

第251回 「ひりひりする」感触の回復(2003/12/09)
世間からしばらく離れている間に、自衛隊のイラクへの派遣が決まった。先の、日本人外交官がイラクで犠牲となってからおよそ一週間。事件で派遣方針に揺らぎが出るかと思われたが、逆に勢いをつけたかたちになった。
僕には、筑紫さんのように、違憲をもって主張するつもりもないし、ましてや、社民党のように、「殺す人と殺される人を作る行為には絶対ハンタイ」(<しかしこれ、ほんとに党首の発言。こんな脆弱な護憲意識が国民に浸透すると、本気で思っていたのかね?)というつもりもない。ナショナリストとしては、日本軍が堂々海外に出て行くことを否定しないけれども、それでも、大きな曲がり角では、ある。
確かに、自衛隊を海外へ派遣するのは、憲法上は無理がある。ましてや今回は、軍靴の音も高らかに、まだ銃声が飛び交っている戦闘地域へと入っていくわけである。どんなに首相が「戦争をしに行くわけではない」「戦闘行為はない」と言っても、銃弾が飛び交っているのは事実だ。
まして、そもそもの戦争が無理がある。アメリカが言っていた戦争の大義を誰も信用していない。大量破壊兵器は見つからないし、もう誰も真剣に探そうとしていない。大義ではなく、石油利権がほしかっただけだという意見もあるが、最近の様子を見ているとそれすら怪しく、とにかく、勝てる戦争をしたかっただけではないか、というふうに思えてくるほどだ。そんなアメリカの番犬よろしく、「米国をはじめとする国々は、イラクが国際社会の平和と安全に与えている脅威を取り除くための最後の手段として」戦争が始まったと、基本計画は書き出される。
「イラクにおける主要な戦闘は終結し」たとも書いてある。だが、そうではないことは一目瞭然で、悪い日はイラク各地で百人単位の使者が出ている。「大規模な戦闘終結宣言以降最大規模の戦闘」などという、支離滅裂な表現がまかり通っている。だいたい、バグダッドならいざ知らず、西海岸のわずか沖合いに浮かべた空母にジェットで着艦した大統領が喋った、イラクでの「戦闘終結宣言」を信じろというほうが無理がある。
残念ながら、イラクはまだ戦地だ。イラク軍の誰も、降伏文書に署名をしていない。イラク軍がことごとく壊滅したわけでもない。だいたい、アメリカ自身が、「大規模な戦闘」の終結を宣言しているが、戦争の終わりを宣言していない。宣言してしまうと占領軍としての義務が生じ、いまやっているような、一般イラク市民の家のドアを銃尻で叩き壊して令状もなく家を捜索する、などという「治安維持活動」ができなくなってしまうからだ。
だから、旧イラク軍が、外国軍を急襲しても、それは卑怯でもなんでもない(アメリカは卑怯だと言っていたが)、通常の(合法的な)戦闘行為であるそんなところに、自衛隊は行く。
ナショナリストとしても、不満は縷々ある。あるけれども、もう過ぎてしまったということもある。
誰がなんと言おうと、イラクでは戦争が行われた。時間を逆戻りさせることは出来ない。アメリカを告発することをやめる必要はないけれど、イラクの復興について支援をやらなければならないのは事実だ。どんな腹黒いことを内心考えていようとも、ヨーロッパの国々はそうやっているわけだ。(けして米欧が全面的に対立しているわけではない!フランスだって国連の関与を強めることを主張はしているが、米軍の撤退を要求しているわけではないのだ。)
まして、バスラの港から運び出される石油への依存度が高い日本としては、正々堂々とやりつつも日本にとって有利な方向へと導くような外交努力をしなければならない。そして一度は、自衛隊を海外へ出すと発言してしまった以上、後戻りすることは帰って誹りを招く。
あとは、現状を見極めて、やることだ。
日本人だけが別だ、などと思ってはいけない。軍服を着て軍靴を履く以上、米軍と同じ事実上の占領軍なのである。こちらが内心どう考えているかは全然関係ない。向こうから見たときに、どうか。向こうとこちらの関係は、客観的に見てどうか。それだけが重要である。
先になくなった二人の外交官も、イラクへの情熱は人一倍だったという。だが、撃った人間からすれば、彼らが日本人であったということだけが重要で、他の要素は関係ない。
