第479回 弱者として振る舞い続けた最大野党のトップ(2006/02/28)

 

 永田さんの記者会見。「国会を混乱させてごめんなさい」はないだろう。その後の両院議員総会で「私は民主党を愛しています」もないだろうここで。

 このヘタレ加減は何だろうねえ。ちょっと前になるが、鈴木ムネヲ先生が涙ながらに自民党を離党する会見の時は、その会見の意味がいったい選挙民にどれほどのものなのか、という根本的な疑問は別として、やっぱり役者だったよね。今回はそれもない。勝谷誠彦さんのホームページなどみると、くだんのフリー記者に400万が渡ったのなんのと書いてあるが、これも真偽のほど定かならず。とはいえ、永田さんは名残惜しそうであったが党はこのメールは「偽物と断じざるを得ない」と発言し、党代表は国政調査権の発動を求めていたのを取り下げた。

 

 そんなことはさておき、である。この、学生紛いの純粋無垢さは何であろう。苟も東大工学部卒の人間がメーラーどころかsend toの情報も確認していない。それを党代表が信じるというていたらく。それがまた、二大政党制といわれる現状の最大野党のトップという哀れさ。仮にもマスメディアに身を置く人間だからいうが、「ウラをとる」という以前の問題だ。もう廃刊になったが『噂の真相』でも書かないだろう、こんな根拠では。

 そして僕の憤りは、知的に優秀でどうやら世界への解答を知っていると信じて疑わないらしい民主党の人々へと向かう。いったい松下政経塾は何を教えていたのだろうか。人を非難するときにはそれなりの論理的、物証的根拠がないといけないということを教えていないのだろうか。純粋無垢な、党を愛する、国を思う心があれば人はついてくる、と思ったのだろうか。

 受験戦争を勝ち抜いた優秀な党員が、政経塾の「人を動かす、国を愛するためには何をすればいいか」というテーマは、いつしか「これこれをしたのだから一般市民がついてこなければならない」という命題に変化したのだろう。そんなことがまかり通らないことは、政経塾に入る前に世間で知っておかなければいけないことだと思うのだが、忘れてしまったのだろうか。

 

 もっとも最低だったのは、自分を弱者にしていたことだ。「総理は権力者だから、こっちが黙っていても正々堂々と出てくるべきだ」とか、「自分を欺く悪意があったとは信じられない」とか、挙句入院するとか(まあ手だてとしてはやるべきことなのだが)、とかく自分を「弱者」のポジションに置き、「強者」を攻めるスタンスを確保している。だが、自分の発言を院外で問われないという特権を保証された国会議員のどこが「弱者」なのだろう。

 よしんば、与党に比べて相対的に弱者であったとしても、もしそうだとしたらいったい一般市民は何者になってしまうのだろうか。「楽しみにしていてください」と前原代表が大見得を切った党首討論はことごとく自分を弱者の立場に置いて「やましいところがなければ国政調査権に応じろ」と求める論理ゲームでしかなかった。

 つまりは、自分が強者として、政権与党として振る舞うつもりがないことを堂々と言ってのけたわけだ、と結びたいところだが、そうではないのが民主党の困ったところである。この政党、かりに政権を取ったとしても体質としていつまでも弱者のままだ。責任を問われれば「ボク弱者だも〜ん」と開き直って軽やかに責任を回避していくだろう。そのくせ、一般市民には厳しい。何しろ僕らは弱者ですらない、知的に優秀な民主党様の党是を理解する理性を持ち合わせて賛成してくれる存在なのだからね。もし反対でもしようものなら「キミたちの頭が悪いのがいけないんじゃないの?」とスパーンと気持ちよく切り捨ててくれるだろう。

 ちょっと大きな話にする。現実世界と乖離した「理性」が化け物のように権力の一元化と恐怖政治を招いたのが、マルキシズム政治の失敗だった。そこから学ぶべきは、世の中というのはスッキリしていなくて非常にごちゃごちゃしているが、それを無理にスッキリさせようとするとかえって酷いことになる、そこそこ何とかなるように舵を切るのが政治の重要な役割だ、ということである。

 しかし、共産世界が崩壊して10年もするとかつての「理性」が「知性」という衣をまとって再登場してきた。その傾向は小泉政権の中にも竹中さんをはじめとして濃厚にあるが、小泉さんにはよかれ悪しかれ作為主体としての意志がまだ残っている。もっとも純粋無垢なかたちで、すなわち、悪意はないが最悪のかたちでそれを具現化しているのは民主党の松下政経塾閥なのである。彼らは作為主体ではない。与えられた問題を機械的に説く受験生に過ぎない。だから弱者であり、責任をとる必要は彼らには感じられないのである。

 「この難局を乗り切れば責任政党として世間は認めてくれる」という錯誤した発言。彼らにとっては自分の知的優秀さを認めてくれることと責任政党としての価値を認めてくれることは同値なのだ。そうした本質を、はからずも、喜劇とも呼べぬ醜態で露呈してくれた今回の一件で、民主党、いや少なくとも前原体制が政権を取らないことを願う。

 同じことはかつて左翼だったジャーナリズムにもいえるのだが、まあとにかく、こんなに知的に優秀な方々がよくもまあみんなこぞって小泉政権をサポートするものだ、とつくづく感心。小泉さんというのはやはりある種の幸運児であるとともに、知的なふりをして微妙なバランスに立つ天才なのかもしれない、とかえって思った。

 


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