

第258回 格闘技界2003(2003/12/28)
今年も年の暮れとなってきたので、毎年恒例の格闘技界を振り返るコラムを書こうと思う。
思えば、2001年は全日本プロレスの分裂劇、2002年は新日本からの大量離脱とサップ、吉田の参戦が話題となり、毎年それはそれで激動なのだけれども、今年は別格である。
とにかく、大晦日が尋常ではない。NHKが紅白歌合戦をやる裏で、TBSが立ち技格闘技(パンチとキックのみ)のK−1を、日テレが猪木を担ぎ出して、去年一昨年とTBSがやった「猪木祭り」を、そしてそれに対抗する形でフジテレビが総合格闘技の「PRIDE」をやることになっている。
たぶん、15〜16%程度の格闘技視聴者をこの3つが分け合うかたちとなるであろうが、何より、今回、格闘技ファン以外にも話題を提供したのが、TBSが曙を参戦させたことだろう。この大会、玄人は中邑真輔vsアレクセイ・イグナショフに期待するところであるが、世間的な話題としてはもちろん、曙vsボブ・サップ戦である。
これに対抗する形で、日本テレビは猪木を担ぎ出し、猪木祭りの後釜に座った。そして、猪木の腕と人脈により、現在最高レベルの選手というべきミルコ・クロコップ、ヒョードル、ノゲイラの参戦を次々とぶち上げた。
ところが、上記3選手が全員欠場、という異常事態に陥っている。それぞれに高山、永田といった大物日本人選手をぶつけるはずであったが、この選手の参戦も浮いてしまっている。いちばん後発、11月に開催を発表した「PRIDE」は最後に田村を呼び込んで全カード決定、K−1もほぼカードが固まった中で、猪木だけが、メイン・イベントすら発表できずにいる。
猪木が苦しんでいる。実は、今年最大の出来事とは、これだ。ここ20年、格闘技界の中心に常にいた、いや、自分が中心になるように格闘技界を回してきた猪木がこんなに苦しんでいるのは、ほんとに20年前の、アントン・ハイセル事件以来であろう。
(※説明しよう。アントン・ハイセル事件とは、当時創立10年前後の時期だった新日本プロレスの資金を、ブラジルで猪木が経営するホテル「アントン・ハイセル」の運営資金に流用していたことが発覚したのである。ベテランレスラーの山本小鉄を中心として猪木を新日本から追放する方針が固まり、その受け皿となる新団体の設立も決まったが、土壇場で猪木と新日本が和解、逆に新日本の反猪木分子らが新団体へ追放されたのである。この新団体が第一次UWFである。)
2001年のときにも書いたが、ここ10年、猪木は、自分が常に格闘技界の中心になるようにいろんな団体を動かしてきた。特に、自分が作り上げたプロレス・スタイルを継承する新日本プロレスを「時代遅れ」と酷評し、いまや時代は総合格闘技ができなければ、と訴えて、時流の中心に自分をおいた。
この総合格闘技主流説のよりどころとして、猪木は、「PRIDE」を主催しているドリーム・ステージ・エンターテインメントという会社とここ数年連携して興行を続けてきた。ここを経由して、K−1も巻き込んだ。だが、今年11月の東京ドームで行われた「PRIDEグランプリ」に猪木は姿を見せなかった。「PRIDE」を引っ張る高田延彦が、「どうして今日ここに猪木さんはいないんですか?言える言葉はひとつ、去る者は追わず!」と言い放ったのは、「PRIDE」を捨てた猪木への決別宣言であったのだ。
今回、おそらく、大晦日興行戦争のなかで、曙を担いで話題性をさらったTBSに対抗すべく、日本テレビは相当の金を積んで猪木を担いだ、と推測される。だが、ちょいと甘かった。所詮格闘技は興行の世界、表だけの理屈ではうまく回るはずもない。日本テレビは、おそらく、猪木という「表」を持ってきたのだが、猪木に付随している「裏」を引っ張ってくることを忘れたはずである。
猪木を中心にすえて格闘技界を回してきた実働部隊というべき「裏」は、いま、「PRIDE」と結んでいる。ここを裏切ったことは大きい。まして、大金を積んで、PRIDEのチャンピオン、ヒョードルを一度は引き抜いたことでこれは全面戦争になってしまった。
結局、ヒョードルは出場できなかった。PRIDEとの契約のためである。一度は目玉カードとして出場が発表されたミルコも、怪我を理由に欠場したが、怪我が理由であれば最初から出場するわけがない。おそらく、出場してしまえばその後日本のリングで戦えない、ファイトマネーも入らないという警告が、何らかのかたちで「裏」から伝えられたのだろう。
