

第411回 ローバーの未来は誰の未来(2005/05/31)
フランスでの、EU憲法条約の是非を問う国民投票の結果についても触れなければならないが、いまさらながら驚くべきニュースに気が付いたので先にそれに触れておきたい。
イギリスの名門自動車メーカー、MGローバーの破綻である。ローバーは、イギリスの工業都市・バーミンガムに本社を持つ。記事にあるとおり、6000人の従業員を抱え、関連会社まで含めると2万人の雇用が失われることとなりそうだ。
しかし、この記事、よく読んで欲しい。確かに経営の問題はあっただろう。日本でも同様だったがローバーというのはマニア向けの車で、購買者が少なかったことは事実だ。生産性も低かっただろう。
だが、かつてプロ野球の野村監督が言ったように、「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」である。敗北したときは、いくらでも敗因を探し出すことはできる。市場での競争に負けてしまったといえばそれまでだ。だが、それ以外の理由はないだろうか。
そう思って記事を読み返すと、ちょっと異常な内容がひとつある。
「00年には、英国の投資家グループ、フェニックス・コンソーシアムがローバーをわずか10ポンド(約2000円)で買収した。それでも、自力再建できず、…」(毎日インタラクティブ)
どうして6000人の従業員を抱える会社が、いくら市場原理とはいえ10ポンドで買われなければならないのだろうか?いやたとえそれが正当なものだとしても、10ポンドで買われた会社がそうそう簡単に自力再建できるわけもない。
逆の言い方をすれば、この投資グループは、ローバーを再建するために会社を買ったのではあるまい。自力再建できなかったこととの関係を「それでも」と表現するのはちょっとおかしいのだ。
調べてみると、この投資グループ、10ポンドでローバーを買い取った後、経営権を握って配分ルールを変更した。もはや未来のない会社であるがゆえ、技術投資や人的投資は行わない。給与は抑制する。その代わり、自分たちへの高い俸給と、会社を辞めた後の年金を拠出できるようにルールを作り変えていたのである。
事実、彼らが経営権を手放した後も、会社は彼らへの事実上の負債を抱えたままなのである。つまり、金儲け以外に会社を所有する目的はなかったわけだ。
それは確かに、経済的には問題のない行動かもしれない。実に合法的かもしれない。自動車を作ることに意義を感じていない人間が、自動車会社を保有してはならない、という法律は確かにどこを探してもない。
しかし、経営者が莫大な金を稼ぎ出すために、6000人あるいは2万人の雇用と生活が危険にさらされるというのは、一部の投資家が行う経済活動がもたらす結果としてはちょっと大きすぎる。
変な言い方だが、投資家も、労働者も同じ人間である以上、労働者がみずからの能力を超えて降りかかった災厄に対して、投資家が責任を取らないということはどうも正義のようには僕には思われない。
こんなことが、社会的にみて許容されるのかどうか、いまいちど考え直す必要があるのではないだろうか。僕は何も、旧来左翼のように絶対に許されない、とまでは言わない(もちろんできればそんなことはないほうがいいと思うが)。しかしどちらにしても、政治家も資本家も労働者も含め、今後の社会のあり方について漠然とでいいから了解をしておかないと、旧来の価値観の裏側で現実には社会の崩壊が進むという悲惨を止めることができない。
僕は自由競争も新規参入もOKだと思う。経営のトッププロとしてのCEOが、畑違いの業界に移ることもままあるだろう。しかし、事業に乗り出したからには、何らかのビジネスモデルを持っているか、あるいは持っている人間を雇うかしないと、責任ある姿勢とはいえないだろう。
経営においては株主への責任ももちろん大事だが、人と人との間に成立する責任というのが何より前提されてしかるべきである。というか、われわれはそういう近代社会を作ってきたはずなのだが、昨今では経営の現場では金持ちには権利があるが貧乏人には最低限の権利もないという状況が生まれている。
金持ちにも責任を持ってもらうためには、経営のビジョンを己の責任において提示してもらうことである。そうすれば初めて、安心して経営者として見做すことができる。(結局のところ、ホリエモンに人々が安心できなかったのは、旧勢力が既得権を脅かされるという理由のほかに、このことがあったはずだ。)
内容の詳細に立ち入ると袋小路なのでやめておくが、総ての人には最低限の権利が保障され、人と人の関係には責任が伴うという原則だけは確認しておきたい。
この原則は、いくら私企業の活動であろうと、最も独裁的な組織(ブルデューの言葉)である企業においても通用するべきである。この原則が壊れると、金持ちと貧乏人の双方に大量に無責任層を生み出して、かたや現実に目をつぶり、かたや暴力に訴えることがそれぞれにとって合理的な行動になってしまい、社会が崩壊してしまう。
さらに悪いことには、この社会の崩壊を防ぐという尻拭いの役は、国家をはじめとする政府組織が行わなければならない。身軽な投資家は社会が崩壊してもエスケープすればいいから困らないが、政府はそうはいかないのだ。今回も、バーミンガムに6000人もの失業者を一気に溢れさせるわけにはいかないから、イギリス政府が何らかの措置をとらなければならなくなっているようだ。
もちろんそのための費用はイギリス国民から集められた税金で支払われることになる。一投資集団の金儲けで開いた穴を国民の税金で埋めなければならないぐらいなら、ふつうに倒産してくれたほうが遥かにマシだったと今になれば思っているだろう。経済活動の自由化の行き着く先の一つが、ここにある。
そしてもちろん、僕がここまで長々と書いてきたのは、遠くない将来に同じ事態が日本でも発生しかねないからである。イギリスも、石炭以外に豊かな資源があるわけではなかったが、人的資本と高い技術力で産業を維持してきたのであり、自動車の分野においてはMGローバーはその象徴だった。それが10ポンドで買われ、毟り取られた挙句放擲されたのである。
80年代のイギリス経済を活性化させたとして(僕にはそうは見えないのだが)、世界的には評価の高いサッチャリズムを、労働党のブレア政権が加速させてここまで来た。幸か不幸か、英国民は何のかんのいってブレアを支持している。文句はあるが、負け組になりたくなくて目を背けているのだから、どこかの国とよく似ている。
小泉内閣の改革なるものをサッチャリズムに比することができるとすれば。名門ローバーの破綻は、20年後にこの国にどういう事態がやってくるか、ひとつの可能性を見せてくれていると思って、心しておかなければなるまい。