特に非武装中立主義の護憲派の意見に顕著だけれども、こちらの意図は話せば伝わる、という人間の理性に対する全幅の信頼(ハーバーマスが市民派の正典扱いされた理由はここにあるが)があって、昨日の小泉首相の記者会見にすらそれはみてとれる。意図を伝えようとする努力は重要だけれども、それだけでは、銃弾が肉に食い込む運命から逃れることはできない。
そんな、ひりひりするような他者性の中へ踏み込んでいく。そのことを、自衛隊の隊員さんだけでなく、国全体で共有したい。
国全体で。なんとも軽い言葉だが、ここが重要だ。具体的には、命を落とす隊員さんが現れたときに、この国は、この共同体はどういう反応を示すか、である。
先の亡くなった外交官の場合は、最悪だった。あれほど無関心な現地人の視線に曝され、扱いを受けた裸体の死骸が、現場からクウェートまで運ばれてきた。その後どんなに手厚く死に装束を着せられ、青山で盛大な葬儀を催してくれようと、それはもうイベントでしかない。共同体であれば、同胞であれば、その遺骸を謹んで引き取りに向かえばよい。極論だけど、そのためだけに自衛隊を出してもいいぐらいなのだ、ナショナリストとしては。
ほんとに象徴的な出来事だったと思う。日本の中では、いくらでも丁寧に扱われる。だがひとたび日本を出てしまうと、もう、かかわりようのない出来事なのだ。日本と世界の間に、厚く築かれた壁。その壁を隠蔽するかのような、一方ではコスモポリタン的な、そして一方では、ドメスティックに過剰なまでの、情緒的行動。
そのことがわかれば、亡くなられた奥次官の「遺志を継ぐ」ということが、単純に自衛隊派遣に直結するわけではないことが理解されるだろう。他者の肌と自分の肌を擦り合わせて生きている人の言葉が、たとえば、電車の中でイヤホンから大音量で音楽を聴き、ケータイでメールを打ち、他者と隣り合わせていながら自分の世界を構築し接触を拒絶している人の耳に届くべくもない。
戦後の日本は、言ってみれば、イヤホンをしてケータイを打つ、オジサンたちが嫌う若者のようなものだった。だが、オジサンたちとの嫌悪感とは別に、それは、オジサンたちが作ってきた日本社会の生産物でもあるわけだ。アメリカの軍事力の傘のもと、他人と接触することのない「平和」を満喫し、その「平和」を普遍的な素振りで壊さなければ済んだ時代に生きてきた人たち。
アメリカの横暴は別としても、残念ながら、そういう時代ではなくなった。ならば、少しずつ他人と触れ合う感覚を取り戻していかなければならない。そのためには、自衛隊のイラク派遣はいい訓練になるかもしれない。この際、アメリカの番犬として出動させられるのなら、そう腹を括って出動するしかない。何といっても、わが国は敗戦国だし、被占領国だ。
ただ、イラクで接触経験を重ねた兵隊さんたちが帰ってきてそれをフィードバックしていけば、少しずつ、本来の感覚が回復するかもしれない。そのためにも、活動を自衛隊に任せきりにするのではなく、国全体で経験を共有したいと思うのだ。戦後のぬるま湯社会の恩恵を受けて育ってしまった人間の一人として、、僕も共有したいと思うのだ。その共有感は、もちろんそういう事態はないに越したことはないけれども、犠牲者が出たときに、顕著に現れるだろう。
しかしながら、それにしても、もうちょっといい方法でその回復ができなかったものか、とは思う。なにぶん、リスクが大きすぎる。いちばんの理想は、犠牲者もなく、向こうで経験を積んだ隊員さんが、「そんな国内的な論理は通用しない」ということを日本に向かって理知的に語ってくれることである。ただ、物事が簡単に運ぶはずもない。最悪の場合は、東京のど真ん中でテロを食らうことで、ようやく目が覚めるということだってありうる。
自衛隊派遣が決まった以上は、そのリスクも覚悟しなければならないけれど、ほんとうにその覚悟があり、また対処ができるのだろうか。はなはだ心もとないが、起きてみないことにはもうわからない。残念なことに、ひりひりするような他者との接触を、この国は60年も経験していないのだから。