

第417回 またも寂しき貴乃花(2005/06/19)
いきなり余談から入るので恐縮だが、今は亡きジャンボ鶴田というプロレスラーのことが大好きだった。
おそらく、戦後日本で最高のアスリートだっただろう。高校時代、バスケットで全日本高校選抜に入り、その高い身長と運動能力を嘱望されて大学へ入ったが、その途端、「バスケットじゃオリンピックに行けない」と悟ってレスリングに転向、そして4年生の時には日本代表としてオリンピックへ出場したという強者であった。
その有り余る才能をジャイアント馬場が見込んで全日本プロレスに入団したのだが、そのときの「全日本プロレスに就職します」というコメントはあまりにいかしている。同じくオリンピック代表出身であるかの長州力が、東京ドームで初対決したとき、ロックアップした瞬間にその肉体に嫉妬したというのは有名な話だ。
この対戦は筋書き通り60分時間切れ引き分けだったのだが、バテバテで控え室から一歩も動けなかった長州に対し、鶴田はさっとシャワーを浴びて若手を連れて銀座に繰り出してしまったという。腎臓疾患のために早世してしまったが、今も生きていれば、筑波大大学院に一発合格してしまった頭脳も含めて、日本のプロレス界を支えてくれていたことだろう。
閑話休題、鶴田のどこが好きだったのかと問われれば、その圧倒的な強さにあった。プロレスだから、当然、筋書きがある。負けるべくして負けなければいけない試合もある。そういうとき、鶴田は負けるのであるが、その負けっぷりが何というか。ヘボレスラーとならもちろんのこと、現在ではプロレスリング・ノアの社長として日本プロレス界の支柱の一人である三沢光晴に負けるときですら、余裕があり過ぎるのである。
勝った三沢は肩でぜいぜいと息をしているのに、ギブアップしたはずの鶴田がタオルで汗を拭きながら「ああいい汗かいたなあ」みたいな感じなのである。どう見ても、「お前余裕あるやろ!」と突っ込みたくなるほどの負けっぷりから感じられる圧倒的な強さが、僕にとっての鶴田の魅力であった。
僕が、何があっても貴乃花から離れられなかったのは、同い年であるという理由のほかにも、それがあったのかもしれない。
自分が関係しない他人の喧嘩ほど面白いものはこの世にないもので、ホリエモンとフジテレビの喧嘩が終わったら若貴の喧嘩である。子どものころからの相撲好きではあるが、ホリエモン以上に若貴の喧嘩は自分と関係ないから、その分ぐいぐいと見てしまう。
で、ついに、貴乃花が禁断に触れてしまった。正直に言えば触れて欲しくなかった。プロレスファンが、プロレスは真剣勝負か八百長かという問いに決して答えないのと同様、目の肥えた相撲ファンは訊いても答えてもいけない問いがあるのだが、それをやくみつる氏が聞いてしまったのである。ご承知のとおり、八百長疑惑だ。
平成7年九州場所の千秋楽は、12勝3敗同士の若貴兄弟による優勝決定戦だった。もちろん世間も盛り上がるし、僕自身も盛り上がって見ていたのでこの一番を鮮烈に覚えている。全盛時代の貴乃花は、いろいろ注射相撲の話が飛び交う千代の富士の全盛時代とは違う意味で、本当に強かった。当時ここまで3連覇しており、また、平成7年と8年の12場所中8場所で優勝していた全盛時代である。兄・若乃花は大関だった。どちらかといえば、貴乃花に僕は勝って欲しかった。
それがあまりにつまらない相撲で決着がついたので、忘れられない一番になったのだ。やく氏の「力の入っていない」のは両方だった。この時期、立会いの鋭さでまわしを与えなかった貴乃花が、まるで迎え入れるように懐をがら空きにして若乃花の左四つをゆるしたのである。左の相四つは横綱としての望むところだったが、貴乃花は左上手を最後まで取らなかった。
