

第498回 20年ぶりの平和祈念式典(2007/08/12)
この8月7日から9日まで、長崎でさまざまな平和運動に参加してきた。とにかく暑かった。全身の毛穴から汗が噴き出て、背中を滝のように伝う。そんな暑さだ。
この時期、平和運動の集会にでるのは高校生の時以来、およそ20年ぶりである。そして20年前と何も変わらないな、という印象を持った。いい意味ではない。このままでは、被爆・平和運動は廃れてしまうだろう、という印象である。
はっきりと言って、いくつかの前提が間違っている。それらは、30年前には有効であったかもしれないが、そのまま続けていては逆効果なものばかりだ。いくつもあるが、三つだけあげておく。
まず第一に、被爆体験を風化させてはならないというが、被爆体験は確実に風化する。これは防ぎようがない。僕は小学校から高校まで長崎で育った12年の間に、4人の被爆体験を持つ担任の先生のクラスに入った。このことは今となっては貴重な経験だ。被爆60年を過ぎ、被爆体験を持つ教師が現場に立つことがなくなった。4人の先生のうち、3人はもう鬼籍に入られた。
こうした被爆体験を持つ方は、残念ながら、確実に減っていく。それが前提である。被爆体験は風化するのが前提なのだ。「私たちは被爆体験を風化させません!」といって歌でも歌ってお手々つないで平和を謳歌している姿には、虫酸が走る。むしろ、風化することを前提に、我々がそれをどう受け止め、アプローチしていくか、ということが問題になってくる。
心ある人は考えているのだろう。NHKをはじめこの夏の各テレビ局の特番は、どうやって戦争を知らない世代に「伝えて」いくか、ということで、王道のドキュメンタリー以外にさまざまなアプローチを試しつつある。知的な情報や映像の蓄積、アーカイブスに対して、どうアプローチしていくか、ということを真剣に考えてほしい時期である。
第二に、やはり政治的なイデオロギーが入り込みすぎである。
この点については、個人的な思い入れがある。昨日のNHKスペシャルでは旧帝国陸軍で、二等兵の水木しげるさんが軍曹に理由もなくビンタを食らう、という話があったが、僕も小学生の頃、平和集会に動員されて暑い日差しのもと、疲れて休んでいたら日教組の先生にゴツンとやられ、「かくも大事な、平和を祈るべき日におまえのその弛んだ精神は何だ」といわんばかりに怒鳴られたことがある。イデオロギーが違うだけで、旧日本軍と体質は何ら変わらない。
そうした姿勢は、20年経っても根本的には変わっていないように見受けられる。今年は「しょうがない」久間発言という格好の餌食があったにせよ、久間大臣の人格を否定することまでやる必要はないがほんとうに叩きのめす、という感じだった。
確かに不用意であり、叩きのめすにちょうどいいものではあるが、「敵」を作ってそこへ集中砲火を浴びせることによって満足を覚える、というあまりにも時代錯誤なイデオロジカルな発想が気に入らない。
大事なのは、平和を守ることではないのではないか。人々が、権利や自由を行使できる平和な状況をいかにして確保するか、ということではないのか。であればそこには、たとえどんな相手であっても、最低限の人権や配慮といったものがあってしかるべきだろうと思う。
平和を守るだけでは、平和を維持するための戦いを否定できない。理念的にいえば大事なのは人権を守ることであり、他者の人権を尊重することである。それはイデオロギー的な戦いでは確保しようがない。また、共感も得られないだろう。
最後に、相変わらずのコスモポリタニズム、「市民」主義が跋扈している。
平和運動の構図は、資本主義の運動に突き動かされて強欲を働かせる商人たちと、それに密着した政治家、そしてそれらが牛耳る国が、戦争を起こしては人々を苦しめた上でカネをせしめている。それを防ぐためには、善良で無謬のわれわれ「市民」が連帯して運動を起こしていかなければならない、というものである。これはここ20年はおろか、戦後一貫して変わっていない。
だが、である。この近代社会に生きる以上、われわれは「市民」であると同時に「個人」でもあり、「家族の成員」でもありもちろん「国民」でもある。何かを大事にするときの軽重は当然生まれてくる。そこをどう調整するかが課題である。どうしても、というなら彼らが愛してやまないジョン・レノンの“Imagine there's no countries,”という世界を夢想してみてもいいが、それならば「近代」に変わる新たな思想的な枠組みを同時に提起しなければならない。
だいたいが、共産主義というのが“Imagine there's no countries,”という壮大な実験であったし、その結末が強大な権力者と堅固な官僚機構、そして底辺に平等化されたのっぺらぼーな「同志」を大量に生産しただけだったことへの反省は、変わらず必要だ。
であるならば、われわれは「市民」としての側面で行動するべきことがあるとともに、「国民」としての側面で行動すべきことがあり、またそれらが重なった存在として行動すべきことがあるはずなのだ。第二次世界大戦の日本をめぐる「被害者/加害者」の両側面の問題はまさにここに起因しており、そこでは「国家」ということと向き合わざるを得ない。
そこを回避し続けて、「市民」としての安逸惰眠を貪っているだけでは、ひとりひとりの権利を擁護するための力のある運動にはならないし、繰り返すが、共感は得られない。
尻尾としていえば、もう一つ彼らが回避し続けており、ふれるだけで激怒するのは科学である。核である。
今回、柏崎原発における東電の姿勢は批判に値するとしても(それにしてもいくら兄貴が東電関係者だからといって蓮池薫さんを使って話をずらそうとしたのはひどかった)、それが即、核利用の否定につながることはないのではないか。
核とは何か、を考えることは、核武装とは何かを考えることともども、否定すべきではない。私が小学生の時に日教組の担任に「かの永井隆博士は、あれだけ被爆に苦しみながら、それでも、人類の未来には核の平和利用が必要だと述べている」といって軍曹ゲンコツを食らった思い出があるが、そこから一歩も抜け出せていないのならば、平和運動の未来も遠い。
このまま変わらなければ、私はぽつぽつと、平和運動ではなく、人権擁護、そしてその人権が平和裡に尊重されるための環境作りをやるための仲間を捜すよりほかない。懐かしい灼きつける日射しと湿気、そして青空だけは、変わらない。