もちろん、すべては推測に過ぎない。だけど、曙がどうなるかと期待している一般視聴者ならいざ知らず、ある程度格闘技に通じたファンはみな同じように推測している。そして、かなりの確率でこの推測は当たっているはずだ。それほど「裏」の力は強い。「PRIDE」の前社長が2年前、興行をめぐるトラブルのさなかに突如謎の自殺を遂げたことも、その推測を固めている。
そのことを、当の猪木が知らなかったわけがない。それでも、猪木が「PRIDE」を捨てたのは、猪木というネームバリューで何とかなるという慢心を起こさせるだけの巨額の金が積まれたから、と考えるほうがいいだろう。
もちろん、猪木である。死ぬわけはない。プロモーターとしての生命を断たれることはないし、すでに「PRIDE」との間である程度の手打ちは終わっているのだろう。
ただ問題は、喫緊の課題である大晦日をどうするか、ということである。このままでは安田忠夫がメインなどという情けないことになりかねない。
以上の事情を踏まえた上で、大晦日、Snoist的な興行戦争の見所を紹介しておこう。
TBS系列で放送される、K−1の「Dynamaite!」では、いちばん面白い試合は上記のように中邑真輔vsアレクセイ・イグナショフである。中邑はこの11月、弱冠23歳で新日本プロレスのチャンピオン・ベルト、IWGPを史上最年少で腰に巻いた。ダシにされた天山は可哀相だったけど、中邑がプロレスも、総合格闘技もできる天性のセンスを持っていることは疑いなく、そのセンスという意味では先輩の永田よりも上だ。
1月4日に、これもオールマイティ・プレーヤーかつショーマンシップにあふれる高山との対戦(東京ドーム)を控えている中邑が、打撃でどういう試合を見せるか、これが楽しみどころである。
曙vsボブ・サップについては、何というか…。実力どおり対戦すれば、サップがキックで曙をダウンさせて終わりなのだが、興行的にそれは許されない。ここで曙が負ければ、もう来年曙で稼げないからだ。だから、曙が勝つことに「なっている」と「思われる」。試合展開としては、サップがキックを浴びせて曙フラフラになりながらネコパンチで逆襲、3R戦って、判定の末曙勝利、という筋書きがいちばん相応しいように思われる。
フジ系列で放送される「PRIDE男祭り」の注目カードは、吉田秀彦vsホイス・グレイシーということになっている。昨年8月、国立競技場で吉田に絞め落とされたホイスのリターン・マッチであるが、これは筋書きを必要としなくとも、吉田のほうが勝つだろう。寝技ではやはり柔道世界王者の吉田に一日の長がある。打撃に利点があるホイスだが、11月の試合であのヴァンダレイ・シウバのパンチをかいくぐった吉田からすればホイスの打撃などラッキー・パンチ以外に恐れる必要はないだろう。唯一不安があるとすれば、シウバとの激闘のあと日が経っていないことだけだ。
個人的には、この大会、ゲーリー・グッドリッジvsドン・フライの試合を推薦しておく。PRIDEがまだこれほど知名度を獲得する以前から、新たに参戦した選手と対戦してその腕力を見せ付け、「番人」と呼ばれたグッドリッジの引退試合である。またドン・フライも、プロレスのリングよりはこのPRIDEのリングのほうが、輝きを増すように思われる。二人ともフェアで、ウェットな筋書きを好まないがファイトは激しいという見ていて気持ちよい試合をするので、これは一見の価値あり。
さて問題の猪木祭りだが、カードが固まっていない以上、注目も何もあったものではない。もし大物選手を呼べなければ、猪木みずからリングへ上がる、ということがあるか。この日、愛弟子の藤波辰巳が観戦に訪れることになっているので、そこで突然マイクパフォーマンスが始まり、古の名勝負、猪木対藤波が実現!などという窮余の一策も想定しなければいけない事態になってきた。
(※説明しよう。猪木と藤波は、UWFやジャパン・プロレスといった、大量離脱に悩まされた時代の新日本の艱難を支えてきた師弟である。この二人の対決は1988年8月8日の横浜文化体育館でのIWGP選手権、王者・藤波vs挑戦者・猪木の試合が最後で、この試合は両者激闘の末フルタイムの引き分け、試合後、他の選手もリングに入り、長州が猪木を、谷津が藤波を肩車して讃えるという、感動的な試合となった。苦難の時代を乗り越えたプロレスを、選手も、ファンも、ともに讃え、またその感動を体感した試合であった。)
もちろん、猪木のことである、他にも策を練っていることだろう。そしてその策は、実は、決別しているはずの「裏」から差し伸べられるかもしれない。ファンは呆気に取られるが、しかし、それもまた格闘技の楽しみの一つなのである。