

第241回 ドロップ・ゴール雑談(2003/11/23)
いや、すごい試合だった。ワールドカップの決勝戦。もちろん、ウィルキンソンのドロップ・ゴールもすごいのであるが、それ以上にイングランドチームの一体感を感じた。
あと2分で逃げ切れる、というところでオーストラリアに同点に追いつかれても、チームとしての一体となった意志を失っていなかった。むしろオーストラリアのほうが同点に追いつき、第二延長が見えた時点で精神的にスキができた。イングランドはキックオフをおさえ、この試合初めてとも言えるハーフ・バックのサイドアタックで敵陣22mを切り、そこにFW第三列が突進して、この試合初めてFWの力でオーストラリアを完全に圧倒したシーンだった。
そのままトライになってもよかったぐらいの攻めだったが、オプションはウィルキンソンのドロップ・ゴールだった。しかも右足である。これには唸った。
ドロップ・ゴールというのは、難しい。
通っていた高校が、ラグビーでは一応その名の知れた学校であったので、グランドに高い高いポールが立っていた。もちろん僕はラグビー部ではなかったが、あるとき、同じクラスのラグビー部員で、センターでキッカーをやっていた友人に、ラグビーボールの蹴り方を教わったのだ。
これがなかなか大変で、サッカーボールを蹴るように蹴るとわけのわからない回転がかかってコースが安定しない。かといって、ボールをすくい上げるように蹴るとヒットしない。でも友人が蹴ると、きれいに縦回転がかかってボールはポールの間を抜けていく。
どうやら脚の振り方の軌道を覚えてプレースキックはできるようになったけど、じゃあドロップキックをやってみようとすると、これがまた全然当たらない。当然ハーフバウンドで蹴るわけだが、相手は楕円形、どちらに弾むかわかったもんじゃないところに、きっちり脚を振り込み、ミートするのは至難の業だ。まして、相手のプレッシャーがあるところでは。
番組中何度も放送されていた、アディダスのCMはなかなかかっこよくできていた。イングランド・スポーツを代表する二人のスーパースター、サッカーのディヴィッド・ベッカムとラグビーのジョニー・ウィルキンソンが出てきて、ウィルキンソンがベッカムにPGの蹴り方を教えるヴァージョンと、ベッカムがウィルキンソンにFKを教えるヴァージョンがある。
映像的に言うと、このCMの編集が生きているのは、二人が対面のカット編集でつながるからだ。つまり、ベッカムは右足でボールをけるから画面の左側を向き、ウィルキンソンは左足で蹴るから右側を向いているわけだ。
そのウィルキンソンが、右足で蹴ったということが、すごいのだ。
この大会、ウィルキンソンはドロップゴールを7本も決めている。特に準決勝のフランス戦では、ノートライながらPG5本、DG3本で24点を叩き出した。ドロップゴールを決められると、相手チームの戦意はがくりと落ちる。
そのため、オーストラリアも十分な対策をしていた。ラックから出たボールに対し、スタンドオフか左センターがかなり早いタイミングで、タックルではなくてウィルキンソンのドロップゴールを警戒してディフェンスをしていた。もちろん、蹴らせるためのラックから後ろ方向へのパスを出させないために、FW第3列はラックの中でフル回転していた。その戦術が功を奏して、この試合、ウィルキンソンが狙った3本のドロップゴールはここまでことごとく失敗していたのである。
ところが、である。延長残り1分、最後の最後に、イングランドのFWがこの試合初めて相手人10mまでモール&ラックを押し込んだ。初めて、存分なキックのチャンスが生まれたとき、チーム全体がウィルキンソンに託した。
そのウィルキンソンは、なんと、通常左足で蹴るためにラックの右後方に位置するところ、逆サイドの左後方に位置していたのだ。これまで彼のキックにプレッシャーをかけていたオーストラリアの左センターは、遥か遠いところにいた。同点に追いついた興奮状態のなかでゲインラインを押し下げられたオーストラリアのディフェンスは、意外な位置にいたウィルキンソンに対して、誰もカバーにいけなかったのだ。