そして、若乃花の寄りにずるずると後退した貴乃花は、若乃花が投げても捻ってもいないのに、土俵際で腰が砕けるように右膝を折って落ちたのである。ふつうなら怪我をしそうな落ち方だったのに、そうならなかったのは若乃花が力を入れていなかったからだろう。貴乃花は、みずから落ちたに違いない。
長らく相撲を見ている人間に聞けば、誰しも、「大相撲でこんな相撲は珍しくない」というだろう。昭和の終わり、千代の富士が横綱を長らく張っていたころに、言葉は悪いがもはや横綱になる望みを持たない駄目ベテラン大関たちがたくさんいた。朝潮、若嶋津、北天佑、小錦。
いつも誰かがカド番で、大関陥落のピンチというときには、8勝6敗の大関と7勝7敗の大関が対戦して、紛れもない無気力相撲で7勝7敗の大関が勝ち、二人して8勝7敗で勝ち越し、といった醜態を見せていた。そんな状況をファンは「大関互助会」と呼んで揶揄していた。
その点、霧島が大関を陥落したころから互助会は消滅したが、今度は九重、次いで二子山、そして武蔵川と同門勢が優勝を争うようになったときには醜態が見られた。厳密に言うと、いわゆる「注射」=八百長ではない。しかし、興行としての序列を守るための無気力相撲が存在したことは確かである。今回の件、若貴決戦に注目が集まっているが、肝を冷やしている力士は他にもいるはずだ。
僕の目でいえば、平成9年九州場所の、横綱貴乃花と大関貴ノ浪の一番もひどかった。立ち合い、貴乃花は立っただけで、がら空きになっている貴ノ浪の前褌には触れもせず、易々と差し手を許して、掬い投げを受けて土俵に転がった。そこまでの相撲からは、考えられない負け方だった。
それもまた相撲だと思っている。神事でもあるし、興行でもある。常に真剣勝負をしていては、興行として成り立たないこともあるだろうから、僕はそれをあまり悪いことだとは思っていない。ただし、力士という、常人ならざる人間同士のぶつかり合いは、存分に見せてほしい。それさえ見られれば、八百長であろうが何であろうが、どうこう言わない。あえて言ってしまえば、負けつつそれを見せるのも、技術の内だ。
しかしながら、貴乃花という横綱は、その負けっぷりにおいてあまりに真面目だった。興行的であるということを引き受けるには、体力も精神力もともに強靭すぎたのであろう。そこがまた好きだった。プロレスにおいて、ジャンボ鶴田の強さを愛したようなものである。
ただし、鶴田は強い上に不器用ではなかった。最後までプロレスの禁忌を破るようなことは口にしなかったし、あくまで業界の模範生であり続けた。しかしそこには、先輩であるジャイアント馬場や後輩の三沢光晴といった選手のサポートがあった。
今の貴乃花にとって不幸なことは、そのサポートがないことである。あるテレビのコメンテーターが彼を評して「相撲原理主義」と云っていたが、彼を原理主義に走らせているのは彼の性格のみではない。だから、不自然に負けてしまう。そして、やくみつるから突っ込まれて、つい本当のことを言ってしまう。
相撲協会には、貴乃花をあまり喋らせるな、という意見が相次いでいるそうだ。そうした意見は理解しないではないが、このご時勢に貴乃花が置かれた状況について共感があまりにないように思う。若乃花がそうしたように、これから先、相撲に未来があるかというと難しい。少なくとも、古いタニマチに支えられた現状のままでは難しい。
そこを、貴乃花は貴乃花なりに手をうとうとしているのが、貴乃花による「相撲原理主義」の実態である。彼は不器用なので、いつも最後は彼一人が取り残されてしまってきた感があるが、相撲ファンも、そこはそこで理解してあげないといけない。少なくとも、彼と同世代の相撲ファンとして、僕は親方を全面的に支持している。