけではない。長崎駅に着いたときに鼻を突く独特の潮の匂いや、食べ物の味で突然記憶が甦ったりする。
そうした、好きとか嫌いとは別の次元のいわば精神的な刻印みたいなものがあって、僕はそれが郷土愛だと思う。それはもちろん直接的に「国家への愛」に直結するものではありえないけれども、同時に、自文化(国でなくてもいいよ)を愛することと他文化を愛することに変わりはない、ということにもなりえない。
国民の「心」なんて、きっと、そんなあやふやなものだろう。日本という国家、日本史という歴史、天皇という制度、日本語という言葉、そして戦争思想、さまざまなものは近代に人為的に構築されたものである。そして兵隊さんたちの奮戦と戦死がまたナショナリズムとの相互強化を進めた。そのことは事実だし、否定しない。
だが、では代わりにどんな選択肢があったのか。自由意志を持った純粋な心の持ち主である国民が、こぞってそうした人為的なものを受け入れたわけでもなければ、こぞって反対したわけでもない。ただ、明日の暮らしをつないでいく上において、突然国家とか軍隊とか国語とか天皇とかが降って来たに過ぎないと思う。
どこかで司馬遼太郎が書いていたことだが、国民一人一人にとっては近代国家というのはあまりにも巨大な存在だった。だから、小林秀雄がいうように、泥沼の戦争に突入することがわかっていても、「国民は黙つて事変に処した」のである。それはファシズムを受け入れたのでもなければ拒否したのでもなく、そうするしかなかったのである。
純粋で理性的な国民の「心」を前提としてしまうと、有事法制批判も、個人情報保護法案批判も、旧来どおりの批判を繰り返すだけに過ぎなくなってしまう。何より、権力対純粋な「心」という構図は、東京裁判が政治的幕引きのために安易に導入した「悪意に満ちた権力」対「騙された善良な国民」という構図を現代に導入し、それは高橋さんがほとんどライフ・ワークとしつつある強制連行や従軍慰安婦の問題もどこかへ葬ってしまう。
さらに言えば、国家を葬った後、われわれはどのような社会を構築すればよいのか。無限遠点に構築された宙吊りの理想社会像は美しく、またその像から見た批判は整合性豊かだが、しかし、である。
戦死者を出した遺族がその悲嘆の感情から、戦死者を出してよかったと「幸福」を感じるまでに変えられていく仕掛けがたいへん率直に記されています。(p.223)
この回路、追悼から新たな戦争へと準備される回路を断ち切ることが必要です。そのためには、戦争で愛する者や親しい者を失った「喪」の感情、悲しみの感情を直視し、それを「幸福」に転換させようとする「国家の物語」に決して取り込まれないようにしなければなりません。…戦死者を死に追いやった戦争の本質を批判的に検証し、戦争主体としての国家の論理そのものを対象化することによって、戦死者を国家の手から取り戻すことに努めること。(p.224)
いずれにせよ、戦争の被害者が「国家の物語」にからめとられないでいることはなかなか容易なことではありません。でも、決して不可能なことでもありません。(p.226)
その不可能でないことが、「日本に迫られている選択」と書かれているが、そうした論理性の前に、戦死者についての感覚があまりにナイーブである。御国のために死んだ若者を称える発言や記事があったとしてもそれはむしろメディア装置の問題である。戦死者を出した「幸福」を演じる素振りを余儀なくされることはあるとしても、個人的なレベルで幸福を心底感じていた人などいないと思うのだがどうだろうか。そんな空虚を批判しても何にもならない。
さらにさらに言えば、では、国家から戦死者を取り返した後、どうするのか。戦死者を再びナショナリズムに回収されない回路を開拓するのか否かという選択に日本は迫られているというが、では、その回路はどのようなものか。一例として挙げられている、9.11事件後の、アメリカ「市民」の反戦運動を一例として称えているが、しかし、それとて所詮ナショナリズムの回路の内部においてのみ有効である。いわばゲリラ戦として有効であり全面戦争にはなりえない。
ではどうするか。僕は先ほど、国民の無力を述べた。だがそこにこそ鍵があると思う。純粋で、自由で、理性的な「心」という存在は、いやおうなく、国家理性というなの権力へ政治過程を通じて参画せざるを得なくなる。あるいは、選挙という制度を通して、あたかもその政治的決定に参加したかのようなプロセスをなぞらされる。
だが現実は、そうではない。日本に限らず、ほとんどの国のほとんどの国民が、多くの場合、「黙って事変に処す」しかないのである。それは敗北主義的ではあるけれども、しかしむしろ、われわれは黙って処しただけなのだ、すべての部分において政治から逃げているわけではないけれども、この部分については政治的プロセスに参画しなかったのだ、と主張する場所も必要なのではないか。
国家の代わりに新たな国家を建設しても、一時的な興奮はあるにせよ、事態は改善しないだろう。天皇が平和主義に取って代わるだけであり、その平和主義がいびつに押し付けられたままの上体ではより悪化するのみであろう。むしろ、政治に背を向けることを認める、国家に挑むのではなく、国家の枠外を確保することにこそ、本質的な運動の拠点があるのではないだろうか。