そして余裕を持って、しかし、効き足ではない右足で、ウィルキンソンはゴールを決めた。何度も練習してきたチーム・オプションの中に、このプレーはあったに違いないが、それほど順位の高いプレーではなかったはずだ。この土壇場で、キッカーが、それほど順位の高くないプレーをやってきちんと決める。その凄さ。
この十年、ラグビーの戦術・戦略は日々変化してきた。
もともと、ボールに対して常に後ろからプレーしなければいけない、ボールを前に投げてはいけないという、人間の欲望を抑制したかのようなストイックなルールであるがゆえに、同じレベルのチームが戦うとディフェンス優位になるという傾向がある。そのため、守りを固め、PGで得点を重ねるというゲームが長いこと多くなった。
そのために、ラグビーほどのメジャースポーツでは珍しいことだが、大々的なルール改正を行った。トライを5点に増やし、PGからのタッチキックはマイボールラインアウト、ラインアウトもサポーティングを認めるなど、攻撃にインセンティブを持たせる一方、ラックやスクラムなどのイーブンボールに対しては両チームが激しくボールを奪い合えるように、ジャッジの運用を改めた。
そのため、オーソドックスな、FWで押し込んでバックスへ展開、ポイントを作り押し込んでまたバックスへ展開、という戦術よりも、速い球出しからバックスの技術で勝負、という試合が多くなった。NZのギャラハー、ロムー、豪のキャンピージなど一時代を築いたバックスはいずれも卓越した技術を持っていた。
しかしさらに時間が進み、それに対するディフェンスが充実してきたとき、ふたたび回帰してきたのがオーソドックスなスタイルであったところが面白い。それが今回のイングランドだった。モール、ラックで存分にFWが押し込み、バックスに回し、ポイントを作ったときに世界有数の第三列が飛び込み、またポイントを作る。
バックスも、かつて、バックス技術一発でトライを決めに行っていたころの浅くて巧みなラインではなく、二十年近く戻ったかのような深くて長いラインを引き、FWのプレッシャーとの連携のなかでトライを狙っていた。決勝でのワントライはその結実のひとつだった。
もちろん、変わったこともある。スタンド・オフへの比重がものすごく高まったことだ。ラックからボールが出た瞬間に、スタンド・オフがパスするか、キックするか、走るかの選択を迫られ、その選択こそが重要になってくる。
これを僕は、ラグビーの「アメフト化」と呼んでいる。スタンド・オフがアメフトのクオーター・バックと同じような役割を求められているのだ。バックスのほうも、かつてのライン技術でひとり余らせてその人がトライする、というよりは、最後にボールを持ったウィングが一対一で対面のウィングと勝負するという、ランニング・バックのような働きを要求されるシーンが多かった。
決勝戦でのオーストラリアのトライも、インゴールへのパントをウィング同士が競り合って取ったほうがインゴールへダウン、というものだったが、これとて、ラグビーは前へパスができないというだけで、やっていることは、身長にミスマッチがあるワイドレシーバーとコーナーバックのところへふわりとしたパスを放り込んだ、という類のものである。
今回のイングランドのような、これだけ体力に物を言わせたオーソドックスな攻めが充実してくると、後はチームを活かすも殺すもスタンド・オフ次第、ということになるだろう。かつては、信頼を集めるスタンド・オフが、チームの誰も思いつかないようなプレー一発で状況を打開する、ということがよくあった。古くはフランスのキャンデラデロ、近くはウェールズのジェンキンスがそうだ。
しかし、今回のウィルキンソンは、天才ではあるが、チームの意表をつくようなプレーはなかった。そのぶんだけ、チームが、ウィルキンソンを活かすためのプレーオプションを選択するわけだし、またウィルキンソンもそのオプションを選択した。パスセンスが堅実で、ディフェンスもよく、何よりスーパー・ブーツのウィルキンソンのスタイルは、派手さはないものの、次回大会までの4年間の世界のラグビー界に、ひとつのビジョンを与えた格好になった。